(6)

誠が研究室を飛び出すより少し時間を遡った、都内のとある喫茶店。
中では翔一が火にかけられた鍋の前に立ち、レシピを見ながら何やら料理の真っ最中。
鍋の中身からすると、どうやら作っているのはカレーのようだ。まだ客は一人も居ない。
「へぇー、こんな作り方もあるんだなぁ。今度、ウチでも試してみるかな。」
翔一が中身をかき混ぜながら感心していると、店の前に一台の車が止まり、中から一人の男が降り立った。
店の看板を横目で見ながら、男は店の中に入ってきた。どうやら客のようである。
「いらっしゃいませ!」
威勢良く出迎える翔一に、男は一瞬驚いた顔をするが、すぐに落ち着きを取り戻した。
しかし、何か探しているのか店の中をきょろきょろと見渡している。
「あの、何かお探しですか?」
水を差し出しながら尋ねる翔一に気付いて、男はばつが悪そうに頭をかいた。
「ああ、すみません。以前東京にいた頃によくお邪魔させてもらってたんです。今度またしばらくこっちにいる事になったもので、
知り合いの方でも居ないかとちょっと寄ってみたんですが・・・マスターも変わられたんですね。」
「あ、違います違います。俺は単なるバイトですよ。おやっさんは今買い物に出てるんです。」
「ああ、そうだったんですか。」
「それでお客さん、ご注文は何になさいますか?」
「じゃあ、コーヒーを。」
「かしこまりました!」
元気良く答え、翔一はカウンターの中を飛び回るようにしながらコーヒーを用意する。その光景をじっと見つめる男の視線は
どこか懐かしいものを見ているようだった。ふと、翔一がそんな男の視線に気付く。
「あれ?俺に何か付いてます?」
そう言いながら体のあちこちを見回す翔一に、男は慌てて釈明した。
「ああ失礼。君の楽しそうに仕事している姿を見ていると、昔ここで働いていた友人を思い出したもので。」
「ここで働いてた?おやっさんの親戚の女の子ですか?」
「いや、男ですよ。私にとって生涯最高の、親友です・・・」
「へぇー、なんかいいですね、そういうの。」
と、コポコポ・・・とサイフォンがコーヒーが出来た合図を送る。翔一はカップにコーヒーを注ぎ、男に差し出す。
「お待たせしました。熱いですから、気をつけてください。」
「どうも・・・」
男はカップを受け取り、軽く口をつけた。
「美味しいですね。ここに勤められて、もう長いんですか?」
「いや、コーヒーはウチでよく入れてますから。まだまだ今日からなんですよ。昨日面接でおやっさんと話が合っちゃって。」
「あの人と、話が合う・・・?」
「面白い人ですよねー。ユーモアのセンスもすごいし。俺なんて勉強させてもらいたいくらいですよ。」
「面白い・・・?」
「あ、でも・・・」
突然何かを思い出し、翔一はカウンターの奥にかけられている山の写真の所へ歩いていく。
そこに写っているのは世界最高峰の山、チョモランマだった。
「この山をチョモラマンて言うんですよねー。名前はちゃんと覚えなきゃ駄目ですよね。」
腕組みしながら翔一がそう言うと、男はなぜか苦笑し、コーヒーを口に運ぼうとした、が。
「それに、やっぱチョモランマじゃなくて、エレベストって言った方がピッタリしますよね。」
翔一が続けた言葉に、思わず男はコーヒーを吹き出しそうになる。
「なんたって世界一の山ですからね。こう。エレ・・ベストォー!って。ベストってのが良いですよねぇ。」
男は何か言いたそうだが、コーヒーにむせて言葉が出ない。
その後しばらく、まくしたてる翔一に圧倒されながら男は話に突き合わされる事になった。

「そう言えばお客さん、お仕事何をされてる方なんですか?」
話続けていた翔一が、ふと思い出したように男に尋ねた。
「あ、いやそれは・・・」
なぜか男は口ごもる。
「あ、ちょっと待ってください。俺が当ててみせますから。俺、こういうの得意なんですよ。えーっと・・・」
目を閉じ、額に指を当てて考え込む翔一。かっと目を見開くと、男を指差し
「ズバリ!刑事さんでしょう!俺の知ってる刑事さんに、なんか話し方とか、物腰っていうか似てるんですよ。
まあお客さんの方が全然有能っぽいですけど。どうです?当たりました?」
「いや、その・・・」
見るからに動揺している男が店中に視線を泳がせると、壁にかかった時計が目に留まった。
「おっと、もうこんな時間か。どうもご馳走様です。代金、ここに置いときます!それでは失礼!」
慌ただしく男は店を後にする。
「・・・あれはどう考えても正解です、って反応だったよなぁ。」
半ば呆れたように翔一がつぶやく。と、いきなり電話が鳴り響く。
「はいはい。っとと、電話に出るときは言う事があったんだっけ。」
マスターに言われたことを思い出しながら、翔一は受話器を取る。
「はい。オーリエンタルな味と、香りの店、『ポレポレ』です・・・」

『ポレポレ』を後にした男は、走る車の中で一息ついていた。
「ふぅ。すっかり彼のペースにハマってしまったな。・・・しかし、彼を見ていると思い出すな。アイツのことを。
まだ・・・戻ってこないのか・・・」
翔一と自らの親友を重ね合わせ、少し感傷的になる男。穏やかな時間が過ぎていく。だがそれを破るかの如く・・・
ピリリリ・・・・!
突然、男の携帯が鳴る。車を止め、男は胸ポケットから電話を取り出す。
「はい。」
『おう、久しぶりだな。俺だ、杉田だ!早速ですまないが事件だ。例のイレギュラーって奴が現れた!場所は・・・』
「了解!ただちに急行します!」
男、一条薫は即座に刑事の顔になると非常灯を取り出し、報告のあった場所へと車を向けた。

一条が杉田からの電話を受けた頃、ポレポレの翔一もまた、異変を感じ取っていた。
だが、それはいつもアンノウン出現の際に感じるものとはどこか異なるものであった。
いつもの感覚が頭に直接響くとすれば、今回の感覚は腹部、いや変身ベルトに納められた『賢者の石』を通じて感じられた。
「なんか、いつもと違うけど・・・でも多分、俺行かなくちゃいけないんだ。あーでも店このままには出来ないし・・・」
と、そこへ
「おー翔一君ご苦労さん。今帰ったよ。いやー、今日はスーパーワンが休みでさ。遅くなっちゃった。」
買い物を終え、おやっさんが帰ってきた。
「すみません、おやっさん!昼休み入ります!」
エプロンをカウンターに放り出すと、翔一は表に停めてあったバイクで走り去った。
「なんだぁ?いきなり飛び出すなんて、ますますアイツにそっくりだな。」
ぼやきながら、おやっさんはチョモランマの写真に目をやる。
「今頃・・・何やってんのかなぁアイツ。そろそろ帰ってくりゃいいのに。」

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