【気血弁証】


人体を構成する陰液(血・津液・精)と陽気(気)の病理状態を判断するもので、八綱弁証と同じく弁証の基本となる。気血弁証の範囲は全身の機能状態・代謝・内分泌・血液凝固・線溶系・自律神経系・中枢神経系・心身相関・臓腑相関などすべてに及ぶので具体的疾患は臓腑弁証による検討が必要になる。

病理状態で主に機能に関係する陽気を「気分」の疾患、物質面に関係する陰液を「血分」の疾患ということがある。一般に疾病は気分から始まり次第に血分に及ぶが長期に気分にとどまり血分へ波及しないものや、発病初期から血分の症候を呈するものがある。気分と血分の疾病は陰陽互根で相互に密接に関係する。

(1)気の病証
気の推動・温煦・防衛・気化・固摂などの作用の異常による病態で気虚と気滞の2つに分類される。

  • 気虚:気の作用の不足による症候で、臓腑の機能低下・抵抗力の減退が起こる。先天性虚弱・老化・栄養不足・疲労・不節制・慢性疾患などが原因となる。
  • 陽虚:気虚がすすむと同化作用やエネルギー代謝が低下し、末梢で循環不全が起こり寒証を呈する。虚寒ともいい、とくに顕著なものを陽虚陰盛・陽虚寒盛という。
  • 気滞:気の機能が停滞し自律神経系の緊張や異常亢進が起こる。精神的ストレス・病邪の感染・外傷・飲食の不節制や気虚により気滞が生じることがある。
気 虚 元気がない・疲れやすい・無力感・声に力
がない・口数少ない・動きたがらない・汗
をかきやすい・息切れ・舌質淡白又は
肥大・脈軟弱で無力
気の生成は脾胃の関与が最も大きい
ので気虚の中心は脾胃気虚である。
脾胃気虚で平滑筋・横紋筋の緊張
が低下し、内臓下垂・脱肛・子宮脱
を呈したものを中気下陥という。

治法は補(益)気で全身の代謝や機
能を促進し中枢神経系の亢奮・強心
効果のある人参・党参・黄耆などの
補気薬と消化吸収を促進する白朮・
茯苓・山薬などの補脾薬を用いる。
気陥には柴胡・升麻・葛根などの
升提薬を配合する。

処方)四君子湯・補中益気湯

肺気虚 呼吸浅い・息切れ・声に力がない・汗かき・
咳嗽・喀痰
心気虚 動悸・息切れ・胸苦しい・不安・脈結代又は
遅か数・舌質淡白で胖大
脾胃気虚 疲れやすい・四肢だるい・食欲不振・腹
が張る・便秘又は泥状便・中気下陥では
下痢・脱肛・内臓下垂・子宮脱
腎気虚 頭のふらつき・知力減退・目まい・耳鳴り・
聴力減退・腰膝無力・尿の余瀝又は失禁
・夜尿・排尿異常・性機能減退

 

陽 虚 気虚の症状の他、寒がる・四肢冷・寒冷を嫌い
温暖を好む・多尿・舌質淡白で胖大・脈遅で
微細・チアノーゼ・水様便
腎陽虚が中心で、脾腎陽虚・心腎
陽虚として見られる。

治法は補陽で補気薬に強心・循環
促進・中枢神経亢奮・強壮の作用を
持つ附子・鹿茸・肉従容・巴戟天な
どの補陽薬を加え、陽虚陰盛には
乾姜・附子・呉茱萸などの去寒薬を
加える。

処方)理中湯・四逆湯・八味丸

 

胸部気滞 胸苦しい・胸のつかえ・呼吸早く荒い・
胸痛・咳嗽
胸部や腹部の苦悶感・膨満感や痛み
が主症状。曖気・排ガスでしばし軽減
する。時間的に増減する疝痛や遊走
性の疼痛も見られ、精神的な要素で
増強する。腹部に腫瘤が現れることが
あるが、押さえると消失し場所の特定
ができない。自律神経系の緊張や
異常亢進で平滑筋が影響を受け、
気管支・腸管・胆道・血管壁などが
収縮し、通過障害・逆蠕動・ガス貯留
・胆汁分泌障害などが起こる。

治法は理気・行気で自律神経系の
調整・鎮痛・鎮静・止嘔などの作用を
持つ香附子・枳殻・陳皮・木香など
の理気薬を用いる。胸部気滞は薤
白・枳殻・瓜呂仁など理気寛胸薬。
胃気滞は香附子・木香・半夏・陳皮
などの和胃理気薬。腸気滞には
木香・香附子・厚朴・檳榔子などの
理気通便薬。肝気鬱結には柴胡・
青皮など疎肝理気解鬱薬。症状に
応じて各種理気薬を配合し、化火し
たときは山梔子・黄連・黄今・竜胆
などの清熱瀉火薬を配合する。気虚
気滞には少量の理気薬を、気滞
血於には活血化於薬を配合する。

処方)小半夏湯・四逆散・
柴胡疎肝散・逍遥散・抑肝散

胃気滞 上腹部膨満感や痛み・食欲不振・曖気
呑酸・吃逆・悪心・嘔吐
腸気滞 腹部膨満感・腹痛・腹鳴・排ガス・排便困
難・裏急後重
肝気鬱結 精神的な素因が関与する。憂鬱感・易怒
・胸脇部の脹りと痛み・月経痛・月経不
順・乳房の脹り。肝気鬱結が続くと自律
神経の過亢進に伴い異化作用が強まり

頭痛・のぼせ・イライラ・怒り・顔面紅潮・
口乾・口苦・難聴・不眠など肝火上炎とい
う熱証が生じる。この過程を肝鬱化火と
いう。肝気鬱結で起る消化器障害を肝気
横逆といい胃に及ぶものを肝胃不和、脾
に及べば肝脾不和という。

気滞による血管運動神経の緊張で循環
障害が発生し気滞血於が見られる。
気滞のうち、下降せず上逆するものを
気逆といい、肺気逆で咳嗽・呼吸困難
・胸苦しさが起こり、胃気逆で曖気・
呑酸・悪心・嘔吐・吃逆が起こる。

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(2)血の病証
血は濡養(栄養・滋潤)・血液循環・血液という3つの意味が含まれ、それぞれ血虚・血於・出血という病態が見られる。
  • 血虚:濡養作用の不足をいい、脾胃の運化作用が低下したり、血の生成原や出血・血液破壊による血量の不足と循環不全(血於)による供給量の不足が原因と考えられる。
  • 陰虚:血虚がすすむと津液不足が現れ、栄養不良・脱水などによる体内の異化作用の亢進・自律神経系の亢奮・代謝の過剰・脳の抑制過程の減退などに伴い熱証(虚熱)が生じる。
  • 血於:一般に血行障害といわれる循環障害のことで原因は次の5つが考えられる。1)微小循環の障害:血流の緩慢化や停滞、血管内の血小板・血球の凝集と閉塞、血管の形態異常・狭窄又は閉塞、血管外への溢血・出血。2)血液のレオロジー(粘性)異常:血液濃度の増加、血漿粘度比の増大、血液凝固能の増大。3)血液の流体力学的異常:心駆血能の減弱、血管壁の抵抗性増大。4)外傷性:炎症性出血や組織の血液貯留、骨盤内のうっ血。5)続発する炎症:うっ血・水腫・びらん・壊死・硬化・細胞増殖・変性・血管透過性増大。
  • 出血:出血は大きく分けて血熱・血於・気虚によるものがある。原因は血小板減少ないし血小板機能障害、血液の凝固機序の障害、血管の障害によるものなどがある。
血 虚 顔色悪い・皮膚につやがない・頭が
ふらつく・目がかすむ・爪の色が悪い
・舌質やや淡白・脈細
脳の抑制過程の機能低下・自律神経系の
失調・心筋や筋肉の代謝異常などで生じる
と考えられる。血虚の中心となるのは
肝血虚。

治法は補血(養血)で当帰・地黄・芍薬な
どを用い、心血虚には丹参・酸棗仁・竜眼
肉などの養心安神薬、肝血虚には枸杞子
鶏血藤などの補血養肝薬を配合する。
補血薬には滋養強壮・栄養・神経機能
改善作用があり、造血機能も促進する。
補血薬は味が濃いので胃もたれを生じ
やすく長期服用には健脾胃薬を配合する

処方)帰脾湯・四物湯

心血虚 動悸・不安感・不眠・夢をよくみる・
健忘
肝血虚 めまい・目のかすみ・目の乾燥感・
疲れ目・手足のしびれ・筋肉痙攣・
月経の遅れ・経血の過少・無月経

 

陰 虚 血虚の症状の他、顔面紅潮・のぼせ
・胸が暑苦しい・熱感・いらいら・不眠・
手掌足裏のほてり・口乾・唇のひび
割れ・寝汗・舌質深紅・舌乾燥・
舌裂紋・舌苔少・鏡面舌・脈細数など
熱証と燥証がみられる。とくに熱証の
強いものを陰虚陽亢・陰虚火旺・
陰虚火動という。

臨床でよくみられるのは肺胃陰虚・
心腎陰虚(心腎不交)・肝腎陰虚

治法は補陰(養陰・滋陰)で補陰薬と補血
薬を用いる。肺・胃の陰虚には麦門冬・沙
参・百合・石斛。肝腎陰虚には玄参・地黄・
天門冬・女貞子・亀甲。熱証が強いとき
は知母・黄柏・地骨皮などの清虚熱薬や
牡丹皮・山梔子・黄連などの清熱薬を
配合する。

処方)六味丸・麦門冬・左帰飲・養胃湯

 

血 於 顔色どす黒・皮膚つやなくカサカサ(
肌膚甲錯)・色素沈着・小血管拡張
クモ状血管・腹壁動脈の怒脹・静脈
瘤・唇舌紫・脈沈細又は渋・頭痛・肩
こり・健忘・寝つき寝起きが悪い・
口乾・冷えのぼせ・便秘・排便の
回数多・黒便。

女性では月経痛・月経不順・経血が
暗黒色で凝塊が混じる。疼痛:頑固
で固定性・刺すようなひきつるような
痛み・深部痛・持続時間長い・夜間
増悪。出血:皮下・紫斑・鼻出血・歯
齦・血便・血尿・不正性器出血など
全身にみられ、慢性化、反復する。
腫瘤:外傷等による血腫・膿腫・腫瘤
・肝腫・脾腫・子宮筋腫。

脳血管障害や代謝異常に伴う精神
神経症状。血於で血の涵養作用が
低下したり機能障害が起こると、
血虚や気滞が生じ、血虚血於・気滞
血於を引き起こす。

外傷・炎症・高熱・手術・出産・月経異常
出血性疾患・免疫異常・寒冷による血管
収縮・血管運動神経の失調・心血管系の
疾患など、多くの疾患が血於と関連する。

治法は活血化於で血管を拡張してうっ血を
除く桃仁・紅花・川弓・丹参や鎮痛効果を
備えた延胡索・牛膝・乳香・蘇木などの
活血化於薬を用いる。血腫や陳旧性血於で
腫瘤が認められるときは水蛭・庶虫・三稜・
莪朮などの破血薬を、出血については田七
・蒲黄・小薊・茜根などを、便秘には大黄・
芒硝を配合する。

気滞血於が多いので活血化於薬に理気剤
を加え、気虚・血虚・寒盛・熱盛などともな
えば補気・補血・去寒・清熱などの薬物を
加える。

処方)桂枝茯苓丸・通導散・桃核承気湯
大黄庶虫丸・低当湯

 

血 熱
(出血)
熱証とともに出現し実熱と虚熱が見
られる。実熱は顔面紅潮・目充血
・唇や結膜など紅い・熱感・口咽の
渇き・舌質紅・舌苔黄・脈数有力・
出血の色は鮮紅色で止血は容易
である。充血による動脈性のもので
鼻血・喀血・吐血など上半身から
が多い。

虚熱の出血は陰虚の症状で見られ
慢性的で反復し少量・鮮紅色の
出血。

治法は清熱涼血解毒で、地黄・牡丹皮・赤芍
・玄参・紫根などの清熱涼血薬に黄今・黄連
山梔子・知母・黄柏などの清熱解毒薬を加
え、側柏葉・大小薊・地楡・茜根など寒涼性
の止血薬を配合するが、止血薬は必ずしも
必要ではない。

処方)黄連解毒湯・三黄瀉心湯・小薊飲子

治法は滋陰清熱止血で、地黄・天門冬・
麦門冬・阿膠などの滋陰薬に知母・黄柏・
地骨皮などの清虚熱薬を配合し、これに
寒涼性の止血薬又は白及・棕櫚など収渋
止血薬を加える。

処方)生地黄湯・茜根散

血 於
(出血)
前項の血於を参照 前項の血於を参照
気 虚
(出血)
気の固摂作用の低下による出血で
気不摂血という。気虚の本は脾気
虚なので脾不統血ともいう。気虚
陽虚の症状がみられ、慢性的で
持続性のある少量の出血。出血の
色は淡紅で突然大量に出血する
こともある。
血小板を含めた血管壁の正常性維持機能の
低下又はプロトロンビンや凝血因子の不足
が関連する。

治法は補気(又は補陽)止血で補気薬に
伏竜肝・艾葉などの温性止血薬を配合する。

処方)帰脾湯・補中益気湯・黄土湯

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(3)気血同病
気と血は生成・機能・運行に関し密接な関係があり、病理的にも互いに影響しあう。気血は同時に病理変化を呈することが多い。
気滞血於 血管運動神経系の機能停滞や失調
が生じ、循環障害が起こる。血於に
よって機能が障害され気滞が発生
する。
無月経・月経困難・外傷・慢性肝炎・消化
管潰瘍などで良く見られ、治法は理気
活血で活血化於薬と理気剤を配合する。
気血両虚 気は血によって濡養を受けて機能
し、血は気の気化作用で生成し、
推動作用で循行する。気虚は血虚
を生じ、血虚は気虚を生じので気血
両虚の症状が同時に見られる。
貧血・顔食不良・爪もろい・頭のふ
らつき・動悸など血虚の症状と無力
感・元気がない・息切れなど気虚の
症状が同時に起ることが多い。
治法は気血双補で、補気薬と補血薬を
組み合わせて用いる。補気薬に重点を
おいて血液の運行と生成を促す。

処方)十全大補湯・帰脾湯・当帰補血湯

気随血脱 大出血で顔面蒼白・冷汗・意識障
害・脈無力などのショック症状が
見られ血液とともに気も亡失したと
考えられる。
止血より元気の回復を優先する。益気で
ショック状態が回復したのち止血・造血
を行う。治法は大補元気又は回陽救逆

処方)独参湯・参附湯などを頻回大量に
用いる。

陰陽両虚 陰虚と陽虚の症状が同時に見ら
れる。
治法は陰陽双補で、陽虚に偏るときは
右帰丸、陰虚に偏るときは左帰丸。
陽亢が顕著であれば滋陰降下を兼ねた
二仙湯。

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(4)津液の病証
津液の病証は非常に多いが、一般に津液不足と停滞の2つに分けられる。
津液不足

血 燥

津虚ともいい、滋潤作用の不足で
乾燥が起こる。組織液の不足で
燥邪を受け急性脱水症状を呈する
のが外燥で燥邪犯肺という。熱邪
によって高熱・発汗・炎症による脱
水、下痢・嘔吐・出血過多・利尿薬
による津液不足を内燥といい、軽度
のものを傷津、重いものを傷陰とい
う。熱性病で見られ陰虚では
傷津・傷陰が必ず起こる。

慢性の経過によって生じる津液不
足と血虚の症状で、とくに熱証を
伴わない慢性の栄養不良。老化
による精・血不足・長期に及ぶ栄養
障害・陳旧性血於による血の潤養
作用の低下で起こる。

傷津では口渇・多飲・口渇・尿量減少・
便硬い・舌質紅で乾燥・脈数。傷陰では
口渇・唇のひび割れ・皮膚乾燥・尿量減・
便秘・舌質暗色を帯びた深紅・舌苔消失・
脈細数・甚だしいときは意識消失・痙攣。
治法は傷津に生津、傷陰には滋陰生津。
地黄・沙参・石斛などの生津薬と阿膠・
玄参・麦門冬・亀板などの滋陰薬を用
いる。熱邪による傷津には石膏・知母
などの清熱瀉火薬を加える。

処方)傷津:増液湯。傷陰:加減復脈湯

筋肉痩せおちる・皮膚乾燥しザラザラ・
爪脆い・頭髪乾いてつやなし・便硬い・
慢性便秘・舌質暗紅で乾燥・無苔・脈細
又は孔・ときに皮膚の痒み・落屑がみら
れるのを血燥生風又は血虚生風という。
治法は養血滋燥で滋潤性と栄養のある
地黄・何首烏・当帰・丹参・白芍・枸杞子
などを用いる。

処方)滋燥養営湯・当帰飲子

湿・痰飲
・水腫
津液の輸布と排泄に障害が発生
すると津液が停滞し異常な水液
となり新たな病邪に転化する。
軽度なものを湿又は水湿、ていど
が進み所在が明らかになったもの
を痰飲・水腫という。
発汗障害・腎濾過障害・膠質浸透圧の
低下・電解質バランスの失調・循環障害
・血管透過性増大・炎症・免疫異常・内
分泌の失調などが原因となり、細胞・
組織・組織間液・体腔内などに貯留した
組織液・分泌液・滲出液と考えられる。
>>
詳細は病邪弁証

 

 

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