【風邪の民間療法】


「風邪は万病のもと」あるいは「風邪は百病のもと」。これは黄帝内経素問(B.C.206〜7成立の中国古典医書)の出典と言われている。過労やストレス、不節制が続くと風邪がきっかけとなって体調を崩すもとになる。薬局や医療機関を訪れる急性の病気の中でも風邪はかなりの数を占めている。医療機関へ行く前に、薬を服む前に、何か対策がないのか?うまくいけばそのまま治ってしまう事も多い。容易に医師に診せられなかったり、薬もなかった時代、身近にある物で対策を講じた経験的遺産が民間療法である。おびただしい数の療法の中で風邪の民間療法は群を抜いている。それだけに決定的なものがないとも言える。

【みかん】
   風邪のひき始めにみかんを皮ごと、黒くなるまで焼いて食
   べる。又はホットレモンのレモンの代わりにみかんのしぼり
   汁に熱湯を注ぎ、好みで黒砂糖や蜂蜜を入れ、熱いうちに
   飲む。布袋に入れたミカンの皮を風呂に入れ入浴すると体
   が温まり湯冷めしにくい。

【お茶・番茶】
   風邪の予防にお茶でうがいをする。

【梅干】
   梅醤番茶というのがある。これは梅干を湯飲み茶碗に入れ
   て箸でよくつぶし適量のしょうがおろしと、醤油少量を加え
   ぐらぐらと煮立っている番茶を注ぎ熱いうちに飲む。又は、
   梅干し、黒砂糖、しょうがを、湯呑みに入れ、熱いお湯を注
   いで飲む。もしくは、焼いた梅干しを食べる。

【卵酒】
   日本酒180ml程度に鶏卵1個を入れ火にかけて半熟になっ
   た時に、好みで蜂蜜や黒砂糖を入れ、熱いうちに飲む。

【しょうが】 
   体を温め、吐き気を止め食欲を促す働きがある。しょうが
   をすりおろし、蜂蜜や黒砂糖などで甘味を付け熱湯を注ぎ
   熱いうちに飲む。  

【ねぎ・ニンニク】
    みじん切りにしたねぎや、すりおろしたニンニクにお湯を
    注いで、しょう油や味噌など好みの調味料で味つけし熱
    いうちに飲む。ニンニクをホイル焼きにして食べても良い。

【くず湯】
   水とくず粉を鍋に入れよく溶いてから加熱する。加熱しなが
   らかき混ぜ、くずにとろみがついて透明なったら熱いうちに
   飲む。塩又蜂蜜や黒砂糖で味をつけても良い。またすりお
   ろしたしょうがを入れても良い。

【大根】
   のどの痛みや咳が出るとき、皮つきのまま1cm角に切った
   大根と蜂蜜をビンに入れる。1〜2日漬けて上澄み液をその
   まま、又はお湯に溶いて飲む。風邪の予防にも良い。

【スイカズラ】
   のどが痛み熱のあるとき、または風邪のひき始めに、乾燥
   した忍冬(すいかずら)の花、葉、茎各10gを水約500mlで
   15〜20分煎じ、それを1日数回に分けて飲む。のどが痛い
   時にはうがいしながら飲み下す。

【金柑・南天】
   咳、痰、のどの痛みに、金柑と白南天の実に黒砂糖か蜂蜜
   を加え、水約500mlで30分煎じ、それを1日数回に分けて
   飲む。風邪のひき始めや食欲のないときにも良い。

【タンポポ】
   風邪の熱やのどの腫れや痛みに、タンポポの根10gを水
   約300mlで30分煎じ、それを1日数回に分けて飲む。    

他に外用として湿布やツボ療法など様々な方法があるが、変わったものでは「あわびの殻」を家の軒先につるして風邪を予防する。とか「畳の合わせ目に寝ない」ことで風邪を予防する、、などがある。

風邪については中医病因説で六因の邪として述べられている。風、寒、暑、湿、燥、火という六気は自然界の気候変化にあたるもので、この過不足によって引き起こされる疾病因子としてそれぞれ風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、火邪と呼ばれる。風は春に良く吹くので春の主気といわれるが、四季を通して現れる。風と寒、風と湿、風と燥、風と火は合併して病邪となる。発病する時期と症状は、どの疾病因子と合併するか、またその比率によっても異なってくる。ここでは民間療法を取りあげているので大きく三分類して話をすすめる。風邪は寒と結びついた「風寒」、熱や燥と結びついた「風熱」、湿と結びついた「風湿」のパターンが考えられる。

【風邪の中医学的分類】

 

病 因

症 状

風寒 風と寒により体表や肺の
機能が犯される。
冬など寒い季節にみられるが、夏の冷房によ
って起る場合もある。冷えの症状が見られる。
寒気、悪寒、鼻水(薄)、頭痛、筋肉痛、関節痛、
悪寒と発熱が起る。
風熱 風と熱により咽喉や肺の
機能が犯される。
夏など温暖な季節にみられるが、冬の暖房に
よって起る場合もある。のどの痛みと腫れ、副鼻
腔の乾燥や炎症、口渇、鼻水(濃)、痰(濃)
悪寒少なく発熱が起る。
風湿 暑さと湿気で肺や脾胃の
機能が犯される。
気温や湿気の高い夏季にみられる。頭重、全身
のだるさ、吐き気、嘔吐、腹満、食欲減退など
の胃腸症状。冷飲食が過ぎると季節を問わず
起る場合がある。

【風邪の治療原則】

 

治療原則

食 物・薬 草

風寒 辛温性のもので、寒邪を
体表から発散させる。
しょうが、ねぎ、ニンニク、シソの葉、酒、みかん
の皮、桂皮
風熱 辛味で熱を体表から発散
させ、かつ涼性で体を冷
やす。
大根、ナシの皮、白菜の根、ごぼう、味噌、葛粉
菊花、スイカズラ、薄荷
風湿 暑気を払い、湿気を除く。
にがうり、すいか、緑豆、薄荷、スイカズラ

 

上のように分類してみると、民間療法にも一定のパターンが見えてくる。寒気や悪寒の対策に、ネギ、ニンニク、卵酒などの加温法。そして咳やのどの痛みの対策に大根スイカズラ、金柑、南天、タンポポなどの加温を兼ねた涼熱法。そして夏バテ対策と言われるものが風湿の風邪に該当する。風湿の風邪(いわゆる暑気あたり)の民間療法として知られているのに次のようなものがある。

【びわ茶】
   昔から「暑気払いに効あり」と言われてきたびわの葉10g
   を軽く煎じて飲むと良い。

【しそ茶】
   しその葉10gを軽く煎じて飲むと、唾液や胃液の分泌を促
   して食欲を増進させる。

【しょうが】
   しょうがのおろし汁に湯を注ぎ、黒砂糖や蜂蜜などの甘味
   を加えて飲む。

【みかんの皮】
   乾燥させ保存しておいたみかんの皮20gを水約300ml
   で15分程煎じ、それを1日数回に分けて飲む。

【梅】
   梅の燻製(烏梅)や梅干をお湯の中で潰し、それに黒砂糖
   や蜂蜜を加えて飲む。

【フジバカマ】
   フジバカマの茎や葉10gを軽く煎じて飲むと食欲不振、
   胃弱に良い。

暑い夏でも温かい物を飲むことが肝要である。胃腸を冷やすと、たちまち胃腸が冷え食物や水分の停滞を招き、胃腸の機能が低下する。体を冷やす性質を持つ食物や薬草を熱くして飲むと温性に傾く。また温める性質のものを冷やして飲むと冷性に傾く。このことを理解しておけば、微寒の食物や薬草を熱くして飲むことで風寒の風邪に、微温のものを冷まして風熱の風邪に応用することができる。寒気を受けて起る風邪には辛味(香辛料)に分類されるものを多く用いるが、炎症や腫れなどの熱に使うとその温性で熱を助長する事になる。悪寒して発熱する熱とは区別されなければならない。病位の浅いところの炎症は発散させ解消する。このときは辛味を利用するが病位が深いと発散できないので苦味で炎症を冷ます。

初発の風邪は対策次第で容易に解決できる。しかし、この時期をやり過ごしてしまうと「こじれた風邪」に進んで行く。午後から夕方にかけてだるくなったり、微熱が出たり食欲が落ち、軽い吐き気、胃や背中の痛み、咳や痰がなかなか取れない。このような症状がみられる。病院では延々と解熱鎮痛薬、鎮咳薬、去痰薬、胃腸薬の類が処方されるが、回復の兆しはみられず病気との根気くらべとなる。感染症でもない限りもはや新薬で打つ手はない。薬をきっぱり止めて自然治癒力を頼みにするほうがより賢明である。このとき、民間療法がいくらかでも治癒までの期間を短くしてくれるかもしれない。食物に近いものを用いる限り体への負荷も軽く、副作用などの心配も少ない。痰や咳に金柑や南天、食欲不振にしょうがや梅干、微熱にスイカズラやタンポポ、疲労回復のためにくず粉や蜂蜜を利用しても良い。

民間療法には、長い時を経て培われてきた病者に対する思いやりや優しさ、そして治癒への切実な祈りが込められている。このような表現は本意ではないが、治癒に働きかける要素の一つでもある。

 
【参考図書】
中医食療方 瀬尾、宗形、稲田 /ことわざ東洋医学 山本徳子 /中医学の基礎 日中共同

 

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