【今月のコラム】


【バンザクロ】

東洋医学はなぜ効くのか 山本高穂・大野智 講談社

ツボを押す、針を打つ、薬草を服むことで苦痛が軽減し、体調が良くなる経験は誰しもあるだろう。それを「効いた」といい、知人に勧めることもあるが、果たして同じようには効かない。治療家も同じジレンマを抱え患者と向き合う。これは東洋医学だけではなく、西洋医学にも共通することだ。西洋医学の医師は「東洋医学はevidenceに乏しい」との感想をもらすが、西洋医学が全てに優れるものではない。新薬のevidenceには噴飯ものの数字や作文も多く見られる。「針を打った、治った、ゆえに効いた」とすることを「3た論法」といい、経験を積み重ねた慣行であり、西洋医学でも同じことが行なわれてきた。患者や治療家の個人的な体験はもっとも信頼度の低いevidenceとされ、「効いた」から自然治癒力とプラシーボ効果を差し引いて真の効果が残る。しかし、計画された比較試験のevidenceより、個人的体験のほうが説得力はある。

ランダム化比較試験で有効性が証明されれば、その治療法は医学的に「効く」と言うことができます。ですが、その「効く」はずの治療法を受けても、全員の病気が治ったり、症状が改善したりするわけではありません。これを医療の不確実性と言います。

いままでも、これからも医療の不確実性はついてまわり、「どれくらいの割合の人にどれくらい効くのか」という目安のevidenceになる。ランダム化比較試験の数々を網羅収集し、評価・分析したものはシステマティックレビュー研究と呼ばれ、evidenceレベルはさらに高い。

東洋医学は経験を積み重ねた土台のうえに成り立ち、効果を発揮する成分やメカニズムの科学的解明が為されないまま利用してきた。現在は基礎研究により生薬のどの成分が体のどこで効果を発揮するか説明できるものが出てきた。「3た論法」よりかは信頼のおけるevidenceになる。しかし、「どのように効く?」から「どれくらい効く?」という臨床試験は別の方法での研究が必要になり、evidenceレベルは上がる。ランダム化比較試験の歴史は浅く、最初は1948年にストレプトマイシンで行われた。1962年、米国のFDAは医薬品の有効性の指針を発表し、「対照を設けて綿密に計画された適切な臨床試験を経て承認されなければならない」とした。1990年代になり「根拠に基づく医療」が普及し、システマティックレビュー(メタアナリシス)という、質の高いevidenceが求められるようになる。それまでは西洋医学も東洋医学も大して変わらず、臨床では経験の積み重ねをevidenceとした。今後はシステマティックレビューも基礎研究も取り入れ、経験も積み重ねた発展が期待される。

ランダム化比較試験の結果は次の4つのことばで吟味する。P(Patients):どのような患者に、I(Intervention):どのような治療をすると、C(Comparison):なにと比較して、O(Outcome):どのような結果になるか?、鍼灸で例えると、P:腰痛を訴える患者に、I:鍼灸治療をすると、C:鎮痛薬と比べて、O:痛みの程度はより軽減するか?これはさらに上位のシステマティックレビューでも有用な方法である。PubMedCLOUDという医師のための論文検索ツールがあり、ランダム化比較試験の報告数をみると2005年から倍増し、2024年1月末までに約5500報が寄せられた。肩こりに対して鍼治療と偽鍼治療を比較し、疼痛が緩和した報告があり、鍼治療はプラシーボ効果を排除しても明らかな効果があるとしている。一方で統計学的には鍼治療の有効性は認められるが、臨床的な治療効果は小さく、さらに質の高いランダム化比較試験の実施が求められると指摘したものがあった。

PubMedCLOUDに寄せられた約5500の報告のうち2000は痛みに関するもので、残り3500は痛み以外で、うつや不安などのメンタルヘルスや便秘・下痢・頻尿など様々な症状や疾患に対するものだ。

臨床試験の結果は「その論文で対象となった同じ症状・病気の人が、論文と同じ方法で鍼灸治療を行なったときに、論文と同じような結果が得られる可能性がある」ということを意味しています。

一定の制約の下での効果であり、あくまでも可能性だ。医療では同一条件の患者が存在しないのが不確実性のひとつだ。鍼灸治療において、痛み以外の治療のシステマティックレビューを見ると、薬物治療で改善しないうつ病患者に対して鍼治療が効果を示した例や不眠、乾燥肌、慢性疲労などもあった。

漢方薬については中国が先陣を切って取り組んできた。PubMedCLOUDで中国漢方(Chinese herbal medicine)で検索するとランダム化比較試験の結果が約3800報ヒットするが、日本漢方は約80報と少ない。中国と日本では漢方薬の内容や制度が異なり同列に比較できない面がある。日本の薬事法で承認された漢方薬は生薬製剤、エキス製剤、煎じ薬があり、ランダム化比較試験の結果は多くが日本語で発表される。日本東洋医学会では漢方エキス製剤について日本語、英語ともに検索し、その要約をサイトで公開している。

ランダム化比較試験が既に複数実施されている場合、その結果を取りまとめて再評価したシステマティックレビューも報告されています。例えば、大建中湯が腹部外科手術後の腸管機能(最初の排ガス・排便など)を改善したり、消化器がん手術後の腸閉塞の発症を減らしたりすること、抑肝散が認知症患者の妄想、幻覚、興奮・攻撃性を改善することなどがあります。

この2つの漢方薬については持論を唱えたい。大建中湯は評価しないし、勧めることもしないが、抑肝散はメンタル系の不調や症状に推奨する。まず大建中湯(山椒2g、乾姜4g、人参3g、飴20g/1日分)、山椒2gは乾燥品で120粒、乾姜は生姜を蒸して乾燥させたもので辛みは生姜の4倍、試しに山椒1粒を噛むと激烈な辛みと舌のしびれをもたらす。これを120粒、さらに乾姜まで配合したものがどれだけ辛くなるのか常識で判断できないのか。大建中湯を処方しておいて刺激物は避けてくださいとアドバイスしているのかも知れない。辛みが胃を経て腸管に達したとき辛味で充血や出血を促すことが懸念される。寒性の便秘の人に使ったことがあるが翌日、眼球結膜が充血し冷汗三斗の思いをした。潰瘍などあれば見えないところで出血を促す恐れがある。もともと薄口のエキス製剤を用いた比較試験のおかげで事故に至らなかったのだろう。大建中湯は先人の経験に則り、寒証の特殊な症例以外には使わない。危険な症例が一件でもあれば、代わりの薬草や漢方薬があるので、有効なevidenceより実体験を優先する。

抑肝散に配合される釣藤鈎は加熱失活するため、加熱を経て製造した煎じ薬やエキス顆粒、錠剤では目的の半分も達成できない。

認知症の行動・心理症状であるBPSD(幻覚・妄想・興奮・不穏・徘徊・焦燥・社会的に不適切な言動・性的逸脱行為・暴言・抑うつ)に対して多くの臨床試験が行われ、いくつかの症状を有意に改善することが報告されています。

エキス顆粒で釣藤鈎の成分は失活していると思われるが、それでも改善したのであれば、原末散剤はさらに効果が大きい。薬理作用は神経節末端のグルタミン酸放出を抑制したり、過剰分を分解することで神経の興奮を鎮めることが報告されている。グルタミン酸トランスポーターといい、生薬の甘草に含まれるグリチルリチン酸が活性化に関与している。もうひとつセロトニンという神経伝達物質に関係する情報伝達の改善だ。釣藤鈎に含まれるイソジンメチルエーテルがセロトニン1A受容体に結合し活動を高め、セロトニン2A受容体の数を減らすことで神経細胞の興奮を鎮めると考えられる。原末というのは生薬を丸ごと散剤にしたもので、古典にはさらに興奮や痙攣を鎮める芍薬や黄連を加え、肝気を巡らせ気鬱を除く香附子の配合を提案する。生薬を何種類も配合した漢方薬は成分の薬理では解明できない複雑さがあるが、個々の生薬で成分の薬理が解明されたものは「3た論法」より再現性と信頼性に勝る。

薬の作用や薬効を生理学や薬理学で見てきたが、新型コロナウイルスのワクチンの薬効の説明に使われたRNA(リボ核酸)の話である。ワクチンを信じる人もワクチンの危険性を訴える人も共に認識する物質だ。以下、別の書物からの引用である。

私たちが食べたもののRNAが、私たちの遺伝子の健康に影響を与えることである。実際、さまざまな研究によって、私たちが植物・果物・野菜・ハーブティーなど)を食べたり飲んだりすると、それらの一部のRNAが消化の段階を生き残り、血液中に流れて、私たち自身のRNAを調整することが明らかになった。肝臓でも肺でも、脾臓、すい臓、免疫細胞のなかでも、同じことが起こっている。

禅の教えに五観の偈があり、その4)は「正に良薬を事とすることは形枯を療ぜんが為なり」という。古くから食べたものが体になる。「好き嫌いなく食べよ」といわれてきた。薬もRNAレベルでの作用が示唆されているが、研究者の意見は一致していない。RNAで体の組成や機能が変わっていくなら壮大すぎて比較試験など相当に困難であろう。しかしいままで薬を使って説明のつかない現象について、RNAの概念で納得できるものがある。神秘主義に通じる懸念はあるが、科学に遠いとして切り捨てるのではなく、探求する意義はある。

 

 
 

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