【漢方薬の副作用】
漢方薬が初めて薬価収載されたのが1967年、最初4品目であったが1976年に41処方・54品目が追加収載され、現在、約150処方が使われている。医療の表舞台に登場する以前は「漢方薬は副作用がない」と長らく信じられてきた。好ましくない症状は「副作用ではなく、証の不適応か瞑眩であろう」と漢方家達も主張した。不快な作用は漢方家の未熟な技の為せるところ、一層研鑚に努めるべし。しかし、いまの時代、このままで良いわけがない。科学的検証の過程で不快な症状の実態が明らかになった。誤治も含めた副作用として次の3つが考えられる。
(1)証に合わない漢方薬で食欲不振、便通異常、不眠、ほてり、頻尿、発汗、口渇、めまい、月経異常などの症状が出現することがある。たとえば、温めるべき症状に冷やす性質の薬を与えたばあい、症状は増悪する。しかし、温める薬に変更する有用な手がかりとなる。これを「ナビゲート反応」ともいい、フィードバックすることでより良い治療へ向かう。診断に確信が持てないケースでは、とりあえず有用と思われる処方を投与し、その反応を見ながら修正することがしばしば行われる。治癒に向かって継続するか転方するか休薬するかは常に提起されるものだ。 |
正 治 |
誤 治 |
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愁 訴 | 改善 | 改善せず・時に増悪 |
全身感覚 | 気分・手足の冷えが改善 | 気分不快・ふらつき・冷え・ほてり |
睡 眠 | よく眠れる | 不眠・早朝覚醒 |
食欲・体重 | 食欲亢進・体重増加 | 食欲不振・体重減少 |
消化器症状 | 快便・胃壮快 | 便秘・下痢・腹鳴・腹満・胃不快・嘔気 |
排 尿 | 快尿・夜間頻尿減少 | 頻尿・乏尿・残尿感 |
月 経 | 生理順調・生理痛軽快 | 生理不順・生理痛増強 |
正治の症状が見られたら、治癒を確認し廃薬か、そのまま又は処方を微調整し継続する。誤治が明らかであれば、処方の再検討後、処方又は分量の変更を行う。不快な症状の中には誤治とともに、生薬が備えた薬理作用によるものがある。「真の副作用」を次にあげる。
(2)食物と同じく漢方薬でもアレルギー反応が起こる。頻度は少ないが体表や体内での過敏症状が確認されている。アレルギー反応も含めて以下のような副作用が見られる。
上記はアレルギー反応なので、すべての生薬に発症の可能性がある。以下、生薬の持つ薬理作用で好ましくないものや期待する主作用でないものをあげる。 【甘 草】(カンゾウ)/偽アルドステロン症:顔や手のむくみ・尿量減少・体重増加・脱力感・筋力低下・筋肉痛・こむら返り・頭痛・のぼせ・肩こり・手足のしびれやこわばり・嘔気・嘔吐・食欲不振などの症状があらわれる。 甘草はナトリウムや体液の貯留を促す作用を有し、血圧上昇や浮腫、低カリウム血症による筋肉痛、脱力、痙攣を引き起こす。各年齢層で見られ男女比は1:2で女性に多い。利尿剤、インスリン、副腎皮質ホルモン剤、甲状腺ホルモン剤など服用中であれば低カリウム血症が生じやすい。原発性のアルドステロン症とは異なり、血清中のレニンやアルドステロンは増加せずむしろ低下している。甘草中のグリチルレチン酸が腎尿細管の11β-hydroxysteriod dehydrogenase-2の活性を抑制するという複雑なメカニズムによってナトリウムの貯留をきたし、低カリウム血症となり浮腫、高血圧、ミオパチー、代謝性アルカローシスが起こる。以前は甘草が1日3g以上含まれる製剤について注意が促されていたが、分量に関係なく、1g以下でも副作用の報告がある。過敏症とは異なり、発症までの期間は1〜数カ月と徐々である。原因となる漢方薬を中止することで症状は改善する。医療用漢方薬148処方中、甘草が配合された処方は109(74%)と多い。また食品の甘味料として醤油などの調味料や漬物、魚の干物、菓子類など汎用されるので、これらも留意すべきであろう。 【黄 今】(オウゴン)/間質性肺炎:空咳・発熱・労作時の息切れなどの症状があらわれる。 上記の症状は間質性肺炎の初期に見られ、進行すると呼吸不全で死亡することがある。1990年代前半に小柴胡湯の副作用として報告され、漢方薬の副作用が認識されるに至った。その後、インターフェロン製剤による間質性肺炎が知られ、500例に1例の発症に対して小柴胡湯は10000例に1例程度と発症頻度は低い。インターフェロンも小柴胡湯も肝臓疾患に使用されるため、インターフェロン投与中や肝疾患で血小板数が10万/mm3以下の患者の小柴胡湯服用を禁忌とした。しかし、調査の結果、小柴胡湯による間質性肺炎はB型の慢性肝炎や肝硬変では見られず、C型肝炎ウイルスに感染し免疫亢進状態にある患者で発症する事が解った。当初、柴胡が原因と考えられていたが、柴胡剤以外でも発症しており、最終的に黄今であることが明らかになった。間質性肺炎が疑われるときは漢方薬をただちに中止し、重篤であれば医学的管理を必要とする。 黄今はもう一つ、薬剤性肝炎を引き起こすことがある。全身倦怠・発熱・悪心・嘔吐・食欲不振・掻痒感・黄疸など。 黄今による肝機能障害は肝細胞障害、胆管細胞障害の混合型が多く、まれに劇症肝炎を引き起こすことがある。普通、服用開始から数か月の経過で徐々に出現するが、ときに数日で起こることがある。薬剤誘発性リンパ球刺激試験が陰性でも疑いを捨てはならない。新薬も含めて肝障害の報告された薬の投与中は、数か月毎に肝機能のチェックが必要である。中等度以上の肝障害が見られたら医学的管理が必要になる。黄今は炎症性の疾患に繁用されるが、他で代用が可能なので、配合する必然性はなく、私は黄今を抜いて調剤している。 【麻 黄】(まおう)・【附 子】(ぶし)/心血管症状(動悸・不眠・神経症状):心臓がドキドキする・脈が早い・脈の乱れ・胸苦しい・悪心・嘔吐・不眠・イライラ・多量の発汗・舌のしびれなど。 麻黄は交感神経亢奮作用を持つエフェドリンが含まれ、副作用の多くはこの成分に由来する。不眠・発汗過多・頻脈・精神亢奮・食欲不振・悪心・排尿困難を引き起こすことがある。とくに交感神経が興奮状態であったり、喘息で交感神経刺激薬、キサンチン誘導体、抗コリン薬を服用の患者に多い。又狭心症、心筋梗塞などの疾患や既往歴があれば慎重に用いる。興奮性の生薬なのでスポーツ選手がドーピング目的で用いることがあり、心臓への負担や精神的依存性があるため販売を禁止する国もある。葛根湯、麻黄湯、小青竜湯などの風邪薬、麻杏甘石湯、神秘湯などの喘息薬、越婢加朮湯、意苡仁湯などの関節・筋肉痛薬などに配合されている。副作用はエフェドリンの主作用でもあるので、十分理解して使用すべきである。麻黄を用いる必要がなければ極力控え、多くの人に動悸や不眠などをもたらすことを考えると、心疾患や精神神経疾患には慎重に用い、就寝前の投与が必要なときは患者への説明が欠かせない。又カフェイン含有の製剤はもちろんカフェイン・テオブロミン含有の飲食物との併用も避けるべきであろう。 附子は猛毒、トリカブトの根を弱毒化して用い、主成分はアコニチンである。鎮痛、温熱作用を有し、副作用は動悸・のぼせ・舌や口周囲のしびれ・悪心・嘔気・嘔吐・呼吸困難などが出現する。分量を守り炎症性疾患など熱のある患者への使用は避けるか、寒薬を配合して用いる。附子は加熱処理で弱毒化するため、煎じ薬では最低30〜40分は煎じたほうが良い。附子中毒の解毒剤として黒豆と甘草の煎じ薬を挙げる書物もあるが、確かな根拠はなく重篤なばあいは早急な医学的管理を要する。 【桂皮】(けいひ)・【当帰】(とうき)・【黄今】(おうごん)/薬疹(発疹・掻痒):発疹・皮膚発赤・掻痒・発熱など。 皮膚や粘膜の過敏反応による薬疹が起こることがある。重症例では発熱、肝機能障害を伴う。薬疹のタイプは様々でじん麻疹・固定薬疹・播種状紅斑・紅斑丘疹・光線過敏・湿疹・紫斑・多型滲出性紅斑などが見られる。重症例として稀に眼や口などの粘膜に水疱やびらんを起こすスティーブンス・ジョンソン症候群や全身の皮膚剥奪を起こす中毒性表皮壊死症が見られることがある。パッチテストやチャレンジテストで予見する方法もあるが、偽陽性や偽陰性が多く頼りになり難く、重症薬疹でのチャレンジテストは絶対行うべきではない。軽症では服薬中止で治癒するが中等度は内服や外用の治療を、重症では医学的な管理が必要になる。 【地黄】(じおう)/胃腸障害:胃もたれ・胃痛・吐気・嘔吐・下痢・胸焼けなど。 地黄は代表的なもので、他にも麻黄・当帰・川弓・山梔子・酸棗仁・石膏・遠志・柴胡など種々の生薬に見られる。通常の食事においても胃もたれ、胃痛、腹痛など起こることがあるし、口に運ぶものは何らかの反応があると考えるのが正しいのかも知れない。地黄は粘性があり、餅を食べたときのように胃にもたれる。体の物質的成分を補給する生薬は大概、粘膩性を備えているので、胃にもたれることは当然の反応と考えられる。「副作用だから服用中止」とする前に、配合に必然性があれば分量を減じるか、脾胃剤を配合することで克服できないか検討すべき症例もある。油脂を多く含む生薬、寒涼性の生薬も胃もたれや食欲不振を招き、サポニンを含むものは胃粘膜を荒らすことがある。 エキス顆粒や細粒又は錠剤が広く使われているが、賦形薬に乳糖が使われたもので、乳糖不耐性の下痢を起こしたり、糖尿病の患者で血糖上昇が見られることがある。煎じ薬かコメデンプンなどを使った製剤に変えると良い。 (3)瞑眩とは漢方由来の用語で「治癒の過程で見られる一過性の激しい反応」をいう。又は好転反応ともいうが、出現頻度は稀で漢方専門医でも生涯、数例あるかどうかだ。したがって瞑眩という用語を使う漢方家は少なく、漢方以外の代替医療の治療家やサプリメント販売員たちの専売用語となっている。瞑眩又は好転反応は誤治や副作用を糊塗する用語として便利に機能する。副作用を瞑眩や好転反応と説明し、分量を増やしたり継続させることで客を手元に留めておく。不快な症状が起ればまず副作用を疑う。間違っても瞑眩などと考えてはならない。 たとえば感冒の初期、筋肉がこわばり、悪寒が襲えば、葛根湯や麻黄湯を服用し発汗を促す。熱い薬液をすすり、布団を被って寝ていると、体の内から陽気が立ち登り汗腺が開くような感覚とともに激しい発汗が起こる。端で見ていると辛そうにみえるが、実に心地よい発汗であり、快癒の予感がある。これは瞑眩とは言わないが、正しい薬理・病理に基づいて予期される激しい反応と考えれば「瞑眩」の範疇に入る。発汗剤、瀉下剤、吐剤、開竅剤などでは薬理反応が早く、「漢方は緩和でゆっくり..」という通念は当てはまらない。 |
【参考図書】「正しい服薬指導のために」 星野惠津夫 監修 |