(5)

城南大学に到着した誠は、目的の女性がいる研究室を探していた。
「考古学研究室、考古学研究室・・・あ、あったココだ。」
コンコンとドアをノックすると、中から女性の返事が聞こえてきた。
『はい、どなたですか?』
「先程訪問の約束をしました、氷川と言う者ですが。」
『あ、はいはい。どうぞ、開いてますよ。』
「失礼します。」
ドアを開いて中に入った誠は部屋を見回す。空になったサイフォン、整理されているが物凄い量の資料の山・山・山。
また、部屋の一角には一見場違いと思われる東南アジア風のお面や民芸品の人形が所狭しと置かれたスペースがあり、
そこだけ別世界といった雰囲気を醸し出していた。
と、パソコンデスクの奥から一人の女性が立ち上がり、入り口に立っている誠の方に歩いて来た。
「あなたが沢渡桜子さん、ですか?」
「はい、そうです。さっき電話をくださった刑事さんですね?散らかってますけど、どうぞお掛けください。」
応接用のテーブルに、向かい合わせに座る誠と桜子。
「早速ですが沢渡さんはイレギュラー・・・あ、例の連続研究所襲撃事件の犯人の事ですが、
その出現を予期されていたとお聞きしましたが?」
誠がこの話を上から聞かされたのは、朝の対策会議が終わった後の事であった。
「予測、って程でもないんですけどね。未確認の事件が解決した後、全国的に遺跡の調査が行われましたよね?
私もその一員として何かのお役に立てればと、未確認が復活した長野の九郎ヶ岳周辺の再調査を行っていたんです。
そして立入禁止が解除された聖櫃のあった部屋で、更に奥へ繋がる隠し通路を発見したんです。」
「隠し通路・・・?」
「はい。その先には一つの部屋があったんです。0号が復活する時、遺跡は見る影もなく崩れ落ちてしまったと言うのに、
その部屋は全く無傷でした。それに造りも遺跡のそれとは違ってて・・・
なんだか、その部屋を隠すか守るようにその上に遺跡を立てたって感じでした。」
「なるほど。それで、その部屋には何があったんですか?」
「その部屋にあったのは全面に書かれた壁画と、古代リントが使っていたものより古いと思われる文字で書かれた石碑でした。」
と言うと桜子は席を立ち、積まれた資料の山の一つから何冊かの本とファイルを引き抜き、ページを捲りながら戻ってきた。
「これがその時の写真なんですが・・・」
「拝見します。」
桜子からファイルを受け取ると、誠は写真一枚一枚にを念入りに目を通した。ふと、その中の一枚の写真に目が止まる。
「この黒い怪物は・・・この前戦ったイレギュラー!?」
他の写真には赤い怪人らしき絵もあった。そしまだ見ぬ白と青の怪人・・・描かれている怪人は計4体。
「その怪物と戦ってる戦士の姿・・・見た事ありませんか?」
怪人ばかりに気を取られていた誠は、桜子の言葉で改めて写真を見直した。そこに描かれていたのは、怪人と闘う赤い戦士の姿。
「これは・・・アギト?いや少し違うような・・・沢渡さんはご存知なんですか?」
「私が知っている・・・氷川さんには第4号って言った方が通じるのかな?その戦士とも若干違うみたいなんですよ。
そっか、今アンノウンと戦ってるって言う戦士とも違うんだ・・・。」
ソファーに寄りかかり、天井を見上げながらウーンと桜子が唸る。その光景に苦笑した誠は、ふともう一つの石碑の事を思い出した。
「沢渡さん、石碑の方は・・・」
「あ、はいはい!」
慌ててファイルのページをめくる桜子。
「あ、これです。基本的に以前解読してた古代リントの文字と似た部分もあったんですけど、解読するのに結構苦労しましたよー。」
「それで、一体何と書かれているんですか?」
桜子は深呼吸をひとつして、目を閉じ、ゆっくりと語り始めた。

 「大いなる戦いの記録をここに記す。神の創りたもうた聖なる石、この地に大いなる恵と安らぎを与えん。
 されど汝、心許す事なかれ。大いなる力はまた、大いなる災いの元たらん。
 心弱き者が力求めるとき、石に秘められし力邪悪を呼び、大いなる闇を招く。
 心清き者が力求めるとき、石に秘められし力希望を呼び、大いなる光をもたらす。
 四方の石より邪悪出で、この地を大いなる闇が覆う。されど聖石の戦士、大いなる戦を治め、彼の者を封ず。
 四方の石、決して触れることなかれ。封破れしとき闇はまた大地を覆うであろう。
 されど汝、心乱す事なかれ。聖石の力、その守護たる者と共にここに祭る。
 再び闇がこの地を覆うならば、心清き者よ、聖石を取れ。我は願う。汝、光とならんことを・・・」

語り終えた桜子がゆっくりと目を開く。誠は神妙な面持ちで聞き入っていた。
「・・・つまり、その四方の石に封印されていたのがイレギュラーだ、と?」
「そう思います。それと、石碑の下には窪みがあったんですが、大きさや形、そして石碑の記述から考えて、
どうも第4号が使っていたベルトが収められてたみたいなんです。
そうなると、古代リント時代の戦士の前にもう一人違う戦士が居た、って事になるんですけど。」
「それでこの事を警察に?」
「言ったんですけどね・・・あんまり相手にしてもらえなくて。実際に事件が起こってないから、急ぐ事もないだろう、って感じで・・・。」
桜子は呆れたような、怒ったような顔でため息をついた。
「すみません、もっと沢渡さんのご忠告に適切な対応をしていれば、今回の事は未然に防げたかもしれないのに・・・。
本当に何とお詫びしていいか・・・」
誠は本当に自分の落ち度であるかのように沈痛な面持ちで何度も桜子に頭を下げた。
そんなバカ正直で真面目な誠の姿を見て、思わず桜子は吹き出してしまった。
「ふふ・・・氷川さん見てると、何だか以前お手伝いさせてもらってた刑事さん思い出しちゃいました。
その人も凄くひたむきな方だったんですよ。」
「え?それってまさか、未確認対策班の方ですか?」
「ええ。」
尊敬する未確認対策班の話題が出て、誠の目が輝く。
「よろしければ、当時のお話とか聞かせていただけませんか!?」
「いいですよ。あ、その前に飲み物でも入れますね。氷川さん、コーヒーでいいですか?」
桜子は席を立ち、自分が空にしたサイフォンの方に向かう。
「あ、はい。いただきます。」
それからしばらく、2年前の話に興じる二人であった。

「・・・それにしても・・・」
飲み終えたコーヒーカップを置きながら、誠はふと思った疑問を桜子に尋ねてみた。
「沢渡さん程の方でしたら、もっと大きな所で研究に打ち込めると思うのですが?何かこの大学に拘る理由がおありなんですか?」
すると桜子は何故か頬を染め、照れくさそうな顔をする。
「・・・約束してるんです、ある人と。・・・この部屋の窓、いつも開けて待ってるから、って・・・。いつ帰ってきても良いように・・・。」
桜子は、部屋の一角にあるあの別世界のような雰囲気漂う面や人形達に、懐かしそうな愛しそうな眼差しを送る。
「もしかして、その人って言うのは・・・」
ピリリリ・・・!
誠がそう言いかけた時、胸の携帯がけたたましく鳴り響く。誠は急いで取り出し、応答する。
「はい、氷川です。」
「氷川君、イレギュラーが出現したわ!」
それは今臨時にG3ユニット司令室となっている科警研の榎田からであった。手短に現場を聞くと、通信を切る。
「すみません沢渡さん、イレギュラーが現れたので、私は現場に向かいます!!」
「わかりました。お気をつけて。」
「失礼します!!」
研究室を駆け出す誠を見送ると、桜子は例の面を手にとった。
「また・・・こんな事件が起きるようになっちゃったよ・・・。せっかく君が青空にしてくれたって言うのにね・・・。」
面をキュッと胸に抱きしめながら、桜子は窓の外の空を見上げた。
「曇り空・・・」
だがその時雲が流れ、切れ間から少しだけ太陽と青い空が覗く。思わずハッとする桜子。
「!?・・・うん、そうだよね。笑顔は忘れないよ。」
誰に言うでもなくそう呟くと、桜子は空に向かって大きくサムズアップした。

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