(8)
窓から朝日が研究室に差し込む。
「ん・・・?ふぁぁ、もう朝かぁ。」
ひとつ大きく背伸びをすると、雄介はまだ寝足りなそうにしながらもノロノロと起きだした。と、
「う〜ん・・・」
隣で眠っていた桜子も目を覚ました。
「あ、ゴメン。起こしちゃった?」
「おはよー・・・ん〜、いいよいいよ。んむ〜、今何時・・・?」
「え〜っと、8時、だね。」
「もうそんな時間なんだぁ。朝ご飯どうする?」
「う〜ん・・・そうだ、どうせならポレポレで食べない?オレ何か作るから。」
「あっいいねソレ!私も久しぶりに五代君の手料理食べたいし。」
雄介の提案に桜子も同意する。
「じゃ決まり。あ、そうそう、それに今日ポレポレで一条さん達と人に合う予定だったんだ。」
「あ、例の事件がらみ?それなら私もノートPCもってかなきゃ。五代君にも色々伝えることあるし。」
「俺に?何々?」
「まあまあ、まずはポレポレで腹ごしらえしてからにしましょ。」
「あ、ちょっ、桜子さん待って!」
こうして雄介と桜子はそれぞれのバイクでポレポレへと向かった。
風谷邸。真魚はリビングのソファで腕組みし、何か憮然とした表情をしている。と、そこへ駆け込んでくる翔一。
「うっわぁ!寝坊だよ!!真魚ちゃんなんで起こしてくんないの!?」
慌てて身支度しながら真魚を非難する翔一だが、真魚は一向に動じない。それどころか
「何言ってるの。私せっかくの休みなんだよ?それより翔一君こそ、朝ご飯できてないじゃない!」
謝るどころか、逆に怒られてしまう翔一。
「あのね、俺今起きたんだよ!?昨日疲れてたんだから!」
「そんなの関係ない!どうするの!?」
「ど、どうするったって・・・あ、そうだ。俺これからバイトの仕込みに行くから、真魚ちゃんも一緒に来る?
そこで何か作るからさ。」
真魚の剣幕にあっさり降伏した翔一が譲歩案を提示する。
「う〜ん、よし。じゃあそうと決まったら早く行こう!ホラ、翔一君グズグズしない!!」
「あっ、ちょ、ちょっと真魚ちゃん!俺まだズボン履いてない・・・」
「はーやーくー!」
「はいっ!!」
翔一のバイクにタンデムすると、二人はポレポレへと走り出した。
みのりのアパート。テーブルを挟み朝食をとるみのりと涼。朝目を覚ました涼は出て行こうとしたのだが、
みのりに引き留められ、最後には泣き出しそうなみのりに根負けしたのである。
「あ、芦原さん、今日何か約束とか予定あります?」
「いや、特には・・・」
涼はすぐにしまった!と思ったが時既に遅し・・・
「そうですか!良かった〜。実は芦原さんに良いバイト先を紹介しようと思って。私も時々お手伝いしてる喫茶店
なんですけどね。昔からお世話になってる人がマスターやってて・・・ちょっと変わってますけど良い人なんですよ。
ちょうどそのお店がバイト募集してるんです。芦原さんなら真面目そうだし、上手くやっていけると思いますよ!」
「い、いや、俺は・・・だいいち喫茶店なんて客商売、俺のガラじゃ・・・」
勝手に話を進めるみのりに、涼も無駄とは承知しつつ反抗してみる。
だが、結局また泣き出しそうになったみのりに涼が折れ、行くだけ行ってみると承諾させられてしまうのだった。
こうして廻り始めた運命の歯車は、ポレポレへと収束していく・・・
(9)
ポレポレへと到着した雄介と桜子、だがそこには先客の姿があった。
「遅かったな、ごだ・・・」
「五代さん、おはようございます!今日はよろしくお願いします!!」
・・・一条と、いまだ興奮冷めやらず雄介に握手を求めてくる誠であった。
「お、おはようございます」
思わず身じろぎしてしまう雄介。
「おはようございます・・・氷川さん、でしたよね?なんだか昨日お会いした時と印象違いますね・・・」
「えっ?」
そう言われ誠は雄介の隣に居る桜子を見やる。まるでその存在に今気付いたように、いや実際今気付いたのだ。
「あ、あれ?沢渡・・・さん?どうしてココに??」
「氷川君、昨日話したろう?未確認との戦いの時、古代文字を解読して我々をバックアップしてくれた女性が居たと。」
混乱している誠を見かね、一条が助け舟を出す。
「それが沢渡さん・・・そうでしたか!改めてよろしくお願いします!氷川誠です!!」
「あ、痛たたたた!!」
納得いった誠は桜子の手をにぎると思いっきり振る。
「ハハハ・・・」
ただ苦笑するしかない雄介と一条であった・・・
合鍵を使い、雄介たちはポレポレの店内に入った。
「さて、と。彼が来るまではもう少し時間あるかな?一条さん、俺と桜子さん朝飯食べてないんで
何か作って食べようと思うんですけど、一条さん達も何か食べますか?」
壁にかかったエプロンを取って身につけながら、雄介が尋ねる。
「いや、もう済ませてきたんだ。」
「そうですか。じゃあコーヒーでもいれますね。」
「あ、いいよ五代君。コーヒーはあたしがやるから料理の方お願い。」
雄介に続いてカウンターに入った桜子が、棚からサイフォンを取り出しコーヒーの準備を始める。
「OK!俺ももう腹ペコペコだしね。桜子さん、何かリクエストあるー?」
フライパンに油をひきながら、肩越しに雄介が尋ねる。
「んー?シェフにお任せするよー。」
「かしこまりました〜。」
二人のやり取りを微笑ましく眺めていた一条は、ふと隣で呆けたような顔をしている誠に気付く。
「?どうした、氷川君・・・?」
不意に一声をかけられ、誠がビックリして一条に向き直る。
「ハ、ハイ!?何でしょう一条さん???」
「なんだかボーッとしているみたいだったものでね・・・どうかしたのか?」
誠は困ったような顔で下を向くと、モゴモゴと口ごもりながら答える。
「いや、やっぱりその・・・とてもあの未確認相手に死闘を繰り広げてきたようには見えないなぁ、と・・・」
一条はフゥとひとつ溜息をつくと、諭すような口調で誠に語りかけた。
「氷川君、昨日も言ったが『戦い続ける』という事の精神に与える負担は並大抵のものではない。
いつもピンと張り詰めていたら、いつかそれは切れてしまうだろう。心にゆとりを持つというのは大切な事だ。
そのゆとりが周囲を和らげ、そしてその周りからまた自分も安らぎをもらえる。」
「ゆとり、ですか・・・」
感心しながら聞き入っている誠。一条はそんな誠にかつての自分の姿を重ね、自嘲気味に笑う。
「もっとも・・・俺自身も以前はそうだったんだがな。教えられたんだ。彼に・・・」
雄介が作った朝食と、桜子が入れたコーヒーを楽しみむ4人。ふと雄介の手が止まる。
「あ、そういえば桜子さん。さっき俺に話したい事あるって言ってなかった?」
「ああ、そうそう!えっと、ちょっと待ってね。」
言いながら桜子は荷物の中からノートPCを取り出し、起動させた。
「昨日氷川さんにも言ってたんだけど、五代君が0号を倒した後、私もう一度長野に行って九郎ヶ岳の遺跡を調査してみたの。
それで石棺の瓦礫の下に更に奥へと続く通路と奥にある部屋を発見したのよ。それがこの写真。」
桜子がPCを操作して画像ファイルを開く。見覚えのある九郎ヶ岳の遺跡である。
画像は更に奥へと変わり、何か仕掛けでもあるのか壁自体がぼんやり発光している石室が映し出されている。
「五代君の前にも古代にグロンギと戦った戦士クウガが居たのは判っていたよね。
でも、その人が『最初のクウガ』っていう訳じゃないみたいなの。霊石は当初この最深部の石室に納められていたらしいわ。
誰が造ったのかは不明、でも災いをもたらす者から人々を護った英雄の力をもたらす物として大切にされていたの。
だけど時が流れ、グロンギとの戦いが始まったとき封印を解かれた霊石の力はリントにとって大きすぎた・・・。
だからリントは大きすぎるその力を恐れ、一種のリミッターを取り付けたのね。
霊石を身に付けた者の心の強さに応じて、制御できる限りの強さを引き出せるように。
だから五代君の決意が強くなる度に、クウガは新たな姿に変われるようになったのかもね。」
桜子の話を聞きながら、雄介は自分が昨日椿に語った仮説の正しかったことを確信していた。
「そして、その『最初のクウガ』が戦った災いをもたらす者って言うのが・・・」
桜子が更にPCを操作すると、石室の周りに描かれた4枚の壁画が映し出される。
「!?こいつらは昨日の・・・!!」
その壁画に描かれていたのは、まぎれもなくイレギュラー達であった。黒、白、青、そして見知らぬ赤い怪人。
「壁画の周りの記述によると、この4体は『選ばれざるもの』と呼ばれていたみたい。
一体に何に選ばれなかったのか、そこまでは良く判らないんだけど・・・」
桜子の操作で、画面が部屋の中央に立つ石碑に変わる。中段に何かが安置されていたらしき溝があり、その上には・・・
「!これって・・・4号じゃないですか!?」
驚きの声を上げる誠に対し一条と、そして雄介は何故か冷静だった。
「あれ?一条さんは私がこの写真撮りに遺跡に入った時に同行してくれてたから判るけど、五代君までえらく冷静だね?」
「・・・うん、一回見てるからね。別の国の遺跡でだけど、ね・・・」
桜子の素朴な疑問に、だが雄介は意外な答を返した。
「俺が帰ってきたのも、その遺跡の護り人から今度の異変を予期した記述を見せられたからなんだ。」
雄介は椅子に腰掛けなおすと、深く息を吐いた。
そして目を閉じると、護り人の言葉を一言一句間違えぬよう正確に思い出しながら語り始めた。
『・・・はるか古の時代。神々の戦いありき。
人を滅ぼさんとする闇の神と、それに従いし風、地、水の長・・・
人を護らんとする光の神と、それに組す火と、木の長。
永き戦いの果て、光の神と火の長は遂に闇とその眷属を封ず。その命と引き換えとして・・・。
永遠を生きるが故一人残されし木の長はその孤独を嘆き、愛せる火の長の姿、力模せし者を創らんとす。
生命司りし木の長は、その力もて神秘の力を秘めし「珠」を生む。「珠」を宿し命、様々なる姿となりて地を満たす。
なれど、未熟なる者が力を持つ時、再び動乱を呼ぶ・・・
力に溺れし者が母なる木の長に迫る時、荒ぶる力に屈せぬ心強き者現れリ。
木の長、この者をして呼ぶは火の長の名。彼の者の名は・・・」
カラン、カラン!その時、店の扉が勢い良く開かれた。
雄介はゆっくりそちらを振り向くと、言いかけていた言葉を続ける。
「彼の者の名は・・・アギト。」
雄介と翔一、素顔での邂逅の瞬間であった。