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チェンマイ県バーンガード学校内
タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼法要(平成28年6月20日) |
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法要に先駆けて、タイ国チェンマイ県バーンガード学校に建立している大梵鐘を撞きました。
平成14年(2002年)にこの鐘楼の落慶法要をした時には、在チェンマイ総領事館 鈴木重之 総領事様の御臨席を賜り、ご祝辞を頂きました。
ふるさとを思い草生す屍となっていらっしゃる御遺骨に対して「安らかに」と「南無阿彌陀佛」の思いをのせて、また、未来を担うこどもたちに対して
昭和天皇の御製
「みほとけの おしへまもりて すくすくと
生ひ育つべき 子らに幸あれ」
の願いを込めて、美しい鐘の音が響きました。 |
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現在の「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑」 |
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この追悼之碑は、日本兵の御遺骨が多数埋められたという古井戸を覆い建立しました。(1992年の写真。後方にその井戸が見えます) |
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先の大東亜戦争の際、インパール作戦で敗退した多くの日本兵が宿営地のあったタイ北部へ退却してきました。
しかし、ここまでたどりついた多くの日本兵は傷つき、マラリアなどの病気に倒れ、たくさんの方々がこの地で亡くなられました。
初代理事長らが訪れた時、バーンガード学校内にあった古井戸にも、その周囲にも多数の日本兵の御遺骨が埋められたままの状態だったそうです。
「われたちし 落葉の庭は 戦歿の
遺体うづめたるときき わなわなと座す」
地域の人々の情報提供や協力を得て収集したご遺骨は、
読経後、火葬して「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑」に納めることを繰り返しました。 |
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NPO慧燈副理事長 菅原一晴 より参列者の方々に対するご挨拶 |
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読経後、在チェンマイ日本国総領事館 青木伸也 総領事様をはじめ参列者の方々へ献香頂きました。 |
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バーンガード学校 モンコン カーハァウ校長先生もお参りして下さいました。 |
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追悼の碑清掃管理のラークさんご夫婦。
今年も法要を無事に執り行うことができました。
ありがとうございます。 |
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バーンガードに宿営していた日本兵と子供のころに交流があった方々。
「村の病人の手当をしてくれた」「ゆりこさんと呼ばれていた」「雨雨ふれふれの唱を教えてもらった。」など、思い出を語ります。 |
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メーホンソン県トーペー寺(平成28年6月23日) |
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この寺がある場所にも日本兵の野戦病院があり、多くの日本兵が亡くなられたそうです。寺の敷地内にある「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑横には、日本兵が使用したトラックと鉄兜があります。
トーペー寺の住職様へ追悼之碑維持管理の謝礼をお渡ししました。この住職様は子供のころに日本兵がいたことを覚えているそうです。 |
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寺の境内に左の建物が新しくできていました。
観光客誘致の為にメーホンソン県がつくっているそうですが、他の場所にも新たな建物やモニュメントなどが作られていました。
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タイ日友好記念館前にできていた看板とモニュメントの下方 ムアイトー寺付近の日本兵銅像 |
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ファイポン村にある「日本兵士鎮魂之塔」でお参り。裏手の土地からたくさんの日本兵の御遺骨が発見されました。 |
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7月22日チェンマイ総領事館公邸の夕食会へ
タイ国慧燈財団理事・バーンガード学校校長先生・チェンマイ戦没者慰霊祭実行委員会の皆様が招待されました。
長年に亘る活動への感謝を込めてのご招待でした。
チェンマイ戦没者慰霊祭実行委員会の皆様は、チェンマイ在住の日本人の方々に呼びかけて、8月15日終戦記念日に、ムーンサーン寺院会場とバーンガード会場で慰霊祭を行っています。 |
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2017年度追悼之碑の維持管理 >>
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