ウソの国

まえがき・契約
 一、初恋の頃
 二、希望
 三、ウソの国
 四、死と命
 五、泣き笑い
 六、基督(キリスト)の歌
 七、信仰と希望と
 八、祈りの章
あとがき

 
 
 
  まえがき 契約

今ここに保証のない契約をたてて
旅立つ前の支度のように
転がるプライドを箱におさめ
数々の諦めを袋に集め
泡立つ無知を吹いては鎮め
虚言と余言?を手紙にしたためて送ろうと思う
奴隷がしもべに変わるように祈りながら
呪いを自らに向けて
一つの段を降りて
また一つを降りて
もう降りようのないほど降りて
降り尽くしたとき
通じ合えることの乏しさを
触れることもなく
触れられることもないほどに
低く造られたことの喜びを
分かち合える友の少なさを
パン屑の奇跡になぞらえて
汚れの中に身を置いた
空しさの故に約束しよう
あなたがたは栄え
この身はいつか森の中に行って罪を悔い
見せない涙のように土に帰る幸いを知ると

 
 
 
一、 初恋の頃

 
 
 
    初恋の頃

 (あんな若い時代があったと懐かしめればいいのだが何故か
  歳をとった今の自分があることが不思議に思えてならぬ)

再びめぐり会うことはないと
気づかれもせぬままに
与えられた一つの笑顔さえ
もうはっきりとは思い出せないほど
遠く走り過ぎたような気がする

 すれ違うバイクに
 ピースサインを投げられた
 さりげなく手を上げてみせる
 ピースサインは出会いの挨拶
 そしてまた別れの挨拶

出会うことが別れだったあの日
見知らぬ土地のピースサインのように
私もまた笑みを返した
秋の街をとぼとぼと帰った

あの頃 バイクを知らなかった
パソコンもなかった
詩も読まなかった
だが人を愛することだけは知りたかった
遠く過ぎ去った面影に
言葉をかけるすべはない
かわりに吹き抜ける風の中で
私は小さな詩(うた)をよみたい
君は今
どんな顔をして生きているのだろう

 まぶたを閉じれば浮かんでくる
 あの教会
 あの下宿
 およそ二年の歳月が
 そこには遠くまどろんでいる

 
 
 
  失恋の歌

私のための
喪があけた
君の情事も終わった
流れのように足の下で
歌のように繰り返される悔恨が
やがて花開く
私の胸の空洞だ
招きもしないのに
別れを告げられても困るからと
微笑よ
君の純潔が苛立つとき
首のないセックスが
傾いたベッドの上で
ケラケラと笑いころげ
君の喪があけ
私の情事が終わるとき
うぶな陶酔は
血まみれの風音をたて
血の気のない泣き声をあげて
遠い崖ふちから肉体まで
ひそかに受胎する砂と唇

 
 
 
  失敗だった曲に合わせて

束の間の夢をいだいて
秋の街を歩いた
あの頃
君の心にはもう
動きようのない索引が
私をいっしょにまとめてしまう
はねるような笑顔で
秋の色をたたんで
君は去った

女は性を求めていた
彼女は位置を求めていた
そして仕事を
私は今も遊び人
使い物にならないリビドーを秘めて
また秋の街を歩く
君の音色を求めても無駄なこと
失敗だった曲に合わせて
私は歌い始める
そしてせめてはと
そっと
君の思い出に
裏切るように
生と死の境目で
歌を滑らせる

 
 
 
  失恋の歌をかくなら

失恋の歌をかくなら
それはたやすいこと
満たされなかった欲望や
裏切られた夢が
今も僕を恨みながら
アルコールづけの胎児の表情で
落ちていく秋を歩ませる
ひとりの空 ひとりの道
僕はひとりだ
暗い天井
効き目のない眠剤
かつて幾度も君の夢を見せた
眠りの中に落ちていくのは怖いことだ
代わりにペンを走らせてゆく
描かれるのはいつも
光を求めて空を仰ぐ
盲目を拒んだ義眼の洞察
書くたびに無力になる
怒りと口付け
死化粧の悲しげな
やさしさだけで
初めて憧れる
遠い旅路の青い海
地の果ての歌
ララ・・・・・

 
 
 
   傷口

面影さえもはっきりとは思い出せないのに
傷口だけは鮮明に存在して
時に血を吹く
いつこの血は絶えるのか
絶えはしない命のある間は
時に激しい出血とともに
嘔吐するのはやさしかった夢たち
喉に引っ掛かるのは空しいギャンブル
血は冷血となって足の下を流れる
感情の線を一本また一本と引きながら

 
 
 
 ボディソニックに包まれて

今のうちに行ってみよう
車ならある 一台きり
僕の愛車のコックピットに
乗ってみないか
そして目をつぶって
アクセルを踏むだけでいい
ボディソニックに包まれて
十年の月日は逆流し
君の声はむしろ遠ざかり
僕の声も君には届かない
サウンドの果てに
たどり着いた海岸には
十年前
君と行きたかった海岸には
笑ったまま
さわやかに白骨化した僕と
君の遊ぶ砂浜がある

 
 
 
  対話

光が街中で叫んでいたのに
二人腰掛けて
向かい合って話していた
一人は一人の後ろの人を
もう一人はまた別の人を
二人が話していたという場面
それは対話
光も記憶もそれ以外を写さなかった
光が街中で叫んでいるのに
あれから数々の対話
人とだったか
幽霊だったか
幻だったか
夢だったか
話す方も答える方も
数さえわからない
対話?
今も光が街中で叫んでいる

 
 
 
  君

忘れるのに
何の抵抗もない
思い残すだけの
値打ちもない
安心して忘れるがいい
その後の人生のことなど
心の
時は止まっても
肉体の時は止まらない
そっけない
反復運動のうちに
あっさりと
歳をとらせてゆく
山を見ても
海を見ても
花を見ても
ああきれいという
お世辞を残して
帰ってくる
この部屋に
一日、一日と引き抜かれていく
感性のように
沈んでゆくだけの
星がある
忘れられることを
信じられない気持ちと
納得せざるをえない
長い時間の空白を
埋めるには軽すぎる
味わいのない思い出たち
いつか懐かしく
思い出すことがあるだろうか
いつか懐かしく
君を思い出すことがあるだろうか

 
 
 
  置き忘れ

君の気持ちを置き忘れ
君の面影を置き忘れ
あの言葉を置き忘れ
置き忘れたことに気づいても
取りに行けないものが多すぎて
長い長い
永い永い

知らない町に住んでいた
上手な明日をこねようとして
下手な朝をこぼして
昼から夕へころんで
みずぼらしい夜に流れていった
思えばあっという間だったと
言うそばから歩きだすウソ
恐らくは余命の尽きるまで
人には失せた他人の首に過ぎなく
おろおろと探している
頭のないその頭
見なかったはずだと背を向けて
数えきれない影も声も
物忘れの箱に
無理に押し込めようとして
きしんだ老化
置き忘れられて久しく
まだ育ってもいないのに
窓をそめてゆく光のなかで
またひとつ
そこなわれてゆく夕暮れ時

 
 
 
  古い端末

誰かを判別し
誰かを裁いたかのような日々の終末
誰も愛さなかったことの結末は
ひとつの端末のように
ここにまだ残っていて
狭い箱の中で
飛び散る暗号をころがしては
間違った解読を遊んでいる

 遠い遠い昔
 「一応働いてもらってるから」
 君は笑いながら言ったのち
 求める位置へ去っていった

一応働かなくなってしまって
たまっていくほこりを払うように
たまに体を動かしてみる
腰と首と頭と
どこからどこまでだろう
解読できない痛みが
壊れかけた端末に年齢を刻み
安否だけは知りたいけれど
不意に現れるデータひとつひとつの
とびとびに欠けた部分の
傷つけたり壊したりの
入力を拒み
修正をできなくしている
もうこの顔しかない

 
 
 
  私の青春は

かみ合わなかった歯車

倒れるときの独楽(こま)

誰もいない部屋で
まわり続けたレコード

最後までからみもせず
ほどけもしなかった
君と 僕の いと

気の抜けた苦ビール

ふためと見られぬ顔をしていた
酔いつぶれた翌朝の
鏡の中の気分のように

電線にかかった凧(たこ)の糸
ちぎれて 汚れて
それと気づかれることもなく
今は春風に揺れている

 
 
 
  エラーメッセージ T

君は僕のことをとうに忘れて
思い出しもしないのだろうか
それとも時には懐かしく思い出して
どうしているだろうなんて
考えたりするのだろうか
君のメモリーから
僕は追われて
古いデバイスの中に
閉じ込められてしまったファイルのひとつ
僕は君を幾度忘れようとしたことだろう
新しいファイルは
あれから何もインプットされていない
君は自分が過去の思い出として
忘れられているものと信じて
いや信じることさえ忘れて ・・・・
Out of memory !
僕にはできなかった

 
 
 
  エラーメッセージ U

僕が何をプログラミングしても
それは syntax error
何を書いても
syntax error
何を描いても
syntax error
何を愛しても
syntax error
初心者の過ち
syntax error
最後には独りぼっちで
砂に絵を画く
今更のように
繰り返す syntax error
もう戻れない
老いて果てるまで繰り返す
もうたくさんだ
syntax error
詩に託す 絵は

 
 
 
  逃避

命には限りがある
出会いにも限りがある
愛にも限りがある
なのに別れだけは永遠だ
いつまでバイクに乗っていられる
いつまで生きていられる
すべてを変えてしまった時の長さに
深く刻まれた沈黙の中を
捧げるあてもない命
運んで俺のバイクは
永遠を噛みしめながら
走り続ける
かすかな記憶の
さいはてに向かって

 
 
  オートバイ

ドアも屋根もない
回ることしか知らない
不思議な乗り物にまたがって
命を吹き込む
荒々しい響きに身を任せると
すぐに人も景色も
流れ過ぎる風となる
虫や葉やわらくずが
突然に現れては消える
長い直線の向こうに
道は曲がって消える
それから先はわからない
その疑問に向かって
早くもたどり着いた風は
心細い私を乗せたまま
今大地を
傾斜する刃物に変える

 
 
 
  虚数まで

僕が負の平面を旅して
膨張した平行線や
無限と戯れている間
君は負を好まなかったから
似合わない帽子をかぶり続けていた
長い長い0(ゼロ)までの距離を束ねて
狭い正面を向き合ったときには
君の存在は確立した可能性の外でも
不意に現れた僕の偶然を既に作表しており
君は自らのルートを知っていたし
僕がどんなに膨らんだ式の
組み合わせを並べ替え
積み分けようとしても
用意された美文は
隣の子供をあやすように
戻しようのない速度で反応し
君は正の位置を求めて去った
計算を誤った限界値は
極限に達して改めようもなく
僕は自浄して
再び負の平面へ去るか
君が残していった
無理な帽子から
i(アイ)を追い出すしかなかったのだ

 
 
 
  記憶

ずいぶん昔の話なんだ
といって実は昨日のことなんだが
何かとっても大事なことを忘れている気がして
とんでもない失敗をしたと思って
一日中穏やかじゃなかったよ

つい最近のことなんだ
といって実は二十年ほど前の話なんだが
別れ際の微笑が
目の前に現れて
胸がしめつけられるほど苦しく
胸が熱くなるほど懐かしかった

記憶って変だね
急にスキップしたり
尾を引いたり
心の中をかき乱しては
飛び跳ねて遊んでいるんだ

 
 
 
二、 希望

 
 
 
  きぼう

そらをみれば
そらにすわれ
こなごなになって
きえてしまいそうで

ひとをみれば
ひとみのおくにすわれ
すきとおる こどくのなかで
いきが たえて しまいそうで

いつのまにか
うすい いのちに さく
はなのあいだに
ただようかおりまつみの
ほのかな
ぬくもりのかげに にている

 
 
 
  高い窓

壁の 絵の
幼い少女は 手を伸べて
あそこよ と 指さしている

それが最初に見た
希望の形だった

伸びてゆく 手 が
かすかな影を ふるわせながら
うすい 光の 向こうで
声 を 待っている

孤独な 光だけが
医者のように 顔色を変えないで
夜じゅう 診ていたらしい
しらんでゆく窓に 衰弱して
くぼんだ 血管の 足音を聴いている

その小さなふるえから身を引いて
あきらめた 手 が
狭い視野から
落ちてゆくころ

また朝焼けの始まる
高い 窓の
物陰に隠れて

目覚めてはいるが・・・

 
 
 
  夢T

雪が降って
凍った道に
若い女が転んだ
立ち上がろうとしてまた転んだ
手を貸して起こしてやった
寒くなかった

名も知らぬバス停に
待ち続ける子供らがいた
バスは来なかった
まだ待ち続ける子供らに
ここはどこですか
ここは小さい明日(あした)です

駅に着くと
並んでいる客車を二、三台飛び越えて
動き出したばかりの貨物列車に飛び乗った

木造であった
古くて床は所々抜けていた
屋根はなかった
ひどく揺れて 
しがみついているのがやっとだった
路(みち)は台形に傾斜していた
行く先は覚えていない

下顎骨は二つに折れて
中央は欠損していた
歯科医が骨を削り始めた
管を通すのだという
痛みは我慢しろと言ったが
しばらくして鎮静剤を打とうかと言った

 
ここはどこですか!
ここは小さい明日です

 
 
 
  少年と空

少年は空に焦がれる
少年は病んでいた

少年は口笛を吹き
歌を歌った

歌は空に流れ
きらめく無数の塵となって消えた
野に遊ぶだけの
少年の毎日

いつか風が吹いていた
いつか草が倒れていた
日は暮れつつあった
燃えるように誰もいなかった

少年が空に投げた希望も、夢も
やさしさも、光も、鏡も、人形も
ついに空に届くことはなかったが
夕暮れ、赤く焼けた大地に
空はどこまでも
少年の面影を追い続けた

口笛は空に焦がれる
口笛は病んでいた

 
 
 
  きぼう U さびしさ

だれも しらない ところにある
なみの ない
つめたい いずみに
てを つけるような
さびしさ

なみだ が でないからといって
なみだが ないわけではない

あした の ない
ひとりの せかいから
あしたを
おもうほか
することのない
いま へ
わたされる
ひややかな
かぜ

あせ が でないからといって
あせが ないわけではない

きっと だれも
そして じぶんも しらない
ねがいが
かみしめた くちびるのうらがわで
そとへ でようと
あせっている

みのり が みえないからといって
みのりが ないわけでは ないのだと

 
 
 
  秘められた目

そらした視線の奥に
とじられた来歴
見知らぬ人
途切れた眼差しの向こうに

乾いた涙腺にかくされた思い出
小さな花々よ
雑草の中で揺れて

眉間に集まる怒りをなだめて
波打つ草原のかなたに
ひそかに落ちていく果実たち

まぶたの裏に
哀しい幻を見る瞳
小さな窓から
見渡せる
限られた風景

力なく落とした肩が
物語る姿なき恐れ
はるかに続く道
その先は町並みの明かり
あるいは森の火か
行ってみなければ
見えてはこない

苛立ちを耐えている
ふるえる唇
伝える言葉は乏しく
伝わるものはもっと少なく
海岸線を眺めている
その足元で
海の音を宿している
拾われなかった無数の貝殻
それぞれの
ひとりきり

今日は何をしましたか
ただ生きれるように生きてみました
だから今は
数々の今日に重なる
明日を待ちます

 
 
 
  命のほとり

いのちの
ほとりで
あそぼ

いのちの
のこり火に
手をかざそ

投げられた
ちいさな つぶて
ひとつひとつに
ていねい過ぎるほど
苦しんで

たかぶる神経
その線の果て

なにもかも
むだ
だったのでしょうか
失うものばかり
だったでしょうか
わからないことにさえ
苦しんで

あきらめの
ふちで
こころおきなく
なけるなら
言ってみたい
ことばがあります

もういつ死んでもいいです
もういつ生きてもいいです

いのちのほとりで
あそぼ

 
 
 
  絶望から生まれて

絶望から生まれてきたものがある
やさしそうな
さびしげな顔をしている
それでいて うすい笑みをうかべている
肩の力が抜けてゆく

 私は眠っているのか
 夢を見ているのか

何か言いたそうに
こちらを見ている

 私の体は動かない
 夜明けは遠い

光は遠いのに
そこにいて
静けさでまわりを包む
存在

 存在は不安
 不安は友だち
 君は誰?

答えず
話しもしない
ある深夜気づく
そのとき
もう誰もいない

 ひとり思いがまわっている
 君が私を
 支えてきたのですか

 
 
 
  あきらめのふち

いずれ
あきらめなければならない
ことは あり
ときは くる

こころのこりは ないか
やりのこしたことは ないか
たしかめることは むずかしいけれど
あらゆる
あとを ひくもの
ひっかかるものを さがして
あきらめの ふちで
おもいのこしたもの みつけたら
たとえ すこしでも
のこった ちから
おいてしまって いいのですか
それだけ きいておきたいと おもうのです

ちから つきた と
あきらめても
いのちは のこる
はしるのを やめても
あゆみは つづく
いのちの きえゆく ところ
たった いちどだけの
たった ひとつの
さくひんにむかって

 
 
 
  うばわれて

てんは にぶつを あたえず
てんは いちぶつを あたえて
てんは いちぶつを うばっていく
むねんの こころ いかばかり
ないても
いかっても
もどってこない

てんは かえりみて あわれみ
なごりのようなものを のこす

きづいた ひとだけが
きずを しり
いやされる ことを しる
うばわれて
うばわれて
なにも なくなっていく
ときの なかで
ふりそそぐ ものを うけられる

 
 
 
  ある朝

浅い眠りののち
終わろうとしている秋の
まだ暗い朝に目覚める
昨日のことを
「だったようだ」という
思い出し方をする
頭の中にもやのように
場所も定まらず
迷う悔い
何か言い損ねた
言葉でもあったのか
メモ帳に小さく書き留める
今日の予定
すでに果たされなかった夢の色
うつして小さなバラ色だ
空が白む頃には
今日の命たちの
また喜びと悲しみが始まる
捨てかねている命に幸いを
昔の歌を口ずさみながら
泣けてくる心に別れを告げて
朝の祈りをこめて
昨日にさようなら
もう少し眠れていたら
見たかもしれない夢に
さようなら

 
 
 
  うた

いつか うたも
うたを うたうことも
おおきな こえを だす
あそびに すぎなく
さけに よえば
わらうほど
よわくなりましたね
ほんとうは べつの うたを
つよい うたを
つづれるほどに
ペンを はしらせたい
うたが すべてではなく
すべてが うたではなく
ウソが あそんでいる
ことばに のって
ちがう くにへ ・・・
そのくには どこにあるのか
また みちに まよいましたね
あさの きずが みつけられない

 
 
 
  寒い目覚め

悪い夢から
目覚めてみれば
もっと辛い世界でした
外は明るく
人の働く音がして
車の音がして
ときおり方言めいた声がして
働く音がして
トントンカンカンと
楽ではないはずの力仕事の音を
支えている元気は何だろうと思いながら
いっそもう一度眠りについて
夢の中に目覚めたい
でも覚めるから夢
覚めない夢に落ちたら
それが地獄というものなのでしょう
冬の寒さの中に起きてみようかと
求められてもいない
人の間に
砂の顔を滑らせながら
もう少し
人間の声の匂いを求めてみようかと
誰にも説明できない痛みを
雪解けの冷たさに隠しながら

 
 
 
  ろうそく

ふっ と
乱暴に吹き消されて
実はすすと煙でしたと見られる前に
黙って消えていくつもりかい
一二月には銀紙に包まれて
クリスマスケーキをきれいに飾っていた
小さい 赤い 細い ろうそく
季節外れの春の夜に見つけて
ほんの戯れに
今しがた火を灯した
クリスマスであろうとなかろうと
色が何であろうと
ろうそくは ろうそく
時がいつであれ
しずかに灯って
尽きれば静かに消えていく
その仕事をするためだけに
火をつけられるのを待っている
ろうそく
小さな 赤い
しずけさに耐える

 
 
 
  貝殻

小さすぎて
目立たない貝殻は
無視されがち
お隣りや
御近所の
大きな貝殻を
恋人たちが拾ってゆくのに
小さな貝殻は拾われることもない
同じように海のにおいや
海の響きと歴史と
虹色をもっているのに

ある夜
星の輝きの下で
月の光を浴びながら
小さな貝殻は
浜に残ることもまんざら悪いことではないと
すでに主はいない
動いて誰を驚かすわけでもない
小さな位置に
小さく月の光を映していた

夜明けて
人が集まるころ
小さな貝殻
波に押され
砂に埋もれ見えなくなった
人知れず命を宿したかのように

 
 
 
  思い出

つくられなかった
思い出が去ってゆく
いつのまに しのびより
どのあたりを過ぎていったのか
遠くでこだまする気配さえする

いつどこで
つくられなかったのか
ほんのちょっと
注ぐものがあったら
なつかしさに
なれたかもしれない

思い出のない
思い出
偽り
つくりもの
思い込み
勘違いの
シーン
風景が揺れる
ふっと遠くなる気を
うろたえて
身震いのように首を振って
懷にしまう

思い出にふるさとはない
空の下、山と森と道と草木
知らない人たちの生きる姿
小さな生き物
それで十分だと
思い出されることもなく

振り返れば
いつもの家並み
隠された思い出の並びから
子供が飛び出してくる
犬が走っていく
蹴られていない小石
転がっていく

 
 
 
  ブレーキングボール

ひねったつもりのブレーキングボールは
力なく外角へ落ちていく
そのあとに黒い軌跡が残る
一日を無駄にしたような気持ちで
メモ帳を一枚破り捨てる
部屋から出ていったあの男
別の自分に会いにいったつもりなのだ
行きつけの喫茶店などないのに
無駄な空気と
家畜になったような気持ちといっしょに
やがて帰ってくる
ぼろぼろの顔になって
そしてまた一枚ボールを走らせては
また一日意味のない軌跡を残す
あしたどんな軌跡を残すのか
もう一枚
もう一枚
ぼろぼろのメモ帳が笑っている

 
 
 
  あしたはいらない

あしたは いらない
きょうは すてました
ひとこと
もう おわりました と
いってくれればよいものを
わかれることに まよいはない
だから なにも いわない
しずかに おりてくる
きり の なかに
まなざしを おとして
つらい ことば と
そのあいだに あるものを
たえるから
なにも いわない
たれのせいにも しない
たれも にくまない
たれも あいさなかったから
わかれるときまで
あしたは いらない だから
あしたを
すてたり
しない

 
 
 
  胎児の記憶

どこかに残っている
原始の思い
何も問われず
あるものに手を伸ばし
満ち足りて
横になっている

どこかに残っている
胎児の記憶
力なく
目を閉じて
うずくまり
まるく 浮かんで
与えられたものだけによって
ゆっくり
回転する
地球のように

何かに抱かれて
好きなだけ眠っていたい
そんなときにはひょっとして
かすかな胎動のように
かくされた記憶が
小さな命の歴史を
宇宙へ連なる道へ
いざなうのかもしれない

 
 
 
  夏から秋へ

天気予報がまた
夏に始まった
台風を告げる
しかし熱を吸い取られるように
すでに秋が来ている

緑から黄へ
紅葉へ
落ちてゆく前の
ゆるやかな命
きらめいて
やがて土の表を
流れ
土へ
帰る

かつて熱していたもの
色あせてゆくもの
身を引いてゆくもの
沈んでゆくものの
語録をゆっくり閉じてゆく

枯れてゆくもの
別れてゆくものの
見過ごしてしまいそうな
ほんの小さな元気を残して

秋の色と
思い出をたたんで
後ろ姿を見るように
汗をなつかしむ

大地はまわり
大気は移り
多くの肌に触れて
風と呼ばれる
知らず知らず
秘められた語録に向かって

 
 
 
   夏の終わり

陽射しにからんで
山に吸い込まれる風
風に乗る草
気配のように
乱れて舞う

家並みは遠く
乾いた玩具のよう
太陽と山の間で
熱が行き交う午後

だるい恐れに疲れて
慈愛の錯覚に落ちても
夢の善し悪しを問わず
旅人の来歴を問わず

草原に連なる山の間に
止まったオートバイの横で
小さな墓穴のように
くぼんでゆく命と眠り
やがて黒い点となって
遠景の中に消える

小さい光 一瞬きらめいた
オートバイを残して
熱は輝く
あらゆる夏の終わりに

 
 
 
  年を経て

僕にも二十代、十代があったんだよ、と
自分でも信じられないから
心に叫ぶのでしょう

今は違う若さから
成長してきた人々の間にいて
全然知らない人生の結実を垣間見ている

同じような風景でも
違う生き方の中で
たとえば空も
それを見ている人が
それを見ている間
その人の意味をもつものなのでしょう

忘れられない場面
重ねて
遠く
別の人にはまた別の
忘れられない出来事

心の層に積み重なって
見えないものは見えないまま
関わっている
人の動き

ある日 誰でもいい
人の笑顔が
妙に懐かしく思えるときがあります

 
 
 
  希望V

あさも
ひるも
いろいろな
こころ
ころころ
かわる
おとしたばかりの
たまごのように
あやうく
ゆれて
ながれてしまいそう
しろみは
きみを
だいていない
きみがやぶれて
くずれるまえに
すくいあげるには
いろいろな
こころ
うごきすぎて
たよりない
て に
すくわれたのは
きみではなく
わずかな
あさ の ひかり
ほそい ゆびさきに
ふるえて

 
 
 
  農道

空の色とは似ても似つかぬ
ソラ色のビニールの
雨に汚れたカバーの下に
石灰に包まれた魂が
瞳のない目をあけている
材木が二本
細く黒ずんで
不揃いにソラ色から足を出し
降ってくる空の恵みの下で
垂れてくるソラの恵みを受けながら
暖かい腐敗を待っている

点々と水たまりが追いかけてゆく
走り去る轍の上を
その向こう遠くの山が
流れない雲になって
消えるあたりを目指して
近づかない風景を歩む
雨は上がった
音・・・?

生き物がいる
瞬(まばた)きしている

 
 
 
  ペンペン草

思い出すことは多いけれど
思い出と呼べるものがあっただろうか
思い出と、思い出し
しずくと、したたり
したたる果汁と
しぼり出す果汁
果汁を思う
思いは重い
物思い
果汁の味
果実の香り
草花の匂い
色、形
いつだったか
ペンペン草
生えていた
どこまで実際
どこまで想像だろう
危うい危うい
人の顔、その輪郭も
形も色も
印象ほどには
はっきりしないのに
覚えていると思っている
ぼんやりとでもいい
命ある間に綴ろうと
思い出のペンペン草、残りの
ペンが乏しく生える

 
 
 
  夏の朝

夏の朝まだ早く
外はまだ暗く
しかしぼんやりと夜明けの気配
まだ眠っている頭と心を
揺さぶるように告げるもの
もうすぐ朝だよ
すっかり明るくなった頃には
また汗と蒸し暑さの中で
悲鳴をあげる元気もなく
重たい体を持ち上げて
その時はっきり見えるものを
呪いたくなるだけだから
いま眠気の中に咲こうとしている朝に
力を抜いてご覧なさい
やがて暑くなる夏の日だって
都会から田舎まで
夢見る若者から老人まで
健やかな者だけでなく傷ついた者まで
等しく朝の予感を用意してくれている
ぼんやりと見ている目が
静かに受け取る機会を与えられた
明け方の涼しいひとときを
心の薄明かりのゆえに
ただの薄明かりに過ぎないかどうか
動かなくてもいい
力を抜いてご覧なさい
寝ていてもいい
起きてもいい
たとえ朝もやの
霧の
低い雲の
水滴の
みずみずしさに触れなくても
見えない日記はすでに記している
ただこのひとときが
その傷と苦悩の中で
許されたことを

 
 
 
三、ウソの国

 
 
 
  呼べない名前

残された光の中を
危うく滑り込んできた
いくら見つめても 夕焼け
見つめ返してくれるはずもないのに
またここへ来て今更のように
呼べないものを呼んでいる
他に誰がいよう
めぐる日は明日を教えず
生きている今の一瞬 と
思う時すでに過去なのだ

過ぎ去ったお伽話が呼ぶ
砂のめぐりも絶えて
何処の静脈を流れる
知られぬまま古びた血よ

また帰る日もないものを
人はまた呼ぶであろう
暗闇の前の熱い血の光に
ひととき心を染めて
呼べない名前を
たそかれ と

 
 
 
  虫

許してくれ
幾度お前は
焼けるような
熱い光を浴びようとして
その手を伸ばしたことだろう
私はお前を
汚れた筆箱の中に
手垢のついた革の袋に
閉じ込めたのだ

私は今
しおれた雑草の捨ててある
湿った日陰に来てしまって
小さな手のふるえにも
くずれていきそうな
お前の屍を抱いて

まっすぐな国道が見える
あそこに私の車がある
扉(ドア)が開(あ)いたままだ

 
 
 
  叫び

叫びがある
叫びになりたい

命ある人ではなく
命になりたい
夢見る人ではなく
夢になりたい
歌う人ではなく
歌になりたい

何を見つめたらいい

無意味な人ではなく
無意味になりたい
死ぬ人ではなく
死になりたい

叫びがある
叫びになりたい

 
 
 
  池のある公園

ここに来るのも久しぶりだ
暖かい日曜の午後
池には無人のボートが数そう浮かんで
緩やかな風が
池の面にかすかな波を立てている
ほとりに向かって歩いていくと
俺に似たやつが
セメントのベンチに腰掛けている
片手には詩集のようなものを手にしているが
眺めているのはほとりに戯れる小魚の方だ
向こうからもやってくる
よれよれのブレザーを着て
手には紙屑を握っている
あれも俺だ
よく見れば
あっちにもこっちにも
数人の俺が歩いている
大学に入った頃の俺
野球場からの帰りの俺
バイクに乗り始めた頃の俺
ここにいる俺
見てみろ
俺達はなんてさびしげだ
声をかけあうこともなく
ただ声もなくたたずんでいる
俺が小石を池に投げると
ベンチに座っているやつがそれを眺めている
そいつの後ろから
そっと手を伸ばしてみた
それより早く
誰かが俺の肩に触った
はっとしてあたりを見回せば
暖かい日曜の午後
まわりを歩いているのは
みんな知らない人たちばかりだ

 
 
 
  ウソの国

男は登っていく
深夜の階段を
息せき切って走っていく
走らねばならないのだ
走らねばならない
遅れてはならない
遅れてはならない

遅れた
男は人前に連れ出され
何人もの男から
したたか腹を殴られたが
痛みはなかった

夕暮れの街を歩いていく
人々は夕闇と過去に追われながら
すでに死んだ油の眼で
われにもない毒の顔をさらして
ネオンの間から間へ
苦しい巡礼を始める
あぁ この七色の 肉色の
光のおりが天国とは
拳を握りしめて
「何もない」
「何もない」と
壁に向かって叫び続ける男
誰もいない街角に向かって
手を振り続ける女
眼を振り続ける人々
通り過ぎる車が
水たまりをはねて
尻が濡れた
時が引き裂かれた
青春と人情の墓場から抜け出し
人通りの少ない路地で
恋人に声をかける
お茶でも?
あいされたいわ たれからも

吐物をまき散らしながら
男は逃げる
転びそうになりながら

幾分か小高い丘に
塀のある幼稚園があった
数人の子供が砂場で遊んでいる
ジャングルジムがある
子供たちが登れるようになると
外が見えるようになるわけだ

男は登ってみる
もう吐き気はしない
尻のあたりの濡れた感触もない
男はようやく安んじて眺めている
人っ子一人いない街の風景を

あたりはもうすっかり明るい

 
 
 
  椅子(いす)

他人(ひと)の作ってくれた椅子に
腰掛けていると
誰かが笑いながら声をかけてくる
立ち上がり
椅子を打ち壊す
人は驚いていなくなり
誰もいなくなった
扉をあけ
扉を閉めた
長い廊下がつづいた
長い廊下が続いた

長い廊下の終わりには
錆びた扉がしまっていた
外では何やら
がやがやと音が聞こえた
戻ろうか と思っていると
誰かが笑いながら声をかけてくる
あわてて扉をこじあけた
するとまたたく間に
彼をとらえた光の中に
彼はいなくなり
誰もいなくなった

彼の行方を
たずねてはならない

 
 
 
  ひっこし

破れて失われた
日記の頁には
何が書かれてあったのか
読めない字
意味のない落書き
詩のようなもの?

どこを捜しても見つからない本
ふとこぼれ落ちた小銭
買った覚えのない週刊誌
紐を取ろうとして
けつまずいて倒れた
お腹の上に文庫本落ちる
ほこりが鼻をくすぐる
ボール箱には奇怪な傷
いつのまにか壁にはしみ
窓の外では風が止み
くすんだ青空
虫が横切る

はて
どこかで同じような?

破れて失われた日記の頁に
何が書かれてあったのか

 
 
 
  マニュアル

マニュアル
マヌエル
間に合える
その通りに作ればよい
しかしマニュアル通りの
人間なんていやしない
どこから来ました?
どこへ行きたいのです
ひとりひとり違う
命の脈絡から
マニュアルに似たものを
拾っては積み重ね
また崩れてしまった
脈絡を追う
ひとつの脈絡
脈絡のない
ひとつのマニュアル

 
 
 
  ウソの胸

風通しのよい胸だ
ほとんど風化している
どんな風が吹き抜けたのか
吹き抜けた風は
今どこに
見知らぬ野原で
草を揺らしているのか
昔懐かしい人の前を
一瞬でも通り過ぎたか
答えようもない問いが
ぽっかりあいた胸の中で
ときに胸をひらひらと揺さぶっている
風通しのよいことが
気持ちよいとは限らない
空っぽの胸はウソの胸
吹き抜ける風はウソの風
通いなれた道を通り
なじみの街を過ぎ
風化した穴に
今も聖なる心と
聖なる血を求めて
ため息で祈る

からっぽになりたいです

 
 
 
  涙

暗幕の下に賑わう目と目
代価を払って買った涙
計算機は壊れない
ガラスは割れない
安心して夢見る少女
愛情を運ぶトラック
何の保証もなく
世の中は便利になった

唇に青い瞳を
真昼の星に輝きを
汗をまき散らして変転する太陽
耐えた腕が鳴らす独裁

別れたのは父と母であったか
妻と夫であったか
親と子であったか
結ばれたのは残された国境
未来への合唱と
泣きながら遠ざかる沈黙

ビルの窓に反射する
まぶしい笑いと
人波の上に
今日も
代価を払っても買えない涙が

 
 
 
  知らない夏

浮きながら一歩一歩
歩いている道に陽射しは鈍く
数え切れない苦悩の胞子をはらんで
夏はやってくるのです

汗ばむ肩に首筋に
測りきれない表情を見せて
おどけた無為がにじんできます

折れるようにふらついて
やっと座った椅子の上に
とぼけた砂の顔
計り知れない徒労を乗せて
季節はめぐってくるのです

涙する代わりにあくびをして
鈍麻した肉体さえ
居続けること
座りつづけることを嫌っている

倦怠を支えてきたもの
その来歴も忘れたかのように
古びた自画像の
ひびのまわりにゆっくり
ゆっくり乾いた記憶を
もろい煉瓦のように積み重ねながら
何を塗って固めたらよいのか
夏に冬の寒さはわからないよと
残った隙間が笑っています
得体の知れない寂しさに

 
 
 
  時間

あらゆるものは
見ているときだけ
そこにあった
信じられる
ぎりぎりの線を
歩いていた
言葉に迷い
逆説におぼれた
命に限りがあり
さかのぼれば
やはり物心という
始まりという限りがあった
長い長い時間の中で
ほんの短い間
存在する命
どんな生き方をしても
どんな死に方をしても
生きている間だけ
時間は存在し
そこにあって
過ぎてゆく

私の時間は
限りある存在を
うまくやり過ごす術をもたず
信じられない
ぎりぎりの線を迷いながら
知覚するときだけ
そこにあって
ありとあらゆるものが
そのときだけ
私に関わっていた
その大切な関係を
無視した分
私は不連続に
唐突に年老いていった

 
 
 
  自信

かつて
思い上がりや
うぬぼれなら
体験したことがあるが
自信というものを味わったら
どんな気分になるのだろう

キリリと座しているコンピューター
今は何も映さぬディスプレイ
ディスクの中には山ほどの情報が
壁を作っておさまっている

朝になったら
いろんな人達がいて
おしゃべりや
物忘れをします
謙遜と自信
オペレーティングシステムの上で
ソフトな対話
電源を入れれば
カラフルな画面の上で
動きまわるソフトウェア

夏お世話になった
小さな扇風機が
ほこりをかぶってこちらを向いている
お前は回るだけだったな
まわりはハイテクがいっぱい
お前は居眠りするだけだったな
まわりは複雑な自信がいっぱい

 
 
 
  夜明けのオートバイ

初夏の夜明けは早い
深夜眠れない男が
いそいそと仕度を始めるのは
たかだか二時間の旅
夜明けの前から後までの時を
旅立とうとしている
今日が始まる前に
求めるために?
逃げるために?
旅立たないではいられない
途中で眠くなって
永遠に帰って来ないかもしれない
愚か者は小さなオートバイに乗って
飛行機にでもなった気分
暁の中を
赤い逆光の中を
ヘルメット姿の影になって
横切ってみたい
最後の記憶の
最後の縁を
見て
確かめて
打ち砕いて
飛び去ったと

 
 
 
  愛して

二十代から数えて
二十年の凹凸を噛んで
出来上がった顔が弱っている
さしのべた手をかすめて
わずかの小銭が通り抜けた
歪んだ顔を隠す
愛してもいないのに

二十年の空白を吸いきれずに
出来上がった変質者がふらついている
その辺り昔話でいっぱい
作り話でいっぱい
もう一杯と
暗い路地に足の裏を残しながら歩いていく
歩く後ろから世界は崩れていく
前は暗闇

どちらを選ぶか
どちらを選んでいるか十年後
路地に人影はなく
多くの足跡乱れて
入り組んだ空白から
もれた明かりが凹凸を噛む
愛してもいないのに

 
 
 
  郷愁

椅子にうたた寝しながら
誰かの呼び声を聞いた
低く小さい声
やさしげな声だった

果てしなく続く
原野を旅していた
暖かいのに
太陽はどこにも見えなかった
空は青くもなく
雲があるわけでもなかった
起伏に富んだ
果てしない原野
誰の心の中だろう

金網の向こうに山が見えた
濃い緑に包まれた山々が
どこまでも続く金網は国境である
警備している兵隊はいない
金網をつかんで
もたれていると
人の形をした黒い影のようになった
なったのが見える
それでいてどこか眠たく
金網の
一体どちらが祖国であったかなどと考えていた

海辺の岩に腰掛けていた
何故か苛立つ心を抑えきれない
もっと冷たく激しい風を欲して
でも白波のない海に
遠く釣り舟が一そう
よく見えないのに知っているような気がして

それが思い出というものだ
呼びながら届かない
呼ばれながら行くすべもない
海鳴りよりも遠く
やがて眠りを誘うだろう
見つからない故郷(ふるさと)のように

 
 
 
   メディア

テレビを見ながら
きらめくスポットライト、
歌声がつくる笑顔、
まぶしい衣装、
明るいショーに
笑っている自分と
部屋のすみで嘔吐している自分と
いつか耐えきれず
うずくまる

拍手はちぎれてゆく紙の音
笑いはがらがらと震え過ぎた紙の声
派手な衣装は次から次へと去ってゆく
この街も変わりましたねえ
深みのない視線で見渡せば
遠い山から吹いてくる風が神の声にも聞こえよう
人格の崩れゆくとき
悪意と作為を拒んだときから
愛は悪い夢の中で目覚め
流涎して悪い現に夢を見る

メディアの渦巻く
エリアをさまよい
マルチでなかった神経の先端から
悲鳴をあげる
泣いても届かず
叫んでも届かず
システムから飛び降りて
渦巻くメディアの上に
乗って振り回され
はじき飛ばされた果てに
「楽になりたいのです」と
いつしか古い
ブラウン管にうつっている

 
 
 
  見ている

瞳を広げた目に
何も見えない
目をあけた顔は
何も見ていない
体をあけた心は
何も見せてはいない
心をあけた体は
何かを見せている
心を閉じた顔は
何かを見せている
何かを見ている
必ず

 
 
 
  離人

自分の生活の味を忘れ
どこにもいない
他人の生活の味と感じるときから
疑いは始まる
他人の夢を見、
他人の汗をかき
他人の冷汗をかき
足踏みと徘徊を繰り返す
ペンを持って自分を探す
果てしないウソの国を旅する
知らない人になって遊ぶ
そして挨拶する
誰もいない砂漠のはてに向かって
自分という友人に向かって

 
 
 
  夜の目

見ている視野のすみに
広がる暗点
瞳孔が広がる夜に
広がる暗点から
夜の目が見ているものがある
暗点もなく
昼よりも鮮やかに
あらゆる秘密という秘密
秘めごとという秘めごと
罪という罪
ウソというウソ
それらすべてが
今、ともにある
夜という夜にある

 
 
 
  びしょ濡れ

ぶらりと歩いて
コンビニでお買い物
空っぽを下さい
銀行に入ると
通るべき空間がすでに用意されている
レールよりも複雑だ
時間と音さえ狭い通路
べらんめえ口調ってのはどうだろう
映画館でみている
閉じたまぶたの裏を
病のようにギラギラと波打つ闇を
公園に座っている
近くの草をむしりながら
意外と落ち着かないものだな
目的がないということは
目的があるということは
どれくらい本当のことかしら
君も遠くなったな
太古の昔のことのよう
思い出すというより
まるで想像している
君と僕に接点があったなんて
ライトをつける
ポンコツのバイクの音が
夜に響く
それよりもチクチクと
無数の虫がライトに飛び込んでくる
夏の夜の田舎道
田んぼが見えない
バイクの光だけが浮き上がる
自分が見えない
虫が当たる痛みを感じる
虫の死を感じない
この角は知っている
ふいに曲がるから
まだ西の空に
少し夕方が残っていた
夕暮れに連なる道
いつか消えて
ライトを消して
エンジンを止めると
沈黙と暗闇の中で
焼かれているものがある
ぶらりと歩いて
ドアを開けてふらついた
今日は濡れずにすんだね
実はびしょ濡れなんだ

 
 
 
  冷たい風

冷たい風
動かぬ山
火の国の 火の山
ときに山肌の色を変えて
煙と雲の向こうに
命を生む太陽
命を奪う太陽

冷たい風
動かぬビル
人の国の 人の山
ときに人々の顔色を変えて
雑踏と騒音の向こうに
命を生むシステム
命を奪うシステム

冷たい風
ふらつく私
私の国の ウソの山
ときに人々の顔色におびえて
心と体の中に
明日を生む命
明日を奪う命

 
 
 
  阿蘇

遠く巨大な連山を前に
近くの野原で
小さく うずくまる影は
空の まぶしく
しみるような青さに
ますます小さい命を
誰に見せることもなく
緑の中に 抱かれながら
秘密のように お伽話も
音も届かないところで
舞う草と風に吹かれている

 
 
 
  見つめていたい

私の心に慈愛の目があったなら
あなたが私から何を奪っていくのか
静かに見つめていたい
私があなたから奪ったものを
あなたが取り返すのを見ていたい
あなたが私を嫌うなら
嫌われた裸のままの心で
どこが傷つくか見つめてみたい
あなたは傷つき
私も傷ついた
傷つけることで傷つき
傷つくことでわかるものがあるなら
あなたの心に同期して
傷が示すものを知りたいと思う
私がまだ泣けるなら
奪われなかったもののために
泣きたいと思う
すべて私が
まだ人間であるなら
あなたの心を癒すよりも
あなたの心を聞きたいと思う
耳を澄まして
あなたの傷ついた
あり方を知りたい
私の傷ついた
あり方を知るために
そしてゆっくりと
考えてみたい
人間はどのようにして
傷ついていくのかを
病める心の
癒えぬ部分の
こだわりに
言葉で上手にあてる
包帯を持たない
私の貧しさを
あなたが許せない分
私が傷つき
年老いていく姿を
今しずかに
見つめていたい
裁かれるときを待ちながら

 
 
 
  傷つけて

古びてゆく
時間がたてば置かれているものはみな
命があることを
いや命がないことさえ
考えずに触っていた
道端や公園や街並みに
並んでいる遊びのような
色と形をもちながら
触れてゆく手は多くても
注がれる目は逸れていたから

人の手に触れたものは
かつて雨や風に耐えてきたもの
しかし人の手には耐えられない
敏感で弱いものたちだったかもしれない
今そこここに
相変わらずの姿で立っているけど
眼に見えない傷にいたみつづける
傷を見ない目に見られて

 
 
 
  小枝

木の幹に知らぬ没落
嘆いている御婦人の笑顔
懐かしく見苦しい
さり気なくいとおしい
報いはやがて来るでしょう
握りしめた手を折らないように
そっと太陽を隠しましょう
忘れるためではなく
許すためでもなく
やがては枯れる木の皮の
はがれて落ちる日のために
捧げるものは嘘の光
痙攣の祝福を浴びて
孕みましたか そろそろ
霊に水気をはらいましたか
木の幹のまわり
子供達が駆けていきます
見て見ぬふりのあなた
木の幹に腕を曲げ
涙拭く姿勢の小枝
太陽のいたずら
嘘の町
子供らは駆けていく

 
  知らない町

昔、駆けていった子供らが
大人の顔で帰ってくる
知らない町へ行ったらしい
蝶々追いかけていた子供らが
花を咲かせておいた
その一輪を
その匂いを
また蝶々が追いかける
知らない蝶々は
区別がつかない
知らない子供らは
知らない大人になる
花を知らない大人たち
匂いをかいでごらんなさい
においに覚えがないのなら
今ここは知らない町です

 
  初夏

夏の光めがけて
手元がくるった
水があふれる
きらきらと
小さく跳ねる水の光
閉じこめられた夏

 
 
 
  処理

耳ザーザーと鳴って
目のまわりや
顔のこわばり
皮脂の具合など気にする

累々と並んだ屍を
無雑作に引きずっていく男達
今日のうちに彼らも
この列に並び横たわるかもしれぬ

耳ゴーゴーと鳴って
筋肉の痛み
胸のつかえ
骨のねじれた感覚のために
眠ることかなわず
食欲低下し
衰弱して横たわる

穴を掘る
大きな穴
小さな穴
屍を放り込む
そのとき
男の眉間に黒い点現われ
そのまま穴の中へ落ちてゆく
一人処理が済んだ

耳サーサーと鳴って
横たわったまま
口をきかなくなる
最後に痙攣して
動かなくなる

真っ先に
いなくなる人達
涙は
メディアの向こうで乾いてゆく

 
 
 
  影のうすい男

生きているのか
死んでいるのか
よくわからないほど
影のうすい男が歩いていた
まわりを歩いている人に関心を持たず
また彼が関心を持たれることもなかった
生きるとは何か
という前に死とは何か
という前に生きるとは何か
彼は今生きているのか
それとも死につつあるのか
人が「この人は死んだ」と言うとき
彼は生を終えるのか
それとも死ぬのがやっと終わるのか
彼は歩いていた
たとえ泣いていても
顔に出ていない彼のまわりで
人々が通り過ぎていった
紙くずが舞っていた
いつのまにか自分がうすもやに思えるほど
何の抵抗もなく
風は通り過ぎ
紙くずのように
時間が通り過ぎていった

時間の前で
次から次へと
彼は通り過ぎ
目の前で果てていった

紙くずは遠く去って
どこかで拾われ捨てられるであろうか
彼は拾われることがなかったので
捨てられることさえできなかった

 
 
 
  パワーオフ

失敗は許されない
という雰囲気に満たされている
清潔なオフィス
お決まりの言葉と
礼儀にのっとって
損をしないように
レールのように敷かれたサービス
踏み外さない限り
ことはないのだ
少しは恩恵にもあずかれる
そんなところでナアナアはいけない
大きすぎる声もいけない
戸惑うことさえ許されない
顔色が変わるから
よく見渡せばどこかに
テンポラリなブラックリストがあるから
そこに自分がのせられていないか
気をつけながら
速やかにジョブを済ませなさい
ここにも働いている人がいる
レールの上を当たり前のように
上手にわたっていく
彼らもまぎれもなく
人間なのだから
失礼じゃないか
手続きを間違えるなんて
でも心配はない
そういうときのレールもある
それがサービスというものだ
迷わなくてすむように
いろんなレールがあって
迷ってしまう
思わず緊張して
オフィスというオフィス
レールというレールで
黙ってしまう
気がついたら
レールのわきにうずくまる
ウソつきになって
自分の声も言葉も
育て損なっていた
今それを探しているんだ
今それが欲しいんだ!
・・・off

 
 
 
  深夜の車

寒い
深夜
スプレーをかけて
凍った車のウィンドウを拭く

寒くない日に
生まれた言葉や
凍りついた励ましや
やさしさが
冷たい息をかけて拭き取られる

残った透明なガラス
見にくい
見通し

ハンドルを切る
神経が切られてゆく

坂道をのぼる
知性が落ちてゆく

憎しみでいっぱいの
車から
小さな音をたてて
落としたらしい愛が
草むらを転がり
暗闇にさらされて
悔いを呼ぶ
エンジンが壊れそう

アクセルを踏む
怒りが吹ける
煙が尾をひく

短いせりふのように
流れ
走り去った車の後に
夜が残る

 
 
 
  夜

夜である
昼よりも静かだと思ってはならない
昼の騒ぎよりも
より騒がしい思惑が
入り乱れて飛んでいる
あるいは欲望が
壁を突き破ったり隠れたりする
夜には夜の苦しみ
夜には夜の夥しい挨拶

夜は悲劇を
喜劇をのせて音もたてずに流れてゆく海のよう
生も死も同じなのだ
生けるものも死せる者も
動物でさえ屍のまま
声もあげずに
乱れた問いを投げかけてくる

いったいいつまで笑っていればいいの
泣いていればいいの
暗闇から海のように
大河のように流れる裏の広さから
答えられなかった問いが
問われなかった夢が
叫びを押し殺してゆく
沈黙の
騒然とした夜である

 
 
 
  抑圧

何も報告してはくれない
どうしろとも書いていない

誰かから誰かに
日常的に伝達される
レジメのような情報があふれている
覚えきれなくてイライラする
苦笑いとおとぼけでわたっていくうちに
足を踏み外していることや
腰が折れていること
頭が割れて欠けていることさえ
気づかないでいるのかもしれない
鏡にだって写らないのだから

ほとほと終わってしまいそうだよ
胸は風の吹くまま
観念も気安く通してしまうだけの
穴があいていて
時々かわいそうだよと悲しい笑顔を見せるときに

何も伝達してくれないものが
揺り動かして時々
何か伝えられていると
もっと大切にしたくなって
そっと手を伸ばす一冊
目に見えるピリオドから
違った恐さを夢に見て

 
 
 
  夜から夜明け

電灯の下
影になって
不眠の夜をおとなしくあきらめていた

夜明けに先立って始まる
カエルの声と
ニワトリの声と
どんな都合でないているのか
遠くから取り巻かれているように
飢えたもの
耐えられないもの
死にそうなもの
おびただしい
遠い叫び
それほどさっきまで
夜は静かだったのだ

明るくなったら
もやの中で
カエルになれ
ニワトリになれ
叫びになれ
でもオートバイに乗って
出かける頃には
もうカエルもいない
ニワトリもいない
壊れつづける機械といっしょになって
朝の騒ぎにまぎれていく
ひとつと数えられない
覚えられることもない
命のまわりを走りぬけた
命の後を行く
死んだように
かつて夜は静かだった

 
 
 
  夢 U

狭い道を歩いていた
古びた石の壁、細い溝に沿って
井戸があった
誰もいない家があった
一人か二人出会ったが
知らない人だった
入り組んだ路地を通り抜けると
また同じ道に出てしまう
何度も同じ道に。
誰かに会いたかったのだろう
愛しさに熱く泣きたかった
乾いた石の中で
のどが渇いた

水際の岩場で
人が撮ってくれた写真に
友人と私、
私と友人が写っていた
二組も三組も同じ写真に写っていた
さわやかな顔をしていた
どちらかの体が傾いて立っていた
懐かしかった
でも懐かしむほどの友人はいない

テーブルの上に
絵本が積み重ねられていた
今できたばかりと
作者が宣伝していた
瞬く間に売れていった
漫画のような絵本
コミカルな線が人を描いていた
曲線の巧みなデフォルメ
折れ線の細い危うさ
それらに囲まれた
白い未来 空白の飢餓

質素な食卓で食べた果実は
禁断の果実ではなかったか
苛立つ頭を巻き込んで
胸がやけ
後頭部に響く強い酸が上がってきた
塊が糸を引いて連なり
充血した眼で唾液を引きずり
胃の底まで吐き出してしまった
赤い実は溶けかかっていたが
子供の頃から知っているような気がした
森の中で見つけて眺めていた
今、火の内臓にしみこんでいく
血の流れを黒く染めながら
絶え入るばかりの罪の流れだった
聖なる嘔吐に清められたかった
暗い床の凹凸に伏していた
動物のように邪気もなく
信じられるものを求めていた

 
 
 
  いつのまにか

時計がいつのまにか止まっていた
人がいつのまにか死んでいた
そのあっけなさ
唐突さ
忘れることの幸い
忘れないことの不幸
両方味わうのが
尾を引くという鈍さなのだ
その鈍さの表面を
滑らせ
変えられるのは
時間だとは限るまい
長くもなれば短くもなり
味わおうとして
匂いさえかげず
ましてやつかむことも
追うこともできず
五感でとらえきれないまま
意識するときだけ
その人の記憶の中
その人の形で
存在する時間

時計がいつのまにか止まっていた
時計で計れない長さを
人はいつのまにか生きてゆく

 
 
 
  ぶらぶら

逆さになって
ひっくりかえった
夢を笑う
花を摘み
逆さにして
ぶらぶらと振る
何かを吹き
何かに吹かれて
みんな自分だったと
苦い実を噛む
濁った汁がしみて痛い

細かく雑草が揺れるほどの風
受けて少し逆流する
寒けが空っぽの気道を舞う
何を恐れている
それとも憎んでいる
咳き込むほどに渇き
荒れて
濁った痰に癒されるのは
肉体に似て
退いてゆくもの
しかし方角が違う
そちらへ行けば
逆さになって
ぶらぶらになって

後ろを向いた眼球を
旅人の姿に隠して
ぶらさがって
空へ落ちかかっている
この世を
そんなものだと
眺めながら
誰にも会わず
去っていったあいつ

 
 
 
  暦(カレンダー)

用意された
末日を追う
未遂の暦

見分けのつかない
数字の外に
数えられた日々

縦に横に
落として回る
未定の砂場に遊ぶ

見やすい位置に飾ろうと
月めくりの小さいやつ
めくるめく
また遅れる

年の初めの
これとこれ
選んで帰って
見なかった落日を刻む

 
 
 
  排泄

折れた骨は
変形して固まっている
血も内部で冷えていく
わずかに臓器を残して
排泄する
老いてゆく自画像の裏で
手が動く
綴られなかった一日
読まれなかった行間
見られなかった空間

排泄するために
欠けていく勾配

 
 
 
  被造物

四月だというのに寒かった
六畳の部屋にステレオを置いて
布団にくるまって
左右から聞こえる音を面白がった
好きな歌い手の
新譜のレコードを待って過ごした

立てて置いていたから
曲がっているかもしれない
古いレコードを整理している
4月の暖かい部屋の中
エアコンのうなりが聞こえる

何かを作らなければと
夢見ていた頃
弦が一センチ以上離れている
安物のギターを買った
弾いたつもりで指を痛めたあげく
Amだけ覚えて終わった

レコードプレーヤーだけは残しておいた
間違って切ってしまったパラレルの配線を
焦りうろたえて
ペンチで一本ずつ
ねじりまわしてつないだ
終止符は打てなかった
造られていたのは自分だったから
五線紙もわからないのに

庭の雑草をかき分け
爪を立てて
網戸をよじ登ってきた猫
上るのは上手なのに
下りるのは下手
窓を叩くと
あわてふためいたあげく
落ちて弾(はじ)かれるように逃げていく
いつまでもマイナー
被造物よ
同じ弦の上でふるえて

 
 
 
  水の鏡

見えているものを見ているか、
聞こえるものを聞いているか、
まわりにあるものを知っているか、
当たり前だったはずの意識が
確かめようもないものだったなんて

小さな池の
水の面に
写っているもの
水辺の小鳥の遊びにも
とんできた木の葉やわらくずにも
何も
何も変わってないときでさえ
あんなにもたやすく、もろく、乱れ
くずれてしまう

頭を打ったときそうだった
熱にうなされていたときもそうだった
眠れない夜テレビを見ていて
ふっと過ぎたかすかな息のように
あんなにもたやすく、もろく、乱れ
遠くなってしまう

波がなくなる
ほんのひととき、
危うく写し出される
水上の風景
小石を蹴ってかき消そうか
恐る恐る顔を寄せてみようか
確かめようもないほど稀な
自分との出会い

 
 
 
  森の虚像

美しい言葉 編んで
秋の森の木漏れ日の
落ち葉の中に佇んでいたかった

落ち葉を拾い
投げ捨てて
空を見上げる足元の
無数の陰に阻まれ
飛ばせない光の墓地
湿った森に伏して
枯れ葉を叩きながら
こめかみの動脈の
拍動を引きちぎるような
支離を閉じている

形あるものの
運命の崩れ
形なきものの
逆説の汚れ
そこにある
神の賜物たちの
ひとつひとつにこめられた
虚像と実像
まっすぐ立った虚像は
かすんでつかみようもなく
はっきり見える実像は
何もかも裏返しだ

不確定と確率と
不信が
本質になる世界で
まだ描いている
ほんの戯れではなく
ただ偽りを解きたくて

 
 
 
 
  妄想(疑心暗鬼)

見えなかったものが
ぼんやりと見えてくる
閉ざされた沈黙の奥に
歪んでいく闇がある
ぼんやりとしか見えなかったものが
血を引くように
薄暗い
顔に近づき
不明の表情を持ち
青白い
体になり
地を離れ
次から次へと
倒れ込むように重なり
命のない眼が訴えるように揺れ
色が揺れ
熱を帯びて
息がさまよい
口が開いて
黒ずんだ肉を求め
吐き出されたものが
輪郭をあらわにするとき
爛れた粘膜を貫いて
暗闇から
鬼の目が光る

 
 
  テレビ

あぐらをかいて座っている
男の顔は
肌色を消されて
明るくなったり暗くなったり
赤くなったり青くなったり
次々に変化していく
座っているのは同じ男なのに
幽霊になったり鬼になったりする
男は光源を見ている
光源は男を照らす
光源からは目をそらすことが多いのに
じっと見つめ
泣いたり笑ったりを
光源からもらっている

焚火を囲む人たち
その顔は炎の色に輝いている
男の顔も赤くなる
しかし炎の色ではない
炎は熱い
テレビの火は冷たい
火を受けて凍りつく顔

外に出て星を見上げた
輝く星の光を受けて
男の顔は真っ暗だ

 
 
 
  朝の夜

外はまだ暗いが
すでに朝である
ずっと起きていたのに
朝なのである

今日は何をしませうと
天使の声
懐かしい人の名を呼んでみようか
綴ろうか
無名の夢たちを
白い夜の続きを
意味もなく
テーブルの上の
空の缶を数えている
影の数が違う

夜は終わったのだ
一日の計画をまとめよう
何を読んで書いて
寝て起きて
いわゆる何々
読まないで書かないで
その
いわゆるが
言えない

 
 
 
  夕日と私

水平線のかなたに沈んでゆく夕日
太陽から見れば
地球の輪郭の上に
最初から見えない私
私は夕日と呼んでいる
夕日は名付けない 何も

人が物を表す
物が人を表す

やがて海は去り
道は流れ
街は近づき
光が増え
減って
いきなり
闇を脅かすものが侵入する
私の部屋だ
部屋の私だ
一日の終わりだ
誰のだ

 
 
 
  酸素

酸素が必要だ

目は開いている
呼吸が止まった

わずかに声帯を震わせて
圧迫された息が解放される

 0・一秒いや0・0一秒
 気道の中に閉じ込められた空気は
 誰にも見えない闇の中
 誰にも見えない方向に
 壁を打ち破ろうとした力
 熱の加速
 神経が電撃となり
 筋が一挙に統制され
 収縮したことは確かだが

呼吸が再開した
収縮を繰り返す筋肉
目は開いている
動いている
眩しい視線と
光が天に走る中
呼気のように汗が吹き出す
さらに激しく取り込まれる空気

酸素が必要だ

 
 
 
  あきらめの位置

椅子(いす)が整然と並んでいる
時が整然と用意されている
通路が決められている
公共という
セレモニーといったりもする
日常という名前さえある

うめ尽くされた場所に
自分だけの
位置を見つけるのは大変だ
ゆっくりしか動けないのに
せかされて
つい言ってしまう
いいよ それでも

そうして今ここにいる
長い廊下を歩いた後のような倦怠
帰ってきたのか
行かないでいるのか
そのままでいるのか
椅子もなく
位置もなく
時間もなく
何という
うすい関わり

たくさんの人がいる
関わる人がどれほどいる?
関わる人がどれほど関わっている?
やがてあたりに誰もいなくなったら
いつかせかされることもなくなったら
独りで言うだろうか
いいんだ これで

 
 
 
  音無(おとなし)村

音無村は
いろんな葉っぱをつくる村
つぶして粉にして
混ぜ方しだいで
薬にもなれば毒にもなる
この村に父はいません
母と子が住んでいます
でも実の親子ではないのです
父はいないのに
住んでる家を「ふし」といいます
木の葉祭りの頃になると
みんな寺に集まって
粉をせんじて飲みほうだい
歌って踊って
毒にあたって
ときには陽気に死んでいきます
木の葉が枯れると
旅人が来て
母を連れ去り
子をさらい
みんなばらばらになって
また「ふし」にもどり
葉ができるときまで
お日さまだけがしんと見てます
音無村は見られています

 
 
 
  人が生まれて

人が生まれて
罪が生まれた
人が増えて
罪に罪を重ねた
言葉が生まれて
嘘が生まれた
心にもないことを言い
心にあることを隠した
虐げられた救い主のように
人は長い間
ウソの中から真実を見つけなければならなかった
人は長い間
ウソを並べて真実を表わさなければならなかった
産みの苦しみは
楽園を追われたときから
長く
長く続いた

「罪は決して許されることはない」
「あなたの罪は許された」
二つの言葉は
言う人と言われる人によって
正しかったり間違っていたりする
反対だったり同じだったりする

 
 
 
  メカ

記憶装置の中
ns(ナノ秒)の世界で走る電子
ms(ミリ秒)の世界で行き交う情報
コンピューター
一秒に何千回も
往復を繰り返すピストン
回転を繰り返すクランク
エンジン
光学とマイクロチップのおかげで
ボタンを押すだけで
伸びたり縮んだりするズームアイ
のんびりシャッターを押すだけでいい
バカチョンと呼ばれるカメラ
機械と遊ぶ人間

これらそれらの
ひとつひとつに
その仕組みをわかっている人がいて
部品を組み立ててきたのだ
ということを殆どわからずに
ワープロで文章を清書している
バイクに乗って山や海へ行く
写真を撮る
人間世界のトロンになって

人間世界のトロンになって
自分のことさえわからないのに
遅々として進まない歩みを
駆けずり回っていたことのように思い出す
ニューロン

理解できないメカニズムに乗って
ユーザーを気取って
ライダーを気取って
何とかーを気取って
求めていたのは
やっぱり人間世界
花鳥風月 きれいだな と
はなたれ小僧が
年をとっていく

秋だったから
紅葉だと思って写真に収めたのは
病気の杉の木だった

 
 
 
  情報人間だ

多くの人が歩いている街
それぞれは血も涙もある人間だし
会って話している人もいるけれど
出会うことないお互いは
動く障害物にすぎない
障害物をよけながら
多くの人が上手に歩いている
群がり移動するお互いは
えさを運ぶ蟻以上の無関係
整然と群衆が移動する風景
確か複数のファイルをまとめてコピーする方法があったな

情報化社会のシステム
マルチメディア・ネットワーク
規格の統一
バーコードになった言葉
会話?
その恩恵から取り残されるとよっぽど怖いことになるのかな

今でさえテレビにも新聞にも本屋にも
情報はあふれているのに
どう選択したらいい
人間の記憶には限界があるのに
どう整理したらいい
コンピューターに保存しておけばいい
コンピューターの記憶装置が整理してくれる
コンピューターと記憶装置はつながっているが
人間とコンピューターはどうつながっている
人間の記憶の中にあった大切なものが
コンピューターに移されて

大切な約束のために訪ねたある日
ちょっと待ってねと
彼は部屋に入った
入ったきり出てこない
心配で見に行くと
パソコンがやさしい声で言った
「もうすぐですから少々お待ちください」
パソコンの前に座っている彼は
背筋をまっすぐ硬直させたまま
ディスプレイに向かって
複雑なバイナリーのコードらしきものを
さかんに左右の眼を点滅させながら
口から泡をふきながら叫んで発信し続けているのだった

 
 
 
  うんこたれ

「何やってんですか」
切符を買おうとして
もたもたしていたら言われた
サングラスかけて肩いからせて
「何やてー
切符の買い方よう知らんから
もたついとるだけやないか
もちっと親切に教えたらんかい」
と言ってる自分を
思い浮かべようとしながら
目浮いてきて顔寒くなって
うんこたれ
と声に出さずに離れていった

「ん・・・、ん・・・、・・・
ん、ん、それでね」
急いでいるのも
イライラしているのもわかるのですが
もし少しでも気を使ってくださるつもりなら
「時間がちょっとないもので」とか
「今話されてもわからないから」とか
ひとこと言っていただけたらと思います
ん、によって私の話は聞いたことになって
彼は彼の話を続けたのです
まだまとまっても終わってもいない私の話とは
ほとんど関係のない文脈が続きました

「頭よかったじゃない」
この過去形は計算されていたのですか
用意されていたのですか
昔は、が省略されていたとすれば当然
今は、で始まる言葉も省略されていたんだね

「何考えてるの」
「何言ってるの」
ハハ、よくわからないけど
同感だ・・・・

 
 
 
  太陽に抜かれて

見なければ抜かれることはなかったのに
じかに目を合わせて 見てしまった
あわてて瞳孔をしぼっても
もう遅い

見てしまった
形の 秘密を 守るために
見なければ抜かれることはなかった
剣の 一つが
瞳をつらぬいて
焼き付けた残像が
視界をさえぎり
やがて 頭痛を呼んできた

見たものは
抜かれた魂の幻と
めまいと
歪んだ形から
まるで不治の病のように
守りようもなく残されて
脈を打って光る
暗点

直接 見ては
ならないものがあるらしい

 
 
 
  川

仰向けになっている体の
頭から足の先へ
流れていく小さな川がある
目を閉じても
天井を見ても流れている
浅いようだ
ゆるやかではない
川面が跳ねたり踊ったりしている
かすかに音を
伴い続けて流れる
脈管ではない
拍動もない
確かに小川だ
流れ以外は見えない
流す力は持たず
勾配にまかせて
少しく急ぐように
しかし絶えることなく
流れつづける
流れつづける
沈んだり浮かんだり
眠らないまま
動かない体は川になって
流れるものを許しつづける

 
 
 
  捨てる

破り捨てることは
いつでもできる
書くことはいつでもできる
わけではない

捨てることはいつでもできる
君の中の僕の記憶のように
何てやすやすと
僕はまだ生きているのに

書いたもの全部
引きずって
何て重たいと
つぶやいたのは
書かれたものたち

もう放しても
いいよ

 
 
 
  千巌山

昨日癒えた傷が
今日はまた開いて血がにじんでいる

千巌山へは永遠に行けないと思ってしまう
展望台の壁に書かれた落書きは
どこの老人会だったか

血の味は知っている
臭いに近い味だ
血が命の流れなら
今味わっている血は既に死んでいるのか

高い山ではない
車を降りてしばらく歩く
頂上付近が吹きさらしの
岩山になっている
来た人は皆吸い込まれていく
目をやられるのだ

自転車に撥ねられること数回
鼻血は数知れず
予感がすると必ず出てきた
運動場の隅の日陰で
子供のころ恨めしげに見ていたのは

松の木と岩
レストランも何もない
小さい展望台は
こぞって押しかけるには狭すぎる
群衆を拒む
松の木と岩場の狭さから
天草五橋が全部見えるほどの広さに
視界を空や海に入れて
うっかり見渡せば
魂を置き忘れてしまうのだ
誰も景色になれない

抜いたはずの歯に
かけらか何か残っていたらしい
歯を磨いて歯肉をこすって
血まみれになった口内から
うがいをして吐き出せば
命を奪われた血の海が
渦を巻いて吸い込まれてゆく

この世の果て

以来
命を持って流れる血を見たことがない

 
 
 
  責める

書いた文字が
起き上がって
僕を責める
何と言って責めているのかわからないが
書けば書くほど責める
立ち上がった文字が
二人寄り三人寄って
言葉になって責める
しまいには
まわりいっぱいになって
うるさく責め続けるので
紙を破って
丸めて捨てる
書きかけの文章を捨てる
静かになった
と思ったら
捨てた紙の間から
はい上がった一人が
弱々しい声で言った
うそつき・・・

 
 
 
  創造


今の今
今しかない
今に長さはない
時に長さはない
時などない元々
神は今を創造された
人は過去と未来を想像している
感じる
感じるから存在する
存在するから居場所を求める
場所などない元々
神は存在を創造された
存在は場所を想像している
そのように
神は人を創造された
人は神を想像している

ばあちゃんが失禁した
ばあちゃんは落ち着かない
ばあちゃんはわからない
何もわからないから
わからないことをする
それが病気だから
病的なことをする
と思われてきた
ばあちゃんは感じる
感じるから想像する
想像がはっきりしないから不安になる
感じるから不安になる
不安だから落ち着かない
ばあちゃんは失禁する
存在するから失禁する

存在するから不安になる
不安になるから言葉を求める
人は言葉を求める
言葉は神であった
言葉は神から贈られた
ウソは人から送られてくる

 
 
 
  たどり着いた車

曲がった道が
まっすぐになるように
ハンドルをまわすんだ
たどり着く場所があるはずだ
押されたり
引っ張られたりしながら
リズムのないダンスを続ければ
たどり着く時間があるはずだ

ガラスの中で顔が動く
向こうからもやって来る
動いていない
またやって来る
顔がない
陽射しが衝突して跳ねただけ
車はすれちがう
人は出会ってはいけない

サングラスかけた
ガラスのガラスの中の顔
汗ばんで脂ぎってこわばって
尻を突き上げられるたびに
ずれていく
顔とガラスと
屋根の下
流れていくのは
こちらあちらのお互いさまと
場所でもなければ時間でもない
た・ど・り・つ・い・た
くたびれたゴムの上でまわっている

 
 
 
  別れ

透明な水の泡のように
美しい歌が流れています
うらやむ目が立ち止まり
古びた預言を拭いながら
ひとり川辺で力んでいます
声を出せばたちまち漫画になって
ケント紙の上でつまずくから
目の中まで耐えているのです
(伝えることのできないすべて)
尋ねたいことがあったのです
言いそびれて干割れた唇
ここで
そっと濡らしてもいいですか
返事はすれちがう風の間にのせて
流れを乱さぬよう
空に描かず
山に描かず
去年の枯れたすすきの上で
静かに韻を踏んでください
透明な水の
泡のように

 
 
 
  冬の宴

一次会は短かった
酒の色は牛乳のように白かった
まるいグラスに注いであった
まわりにいるのは同僚だった人たち
長い間ごぶさたしていたので
慰めたり励ましたりしてくれた
優しい声に私も答えた
願いは きっと かなうよ
昔の同僚がいて
僕が譲った車の燃費がいいとほめてくれた
今もっている車について話したかったが
まわりにいるのは昔の昔の同僚だった
私の書いたものを見せた
誰かの詩集のすみに鉛筆で書いた一行か二行
そこだけ切り取ろうと言った友人は
ページ半分やぶいてしまった
苦笑して顔を見合わせた
酔ってきたのか
私の古い友達
酒はほろ苦い蜜の味
食事は立ち食いで
おいしそうだったが
話しているうちに食べそこなった
お腹がすいてきた
急いで食べた
包んでもらおうと思ったら
持ち帰りはできないと聞いた
酔っていたのか
あわてて口に入れたのは
他のテーブルのごちそうだった
友人は皆出ていった
あわてて酒をこぼした
早く出ていかねばならない
まだお腹がすいていた

うなり続ける暖房の音
蛍光灯が明るい
部屋のベッドで目覚めた
汗をかいたせいか体が重い
みんな去っていった
顔を思い浮かべようとした
苦い胃酸が上がってきた
宴会の翌朝の気分に似て

 
 
 
  うたた寝の先

うたた寝の中に
忘れてしまった夢がぎっしり詰まっていて
体が重く感じられ
ふと星がよぎるように
身近な人の訪れさえ
ときに驚きに似て

こういう人がいて
どういう関係がある
関りはいつも違う事情にあって
その日その時一回きりであるのに
相対する人は疑うことを知らぬかのよう
そのように思慮はあいまいな現実で
そのくせ指示は明確な夢のよう
そういう混濁した明証性の先に
張られた綱の上を
この日一日と渡っていく

 
 
 
  値踏み

一人で思い巡らす人
こいつから学ぶべきことは何もない
むしろ邪魔だ
自ら手を下さずともこの辺が弱み
チクチクとついてやれば
そのうち手も足も出なくなるさ
逃げ出してくれれば願ったりかなったり
この男は役には立たないが
咬まれることはあるまいゆえ
当分は飼ってやるとするか
この人は一応立てておいて
程々の敬意を見せておけばことはあるまい
このお人からは幾らかは頂戴できる
今のところ借りるだけでもよいな
このお方こそ組んで、お味方、お味方
うまくいけばいつかは・・・
ん、ん、・・・フフ

私にいくらの値をつけた
人格を値踏みする者よ

えっ・・・?
空耳か

一人で思いわずらう人
人の気持ちをあれこれと推し量り
自分と比べ
思いあぐねては疲れ果て
寝込んでいる人
見積もれば
自分が誰よりも安くなることだけは知っていた

 
 
 
  きらいだ

何故そんなことを聞いた
「いやとんでもない僕なんか」
とでも言えば満足だったのか
少なくとも嫌な思いをせずにすんだんだ
そう、済んだことだった
些細なことだった
ずっと後になって
全く別のことで
もっと冷たい目と口が向けられるまでは

学生の頃、ずいぶん昔の話
悪意と作為には耐えられなかった

最初から用意されたような
答えを期待されて
質問されるのは
きらいだった

 
 
 
  きらいな人

何の問題だったか忘れた
君は当たり前のような気軽さで
「まあ許してください」と
にこにこ笑いながら言った
「許さない」
と答えた

あれだけ雰囲気を悪くしたほどに
一体いかなる罪について許さないと答えたのか
今でもよく覚えないのだが
思い当たるのは君を
陰でこそこそ話したり動いたりする君の
上座でも下座でも
いっしょに居たくないほどに
好きになれなかったこと

許さないからどうしろというわけでもない
聞かれたから答えただけなのだが
軽い気持ちしか向けていないのなら
君は何故「許す」などということを要求したのか

 
 
 
  もう無能

丸い種はもう蒔かない
四角い種ももう蒔かない

実のなる木はもう見ない
金のなる木はすでに知らない

いっせいに飛び立つ海鳥
砂浜に一人
波が上手にさらっていく
足元の砂の足元
光る波の一滴
乾いた
風に砂の一粒
去り際に払って
砂浜にはもう別の人々

砂をまく
水滴を
風を
気を

悪い種はもう蒔かない
木のなる実はざっくり笑って
果肉は誰の腹の中

 
 
 
  俗人

私は瞑想する
というほどではないが
座ったまま
黙って目を閉じてみる
鳥の声が聞こえる
雨の音が聞こえる
何かの物音が

力が抜けていくように
深い闇が広がる
声も音も
体の中で聞こえるように感じてくる
果てしない心と体
外も内もない
もう少しで
音が見えるようになる
そんな気がしたとき
ベルが鳴る
お腹がなる
テレビから知らない音楽
あわてて立って歩きだす
当分は俗人の空腹が
目的を探すことになりそうだ

 
 
 
  お疲れさま

昨日はお疲れさまでしたって言うんだ
飲み会の翌日
お疲れさまでしたって言うよね
仕事が終わって帰るとき

ストレスを解消して
日頃のお疲れをいやすための飲み会だと思っていた
お疲れをいやしに行って
お疲れになるもの
つまり
ふだん言えないことを言ったり聞いたり
笑ったり歌ったりする
それも仕事のうちということか
だから出ない人もいるし
出ても頃合をみて挨拶して帰る人もいるし
でも明日も仕事だというのに
二次会、三次会、深夜まで付き合う人もいる
お疲れさまでした
単なる挨拶といってしまえばそれまでなのだが

飲み会に出なくなってどれくらい経つだろう
酒は一番よく効く抗うつ薬なんだが
翌日のリバウンドと二日酔いの気分の悪さを思うと
やっぱり結構きつい仕事だ
お疲れさま、で
疲れを感じてしまうくらいだから

 
 
 
  次元

乏しくて乏しくて
しまいに欠けてしまって
目で見ているもののまわりに何もない
目で見ているものさえなくなって
古い何かがよぎる
色彩のような
香りのような

紙にX軸・Y軸・Z軸を描いてごらん
そう、それが三次元の座標軸だ
その紙に鉛筆を立てて
そう、これが四次元さ
(それを写真に撮ってまた棒を立てる
五次元、・・・、N次元?)

0と1が明滅していた
ことの始まり
色彩が妙にきれいだ
平面から立体へ(芸術へ)
それに時間という次元を考え出して加えている
それでも乏しくて乏しくて
しまいに欠けて
古い何かがよぎる
未来が今を思い出している?
色彩が

 
 
 
  かたすみ

滅びゆく家の片隅に
うずくまってじっと耐えているか
去りゆく人の残していく
滅びゆく影を追って
北風に唇をふるわせて野辺に立つか
滅びゆく世界の
残された片隅に
あてがう呼び名もなく
呼ばれることもなく
吹きすさぶ嵐に傾いて
ひび割れた古い柱に
さらに寄り掛かる冬の重さに
耐えるときの命の中に
命に似て
少しく潤んで
しのぶもの
滅びゆく希望の
片隅に凍えて
小さく開かれた永遠を信じて
小さく開いた眼だけになって
やがて白く
広く


 
 
 
  口から出たもの

一度口から出たものは
二度と戻ってこない
聞いた人がいて
聞かれた場面があるかぎり
もう改めることもできない
元には戻らない
ただ変わっていくだけだ
そして巡り巡って
口から出た災いだけが戻ってくる
口から出たものが人を汚す

同じことを言ったつもりかもしれないが
同じこと、などありえないのだ
一度目に放たれたとき
引き裂かれたものや
傷ついたものが黙っていても
二度目に放った
矢が同じでも
前ではなく既に後なのだから
同じことを言っても
同じこと、であるはずはないのだ
変わっていたり
死んでいたりすることさえあるはずだ
繰り返された過ちは
前にもまして深い傷

底なしの沼に向かって
おろちのように襲ってきては
むさぼり尽くそうとするか
さもなければ
泥のように汚れたまま
奴隷になりさがって
また傷あてに空しい呪文を求めるだろう
「愛している」と

 
 
 
  雲海の記憶

夏の阿蘇
明け方
雲海を見るために
外輪山にのぼる人がいる
その雲の下
バイクや車に乗ったり
早朝から動いている人がいる
互いに見ることも見られることもない

展望台で煙草に火をつける
朝日に光る雲の下に
驚くほどの灰色の世界があって
道があって家があって
誰かが同じ朝を過ごしている

服を濡らしてゆく霧の中
前を走る車と道くらいしか見えないが
この上にはすでに日がのぼり始め
驚くほどの明るい世界があって
誰かが山の上から見下ろしている

ある日どちらかに私はいた

 
 
 
  影絵

思い出そうとする
あったようで
あったとは思えない日々について
出会った人々の顔について
名前を抜きにして
明暗を分けることの出来ない影について
あまりよかったとは思えない
数々の自分の顔について
影絵を見るように
そこにあったと思い込む
生き生きと影が集う物語に
思わず友を呼ぶ
急にうすくぼやけて広がる低みに
一つの影が退場する
そして影絵の裏側で
舞台裏のしゃがんだ汗ばんだ顔の後ろで
折れ曲がった
顔のない
ぶら下がりのゆらゆらが
もう笑いもせず泣きもせず
役割を終えて手を離れ
いま平坦に横たわる

 
 
 
  歯車

噛み合う歯車だって
長く使うためには
油をさして
慣らしや
暖気が必要だ

噛み合わせようとすると
きしんだり
ひびが入ったりするのは
木で出来ているのか
岩で出来ているのか
ぼろぼろとこぼれていくのは
砂岩の類か

そんなはずはない
これだって歯車だ
元々か、いつからか知らないが
噛み合わなくなっただけだ
失敗?
そんなはずはない
歯車として造られたんだ
噛み合う歯車を探してみたんだ
まてよ
まわりにいっぱい歯車があって
それらがうまく噛み合っていたとしても
いずれ寿命が尽きて壊れるものだ
歯車として造られる必然がどこにあったのか
いっそもう一度原料に戻せたら

まてよ
のまま待ちながら結局
変わりようもなく
捨てられ、忘れ去られ
錆びついて動かない砂の上
地球といっしょに回るだけの歯車は
太陽のめぐりを眺めて
やっとうまく噛み合ったと
少しく熱して埋もれていった

 
 
 
  夜空

晴れた夜の空に
月と星
星と星
星座と星座
恒星と惑星と衛星
人工衛星
UFO?
月にも星にも名前があって
通る道と軌跡があるけれど
その間にある
夜空の大部分は
あながち暗いだけとも言えず
あと一年か一億年も経てば
星が見えてくるかもしれないとはいえ
深みも遠さもわからないで
指さしてあれは何だと言われることもなければ
無いとさえ言われないものでできている

 
 
 
  ひかりT

すいこまれたり
はねかえったりして
いろんなものを みせてくれる かわりに
いろんなものを かくしてしまう
ひかり と ことば

 
 
 
  ひかりU

かがやきを あたえて
きらめきを あたえて
あんなにも
うつくしい すがたを
うつしながら けっして
じぶんを みせない
きみは まっすぐ?

 
 
 
  水たまり

水たまりは、その上を
跳んでいく人の色を消した
水たまりは、その上を
跳ねていく人の姿を消した
水たまりは、自動車に跳ねられて
その轍を見せてすぐ隠した
雨がやんで
水が引いて
水たまりが乾いたとき
轍のようなものが見えたとしても
消したもの
隠されたものは
もう見えない
水たまりは
もう見えない

 
 
 
  さいはて

町の中から地の果ては見えない
地の果てから町は見えないけれど
さいはて
そこからなら町も人も見えるような気がして
多角形のいびつな塊のように
あるいは鈍く点々と
流れ、沈んで
浮かんで
見えるはずもない
行ったこともない
果ての果て、その
さいはて
霧のようで
かすかに色めく
風の渡り
広く低く
しーんと響いて
聞こえるはずもない
行ったこともない
ここは田舎の
町の中
ある人にはいつも
さいはて

 
 
 
  見えない

雨のために見えない
その向こうの雨
霧のために見えない
その向こうの霧
その中を走っているバイク
光と闇
光のために見えない
その向こうの闇
闇のために見えない
その向こうの闇
光のために見えない
その向こうの光
その中を走っている人々
人々と人
人々のために見えない
その向こうの人々
誰が誰を虐げたわけでもない
かどうか知りようもない
見えるもののために見えないもの
その中を走っている
自分のために見えない自分

 
 
 
  あの世

明け方バイクに乗って山の上から
雲海を眺めていた
太陽、雲、あらゆる光
この目はうばわれて、どこか
この世にいなかった
翌朝、山のふもとの道
雲海の雲の中を走っていたのだろう
体はバイクの上で冷たく濡れていった
急に開ける視界
いつのまにか朝日をあびて
シャツが乾いて汚れていた
体はうばわれて、どこか
この世を離れていた

昼下がり、車のフロントガラスから
太陽を隠す大きな雲
そのふちは輝き、やわらかい輪郭の
空の上から下へ
隠された太陽から放射状にまっすぐ広がって
注ぐ光、光の帯
天国への階段かと
虹を思い出そうとして
色をうばわれて、どこか
この世に別れを告げていた

太陽は神ではない
しかしときに自然が見せる
とくに太陽にまつわる
この世ならぬ感覚は
ある種の喪失か自己消滅か
あの世
でもいいけれど
信じているものは求めて目に見えず
信じたい世界では
信じたい人々からは
信じるべきものは目に見えて闇のようだ

 
 
 
  不眠症と祈り

何もかも呑み込んで夜が来る
のみ込まれて黙り込む
静けさに目を閉じる
さまざまな夜の形を打ち消して
最後に犬が吠える
眠れない人が闇に驚く

 祈りは夜とともにあった
 言葉は夜であった
 光は夜のかたすみに
 あやうい形で揺れていた
 祈りは涙と親しく
 いつしかお互いに拒んでいた
 涙は形にならなかった
 祈りはさまざまに否みながら
 光となって揺れていた
 光は言葉であった
 それらすべてを包み込む
 形は夜であった

何もかも解き放って朝が来る
沈んだ眼の水平線が離れる
あらゆる隙間から光が射し込む
数々の挨拶を抱えて出かける人々
さまざまな光の形に打ち抜かれて
眠れない人は黙り込む

昼となり夕となった
それがいつも一日目の終わりであり
終わりの日の始めである

 
 
 
  数の存在

名付けるのは人の都合により
数えるのも人の都合により
存在するのは神の都合による

人は数を考え出して便利に使った
今は数が人を便利に使っている

自然数の中で1が最も不思議だ
0までの道のり
マイナスまでの
小数や分数までの道のりを越えて
無限大へ

1からの出発
0からの出発
マイナスからの出発をして
順調に上っていった男は
限りなく大きくなることを疑いもせず
知らないところで名付けられた
虚数の束を嬉しそうに数えている

 
 
 
  口笛の頃

もしそんなところがあったら
耳鳴りの今を去って
口笛の頃へ帰りたい
目に写る
錆びた刃物の
耳鳴りの
闇の
ざわめきを去って

口笛の
その吹かれたところから
小川を渡り
水音も風音も
野原と空の
ゆるやかな
うつりになって
音がしないほどの
肌に触れないほどの
気の流れ
草の揺れ
口笛の
音色の消えていく
少し先
空に召されていく
口笛が
口笛でなくなる
あらゆる見えないものと
いっしょになるあたり

いっしょに遊んだ
幻の少年が
消えていった
名前を与えられ
こめられたものたちすべて
名前を失い
解き放たれるところ

広い
ひろい
ひろ・・・


 
 
 
  春の名前

花の色・香り・ぬくもり
風の音・水の音・きらめき
空の輝き・光
春という名の季節
その中の様々の名前

何を得て
何を失って
この春にいる

子供の頃
晴れた空のまま下りてきて
小川のまま流れてきて
菜の花を揺らしながら
虫の道のりといっしょに入ってきた
まぶしかった全ては確かに
名前など持たないまま
あの頃ひとつだったのに

 
 
 
四、 死と命

 
 
 
  眠っていたい

今日と明日とは別の日なのに
今日と明日と区別のつかない日々を過ごしている
長い廊下のように
まっすぐなのに迷っている
夜もない
昼もない
肩に残る悔いをはらって
眠っていたい
好きなだけ

胴体の上に
眠ったような首をのせて
街中を歩いている
遊びもない
仕事もない
頭に残る悪い虫たちを
頭ごと、はねて
眠っていたい
好きなだけ

早朝の街中に
紙屑が転がってゆく
枯れ葉が転がってゆく
いつか風の中に
眠ったような首をのせて
要らなくなったものが
みな飛んでゆく
どこかへ集うように

要らなくなったものが
集まる場所
風の向こう
街の向こう
何もないもの
それさえ捨てて
眠っていたい
好きなだけ
そこで

 
 
 
  動かない死

肉体は座ったまま
動かなかったので
次第に乾いていった
頭皮から離れたフケが髪の間に点々として
かつて食したであろう食物の残渣が口角でひび割れ
鼻から頬にかけての皮脂が乾いて
こわばったうろこのように落ちかけていた

そのまま消えていくと思っていた
座ったまま便通は圧迫され
腸の動きは眼のように不明だった
眼脂に覆われていたのである

やがて形なく
透き通り
消えてゆくはずのもくろみは
思いに反して
よりかたくなで
固い肉体を作り出していた

心は座ることができなかったので
乾いてはいても
絶えず何かを思わずにはいられなかった
とうに周囲とは無縁であったが
いつしか清潔な裸体を想像していた

明日はなく
昨日は捨て
今日の消滅を願っていた
来る日も来る日も
死は肉体よりも心に近く
そのくせ清潔な裸体ばかりを描いていた

 
 
 
  不眠と退行

もう遅いから
眠ろうとするけれど
眠りに入ろうとしているのか
黄泉に入ろうとしているのか

後頭部に住みついている
モヤモヤとしたしこり
ときに硬くなり激しく緊張して
沸き上がってくる怒りのようなものが
その理不尽を問うては責め続ける
顔と盲目と死を含んで
叫び声を誰にも聞かせない

お母さん
僕のお母さん
心配しないで
あなたは何もわかっていないこと
よくわかっているから
僕が相続したと思っている
泣き虫と笑い虫をありがとう
乳が欲しい
吐き気がする
乳が欲しい
もう遅いから

お父さん
僕のお父さん
なぜ戦争で死ななかったんだ
なぜあなたの息子は病気なんだ
見えないルールを作って
自分を厳しく律してきたお父さん
くわっと怒って自分で苦しんでいた
お中元もお歳暮も受け取らなかった
それが立派だったお父さん
なぜ今になって
長生きして欲しいのに耳が遠いんだ

危ない情動を青白い顔の端末に隠して
先祖のぶら下がりの血の重み
妄想の救い難い正直さ
あらゆる血の徘徊を
飲み込もうとして咽頭が裂ける
薬で癒されぬ重い風の迷いの中

無理な睡眠に逃げていこうとする
無理な答えに問いに
また悪夢から悪夢へ
のめり込む遊びの前に
明日はすでに数え始めている
眠れなかったとは言えない速さで

 
 
 
  自殺について

自殺者はいつも
いちばん言いたかったことを
言い損ねて死んでしまう
したがって口を失った彼が
残された人々によって
嘆かれているうちはいいとしても
時には根も葉もないささやきの的になったり
とてつもない大罪を背負わされたりする
それでも死者は黙っているほかはない

もうだめだと思ったときに
他人を殺す人間もいれば
もうだめだと思ったときに
自分を殺す人間もいる

人がみんな死ぬときに
弾丸の間をすり抜けて生きのびた人間もいれば
人がみんな生きるときに
ひとり天井を眺めながら死んでいく人間もいる

死ぬ ということは
もう出会わないということ
ひょっとしたら
生まれてこのかた
誰にも会ったことはない
と言うことかもしれない

残された友人はただ
薄暗い電灯の下から
ふと泥のような顔を上げて
曲がった指で指差すだけだ
見ろ あいつが出ていったあの場所に
扉もなければ窓もない

自殺がどんな腹いせで
どんな恨みに基づいていようと
自殺者がどんな病気で
どんな不幸な目にあったのであろうと
自殺はいつも一つのことを告げてはいる
生きたかったと

 
 
 
  虫の音

物音は
集まれば集まるほど
耳に障る
気にすればするほど
大きくなる
集団の声は苛つく
人の声も 雑踏も
独り聞いた蝉の声も
蛙の声も
耳鳴りも
恐らく幻聴も?

波のように
あたり一面
姿のない虫の声
遠くか近くか
どれほどの数か知らぬが
ただ一匹だけ
窓近く
チロチロと
鳴いているのがいる
不思議と耳に障らず
寂しく泣いて
訴えているようにさえ聞こえる

眠れない夜を殺し
耳鳴り騒ぐ
眠れない夜を死なせ
秋の虫 なく

 
 
 
   闇

深夜の光の下で
そこだけ闇をつくり
怒りと苛立ちの
眼をむき出している
視線はどこを向いているのか
失われた夜、あるいは夜の向こう
果てしない底という底
落ちていった空という空
美しいものを見ない
充血を感じて
緊張が扉や壁を打ち砕く前に
誰かの呼ぶ声がして
答える声がして
眼前から去った視野が戻ってくる
幻か
誰も呼んではいない
答えるはずもない
深夜の声の下で
闇はいたるところにあり
自らの墓を呼びつづける

 
 
 
  夢の肌

眠れない夜は
ひとつの世界
重なりあう思いに
乱れた欲望に
解き放たれようと
夢の肌を探る
天井と床の間で
さまよう視線が繰り返す
明滅のうちに
苦しみながら呼んでいる
ひとつの旅
光も闇も
夢と眠りの跡を
ゆるやかに流れ
消えて
忘れた言葉のような
弱々しい悔いと気分を残して
新しさにまだ気づかない
朝を迎える
夢の肌のあせるころ

 
 
 
  みんな

いわれなきものに
おされるように
このよの へりに
きてしまった
ねむれない よるが
あけていくころ

ある よあけ

ほそい いとを
そっと ほどいて
とおいところへ
いくんだよ
たれにも あわなかった
うまれて このかた
たれにも あわなかったと
したうちか
にがわらいでもして
このよの えんを
あっさりと たちきって
そっけない そらへ
たびたつんだ

にんげん いつかは
かならず わかれていく
えいえんには かてないから
そのひのことをいっているのだから
しんぱいしないで
と すこしは しんぱいもしながら
あれ? と
くびをかしげるように
あっけなく
みんな いって しまうんだよ

 
 
 
  傷ついた犬

何か言いたそうな
傷がある
その傷を癒すために
なめつづける舌も傷ついている
それを見る眼も傷ついて
しばしば視線がそれている
うるんだ眼が揺れるたびに
流れる涙こそ傷を示すのに
歪んだ目から涙は見えない
ただどこを見ていいのか 探して
戸惑うように動く眼球

親から子へ
傷だけを相続した
兄と弟が
傷だけを共有した
互いに癒すこともできずに

傷でできている人間
同じ傷は一つとしてないから
痛みを通り越して
ありとあらゆる
あきらめを
諦めて
砂を受け入れている
あてるガーゼもない
巻く包帯もない
もう出血もしない

無数の傷を積み重ねて
人の形ができていて
遊んでいる
さらに傷つきながら
それが命と言いたげに

疲れて眠ろうとして
眠れない
粘液が乾いたので
見るに耐えない
傷口の中は暗く冷たそうだ
傷の縁が黒い血痕を残して
乱れている紅色
傷は笑っている
ぽっかり口を開けて
何か言いたげに

 
 
 
  白い目のピエロ

薬をのむ
白い目のピエロが現れる
鉛のような倦怠が襲ってくる
長いトンネルの無為にふらつく
暗闇で見る幻に
縫合の糸をかける踊り
血を抜いた
平気な顔をして笑う好褥の皮膚
その傷から生えてくる
歯を抜いた
血の味 細菌の熱をのどで飲み込む
昔のんだ鼻血の味が残っている
拳銃と注射器の危うさに
火の粉とガラスをまき散らす
白い目のピエロ
何度も身を引いて
しばらくすると戻ってくる
静まりかえった舞台で踊る
曲もなく詞もなく拍手もなく
そのたびに眼が白くなっていったという
不眠に遊び
白髪を覆い隠して
笑うために ピエロ
また薬をのむ
脳に回った毒が笑う
泣く

 
 
 
  信じ方

病人よ
病人よ
汚れた肉体を布団に残して
どこをさまよっている
多くの顔と名前が乱れて去っていった
彼岸のあたりか
そこから命はもう行けない
魂は抜かれるだろう
抜歯のようにこともなく
麻酔でしびれた
歯肉の穴の形を
固まりかけてまだ熱を残している
血の味と臭いとともに
舌が探っている
抜かれた魂の
跡の形を探っている

顔のない天使の合唱が近づいて来る
♪どうしても救えない
 どうしても救えない・・・(遠ざかる)
何も知らない少女が
教えられたとおりに歌うような
くりかえしに
思わず顔をしかめる

恵まれているのか
試されているのか
許されているのか
裁かれているのか
わからない病人よ
信じ方を忘れた病人よ
忘恩と裏切り
魂の責め苦に寝返った
肉体は痛みを離れてゆく

 
 
 
  歌い

歌い終えた本を閉じて
短い食卓につく
答えのない食欲につく
歌い終えた食欲を閉じて
別のことを始めているつもりで
ふらつきながら机につけば
始めたことを忘れてしまうほど
部屋は終わりに満ちている。
斜めに吹いているらしい
窓の外の風
いつか斜めになっているのはこの体
このめまいは
することがないということかもしれず
できないでいるだけといえばそれが正しいようで
結局みんな知ることのできない贈り物だったんだ
未来(あした)を見れない目で
過去(きのう)を聞くことのできない耳で
現在(いま)を触れない手で綴った
長い不眠につく
歌い終えた一日を閉じて。
歌い終えないまま人生を閉じて
永い眠りについた人たちが
何も言わない

 
 
 
  もうよそう

ひとりは首を吊り
ひとりはビルから飛び降り
ひとりは高い橋の上から飛び降りた
砕け散った肉や骨を拾うのが大変だったという
ひとりは死に際に哀しい視線で・・・
もうよそう
死ぬのに勇気は要らぬ
死を上回る恐怖があればいい
生きるのに勇気は要らぬ
死を上回る死があればいい
ストレスから逃げて逃げまくって生きてきた
そして死んだ自分を数えている
死んだ自分がまだいる ここに
ひとりの夜に対話する独語
団結はしないね
けんかもしない
いつかバイクの後ろに
いつも君が乗っている
スロットルを開ければ開けるだけ
君は笑ってついてくる

 
 
 
  発熱

寒い夜に張り詰めた
細い線が切れてゆく
断端が曲がって
幾本も幾本も
ぱらぱらと揺れる
不意の停電のように
像が消える
音がしたかしなかったかと
思う間もなく
次の像が暗闇へ落ちてゆく
次から次へ
落ちては消え
落ちかかっては消え
熱と痛み
幻と記憶の中で
横たわるベッドだけが白い
支える床がない
足がない
この視線の罪に
ふさわしい名前さえない

 
 
 
  むごい死

むごい死体だ
親しい友人もいなかったという
近所付き合いもほとんどなく
発見が遅れて
死後どれだけ経っていることか
少ない関係者から話を聞くにつれ
ひょっとしたら死ぬよりもずっと前から
すでに生きてはいなかったのかもしれぬ
昔は集まりや宴会にも出ていたし
ありきたりの付き合いをして
正直でおとなしく
酒を飲み過ぎて吐いたことも再三あったと聞く
他殺の線は消えた
病死らしいが
ここ数年は家にこもってばかりで
ろくに食事もとっておらず
栄養失調もあったらしい
孤独病・慢性自殺とでもいうか
最近はこういうのが多い
身元はすぐに割れた
番号や記号の類だから
身元確認だけは造作もない

最近はああいうのが多い
もっとひどくなるかもしれない
ときどき見かけるのだ
決まったルールの関係は多くても
関係をつくれない底辺が増えている
システムに乗り遅れた老人が
鼻をかんだチリ紙をじっと見つめていた。
マニュアルになった文書を抱えて
番号になった顔を隠して
システムの中の
数になることを拒んだ若者が
路上で激しく黙っていた

 
 
 
  ひからびて

ひからびて、
逆さにしても、しぼっても、
何も出てこないと思っている。
そんな命にも
頬を流れず、
目に浮かべることもなく、
心の中を流れる涙がある。

布団の中の顔に表情はなさそうだし、
表情があっても誰が見るわけでもないが、
これは確かに泣いている。
昔なくしたものの痛みか、
古い傷が今更のように潤うのか、
それほど大切なものだったのか、
答えも見出せずに流れている。

果てもない、
底知れぬ沈黙のひととき。
とうに滅びた星の
大昔放った光だけが残って
まだ夜空に揺れているように。

 
 
 
  悲しい顔の先

生きている間に見るがいい
紛れもなく有機物である人間の顔
そこから目をくりぬき舌を抜き
耳と鼻をそぎ落としたとして
いくつかの穴だけを伴った
首の上に乗っているのっぺらぼう
どれが涙でどれが血かわからなくても
凄惨な穴と穴の
位置と形態のあり様は
やはり人間の顔の迫真であるはずだ
生きている間に見るがいい
やがて失われていく水分のために
無数のしわが隠していくもの
頭皮を剥ぎ皮膚と筋肉をそぎ落とし
さらに乾燥して光沢さえ見せるされこうべは
不気味に笑っているかのようで
そういった悲しみの成れの果てに
下顎が落ちて
転がった先を無機質という
生きている間に見るがいい
土と石の中から無機質のかけらを
拾っては丁寧に泥を取り去り
集めては手に取って眺め
つぶやくように
「下顎骨・・・」と
深く静かに息をつかせるもの
見られている先を人間という

 
 
 
  バラバラになって

奇妙なやつだ
死んでいるはずなのに
バラバラになって
半分焼け焦げた肉片が
あちこちに転がっている
黒焦げになったのや
まだくすぶっているのもある
口と鼻の一部が
瓦礫の上に斜めに傾いたまま
少し離れて片方は飛び出した眼球から
原形をとどめない髪の頭部までが
逆さになって
言い残したことでもあったのか
唇はしきりに動かしているし
目はキョロキョロとあたりを見回したり
時々こちらを見ている
声にならないので何を言っているのかわからないが
むごたらしさ以外の何かを
伝えようとしているように思えてくる
ひょっとしたら彼も
隣に転がっている私を何か言いたげな
妙なやつだと不思議がっているのかもしれぬ
誰かが私を持ち上げた
天と地が大きく回った

反応がない
周りの人たち
口を動かし声を出そうとするのだが
出てないらしい
ドーンと
音と衝撃のようなものがあって・・・
そこまでしか覚えていない
ライトはやけに明るいが
もともと暗い部屋だなここは
胴体と手足を並べている人
その足首は違うよ
私のじゃない
気づいたらしくどこかへ持っていった
別の人はしげしげと眺めては何か書いている
皮膚や肉を切り取ってガラスの皿やビンに入れながら
話しあっている別の人たち
メスを入れるのか痛くはないが
幾人かは書類を持ってすでに去った
やがてライトが消され
カバーをかける一人を残して皆去って行く
とても暗いよ
ちょっと待ってもらえないかな
まだあるんだ言いたいこと
たくさん持って私ここに
まだ・・・ある・・・のに

 
 
 
  誰の死

一つの死を前にすべての言葉は無力だ
茶色のうねりだったような道の中に突っ立っている
夕暮れの青ざめた人々
夕焼けさえ悪意の色で迫るかのように
焼かれる炎は
さらに焼かれる
誰のものなのか
いきなり破裂する
色も光も音も
皆ばらばらの吐物のようだ
誰のものなのか
鈍く包んでいく闇では終わらない
幽霊でもなく
幻でもなく
朝よりも静かな熱をもって
墓標よりも先に
冷ややかに立ち上がる
誰のものなのか
一つの無力の前にすべての言葉は命だ

 
 
 
五、 泣き笑い

 
 
 
  はらへった

夜腹が減った
食い物がない
冷蔵庫を開けてみる
食い物はない
台所をうろうろする
何度かまた冷蔵庫を開けては閉める
すみにパンか何か残ってないか
ない
あるはずもない さっき見たのだから
空腹がキュウとめまいのようにおそってくる

寒い夜 車を飛ばして弁当を買いに行った
二人分買ってきた
ん? と思って台所の棚を開けると
カップラーメン一つ
あんなに探したつもりが

今日は一日寝てたのに
こんなに腹が減るなんて
今日は何もしなかったのに
思い立ったら
空腹のために車に乗って出かける
行動の速かったこと

ストーブの前で
二人分の弁当をむさぼる
自分が動物のように思えてくる
人間やめたのか と泣けてくる
誰かに許しを乞いたくなる
ごめんなさい
今はイドと小銭しか持ち合わせがない

 
 
 
  一人暮らし

パンに
ご飯に
飲み物に
おかずの類
忘れたものはないな
おっと野菜ジュースも入れて
酒はやめておく、と
タバコはこの前買った
おつりはもらった
サービス券は使ったことない、と
これで週末の食料はそろった
あとはゴミを出して
ゆっくり夕食だ
テレビでも観よう

と思っていたのに
寒いぞ
どこか順序を間違えたらしい
電柱に寄りかかっている
暗いビニール袋の中

そういうことか
どういうことだ

 
 
 
  掛け声?

うぉりあっとせい!
別のことを言っていたのだろうが
うぉりあっとせい!
としか聞こえなかった
記憶に残る
景気のいい声だったな
浜辺の漁師だったか
田舎の祭りだったか
どこかの高校のグランドだったか
テレビの中だったか
忘れた

うぉりあっとせい!
で眠れたらいいな

夢の中だったか?

 
 
 
  影

人ではなく
影ではないのか
そこに黒く
うずくまっているお前
少しく動いてはいるが
影ゆえに何も語らず
眼もなく
何かを見ているとは思われぬ
ただ影も影として
考えていることはあるとみえて
ゆっくり立って
戸口へ向かっていく
性分なのだな私も
そいつのあとを追って
あわてて床をはっていったのだ

 
 
 
  ボールペンT

引き抜かれた芯は
細い裸のまま
ふるえる指先のふるえを受けてふるえる
書けない責任を負わされて
インクの残りを見るための
視線にすーっと舐められてゆく
いきなり激しいめまい
天井と床の間で振られ
さらに荒々しい熱い風
悪臭にさらされる
このような移動と臭いは好まないと
断るすべもないままに
次は強い圧力で
押しつけられる紙の上で
嘔吐して刻まれた溝に流す
「まだ使えるな」と
その身が尽きるまで続くのだが
外筒におさめられ
改めて押される速さに
右に左に上に下に
圧力は無理矢理に片寄り
やはりふるえる指先の
ふるえを受けて
刻んだ直線を歪ませる

 
 
 
  ボールペンU

くやしいペン
振っても振っても出てこない
はーっと息
まだ出てこない
しんを吹いてから
強く押す
また振って
もっと強い圧力
深い溝と
申し訳程度に
うすい文字が途中でかすれる
もう少しだったのに
喉まで出かかっていたのに
また消えた
最後には指先でおもちゃになって
くるくる回され
倒され
転がされ
トトトト


話にならない
やめた
後ろのごみ箱にポイ
捨ててやった
やっと机の上で休んでいる
これで書くものがいなくなった

 
 
 
  好きだよ

ああ
好きだよ

どれくらい?


弓なりに
なるくらい

どこが?

しずく 落ちて
めが ふきだすような
ようなとこ

いつから?

目を そむけても
見える から
ときから

いっしょにいたい?

ずっと
ずっと
よく 見て
うまく こなれたら
出したい

 
 
 
  泣けない

を見たときから
夕日の逆光の下へ落ちていく
牛の群れのように
低く
うろたえる
うごめき と どよめき

を見せたときから
単純に解明されて
売り物にならなくなった
ひきつった笑い
すなわち泣きを
遠巻きにする無関係

を知ったときから
言い返す言葉もなく
息さえ圧力をもって
それた視線を押してくる
鈍い黒光りの
ふつうであった

ををを

 
 
 
  ワープロT


知・し・市・氏・士・詞・師・死・視・史・誌・四・紙・詩
十四番目か
あまり恵まれた生まれではないな
しを、しは、しも
言いやすいとも
言いがたい
しというものは
詩というものは、と
「というもの」を付けると少しは言いやすいけれど
同音異義語が多いから
いっそ「ポエム」という読みで登録しておけば
しかしワープロにもよるし
何番目かには必ず出てくる
頻度の低い方ではないから
学習機能というのもあるから
一番目か二番目になることもある
でも他の文章を何回か書いた後
やっぱり後ろに下がっている
「詩集」はすぐ出てくる
「現代詩」も出てくる
すぐ出てこなくても単語として登録するのに抵抗はない
詩、言の寺
言葉の修業という意味合いかしら
たった一音


この奥ゆかしさは
誰かが探してあげないと
日本語の中に埋もれてしまいそう

 
 
 
  ワープロU

(ワープロはもちろん和製英語)
どす といえば
切れ物・刃物の類か
京都弁?
DOS(ディスクオペレーティングシステム)を
一般に「ドス」と読む
どすどす
DOSどす
とはあまり言わないから
紛らわしくもないのだが
アルファベットとなると
DOSと入力変換するのが面倒なことがあって
「どす」という読みで登録している
パソコンのワープロを使っている関係で
(パソコンも和製英語だ
 四文字略語があふれている)
ドスドスと
けっこう図々しく
頻繁に登場する
業界で通用するものだから
ドスドスとえらそうに
外へ出ていってしまって
狭いディスプレイに残されて
修復不能なエラーになって
右往左往している
気がつくと数時間
いやずいぶん長い間
そこで生活しているのだった

 
 
 
  ワープロV

詩を書くときに
詩のようなものを書くときに
下書きからワープロを使うことは滅多にない
キーボードを叩くのが遅いから
下書きはキーボードより
乱筆の方が早いから
(清書して手直しするには乱筆よりワープロを好む)
AI変換というのがあって
言葉の受けかかりを記憶している
あついゆうじょう
厚い友情
あついゆう じょう
暑い夕 上
あついゆ うじょう
熱い湯 有情
なるほど と
便利なのだが
暑い友情や
厚い湯があってもよさそうなのに
(そう変換させようと思えばできるのだが)
可能性を否定されてるようで
狭く囲まれたような気がして
道徳が法律になったような気がして
ひとりぼっち
どこかで誰かが異端になって
機械のために泣いている
ような気がして

 
 
 
  きっと恥

引きつって声にもならず
みすぼらしい人格を残したまま
端から端へ滑って転んで
探し物でもしてるふり
山に入るか川に潜るか
きっと答えは街の中
こだまして泣いてこぶだらけ

 
 
 
  きっと夜の部屋

換えたばかりの蛍光灯
これでパッカパッカと黒ずんだ
口を開けたり閉じたりを
当分は見なくてすむのだが
昼間より明るいわけはなく
後ずさりの気配の後
スイッチ切って
ドアを閉めた途端
闇という闇は押し寄せて
大きな大きな目を開けて
この夜は一体だれのもの
きっと朝までにらめっこ

 
 
 
  挨拶したので

「やあ」
「おう」と
手を上げたまではよかったが
そのときパリッと欠けてしまったので
とりあえず型だけ取って帰った
大きくも小さくもない
部屋のすみで
ほこりをかぶって
ひびわれたそいつの
名前をまだ思い出せないでいる

 
 
 
  流れ星みたので

またひとり
この世の果てのような
草も木もない崖っぷちに立って
靴を脱ぎ
手を合わせ
誰かにあやまって
ひょいと飛び降りたとき
飛んできた花火が
ぐさあと首の後ろに突き刺さって
しばらく噴射しつづけたので
うっかり軌道に乗ってしまって
落ちつづけてる奴がいる

 
 
 
  まずい味噌汁のんで

足元をすくわれたと思って
ポンと辞表を置いて
「くそくらえ」とでも言ってから
帰ってきた腐った脳みその
脳だけ置き忘れてきたので
俺の椅子に誰かがすわり
俺の机に知らない本が積まれ
ガヤガヤと会話が音になり始める
今朝を日常だと思ってしまう

 
 
 
  荒療治

ダニか他の虫刺されか
赤いブツブツ
かゆいけれど
かけば汁が出てひろがる
悪いものはたいていそうだ
毒には毒をと
タバコの火、近づけて
熱さが、痒みから痛みへ
一、二秒がまんして
軟膏を塗る
この荒療治は、しばしば
やり過ぎて水疱をつくる
破って中の液を
ティッシュで吸い取り
また軟膏を塗る
何カ所かやって
ひとつだけ治らない
絆創膏でかぶれて
ますます赤くなって痒い
悪いものはたいていそうだ
またタバコであぶったり
ちり紙でゴシゴシこすったり
手持ちのあらゆる軟膏を塗ったのち
愚かなことをしたと気づく
愚かなものはたいていそうだ

 
 
 
  いやなやつ

今だから言うけど
(今になったら責任はないのかね)
昔のことは言いたくないんだが
(まさに言おうとしているじゃないか)
あの時のことなんだ
(あの時が一体いくつあるんだい)
つまらない些細なことなんだが
(そのわりに忘れもせずによく覚えているんだね)
確かに悔いは残るかもしれない
(確かに、で何故、かもしれない、だ)
愚痴を言うわけじゃないけど
(言うわけじゃないけど言うわけだな)
いい意味で殺したかったですね
(・・・・)

 
 
 
  にぶくてかんべん

こわい より
こどく が いい
おそろしい より
さびしい が いい
いいといっても
よくは ない
こどくは こわいし
さびしいは やがて おそろしいから

いちにち
だれとも はなさないでいると
じぶんに はなしかけたり
てれびに わらったり
ものに あいさつするにいたっては

おもえば
かたことの
にほんご かいわ
とぼしい ことば
にぶい こころ
えらんで しぼって それでも
せんしぶる って むずかしい
ますます みんな とおくなって
かたるに おちて
どんかん
つたなく はだか でもやっぱり
つたわるって せんしてぃぶ つたえるって
こんなん
にんげんの はしくれ だのに
にほんじん だのに

 
 
 
  笑い

にこやかに笑っているのに
みんな冷たく凍ってるんだ
笑顔なのに
いつでも攻守の身構えをしてるんだ
笑いながら警戒する
器用な無理が顔に出るんだ

つくった笑いと
あふれる笑いの違いでしょう
作為と
無邪気の違いでしょう
ビジネスはビジネス
それがルール
それがルーレット
ロシアン

 
 
 
  ずだだ

ズダダダダ
私が何をしたというんだ
乱射される
首を振り
目をそらし
よけるのが精一杯だった
それにしても君って
不思議な人だ
言ってることが
聞かれてると思ってる

 
 
 
  花咲(はなさか)じいさん

はなさかじいさん
はなさか?
がひっかかる
はなさかじ
では咲かないだろう
花咲かせ、からきたらしいが
はなさかせじいさん
いいにくい
はなさかせじ
では咲かせてもらえない
じいさんはやめといて
はなさかにいさん
はなさかねえさん
ますます咲かない
やっぱり年寄り
はなさかばあさん
きぼうがでてきた
か・き・く・く・け・け(よ)
はなさけじいさん
ひと花咲かせて
はな・さけ・じいさん
のみすぎないで
真っ赤な顔して
はなさけよ・さる
ならまだいいけれど
はな・さけ・よ・さる
になっちまう

 
 
 
  これで息

ごはん炊いて
ラップに包んで
冷凍する
これで数日は息抜きできる気分

悪いこころ集めて
これこれと反省して
お祈りする
これでしばらくは息吹き返す気分

悲しいこころ集めて
じっと乾く涙を待って
目を閉じる
これでほんの少し
ため息つける気分

良いこころ集めて
あれこれと考えて
わからないと気づく
これでこれからも虫の息