【奇方について】
「奇方」という言葉は辞書にはない。そこで「奇」を調べてみると:普通と異なること。めずらしいこと。不思議。思いがけないこと。このように書かれている。漢方も人によっては普通とは異なる、めずらしい、不思議なものと言えなくもない。しかしその漢方家の間でも奇方と呼ばれているものがある。民間療法や伝承で常識とされているものも漢方的にみれば普通とは異なるものなのだ。テレビの健康番組や健康雑誌に取りあげられる話題の療法などは「奇方」の部類に属するのかもしれない。似た言葉に神薬、霊薬、秘薬、特効薬....などあるがこれらの意味とは異なるものである。 現代医学で治療方法が行き詰まった時、一体どのような手立てがあるのだろうか?苦痛を除く為の対症療法だったり、低い可能性に賭ける手術だったり、退院だったりする。こんな状況の時、代替医療や補完医療がその居場所を提供してくれる。薬草療法が治療の中心であった古い時代、その療法に行き詰まったとき求めたのが奇方であり、呪術などであったと想像される。現代の漢方家は西洋治療を主とし漢方治療を従とする考えの人もいるし、その逆もある。さらに漢方一辺倒の治療家も少数ながら居る。この人達が治療に行き詰まったとき、一体どのような対策を講じるのか興味津々である。 昔の医家に限らず治療に携わる者であれば、それが科学的証拠に乏しいものであっても経験や伝承を基に幾らか独自の治療法を備えていると思う。プラシーボ効果という一語のもとに解釈は出来ないが、奇妙、珍妙な物や方法はその事だけで霊験新たかなものを感じるのである。民間にはおびただしい数の療法があり、またその変方や個々人の工夫で変容したものなどが溢れている。その中から輝く玉が見つかるかも知れない。療法の宝庫であり希望の宝庫でもある。奇方とされていた中から漢方処方となったものも数多くあるに違いない。そして漢方薬として使われていた中から現代医学の舞台に登場したものも少なくない。 漢方の勉強を始めた頃は今ほど書物に恵まれなかった。古典の解説か昭和漢方の復興に貢献した漢方家の著作が頼りであった。豊富な経験例をもとに薬方の解説が為されているが、現在の評価法で検討するとその資料価値は低いと言われている。しかし、試行錯誤の末、方剤運用の技術を確立された仕事は常人のなせる業ではない。その書物に「奇方」として紹介されているものがいくつかある。漢方の大家(たいか)も治療が行き詰まったとき、このような工夫をされたのだろうか?あるいは患者と一緒に藁をもつかむ思いで試みられたのか?凡人には解からぬところである。 |
不 眠 |
睡菜(みつがしわ) 和名、水半夏ともいう、このもの一切熱の甚だしき者の不眠に用い て効神の如し。瘡家或いは一切の熱病実候の者の不寝に用ゆ。 甘草と2味、水煎服してよし。睡菜の方を用いること1貼りにしてそ の効神の如し。 |
筋骨の 歯 痛 |
接骨木(にわとこ) 折傷、筋骨の疼痛、虫歯などに浴湯にして用いまた小さく削って作 った杵の先で腹の積聚や疝塊を按圧してやるとよい。そこでこれを 種々の処方に加えて、神経痛や外傷性の疼痛に用いる。 |
悪 心 嘔 吐 |
葉蘭(はらん) 吐水の症、水腫の症にこの1味を煎剤にして用いる。 鼠尾草(みそはぎ) 連翹(れんぎょ) 酢(食酢) |
下 痢 |
牛遍丸(げんのしょうこがん) げんのしょうこを黒焼きにして米糊で丸薬としたものである。一切の 痢疾を治する甚だ妙なる和方。裏急後重(しぶる)気味の下痢に良く 効く。またこれは大便が快痛しないものにも良い。単なる下痢止め ではなく、腸の機能を調和する効がある。 黄柏(きわだ) |
痔 |
かたつむり 痔が腫れて痛むものに、かたつむりを陰乾にして粉末としたものを つけるとすぐ治る。また香油の中に、かたつむりを1ヵ月あまり漬け ておき、その油をつけても効がある。(臭気の点で考慮がいる) みみず 柿 いけま 昆布 はすのしべ 砒霜石 |
火 傷 凍 傷 打 撲 損 傷 |
菊花・紅花 打撲に菊の花と紅花を濃く煎じ温湿布する。 また、野菊の花を葉も枝もつけたまま、乾燥させ保存しておき必要 なときに童便(小児の尿)と無灰酒を1椀ずつ加えて煎じ、熱いも のを服む。 芭蕉(ばしょう) 鮒(ふ)な 楊梅皮(やまももの木の皮) 山椒の葉 小便 胡瓜(きゅうり) |
化膿症 腫 物 |
露蜂房(ろほうぼう) 雨露にさらされた蜂の巣でスズメバチ科のものを用いる。土蜂より 山蜂の巣のほうが良く効く。露蜂房1味の半分を炒り、半分を生の ままで別々に粉末にし等分を混和する。1日3匁(1匁=3.75g)を 酒で服む。そして患部にはその粉末を酢で練って貼る。これで100 日かかる癰も20日で治る。急性リンパ腺炎、乳房炎、皮下膿瘍 歯齦炎などに著効あり。疼痛のあるものは服用後30分位で疼痛は 軽減し、軽いものは1、2服でそのまま消退し、重いものは炎症が 中心部に限局してきて口が開き排膿する。肉芽の発生も早い。 ひょう疽には効かない。 赤目柏(あかめがしわ) |
掻 痒 発 疹 皮膚病 蕁麻疹 |
石膏 頭部白癬(しらくも)、顔面白癬(はたけ)に良く効く。焼いた石膏を 細末にし、これを酢で練って患部に塗る。酢は米で作ったものが 良い。 なめくじ はとむぎ(ヨクイニン) あおぎりの生葉・すべりびゆの生葉 杉の葉・あせびの葉・松やに 栗の葉・沢蟹・かつおぶし 蟹(かに)・犬山椒の葉・地膚子(ほおき草の実) あまどころ 苦参(くじん)・桃の葉 黒焼き |
出 血 |
れんこん 喀血の止まない者、れんこんのしぼり汁を一回にコップ一杯ほど を服む。 もぐら 荊芥(ありたそう) |
尿路結核 | 露蜂房(ろほうぼう) 雨露にさらされた蜂の巣でスズメバチ科のものを用いる。粉末とし て1日6gを煎剤に兼用すると、尿を清澄にする。 乱髪霜(らんぱつそう) |
鵞口瘡 |
黄柏(きわだ) 粉末にし、これにホウ砂を加え絹の布に包み、口に含ませる。 天南星(まむしぐさ) |
ひょう疽 |
生卵 鶏卵の一角を患部指の挿入できる程度に破り、指を入れて目の 高さに固定して1時間くらい浸しておく。軽症のものはこれだけで 大抵治る。皮膚性、皮下性のものは容易に治る。 |
脱 疽 |
青汁 葉緑素を多く含む野菜、または野草3〜5種類の青汁をとり果汁な どで矯味して毎日1〜2合位服用すると治癒を促す事ができる。 抹茶2〜3g服用をさせる方法もこれに類似している。 |
麦粒腫 |
射干実(ひおうぎ) 実をそのまま3〜4個服用すると疼痛が速やかに軽減する。 |
白内障 |
白南天(しろなんてん) 白南天の実を2〜3g潰して煎服する。 真珠(しんじゅ) |
夜盲症 |
八目鰻(やつめうなぎ) 干物にしたものを、砂糖醤油をつけ照り焼きにして食べる。 |
子 癇 |
水蛭(ひる) 生きたひるを、項部に30〜50匹吸着させて血を吸わせると卓効 がある。 |
乳房炎 |
水仙(すいせん) 鬱滞性のものには、水仙の球根をすりおろし、少しの酢と小麦粉を 混和し患部に貼ると早く消散する。化膿の進んだものには効果は 期待できない。 |
禿髪症 |
水蛭(ひる) 禿髪部に生きたひるを吸着させ血を吸わせると、その部分から新し い毛が生えてくる。 |
歯槽膿漏 |
茄子のへたの黒焼き 茄子のへたを塩水につけておいて、これを乾かしてから黒焼きに する。これを粉にして歯磨きに用いる。 露蜂房(ろほうぼう) |
【参考図書】 漢方治療の実際 大塚敬節 /漢方診療医典 大塚・矢数・清水
参考にいくつかの例をあげて見たが、中にはファーストチョイスとして用いても良さそうな方法もある。初発の病気や怪我に対して民間療法で対応した頃は、このようなものが普通に試みられ、或いは行き詰まった時の頼りだったと思われる。新薬の開発が進んだ今、普通に試みられるものは、薬店の棚にある美しい化粧を施した錠剤だったり、顆粒だったりする。或いはすぐに医師の門を叩くこともあるだろう。いまさら、民間療法は陳腐な伝承に過ぎないのだろうか?「温故知新」...物事の契機や本質は古きものの中から掘り起こされることもあるのだ。奇妙なものに治療を求めることは治癒力を喚起する契機となる。希望が持てるのは心地よいものばかりではない。時には不快なもの、嫌悪するものによって治癒に導かれることもある。耐えて克服するという心の持ちようが病気の克服にも関与する。懐を痛めて購入するという行為に於いて高価な薬もこの範疇に属するのである。高貴薬が珍重される所以であろう。 漠然とした健康願望で何かやりたい、何か服みたいという人々のための雑誌やテレビ番組がある。そこで取りあげられる療法をいくつか挙げてみる。 【水飲みダイエット】 【バナナ】 【ショウガみそ汁】 【コーヒー】 【ダイコン番茶】 【にがり水ダイエット】 【梅干し】 無数にある所謂、健康法と呼ばれるものの一部である。民間療法として伝承された数々の「奇方」と比べどこがどのように違うのだろうか? |