【漢方薬の服用時間】


医薬品の効果は、それが体に及ぼす薬理活性だけで決まるものではない。薬理活性は、薬物の分子が作用部位に到達して発揮され、それには薬物の投与剤形から始まり、作用部位に到達するまでの経路や時間や様々な因子によって影響される。最も吸収が早いのは静脈注射で、これは注入と同時に血中濃度が高まり、直ちに作用が発現する。これに比べ内服では、血中濃度のピークが1時間ほど遅延する。胃に入った薬物は水剤が最も吸収が早く、次に散剤>顆粒剤>カプセル剤>錠剤>丸剤と続く。範囲は狭く限定されるが、ここでは薬物が胃に入った後、吸収に影響を及ぼす因子を考えてみたい。

最も重要となるのは胃内容排出時間(gastric emptying time)である。胃の内容物である食物や水分が、腸へ移行するまでの時間が吸収速度に影響を及ぼす。胃腸管は胃(Stomach)・小腸(Small intestine)・大腸(Large intestine)からなり、最も長い小腸は十二指腸・空腸・回腸の部位に分かれる。食物や薬などの吸収は主に小腸で行われ、絨毛の存在で粘膜表面の面積は非常に広く、十二指腸から回腸に行くに従い少なくなる。これと対照的に胃や大腸は絨毛を欠き表面積は限られる。液剤で弱酸性の薬物であれば胃からよく吸収されるが、ほとんどは小腸が吸収部位になる。大腸も薬物吸収の役割を果たさない訳ではないが、役割は小さい。

内服後、食道を通過し胃へ達した薬物が小腸へ移行するまでの時間を胃内容排出時間と言い、ここに薬物の吸収に影響を及ぼすいくつかの因子がある。吸収のための第一の関門となる服用法と最も関わるものだ。新薬は食後の服用が一般的であるが、これは薬による胃腸障害を軽減するとともに、服み忘れを防止する意味もある。漢方については食間の服用が通例であり、これは空腹時のほうが吸収効率が良いので慣例的に支持されてきた。生薬は新薬と異なり胃を荒らすことが少ないため好都合である。ただし、全くないわけではなく、濃厚な湯剤や散剤、丸剤など胃にもたれ、吐き気や胃炎を誘発することがある。その際、湯液を薄めるか食後に服用することである程度克服可能だが、薬効の低下は免れない。漢方薬の服用法を数社調べてみると、食前又は食間服用と空腹時服用の指示に分かれる。食間といえば、食事と食事の中間なので大体、空腹時服用であることが納得できるが、食前では混乱を招くことがある。このことについては質問をしばしば受ける。食前を10分区切りで考えると、10〜20分前に薬を服用し、食事を摂ると食後と変わらない。30分前ならば胃の通過時間を考慮すると、食物で薄まったり、胃に停滞することは少ないと思われる。ある漢方メーカーの用法・用量欄には食間又は食前1時間という記載があり、これは解りやすく親切な指示である。更に、医療用には年齢、体重、症状により適宜分量を増減することが記載されている。薬効は分量に左右されるので、匙加減は欠かせない。一般用漢方薬には分量増減の記載はなく、一般の方々の安全な服用を考えての事であろう。漢方家の中にはエキス顆粒や錠剤など2〜3倍量を服用すべきという意見があり、費用との兼ね合いもあるので押し売りはできないが、私もこれには賛同する。また、意外なことであるが、常用量で不快症状など現れたとき、分量を1/2〜1/3、ときにはそれ以上減らすことで満足な薬効が得られることがある。薬に反応しやすい体質ゆえか、プラシーボ効果なのかは不明である。なかには100倍、1000倍薄め、微量漢方というホメオパシーのような仕事をする漢方家もいるが、この理屈は理解できない。

さて、食前30分〜1時間であれば、食間や空腹時服用と同じであろうか。また、食後2時間の目安は果たして食間や空腹時と同じ条件であろうか。胃へ入った食物はどれくらいで胃を通過するか調べたものがある。100gの食物を単独で摂取したとき、通過時間が早い順に次のようになる。半熟卵/1:30分>麦飯・白米粥/1:45分>砂糖・菓子・米飯・パン/2:05〜2:15分>蕎麦・うどん・餅・芋・生卵・刺身・牛肉/2:30〜2:45分>かまぼこ・豚肉・海老・はまぐり/3:15〜3:45分>海老天・ビーフステーキ・鰻・カズノコ/4:00〜4:15分、最も通過時間の長かった食物はバター(50g)で12時間を要した。通常はこれらの食物が組み合わさって食事が構成され、量には多寡があり、食事時間なども一律にはいかない。野菜と一緒に食べたり、油脂の多いものであれば通過時間は延長する。また短時間に早く、多くを食べると消化は遅れる。胃液はPH1という強酸性で、消化時は食物で薄まりPH3くらいまで低下する。この領域の酸度と体温の37℃前後で消化酵素のペプシンが最も活性を保つ。従って、酒やお茶を飲みながら、その上冷たいものであれば酸度とともに胃内の温度は低下し消化酵素は満足に働かない。

食物の温度と胃内容排出時間の研究では、室温で試験用の流動食を与えると排出半減期は22分であったが、同じものを37℃(体温)まで温めると半減期は7分に短縮され、粘性の低いものは高いものより排出時間が早かった。半減期なのですべてが排出されるには先に述べたように食物によって時間が異なるが、食物の温度は胃内容排出時間に決定的な影響を及ぼす。夜、冷えきったビールなどを飲み、それが翌朝まで胃に留まりチャプチャプという音を感じたことはないだろうか。空腹時に流し込んだ液体はすぐに腸へ移行する。これはたちまち腹に冷感を覚えることで理解できるが、あまりに大量の冷水や、胃に食物がある状態で水分を摂取すると速やかに腸へと移行しない。胃を冷やすと胃の血流も消化液の活性も低下し、体温を総動員して胃を温めることになる。0℃近い冷水を37℃の体温で温め37℃まで上げるのにどれくらいのカロリーと時間を要するだろうか。暴飲暴食の宴会後、5〜6時間眠った翌朝、まだ昨夜の飲食物が未消化のまま停滞しているような経験はないだろうか。又昨夜の食物を嘔吐することがありはしないだろうか。私は暴飲暴食を諌めるつもりはない、時にはそのような食行動もあって良いと思う。ここで言いたいのは、日常茶飯事不都合な食行動がとられるなら、体はそれだけ不利益を蒙ることになる。室温とは実験室の温度から推定し、20℃前後であろうと思われる。これで半減期が22分なら、さらに10℃、さらに0℃になれば、どれくらい半減期が延長するだろう。通常の食事では、2〜3.5時間で胃を通過することが考えられるが、これは胃が健全に働いた時だ。遅延する条件が重なれば予想以上に胃に停滞するものと思われる。

胃の入り口には噴門という弁があり、食物が下りてくるとこの弁は開き、食物で胃が充満すると弁は閉じ食物が逆流しないように働く。同時に胃の出口にある幽門という弁も閉じ、食物は胃の蠕動運動によって胃液と攪拌され消化が始まる。通常は2〜3時間で終了し胃の内容物の流動性や酸度が刺激となって幽門は開き、内容物は十二指腸へ送り出される。食後2時間に服用というのは排出途中である可能性が高く、食間や空腹時とは微妙に、条件によっては大きく異なる場合がある。繰り返しになるが、ここで大量の冷水を摂れば胃の温度は下がり、胃液の活性や胃の蠕動運動は低下する。たとえ体温程度のお茶を飲んだとしても、胃液の希釈は免れない。1L〜1.5Lのビニール袋を胃袋と想定し、それにご飯と副食、汁物、お茶など入れて外から手で攪拌すると、水分が多くなるに従いサラサラとして手応えを失う。これに似た事が胃で起っているなら、消化障害や消化時間の延長は免れない。冷えたビールを飲みながら食事を終え、食後、冷たいデザートや果物などを放り込む。このような食行動はしばしば行われることであろう。多量の水分で膨らみきった胃は何時間も食物を停滞させることがある。薬の服用時間を言う前に健康に対する心配が先だ。暴飲暴食の出来る人とできない人は存在するが、出来るからといって体への負荷がないわけではない。それは年齢や状況の変化で徐々に現れるだろう。

常々水分の摂取には注意を喚起しているが、水分を多量に飲むように促す医療関係者や健康業者のいることも承知している。冷水と温湯、空腹時と食事中では水分の働きに差異のあることを知る人は少ないように思う。体は恒常性を保つようにできているのだから、発汗・下痢・嘔吐など多量の水分を失った時、あるいは特定の疾患以外は水分の摂取に努める必要はない。漢方では胃に水分が溜まった状態を胃内停水といい、胃腸を弱くする原因と考える。胃気の上昇を妨げるため、貧血やめまいが起るとされている。このことが正しいかどうかはさておき、水分を摂りすぎる人に貧血やめまいがしばしば見られ、水分摂取を制限するだけで改善する。お茶を飲みすぎるとタンニンと鉄が結合し吸収障害を起こし貧血になると言われたことがあった。これはタンニンではなく水分による消化障害だと思う。最近、耳にする病名で「逆流性食道炎」がある。病名が生まれる前は「胸焼け」と言われていたものだ。これは多量の水を飲んだり、甘いもの、油もの、芋、餅、麺類など食べた後、胃にもたれることで、別に病気ではない。少数ながら病人がいないわけではないが、胃にもたれやすい体質の人をことごとく病気にして薬の消費者に変えてしまった感がある。食養生で済むことに薬は要らない。

ある漢方メーカーの用法・用量には「食前1時間又は空腹時、温湯にて服用する」と書かれている。他のメーカーに比べ、解りやすく効果も期待できる表示である。とくに温湯と付け加えたことを評価している。風邪の季節になると葛根湯という漢方薬が頻繁に使われ、簡単に飲めるようにドリンク剤になったものも見かける。これが冷蔵ストッカーに並べられ、冷えたままグイと飲み干す。とくに葛根湯は発汗剤と呼ばれ、発汗を促すことなしに薬効は発揮されない。かなり温めて服用し、発汗するまでは冷たい外気にさらされないように保温する必要がある。医療機関で渡される漢方処方についても発汗剤や寒証に用いる処方について、温湯での服薬指導が為されているだろうか。指示ひとつで薬効に大きな違いが出る。処方や治療方針を変更する前に、正しい服薬の有無を検証することも忘れてはならない。また、錠剤や顆粒剤などの固形製剤は胃で崩壊するまでに一定の時間を要する。漢方薬であれば面倒でも温湯に溶解して服用するのが好ましい。

胃内容排出時間が薬の吸収に影響を及ぼし、排出時間は胃の運動性、内容物の流動性や体積、食物の種類と温度、薬物の種類、心理状態、体位などによって差異が生じる。なかでも温度は極めて重要な影響を及ぼすことが解った。ここから服用法を考えてみると、明確な線引きはできなくとも、良さそうな時間が浮かび上がってくる。漢方薬の用法・用量には食間、食前、食後2時間、食前1時間、空腹時などの指示がある。ところが食事法によっては食間や食後2時間でもまだ食物が詰まった状態のことがある。空腹時では、胃の空き状態と裏腹に血糖値や中枢の刺激によって影響されることがあり、人によって空腹時の変動は否めない。漢方薬の吸収は胃が比較的空いている状態が好ましく、好ましい食事法についても触れた。空腹時を目安にすると、それは食後1時間かも知れないし3時間かも知れない、あるいは次の食直前かも知れない。断食でもしない限り、誰が考えても食直前がもっとも胃は空いていることになる。しかし、食直前に薬を服み、食物を胃に入れるなら、食後と大差ない。胃の出入口は閉じ、胃液や食物と混ざり2〜3時間は胃に留まるはずだ。空腹時の胃内容排出時間の半減期は体温37℃で7分であった。服用した薬物のほぼ90%が排出されるには20〜30分を要すると推測される。食前30分に温湯で服用したときが、胃内容排出時間の最短値の限界といえよう。「食前30分〜1時間、体温以上の温湯にて服用」とするのが妥当なところではないだろうか。

一方、食前に近いほど食欲や味覚などへの影響がないわけではない。エキス顆粒や錠剤、丸剤は賦形剤や結合剤として乳糖や米デンプンが使用されている。ドリンク剤に於いては白糖などの甘味が添加されている。これらによる血糖の上昇で食欲が抑えられたり空腹感が鈍麻したり、苦味や甘味や複雑な味が残存し食物の味わいへの影響があるかも知れない。これを考慮すると食前2時間も、食後2〜3時間も、空腹時という目安もありうるだろう。また、漢方薬も頓服が必要なものや、食後や食直前に服用するのが好ましいものがあり、病態などを考えての服薬が望まれる。

 

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