追悼之碑の維持管理

 タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼法要(平成30年6月19日) 
 

バーンガード学校の敷地内 タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼の碑へ向かう道

休憩所
 
トイレ

  右手に見えるのが大梵鐘。未だ発掘されず草生す屍となって眠っておられる戦歿者の方々へ『南無阿彌陀佛』『安らかに』の願いを込めて、そして未来を担う子供たちへ『みほとけの をしへ守りてすくすくと 生ひ育つべき 子等に幸あれ』の願いを込めた梵鐘です。
 追悼之碑に向かう通路で学生達が出迎えてくれました。

 大東亜戦争末期、インパール作戦に従軍した日本将兵の一部は、駐屯地のあったチェンマイへ向けて敗退して来ましたが、飢えやマラリアで多くの方々が亡くなられました。タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑には、この地やその途上(白骨街道)にあった御遺骨を収集し、火葬、納骨しています。

タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑

調 准誓理事長、弓 正純副理事長がお導師を務め、お参りをしました。

理事長挨拶

献花



 ムーンサーン寺院参拝と資料館見学(平成30年6月20日) 
 

 この寺院は当時野戦病院のひとつとして多くの負傷・傷病した重症患者を収容していましたので、ここでも、多くの方々がお亡くなりになりました。
平成元年、調 寛雅初代理事長らがこの寺を訪れカナービバーン僧侶に会いました。「戦争中、戦後、日本の兵隊がチェンマイ周辺で沢山亡くなっておるが、その亡くなった日本の兵隊に手を合わせる観光客は一人もおらん。それが人間か、それが日本人か」と言われショックを受けたそうです。そしてタイ国・ミャンマー国での遺骨収集を始め、現在までの活動へと繋がっています。
 チェンマイ戦没者慰霊祭実行委員会の方々が毎年8月15日に行っていらっしゃるチェンマイ戦没者慰霊祭は、この会場とバーンガード会場の2箇所で同時開催されています。
この慰霊碑の後ろには資料館があります。今回は、チェンマイ慰霊祭実行委員会の方にお願いしてこの中を案内して頂きました。
資料館には、当時の歴史資料・写真・遺品などが展示されています。
現在、メーホンソン県クンユアムにあるタイ日友好記念館の前身であったクンユアム第二次世界大戦博物館を建てたチューチャイ・チョムタワット氏(2016年1月18日永眠)が収集したものの一部がここに展示されています。
 クンユアム郡の警察署長として赴任したチューチャイさんは、各家庭で旧日本兵の水筒や外套、毛布、鉄鋼ヘルメットなどが保管されていることに気づいたといいます。聞き取りを進めると、これらの品々は、旧日本兵が食糧や果物と引き換えに地元のタイ人に与えたものでした。兵士と地元住民の関係が良かったことも知ったといいます。晩年をチェンマイで過ごしたチューチャイさんが収集した日本の品物も併せて展示されています。

 



 
 メーホンソン県でお参り(平成30年6月22日) 
 

 フォイポン村の日本兵士鎮魂之塔でお参り。
多くの日本兵の御遺骨が収集され「白骨街道」と呼ばれているところに建てられています。ふるさとに帰りたかった日本兵の方々に感謝の思いでお参りをしました。
 今回、メーホンソン行の国内線飛行機の運行時間の都合により、クンユアムのトーペー寺までは行くことができませんでした。
後日、ピラポン君がトーペー寺に行き、追悼之碑の維持管理御礼金を僧侶に渡してくれました。

 
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NPO慧燈では、タイ国チェンマイ県バーンガート学校内にある「タイ・ビルマ方面戦病歿者追悼之碑」と「大梵鐘」周辺の清掃作業をバーンガード学校にお願いしています。