【読書録(22)】-2025-
薬局で調剤する薬に独自の処方とか家伝薬というのは存在しない。薬事法で決められた処方を分量どうり調剤し販売する。加減法、合方などは禁じられており、医師のように診察・診断し、自由に薬を処方することはできない。薬剤師は客との対話で得た情報から、薬事法に定められた処方を提案し、同意を得て調剤・販売を行う。手続きは面倒だがやっていることは味気なく簡単で、漢方専門とは名ばかり、ただ生薬と漢方薬を備えているだけだ。実力不足のため難しい相談には「単なる薬草売りなので..」と断っている。「漢方薬は漢方家が考えるほど効かない」と悟ってから、漢方の本を読まなくなった。本書は旅先でふと立ち寄った書店で手にする。薄い本なので帰りの電車で読める思ったが、興味は尽きず、本に出会ったことが旅の成果であった。著者は丸剤というスタイルで処方するが、重要なのは丸剤ではなく、それを運用する理念だ。 一般に漢方を処方する医師は保険薬価を取得した漢方エキス顆粒や錠剤を利用する。薬価収載された生薬や生薬(末)を自在に処方し、製剤まで行なう医師は珍しい。漢方薬には適応症が記載され、それを基に新薬と同じように処方は可能だが、漢方理論を学ぶとより運用の巾は広がる。著者は漢方を学び、ひと廻りしたところで西洋医学の病名での治療を提言する。漢方薬は多種の生薬で構成され、ひとつの生薬が持つ成分も多く未知のものも多い。それを適応症だけで使えるかの疑問は残る。虫封じ、ボケ封じ、癌封じなどの御祈祷と同しくプラシーボ効果なのかも知れない。そのおかげで、効能や適応症に書かれていない不調や病気まで治り、それを東洋医学の知恵とか神秘などと讃える。漢方エキス顆粒、錠剤、散剤、丸剤など漢方製剤の効能・効果には目標とされる症状と病名が記載され、専門家を自認する人々はこれを「病名漢方」、「番号漢方」と揶揄し、原典に則り、「証」を把握して運用するのが本物だという。
一般に馴染みの薄い「証」という概念は専門家の縄張り意識から生じるのかも知れない。「素人判断は禁物、オレに任せろ」、とも聞こえる。専門家も最初は素人だ。学んだ過程を振り返り素人にわかるように説明できるはずだ。著者は山本巌先生を師と仰ぎ、理念を継承する過程で丸薬での治療スタイルに辿り着く。丸薬だから治るのではなく、漢方薬を運用する治療家の技量であることは言うまでもない。漢方診療において四診で得たものは主観的データであり、そこから弁証論治か方証相対を経て処方に至る。弁証論治は漢方的病理を検討し処方を導き、方証相対は症状に対応する処方を探す。医師の漢方は西洋医学の診断が介在するので薬局漢方より精密な診断が基になる。西洋医学は東洋医学が主観的診断で足踏みする間に、画像や理化学検査などの診断技術が急速に進歩した。病態を正しく捉えた結果、病名が判明する。病名が判明しない、判明しても治療法のない領域の隙間に漢方薬の居場所はある。
西洋医学の病名と漢方の証は関連付けができる。西洋医学の病名を於血、陰虚、気虚、寒熱、臓腑弁証などの漢方医学的仮説で説明できる。仮説である漢方の生体観が役立つことがある。たとえば気血水などの用語を駆使し病状を説明すると西洋医学的説明より平明で治癒へのイメージを喚起しやすい。
薬局漢方では診察・診断はできないが、漢方薬の基となる生薬成分の構造や薬理、毒性、分量などの学びを得ている。古典的な気味、薬性から、再現性のある科学的薬理をもとに病名に対応する生薬や処方の再構成が可能だ。西洋医学の病名で新薬同様、誰もが生薬や漢方薬が使える。かつて漢方薬は煎じるか粉末で利用された。昭和23年(1948年)、日本で最初のエキス剤が作られ、9年後の1957年、小太郎漢方製薬から30種ほどのエキス顆粒とエキス錠剤が製品として発売された。粉末を携帯に便利で飲みやすくしたのが丸剤だ。煎じで服用すると水で抽出する成分が得られ、散剤にすると生薬の成分が丸ごと得られる。分量も少なくて効果も得られるが副作用も付いてくる。エキス顆粒や錠剤は水で抽出した成分を乳糖や澱粉で薄めるため成分の減少は免れない。製剤となった漢方薬は処方内容が固定する。それを一つの薬として、処方を組み合わせる医師が現れた。処方名を書くのが面倒なので16番と9番などと指示する。これを揶揄して番号漢方と呼んだ。2〜3処方を同時に服用し、朝夕で異なる処方というケースもあり、生薬の数だけで20〜30種にもなることがある。重複することで生薬の分量は増え、薬効は混沌としたものになる。 生薬の薬理と効能によって処方を構成していけば、不要で無駄な生薬を整理し単独でも利用ができる。芍薬甘草湯という芍薬・甘草の2種を配合した漢方薬は、痙攣や痛みの緩和に用いる。芍薬だけでも鎮痙作用があり、甘草にも急迫を緩める作用がある。著者は単独で丸剤を製造し使い分ける。芍薬は風邪に用いる葛根湯にも配合され筋肉を緩めることで汗腺を開き発汗を促す。他にも葛根、麻黄、桂皮など発汗を促す生薬が配合され発表剤とも言われる。葛根湯は肩こりのある風邪の初期症状に用いるが、肩こりだけなら鎮痙作用のある葛根だけでも構わない。発汗を促すのが目標であれば麻黄、桂皮でも達せられる。葛根湯に配合された生姜は発汗を目的とはしないが、単独で分量を増やし熱くして服用すると発汗し、葛根湯の役割を果たすことがある。薬効を生かすには引き算も大切で、生薬の薬理と配合される事の吟味が必要だ。経験的に知られた薬効と科学的に解明された薬理を知ることで、新しい無駄のない漢方処方が創出できる。これも合成新薬に劣らない医療の進歩だと思う。 「古典を踏襲した本格漢方」といえば聞こえはいいが、同じ患者を診て漢方家によって異なる診断と治療が行われることが多い。漢方理論だけでの運用は効かなかったとき、その理論を検証する方法がなく漢方家の思考を超えることがない。科学技術とともに発展した西洋医学の診断法で漢方薬を運用すると、この曖昧さが回避できる。医療用医薬品における漢方薬の市場規模は約1.6%に留まる。いかほど宣伝広告費をかけても限界は見えている。この数字が示すことは「漢方薬は漢方家が考えるほど効かない」ということだ。しかし、約1.6%はまったく無益ではない。無益ではない内訳には難病があり、ありふれた病気や不調、老化現象、日々揺れる体調もあるだろう。 |
公共事業がスタートすると、ブレーキ無き車と同じで止められず暴走し続ける。民意も裁判も障害をも踏み倒し、ひたすら突き進む。例えば、コロナワクチンの接種事業では、死者が出ても、効果なしとの報告が出ても中止も躊躇もない。また、使い馴れた「紙の保険証」の廃止。マイナンバーカードの普及率は低迷し、国民や医療機関の反対にあっても一顧だにしない。総裁選のさ中、石破氏や林氏は「紙の保険証」を残すかのような発言をしたが、それぞれ総理、幹事長になると歯牙にもかけない。政治家の発言や約束は鴻毛のごとく軽く平気で嘘をつく。「なぜだ!」の構図が諫早湾干拓事業に凝縮し、巨万の利権に癒着した政官業が群れる。 諫早湾干拓事業を取り上げたのは、地元の海であり、計画から工事、その後まで50年あまり間近で見聞してきたからだ。1997年、ギロチンといわれる潮受け堤防締め切り以来、漁場から魚や貝が減り、海苔の品質の低下が始まった。開門調査を求める漁業者と干拓地へ入植した農業者による開門反対の裁判が相互に繰り返され、相反する判決に相譲らず膠着状態が続いた。国は頑なに開門を拒み、2023年、最高裁の開門無効化の判決により「開門せず」が確定した。 干拓事業の目的は最初、優良農地の造成であった。戦後10年経過した頃の話なので食料の増産は喫緊の課題だった。しかし、次第に農地が足りて、減反するほどになる。やがて出来上がった干拓地は優良農地どころか泥干潟に由来する重粘土質で排水不良は常習化し、乾燥すると土壌が硬化し農作業を悩ませる。農業用水は調整池の水を使用する予定だったが、よどんで水質が悪化、アオコが大量に発生した。かろうじて本明川の河口からの取水に頼らざるを得なくなる。あと一つ、防災機能強化の課題は、潮受け堤防と調整池の水位管理くらいでは防災効果は達成できない。
社会的費用を奪い取り、一部の者に還元するため莫大な税金を投入する。これもまた社会的費用の搾取に他ならない。環境を破壊し、費用対効果を欠く公共事業が中止されたり是正されないのは、権限を持つ厳正な第三者独立機関がなく、事業の正しい評価をしないからだ。さらに重大なことは事業をめぐる政治家、官僚、業界の利権・癒着構造の存在とその肥大化にある。農水族議員や地元の国会議員、関係政党の議員らは諫早湾干拓事業の予算獲得や事業推進のために奔走する。その裏では工事受注企業から多額の政治献金と選挙での票を受け取る。干拓事業が本格化した1986〜2000年には、大手受注企業上位31社から自民党長崎県連に約6.6憶円の企業献金が渡った。これは自民党長崎県連の企業献金の49%を占める。工事が佳境にあった1996〜2000年には、地元諫早・島原を政治地盤とする自民党・久間章夫衆議院議員に約3000万円、県内の他の議員2人にもそれぞれ約2000万円の企業献金が支払われた。当時長崎県知事であった金子原二郎氏の資金管理団体にも2000年までの3年間だけで、受注元受け33社から2240万円、諫早市長へも890万円の企業献金が行われた。県や市の有力議員には自民党県連を通して献金の再分配がなされた。これらは長崎県選挙管理委員会の「政治団体収支報告書」に上がった合法的なものだ。自民党のパー券事件を見ていると、バレるまで隠す。他にも、裏金、つかみ金、接待、贈答等なんでもありだ。
政官業の一翼を担う官僚は諫早湾干拓関連企業やコンサルタントに「天下り」することが常態化していた。受注企業の取締役以上へ天下りした官僚は2002年時点で33名、その多くは技官で、うち6名は農水省での最終役職が諫早湾干拓工事を直接管轄する九州農政局の局長や干拓事務所所長などの責任者であった。トップばかりではない、1996年時点で諫早湾干拓の大手受注31社に農水省から222人、下位49社も含めると256人、関連コンサルタント会社25社にも152人が天下っていた。彼らは再就職先を確保するとともに官・業の巨大な利権の橋渡しを担う。
官製談合が常態化し政官業、三者の利権癒着が肥大していく。これに加え各種委員会や審議会で「活躍」する御用学者や一部マスコミが「鉄の三角形」の内に取り込まれた。信じたくはないが、裁判官も一役演じているのかも知れない。お金が動くことで諫早・島原地区の公共事業依存度は高まり、干拓事業への需要度が増してくる。干拓工事が進むにつれ漁業被害は深刻化し、漁業関係者の転職・廃業が相次ぎ、干拓事業の下請け企業で働く人も増えた。干拓事業に反対した漁民は干拓事業を受忍せざるを得なくなる。 優良農地の造成や防災という虚偽の口実で農地は出来上がる。内部堤防と農地造成を含む農地10アール(1反)あたりのコストの総額は約1448万円である。現在の農地の価格は長崎・佐賀地域で1反80万円ほど、遊休農地は10万円でも買い手がつかないという。全国的に農地は余っているのに土質も水利も劣悪な農地を作ってしまった。仕方なく95%もの大幅な値引をおこない、農家への販売額は約73.3万円となる。値引の原資は干拓事業と同じく税金だ。この超安値でも全農地の売却は困難と見た農水省と長崎県は農業振興公社に農地を一括購入させ、1反あたり年間2万円で農民にリースする方式とした。リース料で賄えない分は農業振興公社が長崎県の一般会計から借り入れ、60年間の長期で返済することになった。農林漁業金融公庫からも借り入れ、複雑なリース方式により、最長70年間もの超長期ローンを組んだ。
諫早湾排水門の開門を求める佐賀県の原告団は当然このことを熟知し、正義のためにも負けられない裁判であった。消費者は米は高いキャベツは高いというが、例えば生産者米価は30年で半額になった。天候に左右され不作も豊作もある。ところが肥料や農薬、農機具の価格は倍増している。1反のリース料2万円でも農民の負担は大きく、最初の入植農民の41経営体のうち2018年度までに11経営体が経営上の理由で営農を止め撤退した。2017年度に営農していた35経営体のうち、黒字の経営体が24で赤字の経営体は11あり、リース料を支払えないため農業振興公社から追い立てられ訴訟にまで発展している。干拓の農民にとっても非効率かつ不合理な干拓事業であり、目的たるや政官業の糧食の生産地だった。そして莫大な費用を費やした干拓事業は「有明海異変」という海洋環境破壊を生み出した。
この窮状を逆手にとって農水省は次なる糧食を得ようと企てる。2002年、有明海特措法を設け、環境保全と水産資源の回復を目的として有明海全域へ公共事業を拡大させた。有明海再生事業費は、農水省・水産庁分だけでも2005〜2019年度までの15年間で全国分を含め約1100億円、毎年度約120億円が予算として計上され、これに「調整池浄化事業費」約390億円が加わる。いままで有明海再生の口実のもと、約900億円を超える事業費が投入され、この費用は諫早湾干拓事業費2530億円の36%に匹敵する。有明海の水質浄化が叶わぬ限り、毎年継続する支出になる。いったん始めた有害・無益な事業のためシジフォスの神話のごとくお金と徒労が循環する。
全国でおこなわれる公共事業は規模の大小はあれ有益なものも無益なものも有害なものもあるだろう。いま国と沖縄県の間で争われる辺野古の埋め立ても諫早湾干拓事業と同じく、誰のための埋め立てかは明らかだ。沖縄県が軟弱地盤で埋め立てには不適だと指摘しても止めない。不適でも何年かかってもやり続けることが政官業にとっては意義のあることだ。病人の布団を剥ぐようにして持っていかれる税金は政官業の糧食であり、日本は彼らにとっての超福祉国家である。 |
チームKとは、日本で最も多くワクチンを販売するMeijiSeikaファルマという製薬会社の社員有志である。この本を出版してクビになったかどうか定かではないが、「クビを覚悟で世に問う」という気迫ある内容だ。彼らは26歳という若さで亡くなった同僚の死を忘れてはならないという思いで執筆に至った。同僚はファイザー社のコロナワクチン2回目を接種した3日後に亡くなり、死因は「急性心不全(推定)」とされた。約2年後、予防接種が原因で死亡したことを国は正式に認めた。冒頭で、「本書には秘密保持が条件の非公開データや企業の内部情報をリークするようなものはなく、厚労省や製薬企業が公表している内容で話を進める」と書かれている。私たちも探せば見ることのできるデータをどう評価するかを問うものだ。 ワクチンについて「知っているか知らないか」で命が左右される時代になった。コロナワクチンだけではなく、日本国民の半数が接種するインフルエンザワクチンにも不安が迫る。2023年まで使用された従来型のインフルエンザワクチンは「不活化ワクチン」といい、長年の実績があり安全性は確保されている。2024年秋までは従来型であるが「不活化タイプ」から「mRNAタイプ」へと変わったときの話だ。従来型のワクチンは「鶏卵」を利用して製造するが、早ければ2025年、「mRNAタイプ」のワクチンに取って代わる流れだ。インフルエンザやインフルエンザ・コロナ混合ワクチンが開発され、すでに治験の最終段階まで進んでいる。それを受けてインフルエンザ同様にコロナワクチンも定期接種の動きが出ている。他にも小児がかかるRSウイルス、ノロウイルスなどのワクチンも準備されている。
従来型ワクチンは不活化ワクチン、弱毒化ワクチン、組換えタンパクワクチンなどで、安全性の確認を行なうため開発に10年以上かかった。今後、ワクチンを席巻するであろうmRNAタイプは安全性が十分に検証されているとは言い難く、それを国は恐怖を煽って接種を促す。薬は健康を損なった人に処方され、副作用があっても健康状態が改善すれば意味を持つ。ワクチンは逆に健康な人に接種するので、不健康にするリスクは極力ゼロでなければならない。接種後の死亡認定数を比べるとコロナワクチンは従来型のインフルエンザワクチンの100倍以上になり、健康被害認定数は過去45年間のあらゆるワクチンの被害総数の倍の件数をわずか3年半で超えた。「新型コロナワクチン後遺症患者の会」では後遺症に悩む人々からアンケートを取っており、深刻な報告が記されている。後遺症は他に例がないほど多岐にわたり、1人で複数の多様な症状に悩まされている状況だ。平均すると1人で20以上もの症状を抱えている。
突然の死、ガンの頻発、様々な後遺症で生活を奪われてもワクチンとは気づかず、実際は3割ほどしか申請に至らない。申請そのものが困難で途中で諦める人や、制度のあることを知らない人も多数いるだろう。ハインリッヒの法則で推測すると1件の重大な事故には29件の軽微な事故が存在し、事故につながる300件の事例がある。つまり死亡事例の背後には重篤な副作用による後遺症で苦しむ人がいて、さらに背後には多数の継続的な不調や様々な後遺症に悩む人がいる。なぜ短期間に桁違いの死者や後遺症を出したのか。
医薬品開発には最低でも10年かかるが、今回のコロナワクチンはウイルスが登場してから10カ月という異例中の異例の早さで市場に出た。まさに前例のない人類初の出来事であった。mRNA技術を用いたワクチン開発は20年前からアイデアとして研究が続いてきたが、あくまでも理論的にであり、実際の効果や安全性は確認されていない。まして長期的安全性はおろか1年間の臨床試験さえ実施されておらず、何が起こるか分からなかった。これについて河野太郎コロナワクチン推進大臣はブログで次のように発信している。 「長期的な安全性はわからない」というのはデマだ。mRNAは半日から数日で分解され、ワクチンにより作られるスパイクタンパクも約2週間以内でほとんどがなくなる。mRNAワクチンが遺伝子に組み込まれることはない。 デマ太郎、ブロック太郎という名誉なあだ名をいただくほど、他をデマ、フェイクと切捨て、自らデマ、フェイクを垂れ流す。政治家の薄汚さと驕りをまざまざと見せつける。デマの最たるものが初期コロナワクチンの有効率だ。ファイザー社のいう有効率95%というのは数字操作後のトリックで、わかりやすいように被験者100人で説明すると未接種群で1人発症するとき、接種群ではゼロに近いという程度。つまりワクチンを100人に接種して1人効くかどうかである。正しい数字を知れば、ワクチン接種は激減し死亡や障害が避けられたはずだ。業界の常識をも超える驚異の有効率がなぜ闊歩し、人々は粛々と接種の列につづいたのか。やがて接種者の多くのデータが出てくると驚愕の事実が判明した。
ワクチン接種の旗振りをした御用学者たちは、新しいデータを黙殺し、最初の歪められたデータを元に接種を促し、問い詰められると口をつぐんだ。彼らが語るように有効率95%のワクチンを2回、3回と世界のどの国より頻回に接種してきたのなら死者はいなくなるはずだ。しかし2022年、2023年と日本の死亡者数は激増した。2022年は前年より12万9105人増加、2023年は2022年より6886人に増えた。
従来のワクチンは無毒化(弱毒化)したウイルスを抗原として体に入れ、体で免疫をつくることで、外敵に備えるものだった。ところがmRNAワクチンは人間の体で抗原をつくらせ、できた抗原に対する免疫を獲得するという設計思想である。抗原をつくるためmRNAという遺伝子情報を細胞に送り込む。数十年前から動物実験が試みられたが頻回接種すると、すべて動物が死んでしまうので人間による治験まで至らず足踏み状態であった。それがこの度のコロナパンデミックで緊急承認された。 「私たちは売りたくない!」と訴えるのはmRNAワクチンの次世代型といわれるレプリコンワクチンである。一般的には自己増殖型ワクチンといい、mRNAそのものを複製増殖させ抗原をどんどん産生し、免疫を得るものだ。体内で増殖するのでより少ない投与量で済む。いままでのmRNAワクチンもだが、レプリコンワクチンは危険度がよりパワーアップしており、有害事象を引き起こす3大要素がある。
従来型のワクチンは抗原量(力価)を厳格に決め投与されたが、mRNAワクチンは0.3ml..といった容積量で投与する。これはあくまでもmRNAの量で抗原量は各々の体で作られる。遺伝子が体内で自己増殖するため個人差は極めて大きい。とくにmRNA自体が自己増殖するレプリンコンワクチンではますます抗原量がわからなくなる。
抗原量がコントロールできない問題の他、シェディング(伝搬)が懸念される。人の細胞内でmRNAが自己増殖する仕組みは、ウイルスの性質そのもので「疑似ウイルス」として周囲の未接種者へ影響を及ぼすことが考えられる。この件については明確な知見は得られていないが、医療機関や各種サロンで「レプリコンワクチン接種者の入室を禁じる!」と貼紙で警告するところがある。懸念材料である以上、「私たちは売りたくない!」 現在、日本だけ8回目の接種に突き進んでいる。最近はワクチンを警戒する人も増え、国の言うままに従う人は減った。しかし、ワクチンの被害は接種から数ヶ月後、あるいは数年後に見られるケースもあり油断はできない。医師であっても相談できるほどワクチンに詳しくない。幸い警告を発してくれる医師もいれば、注意喚起する人々もいる。国の無謬性を信じる人は善良だ。国は都合の悪いものをフェイクや陰謀と切り捨てるが、その発言こそフェイクや陰謀である。今後、さまざまな感染症のキャンペーンがテレビや新聞を介しておこなわれるだろう。危機を存分に煽り、その先にワクチンを準備した製薬会社が顧客を待ち受ける。これからはmRNAタイプのワクチンが主流となり、臨床試験も安全性も軽んじ、死者や被害者がでても突き進む。自分の身は自分で守ることを銘記すべきかと思う。最も心配なのはワクチンの売り先が子供たちに迫るときだ。 |