【今月のコラム】
【決明子】 |
|
![]()
それでも日本に原発は必要なのか? 青木美希 文春新書 |
武力による安全保障に前のめりな集団が政権を握ってしまった。政治も民主主義の意味も理解しない振舞に寒気を覚える。武力の前に食やエネルギーが確保されなければ生存さえ危うい。幸い主食たるコメの自給率は100%を達成しており、農業を育て維持することは国民の努めであろう。原発や石油を主とするエネルギーの確保には不安がつきまとう。視点を変えれば日本は再生可能エネルギーの環境に恵まれている。島国で四海から風が吹き抜け、発電への利用が可能で火山地帯のため地熱も利用できる。福島原発事故の後、再生可能エネルギーの機運が高まり、海外では急速に太陽光パネルを普及させ、再エネ率が4割に達した国もある。日本では一旦高まった再エネの動きが、いまは逆風にさらされている。いつのまにか「原発最優先ルール」が息を吹き返し、原発事故の当事国でありながら世界の趨勢に逆行していく。
世界各国が太陽光発電を増やす中、日本は出力制御の影響で1.4TWh、0.4%減少した。まともに動いている再エネの電気を捨てさせている。災害時には小規模な再エネ発電こそ地域の守りとなり、停電しても太陽光パネルを備えておけば自宅でスマホを充電し、調理もできる。捨てるなど「勿体ない」。もとを辿れば2011年の原発事故の反省から再エネの買取価格が上げられ、利益を得られる制度が実現した。2011年4月に国際再生可能エネルギー機関が設立され、米国、中国、EUなど171か国・機関が加盟している。2025年上半期には世界の発電量のうち再エネが34.3%に上昇し、世界最大の電力源となった。ところが、日本では再エネに逆風が吹いている。 かつて日本のエネルギー自給率は高かった。1950年は約90%で、85%を水力が占めた。しかし、政府は安価な輸入石油に依存する方針をとった。1973年、第一次オイルショックが起こり、その時、石油依存率は75.5%に達し、エネルギー自給率は9.2%まで落ち込んだ。1974年、電源三法が成立し、原子力発電に補助金を出す仕組みができたことで原発の乱立が始まる。1973年にはサンシャイン計画もスタートし、太陽光、地熱、水素エネルギー、石炭の液化・ガス化、風力、バイオマスなどの研究開発を促進した。当時の太陽光発電のコストは1Wあたり数万円と非常に高価だった。1993年、サンシャイン計画はニューサンシャイン計画と名称を変え、1997年からは住宅向けの太陽光発電導入補助金が出た。1990年代末から2000年代初頭にかけ、日本は太陽光発電導入量と太陽光電池生産量で世界一になる。日本は世界の太陽電池の50%以上を供給する最大の拠点となるが、各国が競い価格低下は急速に進む。2005年まで世界トップを維持したが、中国の躍進で急速にシェアが低下し、2022年、日本のシェアは0.2%まで落ちた。2011年の福島原発事故をきっかけに政府は再エネに本腰を入れるように見えたが、なぜ逆風が吹くようになったのか。 太陽光発電の凋落には3つの原因があげられる。第一に当時は技術開発が主目的となり、普及のための政府のバックアップが足りなかった。政府は2005年に太陽光発電に対する補助金を打ち切る。第二に海外の需要に対して生産体制の構築や投資が十分できなかった。第三は優れた技術と事業を維持する人材が不足した。政府の支援さえあれば状況は違っていた。原子力と原子力以外のエネルギーの予算が競合し、予算獲得に苦労を要した。
この数字は米エネルギー省(DOE)が各国の研究予算を比較分析した報告書だ。実際、1997年度で原子力が75%の予算に対し、省エネと再エネを足してもわずか11%という圧倒的な差だ。報告書には1985年度から1998年度まで予算の推移が示されているが、原子力7割、省エネ・再エネが1割という落差は続く。原発と競合したために潰されたプロジェクトは太陽光だけではない。例えばMDH(電磁流体)発電の研究は複数の大学の共同研究で進めていたが、1983年度に打ち切られた。当時の事情を複数の元大学教授に聞くと、「原発に代わるエネルギーを研究していたのに、原発に予算を取られてしまった。もし研究が続いていたら、いまごろは実用化できていたはずなのに」。
2011年の原発事故の記憶も生々しい3年後に、原発を復活させエネルギー政策の根幹においた。どこに反省や改悛の情があるのか。さらに2030年には原発の電源構成比を20〜22%にするという。原発事故の無残な光景をいまも留める人はいかほど残っているだろう。最近の調査では再稼働に「賛成」が約45%、反対が約26%と逆転し、事故は風化した。国の方針を追認する国民のもと、自民党一党独裁は揺るがない。国民は選挙で時々お灸を据えても、次の選挙で許す。ところで原発にのめり込み予算をつぎ込んだ原子力技術は世界に誇るものなのか。2024年、著者は原子力学会会長に単独で取材を申し込んだ。大井川会長(当時)と副会長、広報担当者に話を聞いた。
トップを誇れるものは、つぎ込んだ予算以外ないのだ。原発優先のため再エネ・省エネも潰され育たず、政府の政策は迷走を続ける。原発の電気が余ったとき、再エネの発電を止めるルールを作ったのは誰だ。
学校では、国民によって選ばれた議員が国会で議論を交わし、多数決で物事が決まると教わった。著者は取材を重ねるにつれ、それが幻想であることを思い知る。国会では自民党議員からは政府を批判する質問がほとんど出ない。野党の質問については官僚が書いた無味乾燥な答弁を繰り返し、数の力で政策が通っていく。自民党の議員達は非公開の場で根回しして結論を決める。とくに新型コロナの後は、秘書もマスコミも入れない場で重要政策が議論され、国会はいっそう閉ざされたものになった。閉ざされた場で原発推進派と再エネ推進派がせめぎあい、突然、闇から姿を現す。民主党が決めた原発ゼロの方針は、2023年に原発推進へ逆戻りした。国民は何を考えているのか、考えていないのか原発支持派が増えた。原発推進派の政治家たちは国民の安全や生活より優先するものがある。統一教会事件であらわになった、選挙の応援と資金の援助だ。裏金の温床となる政治資金パーティー券の購入、割り振りを電気事業連合会が仕切る。選挙支援に職員を動員し、広い裾野の関連業者からも票を集める。「○○候補へ!」とのお触れだけで、投票する国民がたくさんいるのだ。奇妙なことに脱原発派の存在がパーティー券の売り上げに貢献するという。脱原発の声が高まると、危機感を抱く業界は原発推進派を応援する。一人で両派を使い分ける器用な議員の話を聞いたこともある。
2202年の原子力予算は2兆1879億円、これに対して再エネは5685億円だった。2004年に発表した電気事業連合会の資料では原発にかかるコストを約18兆8000億円としている。使用済み核燃料の輸送・中間貯蔵、再処理、MOX燃料への加工、ウラン濃縮工場の廃止費用など核燃料サイクルにかかる総費用で、このコストは本来電力会社が払うべきものだ。これを国が負担する。原発を稼働させると高レベル放射性廃棄物が出る。これが安全なレベルまで低下するのに10万年かかる。地震大国の日本に10万年も盤石な地層があるだろうか。この適地探しも国が行う。いまはほとんどの廃棄物は原発上部のプールに保管しているが、電気と水が止まれば冷やせなくなりメルトダウンする。フィンランドは世界で唯一、オンカロという最終処分を地下400mに作ったが、原発2基分の廃棄物しか埋められず、すでに壁から水が染み出ているという。福島のような原発事故がおこると事態は深刻で処理費用は膨大なものになる。事故時の避難計画は自治体が担い、事故時の除染費用は全額国が負担する。原発を動かすと利益は電力会社に、事故処理や放射性廃棄物の後始末は国民が税金で払う。この理不尽な構図がなぜ出来上がったのか。経済産業省のあるキャリア官僚は著者に打ち明けた。
かつて、リスクもコストも高い原発を導入するとき、極端に手厚い国の経済的措置がとられ、原発を進めれば進めるほど電力会社が国民の税金や電気料金を吸い上げる仕組みができてしまった。電力会社は儲けるため原発を動かし、政治献金をする。官僚は政治家に従わなければ飛ばされ、天下り先を失う。原発事故の教訓を生かし、この悪しき構造を変えなかったがため、脱原発の機運まで逸した。
税金を注ぎ込んで原発を守り、事業として成り立つている再エネの電気を捨てさせる。二重の無駄を重ね、減税を求めると深刻な顔をして、「財源がない!」とのキャンペーンを張る。電力会社、政治家、役人、御用学者、社会の木鐸たるマスコミもキャンペーンを担う原発村の住人だ。キャンペーンに乗って原発を容認する人々もまた原発村界隈である。 |