1話:悪夢は希望と共に
序章

 降りしきる雨…暗雲たちこめた空では時折雷光が走る。
人里離れた洋館の奥まった部屋で、悲痛な面持ちの男女が会話している。
「あなた…本当に、本当にやるのですか…!?」
女性が非難めいた、だが一方でそれを望む口調で部屋の中央に居る男性に詰め寄る。
何かの入ったカプセルを見つめていた男性は女性に向き直り、決意を込めて答えた。
「…ああ、例えそれで恨まれることになっても…私は…」
カカッ!突然稲光が落ち一瞬部屋の中のカプセルを照らし出す。
果たしてそこには、眠っている一人の少年の姿があった。

 東京、人の溢れる街。その街角を肩をいからせながら歩く一人の若い女性がいる。
「あーっ、もう!ホントにアッタマくるわね、あの石頭編集長!」
足元に転がっていた空き缶を蹴り飛ばし、いかにも勝気そうな女性は咆えた。
カンッ、ガツッ!…しかし電柱にあたった空き缶は跳ね返り、そのまま女性の頭に直撃する。
「いったぁーい!ムッキー、何よ何よ!空き缶までアタシをバカにしてーっ!!」
げしげしと空き缶を踏み潰した女性は、なおも怒りの収まらない様子でまくしたてる。
「ふふんっ!この梶戸焔(かじとほむら)様に逆らうからいけないのよ。
なんたってアタシはいつか世界を股にかける、ちょお一流のジャーナリストになるんだから!
…それをあの編集長ときたら、なぁにが…」

と、焔はショルダーバッグから原稿を取り出し、急にオヤジ臭い口調でモノマネを始める。
怒っている割にはなかなか芸が細かい。
『…梶戸くん、こんな記事じゃ使い物にならんよ。書き直して来たまえ』よっ!
アタシがあの記事書くのにどれほど苦労したと思ってんのよ!ちゃんと取材もしたし
バッチリ写真も撮ったし、何てったって記事の全編に渡ってこのアタシのハイセンスなジョーク
交えて面白おかしく構成してるっていうのに!」

手にした原稿のタイトルには『実録!ナゾの屋台を追え 美人記者、決死の直撃取材!
そして神は舞い降りた、あぁラーメン」と書かれている。…ハイセンス?
「…決めたっ!」
それまで怒りに任せてのしのしと歩いていた焔が突然立ち止まる。
「こうなったら絶対に特ダネGETして、編集長をギャフンと言わせてやるんだから!
よーっし、そうとなったら早速行動開始よ。ファイトッ、オー!」
空高く拳を突上げながら駆け出す。この切り替えの早さが彼女の良い所だ。
…ギャフン、は無いと思うが…

なーんて張り切ったものの…特ダネなんてそうそう落ちてないよねぇ。」
勢いであちこち探ってみたが、全て空振りに終わった。さすがの焔も少し疲れたようだ。
「うー、こんな時はぁ…ズバリ!女の、いやジャーナリストの勘を信じるのよ!
…えーっと、ど・っ・ち・に・し・よ・う・か・な?よし、こっち!」
たいした勘である。
だが、これがすべての始まりになろうとは、このとき焔は知る由もない…。

「ありゃ、倉庫に出ちゃった…。こんなトコにホントに何かあるのかなぁ?」
勘を信じた割には、文句が多い。しばらくキョロキョロとあたりを物色していた焔。
と、周囲の目を逃れるように一つの倉庫に入っていく黒ずくめの男達が目に止まった。
「ん?あれ、何だろ?…ふふふ、ジャーナリストの血が騒ぐわね」
怪しい、と思わなくはなかったが、今の焔にとっては「特ダネ、GETだぜ!」こそが
至上の命題であった。バッグからカメラを取り出すと、姿勢を低くしながら男達の
入っていった倉庫へ近づいていく。

一方そんな焔の後方、電柱の影に隠れるようにたたずむ2つの人影があった。
「あのお姉ちゃん、倉庫に入るつもりなのかな?危ないのに。」
一人はまだ幼さの残る少女。10歳から12歳くらいだろうか?
「…」
そしてもう一人は18歳くらいの長身の少年。2人はじっと倉庫を見つめていた。

「んー、暗くて外からじゃよく見えないよー。どっか入れるトコないかなぁ。お?」
倉庫の周囲を周っていた焔は、カギをかけ忘れたと思われる小窓を見つけた。
「おおー、ラッキー!やっぱアタシの普段の行いが良いからね、きっと。
んじゃ、失礼しまぁーす。…う、ちょっとキツイな…ここは…女子トイレか。」

あたりを確認し、そっとトイレを出る。
「あ、話声がする。あっちかな?」
音をたてないよう注意しながら進む。声は正面から一番遠い部屋から聞こえるようだ。
横開きの部屋のドアはわずかに開いており、焔はそっと中の様子を伺う…。
「…!な、何あれ!?」
部屋の中には無数のカプセルが並んでいる。黒ずくめの男達はカプセルに繋がった装置を
操作しながら会話をしている。

「…あと3日で100体か。まぁタイプ1のミキサーなら何とかなるだろうが…」
「ああ、ここの設備じゃ目一杯に稼動させてやっても、それが限界だからな。
それより、聞いたか?最近、あちこちのファクトリーが次々と襲撃されてるそうだ。
既に実動していたもの、まだ培養中だったものを含めて失われたタイプ1ミキサーの数は
1000体を下らんらしい。そのツケがこっちに廻って来たってワケだ。」
「まさか…警察ごときにそんな芸当はできまい?」
「ああ、人間ごときでは勝てんさ…コイツらにはな。」
「とすると我々以外にも、あの技術を持つ者がいるというのか?」
男達はカプセルに顔を向ける。その中にある『もの』は、皆同じ姿形をしていた。
だが、その顔は人間の「それ」ではない…。
「くだらんおしゃべりをしている暇があったら、調整を急ぎやがれ!」
部屋のさらに奥から別の男が現れ怒鳴る。どうやら指揮官のようだが、なんともガラが悪い。
それまで無駄口をたたいていた男達は、慌てて機械に向き直った。
「フン!だが…オレ達と同じチカラを持つ者か…ククク、面白ェ。
そいつをブッ倒せばこのオレも更に昇進できるっもんだぜ…」
指揮官は不気味に笑う。その眼光はまるで獲物を狙うケモノのようである。
「その前にこいつらの納入が先か。こんなチンケな仕事、さっさと片付けたいもんだぜ!」
そう言って男はカプセルを殴る。と、中の『もの』が顔をあげ、焔と目が合ってしまう。
「…!!」
言い知れぬ恐怖に襲われ、焔は手にしていたカメラを落としてしまう。
ガシャンッ…!カメラの落下音が乾いた空気の中に響く。

「!!しまっ…」
慌てる焔だが、もう遅い。
「!何者だっ!!」
部屋の中から男達が飛び出し、腰が抜けて動けない焔をとり囲む。
「女ぁ、余計なもん見ちまったなぁ。」
指揮官は下卑た笑いを浮かべながら、ゆっくりと焔に近づいてくる。
「生きて帰れるとは思ってねぇよなぁ。お?よく見りゃ結構カワイイ顔してるじゃねぇか。
たっぷり可愛がってから、殺してやるぜぇ。」
舌なめずりしながら、更に近づく。焔の服に手をかけようとした、その時!


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