キン肉マン以前
プリンス・カメハメ−王者の没落

ホール中にこだまする歓声…
彼は今日もその歓声に包まれながらリングへと向かっていた。
超人年齢60歳を越え、蓄えた髭には白いものが明らかに混じっている。
彼の名はプリンス・カメハメ…
選手生活50年を迎える老超人だ。
しかし、そのバネのように鍛えられたしなやかな肉体には一分のスキも無かった。
恐らく同年代の超人で彼に敵う者は一人としていないだろう。
いや、絶頂期の超人さえどうか…
そんな輝きに溢れた覇気がカメハメには漂っていた。

歓声に迎えられ、カメハメはホールの花道を一歩一歩、歩を進める。
リングサイドでは、既に今日の対戦相手となる超人が待っていた。
超人年齢20歳にもならない年若の青年だ。
カメハメはその青年が新進気鋭の技巧派超人と聞かされていた。
だが、カメハメはその位の年齢の青年とも数え切れないほど戦ってきた。
時にはそんな青年超人の夢を砕くこともある。
しかし、それも厳しい勝負の掟なのだ。
それが時にはカメハメの心を痛める。

「オー、チャンプ。今日は胸を貸して下さいネ。」

青年は人なつこい笑顔で握手を求めてくる。

「こちらこそよろしく。チャレンジャー。」

カメハメは青年の求めに応じ、手を握る。
だが、彼にはその青年の瞳に妖しい輝きが宿っているのには気づいていなかった。


ゴングが鳴った――

カメハメの技はまるで魔術でもかけられているかのように返されていく。

(強い…)

長年の選手生活で培ったテクニックで受身をとり、ダメージを最小限に食い止めてはいるが、カメハメのスタミナは徐々に青年の繰り出す返し技によって奪われていった。

(私は彼を甘く見ていた…)

それは年甲斐もなく大記録達成を目前に浮き足立っていた彼の侮りだったのだろうか。
起死回生で繰り出すパイルドライバーを青年にヘッドシザースホイップで返された時、カメハメの後悔は絶望に変わっていった。
レフェリーの3カウントが無情にも試合の終了を告げる…


「デューク、ドウでしたカ?」

「ジェシー! 5分で片付けろと言ったハズだ。12秒もオーバーしているぞ。」

「オー、デュークは本当に厳しい人デスネ。私はあの老いぼれをいたわってあげただけデース。」

「ははは、ジェシー! ここまで冗談が言えるとは、随分と余裕だな。」

ジェシーと呼ばれた青年とデュークと呼ばれた小太りの男は談笑しながらリングを去って行った。
記者団がその後をついて行く。
カメハメはただ呆然とあお向けでリングに横たわり
満員の観客のジェシーコールと罵声と投棄物を浴びていた…


タイトル戦より3日後…
カメハメは自分のトレーニングジムで鍛錬を行っていた。

「プリンス、お客様がお見えになっています。」

「パーム、お通ししろ。」

カメハメの待つ応接室に客が通された。

「これはこれは、前チャンピオン。しばらく振りです。」

ドアの前には先日のタイトル戦で戦った青年と談笑していた男が立っていた。
新・ハワイチャンピオンとなったジェシー・メイビアのプロモーター、デューク・カマタだ。

「いきなりで失礼ですが、ユーに折入って相談が…」

そう言うと、彼は葉巻を取り出した。
彼の側に立っていたボディガードがすかさず火を点ける。

カマタは悠然とした様子でカメハメに話し始めた。


「ユーを破ってハワイ超人タイトルを奪取したメイビアはこれから山のようにタイトル戦を控えています。だが、それにいちいち相手していては世界を狙う前に体を壊しかねません。そこでユーにチャレンジャーをふるいにかけて欲しい。短刀直入に言うと、ユーにメイビアの付き人をやってもらいたいのです。」

そう言うと、カマタは葉巻を灰皿にこすりつけた。

「断る。」

カメハメは静かに…だが、何者をも圧倒するような低い声で答えた。
カマタは一瞬その迫力にたじろいだが、彼もタダ者ではない。
まだ若いジェシーを発掘し、短期間でハワイ王座を奪取させるまでに育て上げたのは
彼の経営手腕以外にに他ならなかったのだから。

「あなたの身分は保証しますよ。スポンサーも離れ、今が一番苦しい時なのでは…?」

「断る!」

「フフフ、そうですか。やはりユーの元王者としてのプライドが許しませんかな? まぁいいでしょう。今日のところはこれで引き揚げます。だが、気が変わったらいつでもお知らせ下さい。」

カマタはピンと一枚の紙切れを弾いて去っていった。
彼の連絡先が書かれた名刺だった。


カメハメは悩んだ。
状況は確かにカマタの言う通りだったのだ。
事実、マネージャーのパームの必死の引き止めもむなしく、
今まで自分に摺り寄って来た人間が掌を返したように離れていく。

「プリンス…」

「パームか。」

「プリンス、今のお話…」

「聞いていたのか。」

「も、申し訳ありません!」

「いや、いい… しかし、このままだと私はお前を雇うこともできなくなるかもしれんな。」

「プリンス、何を弱気に… あんな話、まともに聞く必要はありません。プリンスならば、すぐに王座を奪回して…」

「いや、いいんだ… もう疲れた… 勝負とは言え、今まで若いチャレンジャー達の芽を摘んできた報いが、今頃になって返ってきたのだろう。もう、若い時みたいに体力も無くなってきた。このプリンスジムももう終わりにしようと思う。」

「プリンス…」

パーム…カメハメに仕えているこの男については説明が必要だろう。
彼はココナッツ星の王家に代々仕えてきた由緒ある家柄の出だった。
彼が仕えているカメハメは、ココナッツ星の王家の者…ということになる。
パームはカメハメより10歳ほど年下なのだが、
生まれた時からカメハメに仕えるように厳しく育てられてきたのだ。
カメハメが超人格闘家の道を目指してココナッツ星を飛び出した時も
パームは手荷物一つでついて来てデビュー当時の彼をマネージャーとして支えてきた。
ジェシーとカマタの関係ではないが、
やはりパームの存在無くして今までのカメハメは有り得なかったのだ。


2日後…

「プリンス! 大変です。本星から急使が!!」

パームがカメハメの部屋に駆け込んで来た。

「パーム… 急使をお通ししなさい。」

「は、はい。」

応接室に急使が通された。
急使の表情からは明らかには深刻さが感じられた。

「一体どうしたのだ。」

「報告します! 本星で殿下が革命軍に暗殺されました! 革命軍はそのまま王宮を占拠した模様! そして妃殿下も殿下の後を追って…」

カメハメは一瞬表情を凍りつかせたが、次の瞬間、いつもの冷静な顔に戻っていた。

「プリンス…」

「いや、続けてくれ…」

「革命軍は間もなくプリンスの身柄を拘束するため地球に向かっています。」

「そうか…」

急使はしばらくしてココナッツ星に戻った。

「パームよ…」

「はい、プリンス。」

「私はメイビアの付き人になろう… お前も私に関わっていては命を狙われる。私の元から去るがいい。お前ほどの者なら新政権でも生き抜くことができるだろう。私の事なら心配はない。若造の付き人に落ちぶれた私を危険視する者などいないからな。」

「プリンス… いけません! 私は生まれた時からプリンスにお仕えするように両親から厳しく育てられてきました。一生プリンスのお側に…」

「くどいぞ、パーム! 去れと言うのが分からんのか!!」

「プリンス… 私はあなたの元から去っても心はいつもあなたの元にいます。今までありがとうございました!」

パームはカメハメに一礼をすると、振り返らずに応接室から静かに立ち去った。

「すまぬ、パームよ… 私もできることなら…」

カメハメの目には涙が浮かんでいた。
次の日、デューク・カマタのオフィスで書類にサインをするカメハメの姿があった。


カメハメはハワイチャンピオン、ジェシー・メイビアの付き人としての生活を送り始めた。

デューク・カマタの待遇もそれ程悪くはない。
現にプリンスジムも存続している。
練習生は超人養成ジムのジェシー・パレスから流れてきた
落ちこぼれたちだが逆に教え甲斐がある。
革命軍の者の追跡もない。
だが、何かが足りない…
そう思い始めた矢先だった。
あの超人が現れたのは…


「おわー! ミート、早く引き上げんか〜!!」

「たく〜 王子、階段から飛び降りるからですよ。」

カメハメがその超人を初めて見たのは飛行機のタラップから飛び降りて
地面に大穴をあけて激突した姿だった。
彼のそばには10歳くらいの少年が必死に地面から引き上げようとしている。

(弟だろうか… いや、「王子」と呼んでいるから…)

カメハメの脳裏に若い時の思い出が蘇った。

(自分がパームと初めて会った時もこのくらいだったか… パームもこの少年と同じく、子供ながらにしっかりしていたものだ。)

カメハメはしばらくその場に立ち止まっていたが、
我に返ると試合場のマウンテン・オーデトリアムに向かった。


その日はジェシーの対戦相手が到着する日だった。
今度のタイトル戦の相手は超人オリンピックのチャンピオンらしい。
例のごとくその日のうちにカメハメが相手をする事になっている。

世界チャンピオンのキン肉マンがマウンテン・オーデトリアムに到着した。

「ふえ〜、こんな山の上で試合をやるのか…」

(あの時の…)

カメハメはキン肉マンを見て、驚きと嬉しさが入り混じった気分になった。
彼はカメハメが昼間に見たドジ超人だったのだ。

「オー!! キン肉マン、今夜はフェアに戦いましょうね。」

キン肉マンのそばを通りかかったカメハメは、
ジェシーのリングコスチュームを背負ったまま笑顔で挨拶をした。
普段から滅多に笑うことのなかったカメハメの笑顔はぎこちなかったが、
それでも彼にとっては心の底からの笑顔であった。
キン肉マンはけげんそうな顔をしていたが、
カメハメは笑みを浮かべたまま立ち去った。

(この超人は…)

カメハメは思わず武者震いをした。

(この超人には昔の私に似た輝きを感じる…)

カメハメにとって、この感覚は何年振りだろうか…


「世界チャンピオン 付き人に7秒でフォール負け!」

翌日のスポーツ紙の見出しだ。
キン肉マンはカメハメが試合開始直後に放ったバック・フィリップをまともに食らい、
そのままフォールされてしまったのだ。
キン肉マンに油断があったとはいえ、あまりにもあっけない負け方に
観客の怒りも尋常ではなかったらしい。


翌日からキン肉マンはハワイチャンピオンのジェシー・メイビアに直談判をしたが、
ことごとくはねつけられた。
途方に暮れるキン肉マンに救いの手を差しのべたのは
皮肉にも彼を負かしたカメハメだった。

「お前はメイビアの付き人の…! き、貴様、何の用があってここに来た!」

「キン肉マン、キミがハワイチャンピオンのジェシー・メイビアよりもはるかに強いからさ。」

「バカを言うな! メイビアの付き人のあんたに敗れたわたしが何故…」

「私がキミに勝ったのは若いキミのスキをついたまでのこと。マトモに戦えばキミに敵うはずがない。キミは強い… キミの体の中には無限の力が宿っていることを、私は感じとった。」

カメハメはキン肉マンの両肩に手を置き、さらに熱く語る。

「キン肉マン、私のもとで修行しろ!! キミをハガネのような体につくり上げてみせる! いや、それだけではない。私にしか使えない48の殺人技を伝授しよう。真のチャンピオンとして生まれ変わるのだ。」

「しかし、メイビアの付き人のあんたが何故…」

「それは…」

カメハメは自分がジェシーにベルトを奪われたいきさつを話した。
だが、それは自分がキン肉マンに目をつけた本当の理由ではなかった。
ともかく、この一件でキン肉マンはカメハメに師事することになる。


――大丈夫、この超人なら私の全てを継いでくれそうだ。


彼は、この浜辺の砂が海水を吸い込むように私の技を覚えていく…
毎日が楽しみだ…
最初は復讐などを考えていたが、私も変わろうと思えば変わるものだ。
私を変えてくれたのは…

「師匠、今日の特訓のメニューは?」

「そうだな、今日はこの組み木を使って…」


あとがき

思うところあり、こんな物を書いてみましたが、いかがだったでしょうか。ストーリー上、パームなるオリジナルキャラを登場させてみました。勝手にこんなキャラ作っちゃってごめんなさい。最初は単なるマネージャー止まりにするところだったんですが。

ところで、これを書くに当たり結構悩んだ点があります。カメハメは本当にジェシーに敗れたのか…ということです。原作でカメハメは、(ハワイ超人タイトルの)ベルトをジェシーに奪われたと言っていましたが、実際のところカメハメがジェシーと戦って敗れたというハッキリという裏付けがないため、何とも言いようがないのです。この話は結局カメハメVSジェシー戦を実現させていますが、僕自身、書いていて不本意な結果になったと思ってます。カメハメがこんな不様な試合をするとは思えないからです。

話の方は大体出来上がっていたのですが、最初はカメハメを老超人とだけ書いて、敢えて名前を出さなかったり、カメハメがパームと別れる時に「こんな時にドクターがいれば… あいつは何と言うだろうか…」と、さり気なくドクター・ボンベを絡めてみたり…という生意気な事を考えていました(読めば分かる通り、結局はやめましたが…)。ともあれ、初めて書いた小説です。ロビンメモの方にでも感想を書いてくれると嬉しいです。

P.S. 書き切れるかどうか分かりませんが、リクエストを受け付けています。投稿作品もお待ちしています。
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