【病 因】


人体を自然環境と同じく、内部環境と考えるところは古代医学の特徴である。中医の理論が古代思想を拠り所にすることの利点と欠点を理解しておくべきであろう。生命活動は陰液である血、津液を気が運化することで維持され、動的平衡が保たれる。同じく外部環境たる外界と人体の間にも平衡関係が維持される。平衡状態が崩れ、修復が為されないとき疾病が発生し、又は発生の原因となる。機能失調や抵抗力の減衰という人体側の病因を内因といい、外からの病因を外因という。中医では「外因は内因を通じてはじめて発現する」とし、病因の根本的な原因は内因であり、外因は単に条件と考える。内因には体質的素因と精神的素因(内傷七情)があり、外因には生活素因(飲食・不節・労倦・房室不節・寄生虫)と自然素因(六因・癘気・外傷)がある。このほか様々な原因で体内に発生した気滞、血於、痰飲、水腫などの病理産物も発病因子となる。

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【内 因】

【体質的素因】
体質は固定したものではなく、様々な要素で変動する。一定の期間疾病が発生しやすい状態が続くとき体質異常と考えられ、先天不足と後天的失調が関与する。先天不足は、遺伝、胎児期の種々の障害などで先天的に生じた虚弱体質、発育不良、生理的欠陥、身体的欠陥など。後天的失調は生長、発育、老化などの過程で起こる後天的要素による異常で飢餓、暴飲暴食、飲酒、偏食などの不節制や労働条件、生活環境、鍛錬不足、早婚、分娩異常、多産など。体質的素因は以下の3つが考えられる。

  1. 偏虚:いわゆる虚弱体質で病邪に対する抵抗力が弱く、疾病にかかりやすく回復も遅い。(気虚)

  2. 偏寒偏湿:様々な機能低下による循環不全、水分代謝障害などで寒証や湿証を呈する。(気虚、陽虚)

  3. 偏燥偏熱:体液不足、機能亢進により燥証や熱証を呈する。(血虚、陰虚、陽盛)

【精神的素因】
精神的又は情緒的な変動は、多くの場合、生理的変動の範囲に含まれ疾病の発生には至らない。精神的緊張や情緒的変化が過度になったり長期間続くと、生理的調節ができなくなる。陰液と陽気のバランスが崩れ、臓腑間の失調が生じ疾病を引き起こす。内傷七情といい喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の7つの精神的ストレスが原因とされる。

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【外 因】

【生活素因】
規則正しく節度ある生活を続ければ疾病にかかりにくいが、食生活、性生活、労働など過剰だったり、不規則であれば疾病の原因になる。

  1. 飲食不節:暴飲暴食、不規則な食事、偏食、生ものや冷飲食の過剰、美食習慣、酒や香辛料の嗜好、喫煙、腐敗、不潔なものの摂取。

  2. 房室不節:早婚、多産、過度の性生活。
  3. 労倦:労働の過剰、生活の貧苦。
  4. 寄生虫:回虫、蟯虫、条虫などの腸内寄生虫、住血吸虫、肝吸虫。
  5. 中毒:食中毒、薬物中毒、化学物質や農薬中毒、ガス中毒。

【自然素因】
気象などの物理的環境の変化を六淫、病原微生物の感染を癘気といい、外傷も自然素因含まれる。六淫、癘気など外からの病邪で発生した疾患を外感病という。

【六淫】
自然界の気候の変化を風、寒、暑、湿、燥、火(熱)の6種を六気といい、六気が人体に作用し疾病を発生させたとき、風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、火邪(熱邪)といい、これらを総称して六淫という。気候だけでなく細菌や病原微生物や物理的環境の変化も含み、人体側の症状を勘案して病邪を決定する。

 
風邪 1)発病が急で、消退も早く経過が短い。2)症状に変化がある:遊走性疼痛や
掻痒、筋肉痙攣、しびれ、皮疹の出没。3)悪風、発熱、頭痛、頭のふらつき
目の充血、鼻閉、咽痛、咳嗽。
寒邪 1)全身又は局所の寒冷症状:悪寒、四肢の冷え、腹部や関節の冷痛、顔
色が青い、口唇や爪のチアノーゼ、寒冷を嫌い温暖を好む。舌質淡白、
舌苔白滑。2)薄い排泄物:白痰、鼻水、水様便、不消化便、尿量過多、
創傷から薄い分泌物。3)固定性の激痛:頭痛、関節痛、腹痛、筋肉のひき
つり、関節の拘縮 ※人体側の機能減衰で起こりやすい。
暑邪 1)高熱、口渇、胸苦しい、無汗又は大量の発汗、熱射病、日射病。2)持続
性の微熱、四肢倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、下痢又は便秘、濃尿。
※1)暑熱、2)暑湿の2種がある。
湿邪 1)経過が長く、治癒に時間がかかる。2)停滞性の症状:身体、四肢が重い
頭が重い、締め付けられる痛み、固定性の鈍い痛み、関節、筋肉が動かし
難い。3)全身的又は局所的水液の停滞:顔面、手足の腫れ、浮腫、多痰、
鼻汁、湿疹、水疱、滲出液多い、帯下。4)消化障害が起こりやすい:食欲
不振、嘔吐、腹部膨満、口の粘り、泥状便〜水様便、舌苔厚膩 ※脾虚に
よる水液代謝障害のあるとき起こりやすい。
燥邪 全身又は局所の乾燥症状:鼻孔や口内の乾燥、唇のひび割れ、咽の
乾燥と痛み、乾咳、無痰又は粘痰、鼻出血又は血痰。 ※急性の炎症又は
脱水症状と考えられ、涼燥と温燥がある。
火邪 1)発病が急で症状が激しく進行が早い。2)全身又は局所の熱症状:悪熱、
高熱、顔面紅潮、眼の充血、口渇、多飲、咽痛、イライラ、暑熱を嫌い寒涼
を好む、発赤、腫脹、疼痛。3)脱水傾向:口咽の渇き、口渇多飲、舌唇の乾
燥やひび割れ、便秘、硬い便、濃尿。4)粘稠又は膿性の排泄物:鼻汁、黄
痰、膿痰、膿血便、灼熱性下痢。5)出血:鼻出血、歯茎出血、吐血、喀血、
下血、皮下出血、発疹。6)意識障害をきたしやすい。 ※化膿性、壊死性の
炎症を熱毒という。風熱、湿熱、暑熱として発症し、時間の経過とともに熱
邪に転変する傾向がある。
 
ひとつの病邪が単独で発現することは少なく、数種の病邪が重なることが多い。また病邪の引き起こす症状は人体の病理反応によって、他邪の症状に変化していく。体の機能失調や低下によって風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪・火邪の症状に似た現象が起こることを内風といい、各々内風(肝陽化風・血虚生風・熱極生風)、内寒(陽虚による虚寒)、内湿(脾虚・腎陽虚による痰飲・水腫)、内熱(陰虚による虚熱)、内燥(陰虚による燥証)と呼ばれている。内風と対比して六淫の邪による外感病を外風・外湿・外熱・外燥ということがある。

【癘気・れいき】 別称:戻気・疫癘
天然痘、コレラ、チフス、ポリオ、ペストなど、急性伝染病の総称。

【外傷】
創傷、打撲、捻挫、骨折、熱傷、獣や虫による咬傷。

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【病理的産物】

臓腑機能の失調や低下で生じた気滞、血於、痰飲、水腫などの病理産物が新たな疾病の原因となる。

【気滞】
自律神経系の機能失調により胸部や腹部臓器の平滑筋が緊張又は弛緩したり、腸内ガスの停滞や蠕動異常などで気が鬱滞することをいう。精神的ストレスや抑鬱、外感病、食滞、外傷などが原因と考えられ、とくに精神的ストレスに関連するものを肝気鬱結といい、この状態が続くと過亢進で熱証へ進み肝火上炎、心火上炎を呈する。気滞が続くと気虚に移行し、血於、痰飲、水腫などを引き起こす。

【血於】
全身的な血行障害、局所的うっ血、外傷又は炎症性の内出血をいう。外傷、高熱、炎症、手術、出産、月経異常、出血や寒冷・気虚に伴う循環障害、心血管系の疾患による循環不全などが原因と考えられる。血於により血の濡養作用が低下すると気滞、血虚が生じ、出血、水腫なども生じる。気滞と血於は密接な関係があり気滞血於ということが多い。

【痰飲・水腫】
水分代謝の失調又は低下、血管透過性の増大や炎症で貯留した異常な水液。胸水、腹水、気道内の痰、胃の溜飲、腸管の水液、浮腫などがあり、外感病による発汗障害、水分代謝障害、アナフィラキシー、ホルモン失調、循環不全などの原因が考えられる。

※病因の中で、外因と病理的産物を「病邪」といい、病邪は性質によって陽邪(陰液を損耗)と陰邪(陽気を損傷)に分類される。

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【疾病の発生と進行】

陰液と陽気は臓腑機能により相互扶助・抑制しあい生理的バランスを保っている。これを陰陽消長といい、正気は充実し健康状態が維持される。ここに何らかの原因で陰陽消長が失調すると疾病が発生する。疾病は基礎に陰陽失調又は正気の不足があり、そこに病因が作用することで起る。陰陽失調は体の機能、物質面の相互作用の失調に重点を置き、邪正闘争は正気と病邪の力関係に重点を置いて考える。一般に外感病では邪正闘争が主になり、その他の疾患では陰陽消長が主となるが、すべての疾患に含まれる表裏である。

【陰陽失調】
血・津液・精などの陰液と陽気は互いに依存する「陰陽互根」の関係にあり、臓腑の機能を通じて制約し制御している。相互扶助と制約のもとで陰陽が消長し、一定範囲で変動しバランスを保つ。何らかの原因で範囲を超えた変動が生じ、短期に回復しえない状況を陰陽失調といい、2つに分類される。

  1. 陰陽偏衰:陰液か陽気が不足した状況で、虚証である。陰液不足を陰偏衰といい血虚・陰虚があり、陽気不足を陽偏衰といい気虚・陽虚がある。陰陽互根の原則からいずれかの失調で互いの不足が起こり、気血両虚、気陰両虚、陰陽両虚の状況も起こる。機能や物質面の不足から体内に血於、痰飲、水腫などの病理的産物が発生し、陰陽偏勝も起こりうる。

  2. 陰陽偏勝:体の正気の隙につけ込み陽邪か陰邪が侵入した実証である。陰邪による病理反応が陰偏勝で陰盛・陰実があり、陽邪では陽偏勝で陽盛・陽実がある。陰邪は陽気を障害し陽偏衰の状況へ進み、陽邪は陰液を消耗し陰偏衰が発生する。

陰陽失調には陰陽調整の治療を行い、陰陽の偏衰には陰液、陽気を補充し、陰陽の偏勝には陰邪、陽邪を除去する。

【邪正闘争】陰陽消長が維持され正気が充実しているときは疾病は発生しないが、正気に隙ができ病邪が侵入すると、正気と病邪が戦う邪正闘争が起こる。正気と病邪の力関係で闘争の形勢が変化し様々な経過をたどる。一般に疾病の初期には病邪、正気ともに強く、激しい病理反応を示し、正気が病邪に打ち勝つことで治癒する。しかし、病邪が正気を消耗し続けると、疾病は悪化し死に至ることがある。

  1. 正勝邪退:病邪が消退し病理反応が終息、修復され回復期に入った状態をいう。邪正闘争が激しいときは病邪が消失しても正気の不足が残るため、陰陽調整によって正気を回復させる。

  2. 邪盛正衰:病邪の勢いが強いか正気が弱いかのときは病邪の攻撃が持続、増強し、正気はますます衰退し病状が悪化、死に至ることがある。正気が勝れば病邪は衰退し治癒に向かい、病邪が勝れば正気は消耗し悪化するが、病邪の勢いも弱く、正気も衰えたとき慢性病となって治癒が難しくなる。回復しても正気の損傷が後遺症として残ることがある。邪正闘争が主となる疾患では病邪を除去する攻法や瀉法の治療法を用い、補法による正気の扶助は補助的に行う。

  3. 陰陽失調と邪正闘争の相互転化:陰陽失調と邪正闘争はほとんどの疾病で同時に見られるが、状況次第ではいずれかが中心となり、経過とともに転変する。疾病は陰陽失調が原因で起こり、病邪の侵入で正気との争いが起こる。正勝邪衰の回復期や慢性病になると陰陽失調に移行する。陰陽失調の状況で陰陽偏衰が進行すると血於、痰飲、水腫などの病理産物が生じ、これが病邪となって正気を損傷し邪正闘争に移行することがある。

 

 

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