近未来日記

その日僕は、SUZUKIが新たに開発した4輪駆動車「ジムニー雫」を納車し、取り扱いマニュアルに読みふけっていた。
ジムニーは、SUZUKIのロングセラーブランドだが、営業オフロードコース以外に未舗装路の乏しくなった現代、
新しい提案を求められていた。
“雫”と名付けられた新型ジムニーは、SUZUKI初の水素燃料エンジンが搭載されたものだ。
水素燃料をイメージさせたという“雫”なる愛称は、SUZUKIの文字を組み替えたものらしく、様々な意味で話題作だった。

納車したばかりのこの新型新世代ジムニーを、さっそく乗り出してみようと思っていたところへ、
ロンドン郊外に住む知人、アンウイン・スタンレー神父からの使いがやってきた。
驚くべき事に、彼、マシュウ・ハーディングは身の丈50cmにも満たない小人であった。
物質縮マシン「ミニマイザー」の効果によって自らのサイズを縮小し、隠密行動をとっているのだという。
スタンレー神父は、イギリス情報部本部聖職者作戦課 (BISHOP)のエージェントなのだ。
ガブリエルと名付けられた神父の1917年製フォードT型は、とてつもない骨董品だったが、空を飛ぶことができるという。

今回はその話をする余裕はないと、マシュウは言う。
彼は一枚の写真を僕に差し出した。
デジタル写真が平準化した現代においては珍しい、銀塩写真で撮影されたもののようだ。
神父が、発令されたロンドン指令Xに基づく調査の末、命がけで入手したものだという。
そこには奇妙なクルマが何台か映っていた。

マシュウは淡々と話し始めた。

謎の円盤UFOが地球上に現れ、地球人誘拐などの事件が相次いだ。
宇宙人の侵略という可能性を見出した人類は、1980年代に地球防衛秘密組織SHADOを結成し、
UFOの迎撃作戦を展開していたという。
SHADOはイギリスのハーリントン・ストレイカー映画製作プロダクションの撮影スタジオ地下にその基地を設けていたというが、
その存在は世界的に秘匿され、月面に前線基地があることすら、人類は知らされていなかった。
その事実が明るみに出たのは、1999年のこと、月面に廃棄していた核廃棄物が連鎖反応を起こし月が地球の周回軌道を外れ
太陽系を飛び出してしまう、ムーンベース・アルファ遭難事件によってであった。
ムーンベース・アルファの漂流は、異なる種族との遭遇を果たすが、この事件によって
地球を直接侵略しようとするアンドロイド・ゼルダのモンスターをも確認された。
2020年、人類は地球防衛軍テラホークスを結成してこれを迎え撃った。

混乱期に入った地球は、海底からの地上侵略にも見舞われた。
タイタン族と名乗る海底人が、UFOやゼルダと共闘していたかどうかは確認されていないが、この局地的侵略に立ち向かったは、
世界海洋安全機構(WASP)が派遣した原子力潜水艇 スティングレイのトロイ艦長であった。

マシュウはデミカップを両腕で抱えながら、ややぬるくなったアールグレイを一口すすり、
これほどの攻防に投入された人材、資機材と資本のことについて考えられることは何か。と、僕に問いかける。
卓越した人材登用と技術革新、それに伴う防衛装備の開発・・・
そうか、軍事組織や超兵器の存在は秘匿されていても、開発に伴って培われた技術は、
形を変えて一般社会に流出しているのだ。雲を突くような超高層建築や、それを短時間で施工してしまう工業化技術、
巨大な土木工事を合理化する大型土木機械の登場は、ある。
しかし、ここ数年、原子力施設でのトラブルや、地球環境の変化から起きた自然災害による人的被害も拡大傾向にあった。

マシュウは話を続けた。

災害や事故に対して、国や政治、思想、宗教を問わず駆けつける私設救助隊が存在する。
その機動力は、地球の裏側へも一時間以内に到着し、無償の救助活動を展開する。
テクノロジーをねらう妨害者も存在するが、彼等「国際救助隊」はあらゆるイデオロギーを越えて、
世界平和のために尽力しているという。

素晴らしいことではないか。
彼等の顔も姿も見たことはないが、時折、ニュース配信されてくる「国際救助隊」の活躍はよく知っている。
彼等は、見ず知らずの被災者を助けるためだけに、命を賭して災害現場に乗り込み、名前も告げずに去っていくのだ。
ようやく地球規模の実質的な平和維持を唱えることのできる時代がやってきたのだ。
つまり、スタンレー神父は僕に“僕の曾祖父”の意志を継いで、彼等のような正義と平和のための盾として立ち上がれと
伝えをよこしたのだろう。

すると、マシュウは、そうではないと首を横に振った。

近年、人類は有人火星探索を実現している。しかしその途上、誤って異星人ミステロンの基地を破壊してしまい、
ミステロンは人間や機械を自在に操れるロボット光線を使って、地球人への復讐を予告してきたのだという。
人類は新たな地球防衛機構「スペクトラム」を結成し、ミステロンの攻撃を撃退しようとしている。
それが、届けられた1枚の写真なのだという。

手前の赤い車両は識別もできないほどピントがずれているが、
その奥の2台は画像処理によってディティールが明らかにされていた。

フロントタイヤが縦2連のロールスロイス!

2065年に日本の自動車スクープ誌がパパラッチショットを載せたものの、
2060年に大富豪J・トレーシーがフォルクスワーゲンから全面買収し経営再興を図っているロールスロイス社が、
その存在を全面否定した、あのピンクのロイスだった。
ジェットエンジンを搭載しているらしい。というウソか本当かもわからないあやふやな情報のこのクルマは、実在したのだ・・・

その右側に対峙している窓もドアも見あたらない車両は、ロイスの大きさから比較想像しても、かなり大型の装甲車のように見える。
ドアもしくは乗降ハッチは、おそらく車体のサイドパネルに描かれている、見たこともないエンブレムのあたりにあるのだろう。

その奥に控えているのは、その組織、スペクトラムが世界中に配備しようとしているSPV。
わかりやすく言えば追跡戦闘車だ、と、マシュウはつぶやいた。

ロールス・ロイスの所有者は、英国貴族クレイトン・ワード家の長女であるペネロープ・クレイトン・ワード嬢だという。
マシュウによれば、スタンレー神父の所属組織BISHOPとは異なる英国情報組織(F A B)に勤務している彼女は、
個人的な関心から例の国際救助隊にも取り入っており、そのイギリス支部エージェントという肩書きも有しいるそうだ。
彼女がスペクトラム結成のために、ずっと以前から行動していたことを、スタンレー神父はキャッチしたらしい。
スペクトラムの指揮官であるホワイト大佐と、ペネロープ嬢が秘密裏に会見している場面が、まさにこの写真だったのだ。

マシュウは告げた。

世界は再び、軍事力によって均衡を保つこととなる。
20世紀末から経済斜陽で疲弊しきった日本にも、軍需による活況期が訪れるだろう。
そのとき、何が正義で、何を信ずるべきかの、健全な判断力を有する世論は不可欠となる。

「ライデン・アラシダ。君と、君の仲間が構築するネットワークの活躍に期待したい。
君の国の優れたモータリゼーション・テクノロジーとその産業が、軍需だけに傾くことのないよう、見守ってもらいたいのだ」

マシュウは初めて、事務的な対話を感情のこもった声に変えて、僕、“嵐田雷電”に、スタンレー神父からのメッセージを告げた。

マシュウが帰ったあと、僕はジムニー“雫”を走らせ、関東平野の隅っこに秘密基地を持つ曾祖父のもとへ急いだ。
曾祖父は齢100歳を越えてなお、すけべじじいを気取って、僕と同じ世代の若い女の子と遊びほうけている、
どうしようもない妖怪爺だった。
「ひい爺のあれは、このときのためのフェイクだったんだ!」
残念ながら、“雫”の性能をインプレッションするのは、また別の機会に譲らねばならない。
僕は世界の片隅で、世界が動いている瞬間に、初めて遭遇した。

西暦2067年、冬のことである。

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