(8)

「う・・・うう・・・こ。ここは・・・どこだ・・・?」
芦原涼は闇の中に居た。辺りを見回しても、何も無い。誰も居ない・・・深い闇の中に。
「誰か、誰か居ないのか!?」
と、涼の前に一人の女性の影が現れた。
「真由美・・・」
片平真由美。かつて涼の恋人だった女性。ギルスとなった涼を恐れ、去っていった女性・・・。
涼は真由美が恐れたその力で、ギルスの力で彼女を救った。だがそれを彼女が知る由も無かった。
「ま・・・」
手を伸ばそうとした涼であったが、真由美の影はスッと消えてしまう。そして新しい影が・・・。
「亜紀!?」
榊亜紀。涼がギルスである事を受け入れ、共に生きようとしてくれた女性。
涼がアギト捕獲部隊の銃弾により絶命したと思った彼女は謎の男・沢木哲也によって自身に秘められた超能力に覚醒。
アギト捕獲作戦に参加した者達に復讐を開始した。
だがその力はより強力なアンノウンを引き寄せる事となり、クイーンジャガーロードの手にかかる。
涼はクイーンジャガーロードを倒し、亜紀の最後を看取ったアギトに遭遇。アギトが亜紀を殺したと誤解し、以後アギトを狙っている。
「見ていてくれ亜紀。オレが必ずお前の仇を取る!アギトをこの手で殺してやる!」
だが、亜紀の影はそんな涼に悲しい瞳を向け、静かに首を横に振る・・・(違う)と言うかのように。
「どうしたんだ亜紀!?待ってろ、アギトを倒したら俺もそっちに・・・!」
そんな涼を更に悲しげに見つめる亜紀の瞳から涙がすっと零れ落ちたかと思うと、影はゆらめき始め消えていく。
「亜紀!?待て!俺も連れて行ってくれ!亜紀!!」
消えていく影にすがろうとする涼、だがその前に、白い光が・・・
(行っては駄目・・・貴方は生きなくてはいけない・・・あなたの力は・・・・のために・・・)
今まで聞いたことが無い女性の声。だが、どこか懐かしいような安心させてくれるような優しい声・・・
「何だ?何を言っている!?お前は一体・・・!?」
(忘れないで・・・「生きること」・・・「生き抜くこと」を・・・!)
声が段々遠ざかる。急速に意識が覚醒していく。

「ハッ!」
ガバッと飛び起きた涼が廻りを見渡す。どこかの公園、涼はその中ほどにある大きな木の木陰のベンチに居た。
「そうか、俺は・・・」
再び襲ってきた変身の後遺症、全身を襲う激痛に耐えかね、木陰で休んでいこうと座ったはいいが、そのまま眠ってしまったらしい。
「くそ・・・最近間隔が短くなっているみたいだ。俺の体は後どれくらい保つんだ?」
「あの・・・」
自嘲気味に呟いた涼の前に一人の女性が立っていた。
涼はその女性に面識は無い。歳は涼とさほど変わらないように見える。若干年上だろうか?
「大丈夫ですか?なんだかひどくうなされてらしたみたいだったから・・・良かったら、これどうぞ。」
そう言って、女性は涼に缶入りの冷たいお茶を差し出した。受けとってもいいものかどうか戸惑う涼。
「あ、気にしないで下さい。私の分もありますから。」
言うが早いかもう一本お茶の缶を取り出すと、女性は涼の横に腰をおろし、飲み始める。
「美味しー。私このお茶大好きなんですよ。」
微笑む女性につられて、涼も缶を開け、飲む。冷たさが心地よく、一気に飲み干す。
「ぷはっ!ふぅー。」
一息ついた涼の顔を女性が見つめている。それに気付き、今さらながらに照れてしまう。
「な、なんで俺に、その、親切にするんだ、いや、するんですか」
「え?あ、うん・・・何だか、放っておけない感じがしたから、かな。そんなに深く考えなくてもいいですよ。」
もう一度笑う。不思議な笑顔だった。見ているだけで心安らぐような・・・
後遺症にボロボロな体が少しずつ癒されていくような、まどろんだ時間。だが、そんな時間も長くは続かなかった。

バサバサバサ・・・!
突如、大きな物体が二人の目前に舞い降りてきた。それは・・・イレギュラー、赤い怪人!
「フフフ・・・幸せそうなトコ悪いンだけどぉ、私ちょぉーっとお腹すいちゃったのよね。そっちの可愛いコいい?食・べ・ちゃ・っ・て?」
女性を指差しながら、一歩ずつ近づいてくる怪人。涼は咄嗟に女性を庇うように立ちふさがる。
「あら?邪魔するの?私って美食家だから綺麗な女性しか食べないの。だから男は見逃してあげるけど、邪魔するなら・・・殺すよ?」
『殺す』、その言葉に涼の体、いや正確には体内の賢者の石が強く反応し、押し動かす。
「うおおおお・・・!」
怪人に飛び掛った涼は、恐怖にすくんでいる女性に向かって叫んだ。
「逃げろ!早く、早く逃げるんだ!!」
涼の声に我に返った女性は、涼の事を気にしながらも走り出した。
必死に怪人を押さえる涼。だが、怪人の目は走り去る女性を捉えたままで、涼などまるで意に介していない風である。
「フフフ、逃げる獲物を追い詰めて狩るっていうのも、いいかもね・・・」
「!貴様!」
怪人の言葉に逆上した涼が殴りかかる、が、怪人は涼の方を見もせずに片手で払いのける。
「ぐああっ!」
直撃を食らった涼が突っ込み、先ほどのベンチは残に破壊される。その音に女性は思わず脚を止め、振り返ってしまう。
それを見据える怪人。女性はまるでヘビに睨まれたカエルのように、萎縮しうごけなくなってしまう。ゆっくりと歩み寄る怪人・・・
「う・・・く・・・さ、させない・・・もう・・・殺させない!」
よろよろと立ち上がった涼は、顔の前で両手を交差させ全神経を集中する。
「ウオオオオオォォォ!!!!!」
雄叫びを上げ、大地を蹴る!
「変身!」
涼にシルエットが重なる。それは忌まわしき呪縛、だがそれは戦う力、汝の名は・・・ギルス!
「ワァーゥ!」
変身完了したギルスが怪人に踊りかかる。組み倒し、そのまま女性から離れるように転がる。
「え!?」
涼の変わり果てた姿に、女性は驚きを隠せなかった。だが、自分を守ってくれているんだという事はわかった。
もみ合いながら女性と距離をとったギルスは、頃合いを見て怪人の体を蹴り飛ばす。
立ち上がった両者がにらみ合う。ギルスは両手のクローを伸ばし、怪人は無造作に羽根をひきちぎる。
空気がピリピリと張り詰める。じり、じりと円を描きながらお互いに間合いを詰めていく。
パキ!折れ落ちた小枝が踏まれる。それが合図であるかの如く、双方一気に前に駆ける。
怪人が羽根を手裏剣のように投げつけるが、ギルスは巧みにこれをかわし、ジャンプ!
「ワゥ!」
怪人めがけ、左右のギルスクロウを振り下ろす。すんでで避ける怪人。
着地したギルスは間髪入れない水面蹴り。これもバク転でかわされるや、右手のクロウをフューラーに変え、怪人目掛け放つ。
怪人の左腕に巻きつき、ガッチリと喰い込むフューラー。ちょうどチェーンデスマッチの形となる。
「フゥゥ・・・!」
乱暴に怪人を引き寄せるギルス。つんのめるように引きずられた怪人に、強烈な延髄切りがヒットする。
「ッカ・・・!!」
意識が混濁する怪人、その足元もおぼつかない。それを見て取ったギルスの、右足首のクロウが伸びる。
「グワァァウ!!」
さらなる雄叫びをあげながらジャンプ!必殺のギルスヒールクロウだ。
「!」
しかし、ヒット寸前で怪人は最後の力を振り絞って上空へと離脱する。
「く・・うぅ・出来そこないの分際でよくも邪魔を・・・。覚えておいで!」
捨てゼリフを残し、飛び去る怪人。それを確認しギルスは変身を解く。
「ふぅ・・・っ!」
一瞬の安堵も束の間、またしても後遺症が涼の体に襲い掛かる。今回はいつにも増して痛みが酷い。
そのま意識を失っていく涼は、気絶する寸前あの女性が駆け寄ってくるのを見たような気がした・・・

(9)

「う・・・」
目を覚ました涼は、どこかの部屋でベッドに寝かされていた。額には冷たいタオルが置かれている。
「ここは・・・どこだ?」
全身にはまだ痛みが残っており、なんとか首だけ動かして部屋を見渡す。部屋の作りからマンションの一室であるとわかる。
また、部屋の雰囲気からこの部屋の主が女性であることが想像される。
と、不意に部屋のドアが開いた。
「あ、気がつきました?」
入ってきたのは、ギルスとなった涼が助けたあの女性だった。
「良かった。いくら呼びかけても覚まさないから、心配してたんですよ。」
そう言いながら女性は涼の額のタオルを取り、手を置いた。
「・・・うん、熱も下がったみたい。でも、まだ安静にしてた方がいいですよ。」
涼はかいがいしく自分の世話をしてくれる女性をしばらく目で追っていたが、
「オレが・・・怖くないのか?あんな化け物に・・・変わるんだぞ・・・」
しゃべるのも辛い状態だが、涼はしぼり出すように問い掛けた。
女性は不意の質問に介護の手を止めたが、振り返り
「どうして?だって、私を助けてくれたじゃないですか。」
事もなげにそう答えながら、にっこりと微笑みを浮かべた。その笑顔に涼の心は救われる思いであった―しかし
「それに私、あなたの様に変身できる人知ってるんです。」
「!?」
女性の続けた言葉に涼は激しく反応した。
(こいつ、まさかアギトの正体を知っている―!?)
今すぐ飛び掛かってでも問い正したい涼だが、変身の後遺症で体は動かない。そんな涼の心中など知る由も無く、
女性は言葉を続けた。
「その人は・・・誰かの笑顔を守るために怪物たちと戦ったんです。本当は誰よりも、人を傷つけるのが嫌いな人なのに・・・
自分自身も、その怪物たちと同じになってしまうかもしれない恐怖と戦いながら、それでも決して笑顔を忘れることなく。」
そう語る女性の顔はどこか寂しげに見えた。
(・・・アギトの事じゃないのか?一体こいつは・・・)
「お前は・・・」
涼の問いかけに、はっと我にかえって女性は答えた。
「あ、すみません私ったら一人で・・・。自己紹介がまだでしたね。私、五代みのりって言います。」

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