追悼之碑の維持管理

 
 タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼法要(令和元年6月18日) 
 

バーンガード学校の敷地内 タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑へ向かう道

タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑
  大東亜戦争末期、インパール作戦に従軍した日本将兵の一部は、駐屯地のあったチェンマイへ向けて敗退して来ましたが、飢えやマラリアで多くの方々が亡くなられました。この碑には、この地やその途上(白骨街道)にあった御遺骨を収集し、火葬、納骨しています。

在チェンマイ日本国総領事館 松本 洋 総領事様、阿部泰平 副領事様

右手に見えるのが大梵鐘。未だ発掘されず草生す屍となって眠っておられる戦歿者の方々へ『南無阿彌陀佛』『安らかに』の願いを込めて、そして未来を担う子供たちへ
『みほとけの をしへ守りてすくすくと 生ひ育つべき 子等に幸あれ』の願いを込めた梵鐘です。

調 准誓理事長、弓 正純副理事長がお導師を務め、お参り、献花をしました。

理事長挨拶
羽黒郷 様より 相撲甚句『御前に』奉納。日本語教室の学生達も「どすこい」の掛け声で参加しました。その後『ふるさと』献唱。
それまで晴れていましたが、にわかに曇り涙のような雨が落ちてきました。
 


 ムーンサーン寺院参拝と資料館見学(令和元年6月19日) 
 

 この寺院は当時野戦病院のひとつとして多くの負傷・傷病した重症患者を収容していましたので、ここでも、多くの方々がお亡くなりになりました。
平成元年、調 寛雅初代理事長らがこの寺を訪れ、カナービバーン僧侶に「亡くなった日本兵に手を合わせる観光客は一人もおらん。それが人間か、それが日本人か」と一喝されました。

 寺にある資料館で調 寛雅初代理事長の記事を見つけました。
メーホンソン県クンユアムにあったクンユアム第二次世界大戦博物館を建てたチューチャイ・チョムタワット氏(2016年1月18日永眠)が収集したものの一部がここに展示されています。
 クンユアム郡の警察署長として赴任したチューチャイさんは、各家庭で旧日本兵の水筒や外套、毛布、鉄鋼ヘルメットなどが保管されていることに気づいたといいます。これらの品々は、旧日本兵が食糧や果物と引き換えに地元のタイ人に与えたものでした。兵士と地元住民の関係が良かったことも知りました。チューチャイさんが収集した日本の品物も併せて展示されています。
 このお寺と資料館をご案内頂いたチェンマイ戦没者慰霊祭実行委員会の方々は、毎年8月15日にチェンマイ戦没者慰霊祭をこの会場とバーンガード会場の2箇所で同時開催されています。



 メーホンソン県でお参り(令和元年6月21日) 
 
 
フォイポン村の日本兵士鎮魂之塔でお参り。
 多くの日本兵の御遺骨が収集され「白骨街道」と呼ばれているところに建てられています。ふるさとに帰りたかった日本兵の方々に感謝の思いでお参りをしました。
  
羽黒郷 様より 相撲甚句『御前に』奉納
 
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NPO慧燈では、タイ国チェンマイ県バーンガート学校内にある「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑」と「大梵鐘」周辺の清掃作業をバーンガード学校にお願いしています。