【治 則】
中医学の治療は実践的に確立されたもので、治則と治法に分けられる。治則は弁証に基づいて最適な治法を導くためのガイドといえよう。疾病は個体差・環境・治療法など様々な要因で多様に変化・推移し、弁証により原因と当面の状況を把握した。そこから治療に向かうには根治をとるか、ひとまず苦痛を除く標治をとるかの検討が欠かせない。治療には他にもいくつかの原則がある。 |
(1)本治と標治 「本」は疾病の本質で「標」は外面に現れる症状。正気と病邪の関係では正気が本、病邪が標。病因と 症候では病因が本、症候が標。病変部位では内臓が本、体表が標。疾病の新旧では旧病が本、新病 が標。すべての疾患で症状を呈する現象は標であり本ではない。四診によって標から根本原因たる本 を把握する。 |
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治本・治標 | 疾病の根本原因に対する治療を治本、対症療法を治標といい、治本が原則ではあるが、 状況では治標を行うことがある。「急なれば標を治し、緩なれば本を治す」つまり、危急 の場合や急性発作に対しては、一時的に対症療法をおこない、緩解期には原因に応じ た治本を行う。 |
標本同治 | 根本治療と主症状を同時に緩解させる。例)脾胃気虚で腹部膨満・曖気など気滞がある とき、四君子湯で補気し木香・縮砂・陳皮などの理気薬を配合する。 |
正治・反治 | 弁証後、寒証に熱薬、熱証に寒薬、虚証に補薬、実証に瀉薬など疾病の性質と逆の薬 物を投与し、状態を正常に引き戻すことを正治といい治療の基本である。疾病の性質と は逆の症状を呈する「仮象」では症状と同じ性質の薬物を投与するが、本質は正治と変 わらない。反治は以下4つに分けられる。
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(2)扶正と去邪 邪正闘争を解決する治療法。扶正は正気を補充し、去邪は病邪を除去し正気を温存する。扶正は 補法を用い、去邪は攻法を用いる。病邪が盛んでも正気の衰弱があまり見られないときは去邪だけ でよく攻法を用い、正気の衰弱だけか正虚で病邪の勢いが微弱なときは扶正だけでよく補法を用いる しかし、一般的に病邪による実証と正気の衰弱による虚証が混在することが多く、攻法・補法の両面 を考慮する。 |
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先攻後補 | 病邪の勢いが強く、急いで去邪する。正虚があっても攻法に耐えられるとき用いる。邪盛 が原因で正虚が生じたときはまず攻法で病邪を除き、ついで補法を用いる。 |
先補後攻 | 病邪の勢いが強く去邪が必要だが、正虚の程度が重く攻法では危険。まず補法で正気 を補充してから攻法を用いる。 |
攻補兼施 | 病邪の勢いが強く、ある程度の正虚も見られる。攻法と補法を同時に用いる。この方法が 一般的で攻法・補法の割合を変えて臨機応変に対処する。 |
(3)陰陽の調整 陰陽失調を調整することで、陰陽偏盛(実証)と陰陽偏衰(虚証)の2つに分けられる。 |
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陰陽偏盛 | 陽偏盛は陽邪による病理的症状で陽盛(陽実)といい、陰偏盛とは陰邪によるもので、 陰盛(陰実)という。陽盛は陰薬(苦寒薬)で除き、陰盛は陽薬(辛温薬)を用いる。陽邪 は陰液を消耗しやすく陰虚(陰偏衰)を起こし、陰邪は陽気を障害しやすく陽虚(陽偏衰)を 起こしやすい。陽偏衰のものは陰邪を感受しやすく、陰偏衰のものは陽邪を感受しやすい
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陰陽偏衰 | 陽偏衰は陽気の不足で、陰偏衰は陰液の不足をいう。陽虚は陽薬(甘温薬)で補し、陰 虚は陰薬(甘寒薬)で補す。陽気が不足すると相対的に陰液が有余となり寒証を呈し、 これを陽虚陰盛という。陰液が不足すると陽気が有余となり熱証を呈し、これを陰虚陽亢 という。いずれも陽偏衰・陰偏衰が基礎にあるため攻法を用いてはならない。例)陽虚 陰盛に八味丸で陽気を補えば寒証は自然に消失する。陰虚陽亢に六味丸で陰液を補え ば熱証は収まる。陰陽偏衰が長期化したり程度が進むと寒証・熱証が甚だしくなったり 痰飲・水腫・血於が生じる。この状況は陰陽偏衰から陰陽偏盛が発生したことになり 偏衰の補法と偏盛の攻法で対処する。(攻補兼施)
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(4)加減 弁証が同じでも季節・環境・地域・年齢・性別・体質などに従い、治法を変更・修正する。 |
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因時制宣 | 季節の変化は人体の生理機能や病理変化に影響を及ぼす。温暖のときは発汗しやすい ので表寒に過度の辛温解表を行うと、発汗しすぎて正気を損ずる。寒冷のときは循環が 低下しているので寒涼剤を過度に使用すると陽気を損傷する。 |
因地制宣 | 地域的特性・生活環境などで特徴的症状が発生する。多雨・湿潤の環境で湿証・乾燥 や温熱の環境で燥証や熱証・寒冷の環境で寒証 |
因人制宣 | 年齢・性別・体質・習慣などで特徴が異なる。小児は機能・代謝が旺盛であるが、抵抗力 や物質的基盤が未熟である。作用の激しい薬物は用いるべきではなく、分量も控えめに する。老人は生理機能が低下して虚証を呈することが多く、強い攻法は行わない。婦人 は月経・妊娠・分娩・産後などの状況に応じて適切な用薬が必要である。他に体質や習 慣、アレルギーの有無など検討する。 |