キン肉マン以前
ラーメンマン−闘将、最後の戦い(前編)
「イー、アル、サン、スー!」
「アル、アル、サン、スー!」
「サン、アル、サン、スー!」
「スー、アル、サン、スー!」
稽古の声がこだましている…
―超人拳法総本山道場―
師範として指導に当たっているのは闘龍極意書103番目の伝承者こと美来斗利偉・拉麺男(ビクトリー・ラーメンマン)だった。
道場の片隅にはトロフィーが飾ってある。
半年前、皇帝のお守役選抜大会で優勝した時のものだ。
しかしラーメンマンは皇帝のお守役を辞退し、修行の日々に戻った。
元々この大会には皇帝のお守役に就任するという私利私欲ではなく、弟子・シューマイの救出と宮城に巣食う悪を倒すのが目的だったからだ。
皇帝のお守役はラーメンマンが最も信頼する仲間・拳聖五歌仙の一人、蛾蛇虫(ガンダム)に任されることとなった。
だが、これで悪が滅びたわけではない。
光在る処に闇が在るように、正義の化身・ラーメンマンがいれば、それに対する悪も必ず存在する。
そして…
「ラーメンマン、入ります。」
ラーメンマンが僧室に入った。
僧室のベッドには、ある人物が横たわっていた。
ラーメンマンの師、陳老師こと陳宗明である。
陳老師は1年前のラーメンマン・ランボーとの戦いの後、その傷が癒えずまだ床に伏していたのだ。
年齢を召してはいたが、それ以前の陳老師は壮健そのものだった。
これも超人拳法の日々の鍛錬の賜物だったのだろう。
だが、生きている物には必ず老いがやってくる。
陳老師の場合はラーメンマン・ランボーとの激戦がその引き金となった。
「ラーメンマン…傷の癒えぬワシに代わっての修行僧の指導、そろそろ慣れたか?」
「このラーメンマン、まだまだ老師の域にまでは及ばず、修行僧達には手を焼かされています。」
「そうか、修行僧達の信頼はワシ以上だという噂が立っているのはウソかのう…」
「お…恐れ入ります。」
伏していても、尚も劣らぬ陳老師の洞察力にラーメンマンは思わず傅(かしず)いた。
「フフフ…」
「老師、道場の方は安心してお任せ下さい。それではこれで…」
僧室から出ようとするラーメンマンを老師が呼び止めた。
「ラーメンマン…」
「はい、何でしょう。老師。」
「体には、くれぐれも気をつけるんじゃ。」
「はい…老師も養生なさって下さい。」
他愛のない会話だったが、ラーメンマンは無意識にこの言葉を胸に深く刻みつけた。
知ってか知らずかこれがラーメンマンと陳老師の最後の会話になろうとは…
ラーメンマンは指導に戻るため、道場へと続く回廊を歩いていた。
「おや、修行僧の掛け声が…」
鬼のいぬ間にまたサボっているのだろうと思ったが、ラーメンマンは妙な胸騒ぎに襲われた。道場の扉を開け、そこに飛び込んできた光景は…
「う…うう…」
ラーメンマンの眼前には血の海に倒れた修行僧たちの姿があった。
息も絶え絶えの者、既に息絶えた者…それぞれだったが、いずれも共通しているのは何か全身に妙な火傷のような痕があることだ。
「師…師範のいない間にこんな事になってしまい…すみません。」
「いいからそこで寝ていろ!」
「で…ですが、シューマイが…」
「何だと!!」
「ヤツらと入れ違いに入ってきたシューマイが、わたしたちの仇を取るんだと飛び出して行ってしまい…」
「シューマイ…」
だが、ラーメンマンにはこの無数の修行僧達を放っておくことはできなかった。
「師範… 師範はシューマイを追いかけていって下さい。」
「お前たち…」
ラーメンマンは後ろを見ずに駆けだしていった。
しばらく走ると、目の前に子供が倒れている。
「シューマイ…」
ラーメンマンの愛弟子・シューマイだった。
「シューマイ! シューマイ!」
ラーメンマンはシューマイの名を叫んだ。気を失っているが、まだ息はあるようだ。しかし、シューマイの体には修行僧と同じく妙な火傷の痕があった。
「ラ…ラーメン…マン…」
「しっかりしろ、シューマイ! だが、一体誰がこんな事を…」
「久しぶりだな、ラーメンマン。」
向こうから歩いてくる人影が二つ。
後ろに控えている影はマントをかぶり、正体は分からなかった。
だが、もう一人はラーメンマンもよく見覚えがある。破壊鬼・玉王だ。
体力こそはラーメンマンにはるかに劣るが、その頭脳でラーメンマンの前に何度も立ちはだかった悪の権化と呼ぶに相応しい男だ。
「またお前だったのか…!」
ラーメンマンは怒りに拳を震わせていた。
「フフフ…ラーメンマン自ら出てきたのか。いや、今度こそお前を倒せる男を見つけたのでな。挨拶をしてやろうと思ったのだが、誰もお前のいる所まで案内しない。そこで少々礼儀というものを教えてやったというわけよ。」
修行僧たちのラーメンマンに対する気持ちは有り難いが、ラーメンマンはそれを恨めしくさえ思った。早く自分に玉王が来襲したことを知らせてくれれば…と。
「出直そうと思いアジトに帰ろうとするところを、そこにいるネズミに尾けられたのだが…」
玉王はシューマイを指さした。
「だが、お前が自ら出てくるとは。これで出直す手間が省けたというもんだわい。ハーハハハハ…!」
ラーメンマンの怒りは頂点に達した。
「ゆ・る・さ・ん…!!」
ラーメンマンは溢れる程の筋肉で胴着を破った。
「弟子の教育が行き届いていないのは師範譲りか… さすがはラーメンマン、そうでなくてはな。だが、こっちもおとなしくやられているばかりではない。わたしが中国全土を歩いて探し回り、改造を加えた超人拳士の力を試すいい機会だ。行け! 紫電龍(しでんりゅう)よ!!」
後ろで控えていた男が、かぶっていたマントをバサと翻(ひるがえ)した。
「お前がラーメンマン… 玉王さまからいつも話を聞いている。」
紫電龍と呼ばれた男がその姿を現した。体はラーメンマンより一回り大きく、全身を鍛え上げられた筋肉が覆い尽くしている。両腕に鎖を巻き付け、頭には鉄製のヘッドギアを装着している。その先から出ているのはアンテナだろうか…? そして、ヘッドギアの下から覗く目は相手を威圧するかのような眼光を放っている。
「お前が修行僧やシューマイを… 何故、玉王のような悪人につくのだ。」
「玉王さまには食うや食わずのオレに不自由ない生活をさせてくれた恩もあるんでね。それにこのように体も改造してもらった… そして、この強さを試してみたかった。そのためには今や超人拳法界最強と言われるあんたをどうしてもひきずり出す必要があったのさ。」
「強さというものは試すものではない。本来は弱い人々を助けるものだ! 貴様…わたしと戦うためだけに罪のない修行僧やシューマイを痛めつけたのか!?」
「おっと、そう熱くなるなよ。オレはベストの状態のあんたと戦いたいというのに…」
「どうしても拳を退く気にはならんか…」
「ああ…実の話、玉王さまからあんたの事を聞いただけでは半分くらいしか乗り気じゃなかった。だが、あんたと会ってその闘気を肌で感じた。何者をも圧倒し、それでいて包み込む。そんな不思議な感覚がした…だから…本気であんたを倒してみたくなったぜーっ!!」
紫電龍は猛然とラーメンマンに突っ込んでいった。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ…!!」
紫電龍が凄まじい拳打を繰り出す。スピードもあり、それでいて重い…
「く…うっ…」
ラーメンマンは拳打を受けるのだけで精一杯だった。
「そりゃそりゃそりゃ! どうしたい、これで終わりか!?」
だが、ラーメンマンも只者ではない。紫電龍の僅かな隙を突いて一撃を放った。
「命奪崩壊拳!」
「うおぉ…!」
一瞬崩れる紫電龍。
「くそっ、やはり浅かったか…」
「へっ、それでもなかなか効いたぜ。さすがはラーメンマン、こうでなくてはな。」
紫電龍は全く余裕の表情だ。さらに今度はガードの体勢に入った。
「さあ、今度はあんたの番だ。遠慮なく打ち込んで来な!」
(罠だ…!)
ラーメンマンは咄嗟にそう思った。だが、同時に何故かそこに打ち込んでみたい気持ちに駆られた。それは拳法家が共有する、相手の鉄壁の守りを打ち砕く事への挑戦精神(チャレンジ・スピリット)なのかどうかは定かではない。しかし、罠だという意志に反してラーメンマンは技を繰り出そうとしていた。
「猛虎百歩拳!」
猛虎の形をした闘気が紫電龍に向かっていく。闘気の塊であるこの技は、ある程度の闘気を伴ったガードや返し技でなくては防ぎようがない。闘気を感じない紫電龍に対しては、この場合最高の選択と言える。
「かかったな…」
不敵な笑みを浮かべる玉王。
「うおおおーっ!」
紫電龍が吠えた。ガードで構えた両腕からはバチバチと光が走っていた。闘気とも違う…電気とも… 何やら分からない気の塊が紫電龍の鎖の両腕を覆っていた。
「虎磁雷壁(こじらいへき)!!」
ラーメンマンの放った猛虎が紫電龍の両腕に吸い込まれるように消え去った。
「ハーハハハ、ラーメンマンよ。お前の放った猛虎百歩拳は紫電龍のエネルギーとして吸い込まれたぞ。」
「なにっ!?」
「ワシが紫電龍の両腕に着けさせた八紋金鎖(はちもんきんさ)は紫電龍独特の体質を増幅させ、どの拳法家のオーラでも取り込むことができるのだ。さらに両足に履かせた燦堕蹴主(サンダーシューズ)から放たれる蹴りは…」
「ラーメンマン…いけない…戦っては…逃…げ…」
シューマイの微(かす)かな声がした。
「シューマイ!」
ラーメンマンがシューマイの方を振り返った時だった。
紫電龍が天空高く舞い上がった。その体躯に似合わず、身は軽い。
「閃脚萬雷(せんきゃくばんらい)!」
雷を帯びた無数の蹴りがラーメンマンに向かって放たれた。
「うわーっ!」
ラーメンマンの体中に電撃が走る。修行僧やシューマイの体の火傷はこの技を食らったためだったのだ。
「ふふふ…動けまい。閃脚萬雷には相手に大ダメージを与えるだけでなく、体の自由を奪うこともできるのだ。それだけではない、さらにお前の闘気を取り込んで威力倍増だわい! ハハハハハハ…!!」
玉王の笑い声とともに、ラーメンマンの意識が薄れていった…
あとがき
ふぅ… というわけで、何とか「キン倶楽」が復活しました。実は11月半ば頃にマシンは購入したんですが、これ書くのに随分と時間がかかったために復活自体が遅れてしまいました。リハビリ代わりに超人名鑑の改訂なんてやってたりしたのもあったんですが… 一応、購入までの休養中は就職試験の合間に長編のアイディアを練ってたりしてました。ただの現実逃避…という声もありますが、内定もとれたのでヨシとしましょう。
さて…この作品についても何か話さなきゃ。え…と、この話は「闘将」と「キン肉マン」のリンクとなるように書いています。だから、もっと詳しく知りたい方は「闘将!!拉麺男」の単行本を読んでみて下さい。今はキン肉マン人気の余波でJCS化しているので手に入れやすいと思います。この話は長さから二部構成にしようか、それとも一本化してしまおうか迷ったんですが、結局二つに分けました。後編はちょっと衝撃的な結末にしようと思っています。では、大して期待せずに待っていて下さい。
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