キン肉マン以前
ロビンマスク−仮面王者の苦悩

1979年イギリス―――

ここに一人の天才超人がいた。
彼の名はロビンマスク。

名門の家に生まれ、幼少時より格闘技は勿論、
学業においても英才教育をほどこされて育った。
そして第19回超人オリンピック、初出場にして優勝。
タイトル防衛サーキットを回りきるなど、
まさに最強の超人として世界中に名を轟かせた。
今回の第20回大会も既に下馬評ではロビンの優勝は確実とされていた。
だが………

ここで、超人オリンピックに対するイギリスの事情について語ろう。
イギリスはその誇り高い民族精神故に、超人オリンピックには
毎回少数精鋭の代表しか送り込まなかった。
特に第20回大会は前回圧倒的な強さで優勝したロビンマスクを擁し
今回のエントリーはわずか1名だけと運営委員会に申請している。
もしかすると、そのイギリス側の態度には誇りを通り越して
驕りも見えていたかもしれない。

話を戻そう。
第19回超人オリンピックでウルドラマンを破って優勝したロビンは
ある物足りなさを感じていた。
確かにウルドラマンは第18回大会の優勝者であり、
ロビンにとってはその最強の対戦相手であったが、
彼にさえも実力の半分も出さずに勝ったとあっては ロビンがそう思うのも無理はないだろう。

そんなロビンの精神状態を知る由もなく
超人オリンピック・イギリス予選が始まった。
そこでロビンは自分の心を動かすある物を見ることになる。
その時、ロビンはイギリス予選一回戦の試合を楽勝で終え
自分のトレーニングジム、ロビンジムに帰るところだった。

ふと、試合場の方に目をやると見るもたくましい超人が
一方的に相手のマスクマンを痛めつけている。

(この戦い振り…)

ロビンは久々に湧き上がる格闘家としての喜びを感じていた。

(彼ならばわたしと互角の戦いをしてくれる…)

その超人はマスクマンを秒殺して勝利するが、
観客は彼に物を投げつけたり、ブーイングを飛ばしたりした。
騎士道精神を重んじるイギリス国民にとっては
ロビンの流れるようなクリーンファイトには絶賛の嵐だったが、
彼のような野性的なファイトは全く正反対なものとして受け付けなかったのだろう。
だが、ロビンだけは彼の試合の一部始終を見て、ただ衝撃の余韻に浸っていた。

それ以来、ロビンはその超人の試合を見るために
試合のない日でも試合場に足しげく通うようになる。

その超人の試合を見ているうちに、ロビンは彼の奇妙な戦い方に気付いた。
彼は毎試合激しいファイトを繰り広げていたが、
マスクマンに対しては異常なまでの強さを見せつけていた。
ロビンは、自分もマスクマン故に彼と激しいファイトができるのは大歓迎だったが
彼が何故そのようなファイトをするのかは結局分からなかった。

ロビンの戦闘意欲を呼び起こした超人…彼の名は喧嘩男(ケンカマン)だった。


その後もロビンマスクはAブロック、喧嘩男はBブロックを順調に勝ち進んでいった。
そして、遂に決勝のリングで両雄は相まみえることとなった。


「ロビーン」
「あんたのイギリス代表はきまりだ!!」

この試合のために集まった満場の観客たちは皆、ロビンの勝利を確信していた。
彼らは自分たちの意に反して決勝まで勝ち抜いてしまった喧嘩男を
完膚なきまでにたたきのめすロビンを見にきたのだろう。

(違う! 彼らは分かっていない…)

ロビンは心の中でこの歓声を激しく否定した。

(気を抜けば、わたしの方が彼の野性的なファイトの前に沈められてしまうというのに…)

ロビンは本気で喧嘩男という超人を恐れていた。 しかし同時にロビンはこうも思っていた。

(だが、わたしも黙ってやられるほどお人好しではない。この日のためにわたしも…)

そう、この日のためにロビンはロビン・スペシャルという新必殺技も開発していたのだ。


カーン!!

試合開始のゴングが鳴った。
両者は取り敢えずセオリー通り、リング中央での組み合いにいく気だ。

ガシィ!!

激しい音を響かせ、ロビンマスクと喧嘩男は組み合った。
ロビンの腕から肩にかけて、かつて味わったことのない衝撃が駆け抜ける。

(これだ… やはりこの喧嘩男こそ、私が探していた超人だったのだ…)

そうロビンが思った時である。

「ククククク」

突然、喧嘩男が笑い出した。

「な…なにがおかしい。」

「クククク、これがイギリス最強と言われているロビンマスクの実力か…」

「………!?」

「本当の実力者が認められず、ニセモノが評価されるとはな!」

そう言うと、喧嘩男は組み合っていたロビンから離れ、
くるりと背を向けた。

「世界大会への出場権はおまえにくれてやるぜ、ロビンマスク。」

「し…試合はどうするんだ!?」

「試合はおわったんだよ。おまえはオレに負けた!」

「なにをいう。まだ我われは戦ってはいない!!」

喧嘩男は振り向いて言った。

「組み合った瞬間にみえたんだよ! おまえが血ヘドを吐いて倒れる姿がな!!」

そう言って喧嘩男はリングを降りた。
このやりとりはロビンの他にはリングサイドの数人の観客にも聞こえたが、
彼らはただ単に喧嘩男がロビンに恐れをなして逃げたものと思っていたに違いない。

喧嘩男がリングを降りたことにより、この試合はロビンの不戦勝となったが
勝者であるロビンはただ呆然とリングに立ち尽くしていた。


ロビンマスク控室―――


ガシャーン!

「こんなバカなことがあるかーっ!!」

スチール椅子を壁にぶつけ、ロビンは憤慨していた。

「戦わずして組み合っただけでどうして相手の実力がわかるというのだーっ!」

「しかし、よかったではないか。戦わずして超人オリンピック世界大会の出場権を手に入れたんだから。」

トレーナーのガニア・マスクはロビンが投げつけた椅子を直しながら彼をなだめた。
彼も意外と感情の起伏の激しいロビンに振り回されてかなり苦労している。

「よいことはない! あいつは言ったんだ。自分の実力がホンモノでわたしの実力はニセモノだと…」

ロビンはぶつけようのない怒りを何とか抑えようとしていた。

バリバリ…

突然、ドアの方から何かの割れる音がした。
ロビンもガニアも反射的にドアの方を振り向く。
破れたドアの前には拳を突き出した男が立っていた。
筋骨隆々とした体格…先程までロビンと組み合っていた男…喧嘩男だった。

「そうか。やはりわたしとの真の決着をつける気になったか!」

ロビンは喧嘩男に歩み寄ろうとする。

「待て!! さっきも言ったはず。」

喧嘩男はロビンを制した。

「おまえと組み合った瞬間にオレは自分の勝利を確信した… だから無駄な争いは不要だと……」

「それほど自分の勝利を確信したのなら、なぜ敗者のわたしに世界大会の出場権をゆずるんだ。自分が出場すればいいだろう!!」

「ちっちゃすぎるんだよ! オレにとっては超人オリンピックなどガキの遊びだ…」

そう言って喧嘩男はロビンの控室から出て行こうとした。

「待て!! どこへ行く。」

ロビンは喧嘩男を引き留めようとした。
だが、喧嘩男はロビンに背を向けたまま言った。

「今の世の中みせかけだけの技の競い合いが多すぎる。オレと一分以上戦える超人などひとりもいない!!」

そして、喧嘩男は視線を少し下に向けた。
後ろ姿だったが、喧嘩男のその仕草はロビンにもよく見てとれた。

「少し早すぎたようだ。オレが超人界に現れるのが… しかし今にきっとオレと五分にわたりあえる強者が出現するはずだ… その時までオレは少し姿を消すことにする!!」

「その強者が…」

喧嘩男は振り向いてロビンを指さす。

「おまえであればいいがな。ロビンマスク!!」

それだけ言うと、喧嘩男は外に駆け出していった。
ロビンは喧嘩男を引き留めようと何か叫んだようだったが、
喧嘩男は既に見えなくなっていた。


ロビンマスクはしばらくの間、自宅にこもりがちになっていた。
ガニアにはまだ相談していなかったが、ロビンは 超人オリンピック・イギリス代表の辞退さえも考えていた。
そんな時だった。
急遽、宇宙超人委員会からロビンへの緊急招聘令状が送られてきたのは―――


「ロビンマスク、只今推参しました。」

「おお、ロビン君か。」

「委員長、突然のお呼び出し、一体何の用でしょうか?」

「まぁ、そう慌てずに… ここにかけたまえ。」

宇宙超人協会委員長、ハラボテ・マッスルはロビンに椅子をすすめると
パチンと指を鳴らした。
しばらくしてメイドロボットが森永ココアを2人分運んできた。

「実は、私の親友の息子にスグル君というのがおってな。」

ハラボテはココアを一口飲んだ。

「彼は素質はあるのだが、どうにもヤル気がないようなんじゃ。どうか、一芝居打ってくれんか。」

本来、芝居や八百長は彼のプライドが許さなかったのだが、
この時のロビンの精神状態ではそんな事を考えてる場合ではなかった。
委員長直々の依頼を無下にすると、これからの出世に関わる…じゃなくて
鬱状態にあったロビンは気分転換のつもりで委員長の依頼を受けたのだった。

「分かりました。」

ロビンは立ち上がった。

「直ちにキン肉スグル…いえ、キン肉マンの根性を叩き直してきます。」

ロビンがゲストルームを出ようとした時、ハラボテが呼び止めた。

「ロビン君、ココアは飲んでいきたまえ。ダージリンもいいが、ココアも美味いぞ。」

しばらくしてハラボテの親友、キン肉真弓がここを訪れた。
後はハラボテの計画通りに事は進む。
ロビンにおける3つの誤算を除いて…

一つ目は、ロビンがこの芝居で体力のほとんどを使い果たしてしまうこと。
試合でも彼がこれほど体力を使ったことはなかったというのに…

二つ目は、どういうわけかロビンの悩みがふっ切れたこと。
この一件以来、ロビンは休みがちだったトレーニングを再開。
心身ともに万全のコンディションで世界大会予選に臨むことになる。

三つ目は…
ロビン自身が叩き直したキン肉マンが、自分の人生を大きく変えるような存在になること。
キン肉マンは決勝まで進み、ロビンと対戦することになるのだった…

あとがき

今回はロビン編ということでしたが、無理矢理「王者三部作」というものを完成させるためにこういう人選になってしまいました。内容はほとんど原作の再構成ということで、前作、前々作に比べてオリジナル部分が減っております。オチも何だか消化不良気味で作者の怠慢さが容易にうかがい知れますね。期待していた方、ごめんなさい。

とりあえず、「王者三部作」完結で一段落したのでまだ次の構想は練ってないのですが、今度は「キン肉マン」の原点に還ってコメディータッチにいきたいですね。例えば…金欠にあえぐスグルとミートが探偵事務所を開設。早速事件の依頼が舞い込むがスグルの推理は的外れなものばかり。見兼ねたミートはスグルを麻酔銃で眠らせ、ボイスチェンジャーでスグルの声色を真似て事件の真相を暴く…といったディテクティブコメディーなんてどうでしょうか。題して「名探偵ミート〜質屋に消えた公子事件」。探偵事務所の名前は「キン肉探偵事務所」ではなくてなぜか「冴羽商事」です。ごめんなさい、ウソネタです。
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