キン肉マン2000
第3回超人オリンピック編
第16話 ノーティーズ・ストーリーの巻

それは4年前…全米タッグ選手権が終了して間もない頃だった。

その頃、テキサスでは謎の窃盗事件が相次いでいた。そして全米タッグ選手権で優勝し、帰郷したテリーマンに地元の農家から窃盗犯の退治依頼が舞い込んでいた。以前は法外な報酬を求めていたテリーマン。だが、今や義理人情の男になっていたテリーは二つ返事でこれを引き受けた。

「ナツコ、パトロールに行ってくるよ。」

夕暮れも近づいており、テリーはいつものパトロールに出ようとしていた。パトロールを始めて3日、だが運悪く窃盗犯は見つからない。いや、そんな事を言ってはいけない。被害が出ないのは良いことなのだから。

「テリー、気をつけてや。最近話題の窃盗犯は並みの超人でも手に負えんくらいなんくらい強いんやて。」

「ハハハ、大丈夫さ。ナツコにしては心配性だな。」

そう言い残してテリーはパトロールを開始した。テリーが歩いている間にも日がだんだんと落ちようとしていた。テキサスの地平線に沈む太陽は雄大という言葉がよく似合う。そして間もなく静寂という名の闇が訪れる… だが…その静寂は叫び声によって引き裂かれた。

「ど、泥棒だーっ!!」

声のする方向を見回すテリー。もの凄い音が同時に響く。家の壁を突き破って何かが飛び出した。

「あれか…例の窃盗犯は…」

そう…それは窃盗と言うにはあまりにも強引過ぎるものだった。被害者の証言を総合すると、窃盗犯はいつも家に忍び込んでは食料を食い散らかし、家人に見つかると一目散に逃走してしまうというものだった。また捕獲を試みたものもいたが、あまりの怪力にねじ伏せられ、取り逃がしてしまっているという…

「かなり早いな…追いつけるか…」

猛スピードで逃げる窃盗犯を追いかけるテリーマン。だが、超人界でもトップクラスの俊足は伊達ではない。徐々にその差を詰めると、窃盗犯の背後からタックルを食らわした。

「おとなしく観念しろ!」

「ギ…ギギ…!!」

その窃盗犯の顔は…超人ではあったが、まだ幼い顔つきをしている少年だった。顔は泥だらけで髪は伸び放題に伸びていたが、その下からのぞく目は鋭く、その雰囲気は抜き身の剣のようであった。

テリーは窃盗犯をマウントポジションにとると、捕獲にかかった。だが、彼はテリーの腕を掴むと恐ろしい力で引き離そうとしてきたのだ。

「く、くそっ…なんて力だ…!」

噂にはなっていたが所詮は一般のレベルから見たもの…とタカをくくっていたテリーにとって、窃盗犯のこの怪力は驚異であった。

「ギ…ギ…!」

一方、窃盗犯の方もかつてない強敵の出現に狼狽しているようだった。歯を食いしばり、必死の抵抗を見せる。

「ギーッ!!」

「うわっ!」

窃盗犯は握りしめた拳に掴んだ砂をテリーの目にかけた。一瞬にして視界を塞がれるテリー。窃盗犯はこれ幸いとばかりに逃走を再開する。

「待てっ!」

ようやく目が冴えたテリー。だが、窃盗犯は既にはるか先に逃げ去っており、姿は見えなくなっていた。

「ガッデム…!」

テリーは拳を地面に突いて悔しがった。


それから3日後の夕暮れ時、とある牧場の食糧庫に人影が現れた。人影は辺りを見回すと、家畜用の食糧に手を伸ばそうとする。それと同時に天井から網が降ってきた。

「ギ…ギ……ギ…!!」

網に捕らえられたのは例の窃盗犯だった。必死にもがいている間に食糧庫の照明が点く。

「たく…飼料にまで手を出すとは見境ナシだな。被害を総合すると、貴金属の被害はゼロ…食料を食い散らかすのみだとか…そこでワナを仕掛けておいたが、ものの見事にかかるとは…ん?」

「ギ−ッ!!」

窃盗犯は勢いに任せて網を引きちぎってしまった。しかも特殊ワイヤーで編まれた網をである。

「何てバカ力だ…いや、キン肉マン流に言うと火事場のクソ力か…」

そんな事を言っている場合ではない。窃盗犯はまたも逃走しようとしていた。退路に立ち塞がったテリーに力比べを挑む。相変わらず、凄まじい怪力だ。さすがのテリーも押され気味だ。

「子供相手にこれだけは使いたくなかったが、やむを得ん!」

テリーは素早い切り返しで窃盗犯の背後に回り込むと、頭を押さえつけた。そして天高く舞い上がった。

「カーフ・ブランディングーっ!!」

「ギーッ!!」

この必殺技で窃盗犯はようやく気絶し、大捕物帳は終結した。



「ギギ…ギ…」

テリー家リビングのソファに寝かされていた窃盗犯…いや、少年が目を覚ましたのはそれから2時間後のことだった。

「ギッ…!」

首の激痛がまだ残っている少年は顔を歪める。

「ああ…まだ起きたらあかんよ。ホラ、そのまま寝てて、寝てて…」

ナツコの介抱を受ける少年。

「済まなかった。だが、こうでもしないとキミを抑えられなかったんだ。」

ナツコの声を聞いてテリーが現れた。

「お腹が空いとったんよね。さあ、食べて。」

ナツコは温かいミルクに浸されたオートミールをスプーンで掬って少年の口に近づけた。少年はそれを怖々と口に入れる。

「ゲ…ゲホゲホ!」

「あ…落ち着いて、落ち着いて… もう、慌てんぼさんやね。」

咽せる少年にナツコは優しく接する。少年は黙々とオートミールを食べきった。



一週間後…デスクワークをしているテリーの部屋にナツコが入ってきた。

「テリー、コーヒーが入ったで。」

「ああ、ありがとう。」

「テリー…あの子の事なんやけど…」

「ああ…オレは構わんよ、ナツコ。」

「まだ、何も言ってへんのに…」

「あの子を預かりたいと言うんだろ。」

「うん…あの子…あんな怪力やけど、うちから見るとただの腹を空かせたみなし子やと思うの。現に三食ともキチンと食べさせると暴れ出すこともないし…」

「そうだな。ただ問題が一つだけあるとするならば、それは近所の目だ… 今は暴れ出さないといっても、窃盗をはたらいた罪は罪だ。あの子がどんな目で見られるか…」

「それなら心配はないで。ほらっ!」

ナツコは待ってましたとばかりに扉を開けた。そこには髪をカットしてこざっぱりとした少年の姿があった。

「これなら問題はないやろ。」

「うーむ、そうだな。」

少年は軽くなった頭が落ち着かないようで、しきりになで回していた。



少年はテリーの牧場で手伝いをしながら育てられることとなった。言葉がしゃべれない少年は黙々と働いた。仕事が終わるとナツコが言葉を教えていたが、少年は恐るべき速さでそれを覚えていった。言語の概念が掴めているあたり、どうやら少年は言葉を最初から知らないわけではなく、記憶喪失で言葉を失っているようだ。テリーが宇宙野武士との戦いでラッカ星から帰還した時には、少年はナツコ仕込みの関西弁を流暢に操っていた。

「ようしボーイ、デービスを連れてきてくれ。」

テリーは牛のデービスの手入れをしようと少年を呼んだ。

「ゲッ…」

テリーは思わずコケた。デービスはペンキで星条旗のカラーリングを施され、少年にかつがれていたからだ。

「コラーっ! かついでくるなーっ!!」

「いやー、おおきに、おおきに。」

言葉の使い方が間違っているが、この際そんな事はどうでもいい。

「まったく…とんでもないイタズラ坊主だな。ん…?」

テリーは頭にタンコブをこさえた少年をしみじみと見る。昨日は昨日でミルクを頭からかぶらされ、その前はトラクターのタイヤで輪投げをしていたっけ。

「ボーイ、お前の名前が決まったぞ!」

「え!? 何や何や!」

目を輝かせる少年。

「今日からお前の名前は…ノーティー・ブラットだ!!」

「ノーティー…ブラット?」

「イタズラ小僧…という意味だ。そのまんまだがな。」

「ふーん、ま、ええか。」

「ったく、本当に自覚があるのか…」

ともあれ、この日が少年のノーティー・ブラットとしての誕生日になった。

その後、間もなくテリーは超人オリンピック・ザ・ビッグファイトに出場すべく日本に向かい、ナツコも記者としての仕事を再開。共に日本に向かった。ノーティーはテリー家のじいやのもとで牧場の手伝いをしていた。それからもテリーは悪魔超人との戦いや宇宙超人タッグトーナメントで家を空けがちの日が多かった。しかし、テリーの中にはノーティーのポテンシャル…潜在能力を放置できない気持ちがあった。その気持ちは次第に衝動というものに変わり、彼がそれを行動に移したのはタッグトーナメントが終わった時…ジェロニモが自分の手を離れていって独り立ちした時だった。

「ノーティー…」

「ん、何や。」

いつものように数トンの枯れ草を軽々と抱えるノーティーにテリーはこの話を持ちかけることにした。あれから数年経つが、ノーティーの怪力はいまだ健在だった。

「格闘技をやってみる気はないか?」

「んー、やってもいいけどな…」

「けど…」

「腹が減るからな…」

「フフフ…お前らしいな。」

「ま、どっちでもええんやけど。」

「世界チャンピオンになれればいつでも腹一杯食べられるぞ。この男みたいにな。」

そう言ってキン肉マンの写真をちらつかせるテリー。牛丼を美味そうにかきこむ姿にノーティーは強い好奇心を憶えたようだ。

「へー…ならやってみるわ。」

「そう言うと思っていた。だが…これだけは言っておこう。これからはオレのことを先生と呼ぶんだ!」

「分かったわ! 先生!!」

抱えていた枯れ草を頭上に放り投げるノーティー。それは、ぱーっと空中分解すると二人に枯れ草の雨を降らせた。ノーティーが大目玉を食ったのは言うまでもなかった。



ノーティーの養成は王位争奪戦後に本格的に進められ、彼は実力をめきめきと上げていった。それは、テリーが知る超人の中でも最も早い成長速度だった。

「さあ、ノーティー。遠慮なくかかってこい!」

「そんな事言ってケガしても知らんで、先生!」

トレーニング場では毎日のようにテリーとノーティーのスパーリングが続けられていた。しかし…

「トリャーッ!」

「ゲホッ!!」

ノーティーのパワー一点張りの攻撃は、テリーにことごとくいなされる。パワーはノーティーの方が上だが、テリーには長年の超人生活で培ったテクニックにモノを言わせ、ノーティーを簡単にひねっている。

「んー、何で先生には勝てないんやろか。他の超人には軽ーく勝ってまうんやけど…」

確かに…リングサイドにはノーティーのスパーに付き合わされた練習生がのびて山積みになっている。ノーティーの相手は、もはや師匠のテリーでないと物足りなかったのだ。

「フフ…だがノーティーよ。オレに勝てないようでは世界一など夢のまた夢だ。」

「まーた、先生もフカシこいてー。大体、あないに強い先生に勝てる超人なんておらんっちゅうねん。」

「冗談ではないぞ、ノーティー。」

「先生…」

いつになく真剣なテリーの眼差しにドキッとするノーティー。

「これが…オレよりもはるかに強い…世界最強の男だ。」

何時ぞやも見せたキン肉マンの写真を見せるテリー。

「先生よりも…はるかに…」

「名を…キン肉マンという…」

ノーティーはまだこのブタ男が世界最強とは信じられなかった。前に写真を見せられた時もテリー流のジョークだと思っていた。ノーティーにとっての世界最強とは紛れもなく目の前にいるこの男…テリーマンだったからだ。

「ふう…」

「ノーティー…今日はもう上がるか。」

テリーはトレーニング用具を片づけようとしていた。

「テリー…先生…」

「何だ、ノーティー。急に改まって。」

「オイラ…目標ができたわ。」

「まずは先生と戦って勝つ…そして世界チャンピオンや! んで腹一杯メシを食うんや!!」

「ははは…ははははは…面白い、やってみろ!」

「先生…な、何がおかしいんや!」

「失礼、失礼…だが、あまりにおかしくてな…ははは…」

そう言いながらもテリーはまだ笑いが止まらない。

「だからもう一勝負やで、先生。」

「よし分かった、来い!」

テリーとノーティーのスパーはその日、夜遅くまで続いた… 結局、ノーティーの当面の目標はテリー打倒になってしまい、キン肉マンの存在は彼の頭の中から一旦忘れられてしまうのだが…


その後は皆の知っている通りだ。超人協会に登録されたノーティーは、持ち前のパワーで北米新人超人選手権を優勝。その際に行われたエキシビジョン・マッチでゲスト出演したカナディアンマンを激戦の末に破るという快挙を成し遂げた。



(そう…お前は今や一流超人として恥ずかしくないくらいの実力を身につけた。だが…まだ…完全じゃない… お前には、まだまだ延びしろが残っている。)



ノーティーの意識が現実に引き戻された。

「そう…オイラの夢はテリー先生に勝つこと! そして世界チャンピオンになって…そして…腹一杯メシを食うんや!!」

笑みを浮かべて無言で頷くテリー。

「うああああああ〜っ!!!」

ノーティーの大絶叫がジオ・スタジアム中に響き渡った。


☆ノーティー復活!
キン肉マン2000
第3回超人オリンピック編
第16話
…/おわり
Bリングにも動きが…!?
次号、『伝説のパワー』だ!

巻末言
金欠で自転車通勤を始める。軽
やかに天神・博多を走り抜ける
が、半袖は自分だけ。何故!?


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