【今月のコラム】


【ハイビスカス】

カフェインの真実 マリー・カーペンター著 黒沢令子訳 白揚社

-前編-

「カフェイン多量摂取・急性中毒」という小さな見出しの新聞記事が目に留まる。日本中毒学会の調査によると、カフェインを多量に含む眠気防止薬やエナジードリンクなどの清涼飲料水の急性中毒で、2011年度からの5年間に少なくとも101人が救急搬送され、7人が心停止となり、うち3人が死亡した。カフェインは、一度に1g以上を摂取すると、激しい吐き気やめまいなどの中毒症状を呈し心拍数があがる。心停止に至った7人はいずれも6g以上、中には53gを摂取したケースもあった。深夜勤務の人の服用例が多く、中には自殺目的もあった。カフェイン中毒患者は2013年度から急増しており、2012年のエナジードリンク発売とほぼ同時期だ。カフェインの摂取目安は成人1日あたり0.4gでマグカップコーヒ3杯程度、これにエナジードリンクや眠気防止薬をあわせて飲んだ人もいた。「カフェイン中毒の危険性が一般の人には十分知られておらず、行政も実態を把握できていない。一度に購入できる眠気防止薬の量を制限すべきだ」と記事は結ばれていた。

医薬品として用いるカフェインの常用量は成人1回100〜300mgで1日2〜3回、一度に200〜500mg摂取すると、イライラや神経過敏、不眠、めまい、不整脈、血圧上昇などの副作用が顕著になる。普段は飲食物として摂取するが、わずか32mgのカフェインで注意力や反射能力を大幅に向上させ、多くの人はこの半分でも効果が現れる。

カフェインには、力が出る、敏捷さが増す、頭の回転が速くなる、頭が冴えるなどの効用があるが、いいこと尽くめではない。カフェインを摂ると、強い不安感やパニック発作のような不快な心理反応が起きる人もいるのだ。カフェインの影響を受けやすい遺伝的変異を持つ人にこうした反応がよく見られる。

コーヒー、緑茶、紅茶、ココア、チョコレートなどの飲食物は主たる成分としてカフェイン及びテオブロミンを含有する。カフェインはキサンチン誘導体のひとつでテオブロミン、テオフィリンなどと同じ構造を有し、作用量と中毒量の差が小さく劇薬に指定されている。嗜好品であるコーヒーやお茶の功罪両面を熟知して利用する人は少ないように思う。

どの文化でもカフェインは乱用薬物とは考えられていないが、実際には乱用薬物の条件をすべて備えている。つまり、気分を変え、身体的依存を生み出し、使用を中止すると離脱(禁断)症状を引き起こし、依存状態になる人も出る。

カフェイン文化発祥の地はメキシコ合衆国南部チアパス州のソコヌスコ地方で雨が多く蒸し暑い。近くにあるパソ・デ・ラ・アマダ遺跡から3500年以上前に作られたチョコレートの痕跡が出土している。人類がチョコレートを利用した最古の記録になり、カフェイン利用の最古の証拠でもある。大航海時代にヨーロッパへ渡り宮廷で人気を博するようになった。カカオ含有率82%のダークチョコレート1gに約1mgのカフェインが含まれるが、ミルクチョコレートなど他の成分で薄まったチョコレートバーは43gで約9mgていど。

茶の文化は数千年にわたりアジアで発達した。古代中国で神農という伝説の皇帝が湯を沸かしているとき、茶葉が風で舞い込み、その湯を飲むと元気が出た。これが茶文化の始まりとされているが、風味などの嗜好性ではなく、カフェインの興奮効果によるものだった。神農は自ら一日70もの毒に当たって薬草の効果を確かめたという。紅茶は中国の茶の木から作られていたが、1823年にインドのアッサム地方で高木になる変種のアッサムチャが発見され、インドやスリランカでこの種の栽培が盛んになった。紅茶のティーバッグを1分間浸すと17mgのカフェインが抽出され、3分間で38mg、5分間で47mgだ。

コーヒーも原始的な精力剤として生のまま、あるいは煮たり、獣脂と丸めて利用された。北アフリカに生育するただの低木だが、カフェインが含まれていることで運命が変わった。この木の実をかじった山羊が突然踊り出し、不思議に思った山羊飼いが実を食べたところ気分が高揚し歌い出したという言い伝えがある。1819年頃、劇作家ゲーテが友人のフリードリーブ・ルンゲに頼んでコーヒーからカフェインを抽出した。ドイツ語のコーヒー(Kaffee)が語源となり、英語のカフェイン(caffeine)になった。コーヒーカップ150mlには60mgのカフェインが含まれる。

ここまでは伝統的なカフェイン飲料の話だが、著者はカフェインとともに台頭するカフェイン産業の脅威を次のように吐露する。

グアテマラ中部のコーヒー農園や中国にある世界最大の合成カフェイン工場、ニュージャージー州のエナジーショット製造工場などを訪れてみて、自分がカフェインをいかに見くびっていたか、思い知らされた。カフェインが人体や脳に及ぼす影響だけでなく、カフェイン産業の範囲や規模、さらに、身勝手に振る舞う業界を取り締まろうとする規制当局が数々の難題に直面していることも、私は過小評価していたのである。

1980年代、スターバックスの登場でグルメコーヒーの市場が広がり始めた。それまでアメリカ人の多くはパーコレーターで煮詰めたコーヒーやインスタントコーヒーを飲むくらいで、淹れたてのコーヒーを味わうことが少なかった。スターバックッスはマクドナルド方式の利便性、標準化、サイズの特大化を踏襲し現代のコーヒー革命を牽引していく。いまやコーヒーは生活の多くのシーンに登場し、起床時、仕事前、会議中、休憩、食事後..と欠かせないものになった。コーヒー、茶、ココア、ガラナなど各地の文化によって違いはあるが、習慣的飲用の目的は味わいよりカフェインの摂取にある。「美味いから」ではなく、カフェインの習慣性に依ることに気づいている人は少ない。

これまでに行われた研究の結果、カフェインを摂取するための手段は重要ではなく、コーヒーだろうが、清涼飲料だろうが、同じ結果」が得られることがわかっている。お目当てがカフェインであることは明らかだ。

カフェインを添加した清涼飲料のコカ・コーラは、フレーバーとして不可欠だからと説明するが、微妙なフレーバー効果より中枢神経に作用し、気分を変え身体的依存を引き起こす効果の方が高い。カフェイン入りとプラシーボのカプセルを用意し新奇な風味のジュースで飲ませたところ、カフェイン常用の被験者はカフェイン入りカプセルの方を選んだ。カフェインはフレーバーではなく依存性強化の重要な役割を果たしている。三大習慣性物質といわれるニコチンやアルコールにも共通することだ。カフェイン入り清涼飲料の先駆けとなったコカ・コーラは伝統的なコーヒや茶などと異なり、カフェインの粉末そのものが使われる。

1905年、セントルイスにある小さな化学会社が、コカ・コーラに混ぜるカフェインの生産を始めた。この小さな会社はやがてモンサント社という世界的大企業に成長するが、その基礎を築いたのがカフェインだ。茶殻、茶葉、マテ茶などからカフェインを抽出・精製し、炭酸飲料メーカーの需要を賄った。カフェイン製造業は1945年までに米国内で4社まで増えた。1975年には清涼飲料がコーヒーを抜き去り、好まれるカフェイン飲料のトップとなり、現在に至る。米国内で1〜2を争う炭酸飲料のコークとダイエットコークには合わせて約1560トンもの粉末カフェインが使われている。

アメリカは、コカ・コーラやペプシコ、ドクターペッパー・スナップルといった炭酸飲料製造会社の需要を満たすために、年に6800トンを超える粉末カフェインを輸入している。12メートルの船舶用コンテナ300個を満たす分量だ。向精神薬がギッシリ詰まった貨物列車が3キロもつながっている様子を思い浮かべてほしい。

1950年代までの粉末カフェインはコーヒーや茶、ガラナなどから抽出する方法で生産していた。天然物からの抽出では限度があり、需要に追いつかない。そこで他の物質からカフェインを合成しようという動きが生じ、モンサント社は1957年までに合成カフェインに切り替えた。しかし次第に廉価な輸入カフェインの圧力にさらされ、20世紀末には合成カフェインを製造する会社はアメリカに一社も残らなかった。

中国の河北省・石家荘市に製薬会社が集まり、ここに世界最大のカフェイン工場がある。2011年に2000トン以上のカフェインをアメリカに輸出している。この工場の他、中国の会社2社、インドの会社1社の計4社で、アメリカで消費されるカフェインの半分以上が合成される。関連企業、顧客などを通じて、4社の工場見学の依頼をするが、ことごとく断られ、コカ・コーラ社、ペプシコ社は口を利いてもくれなかった。そこで著者は思い切って中国へ渡り、自ら工場を訪ねることにした。しかし、拒否され見学は叶わず、後に知ったが、欧州医薬品監査官さえも拒否されていた。

合成カフェインは尿素から合成するため、カフェイン工場の周辺は猫の尿のような臭気が漂うという。尿素から生成したウラシルからテオフィリンを経て、側鎖に塩化メチルを結合させるとカフェインが出来上がる。天然でも合成でも純度100%なら、薬理学的にはまったく同じカフェインだが、天然、合成を問わずカフェインは不純物を含む可能性がある。不純物には健康に良いもの、悪いもの、不明なものがあるが、合成カフェインは蛍光を発する奇妙な特性を持つ。合成カフェインを使用する製品でも蛍光を発するため亜硝酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、クロロホルムなどで除去する。清涼飲料メーカーは製造原料が尿素であるというイメージを払拭するため天然カフェインに拘った。しかし、次第に安価な合成カフェインに席巻されていく。

-続・後編-

 
 

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