【今月のコラム】


【蝋梅・ろうばい】

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グルメの真実 友里征耶 宝島新書

昨年、佐賀は原発のやらせメールでゆれ、いまだ解決を見ない。やらせ、仕込み質問、偽装など言葉は違えど昔からある太鼓持ち、サクラと同じで演芸や商売には欠かせないものだ。誰もが薄々気付きながら騙され愉しんだ。しかし、原発のやらせや建物、食品の偽装など重大な被害を招く業界は厳しく襟を正さねばならない。昨年末、ネットで紹介される飲食店、レストランの記事においてやらせが発覚した。これは一般の客が店の評価を投稿し利用者の参考にするものだ。ここに金銭で請け負う、いわゆるサクラが跋扈していたという。店に出かけもせず高い評価を書く偽装が行われ、ある日突然列をなす飲食店が誕生した。やらせ記事を書いた人は報酬を得、店は広告費を払うことでそれ以上の利益を生んだ。客は行列のできる飲食店で食べることができて大変な満足を覚えたことだろう。事件が発覚しなければ3者すべて得をしたはずだ。腹を空かせて食べれば味は二の次、価格も納得済のことだろう。一般の人にとってグルメとは薀蓄を傾ける遊戯や娯楽の一つである。テレビのグルメ番組など見てのとうり、やらせ記事を批難した放送局が白昼堂々とやらせ番組を垂れ流しているではないか。

何事も先入観に大きく左右されるのが人間です。世界から客が殺到し、味音痴とはいえ自称プロやガイド本が絶賛しているから美味しいに違いない、おいしくないといったら「味音痴」とバカにされてしまう、といった心理が働いていたとの結論づけは間違いないと私は断言させていただきます。

いつの頃からか知らないが、料理人の中からカリスマと呼ばれる人々が生まれ、彼らは料理の奥深さと難しさを語り始めた。「串打ち三年裂き八年焼き一生」、これは鰻職人の話で、鰻に串を打つのに3年、捌くのに8年の修行を要し、焼きの技術は一生かかって習得するという。素人には計りがたい年月であり、これを一膳1000円前後で食することが許されるだろうかと考えてしまう。「由緒ある職人の手に為る貴重な鰻をまさに食べようとしているのだ」と思っていたが、グルメ業界を知悉する著者の見るところは違った。

鰻職人を目指す人はそんなに覚えが悪いということでしょうか。たった鰻一種の串打ちと捌きだけで人生の中で10年近くも費やしてしまったら、造り等の包丁仕事、お椀や炊き合わせの出汁を引く技術、鰻だけではなく鮎や他の魚を焼く技術など、覚えることが満載の和食は一生かかっても習得できないではありませんか。

他人の仕事を経験しない素人は内容が解らない。解らないまま蘊蓄を賜ると、そうかも知れないと思う。しかし、自分の仕事を考えてみると、器用不器用はあるものの一定の域に達するのに、それほど時間はかからない。才能ある後進を経験年数で威圧したり、客に勿体をつけることが多々ありはしないか。テレビの料理番組で厨房の様子が映し出され、レポーターは歯が浮くほどカリスマ料理人を讃える。料理人はもっともな料理哲学を披歴し、厨房の弟子たちに激しく罵声を浴びせ真剣勝負を演出する。これが現実だったらこんな料理人の弟子にはなりたくないし、客としても遠慮する。愉しみの料理が弟子や従業員の緊張と恐怖の上で成り立つとは思いたくない。

カリスマ料理人の周囲にはカリスマ農家、漁師、畜産家など匠の世界の人々が集う。努力や拘りを一蹴すつもりはないが、野菜畑の土を舐めてみせたり、特殊な肥料や水を用いたりして違いを際立たせる。そこから届くものは格別に手の込んだ食材であり、それを以て神の手による調理が施される。客は皇帝のごとく、最高の食材による最高の料理を堪能する。この旗振り役がテレビ、雑誌であり、カリスマ評論家であった。最近は冒頭で書いたようにネット上の飲食店評価サイトが人々の飲食店探しを手助けしている。またブログの存在も軽視できないものがある。もともと料理評論家やフードライターが書物や雑誌の延長ツールとしてネットを活用していたが、素人ブロガーの台頭で本職が仕事を奪われようとしている。ブログといえば、まともな情報の検索に支障をきたすほど氾濫し、写真付きで飲んだ食べたの垂れ流しだ。写真の料理はすでにトイレに流れ去ったであろうが、才知と表現力に優れたブログは高い訪問者数を記録し、それが店の客数に跳ねかえる。人気ブロガーには無償で飲ませ食わせて歓待する飲食店もあるという。となるとブロガーもマズイとは口が裂けても言わない。最近はツイター、フェイスブックなど短いつぶやきで影響の大きいものが出現した。扱い次第では金山を掘り当てるか破産するかの極端な結末さえ考えられる。

影響力があるとは言ってもしょせんは素人。ちょっと自尊心をくすぐってタダ飯振る舞えば懐柔できるだけに、料理評論家やフードライターを手なずけるより手間もお金もかかりません。

ネットの普及は以前と異なる価値観や文化を生み出している。ネットを利用するか否かで通常のメディアとは別の事実や評価を知ることが可能になり、今後新たな勢力の台頭を許すことだろう。客の顔色や些細なつぶやきをおもんぱかり、わがままと意見の判別ができずモンスターに足をすくわれる。本は飲食店に厳しい話ばかりであったが、客も無垢で無邪気な人ばかりではない。冒頭、「原発ムラ」を引き合いに以下のような記述がある。

電力会社を料理人や飲食店に、国民を一般客に、御用学者を手なずけられた料理評論家やフードライターに、原発メーカーを再開発ビルなどデヴェロッパーや内外装業者に、そしてマスコミを出版社に例えて戴ければ、「飲食店ムラ」の癒着構造がはっきり浮かび上がってくるはずであります。

3・11以降「原発の闇」が白日の下にさらされ、このように面白くも明快に説明する人を見受けるようになった。グルメは「ハレ」食で、日常の「ケ」の食と異なり栄養学だけで語ることはできないが、用いる食材については同じである。生産量より多く流通するブランド食材など考えると、ここにも食や産地の偽装が徘徊する。たぶんグルメはそれをも容認して食を愉しむのであろう。たとえ太鼓持ちやサクラに騙され高い料金を払っても、愉しい時間や満足を買ったと思えば惜しくはない。原発の例えはよく解るが、原発のように生命が危険にさらされる事はなく、怒らなければならない「やらせ」もあれば、笑って済ませられる「やらせ」もある。腹を空かせて、腹一杯食べる事を良しとしている私には関係のない事件であった。

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今月のコラムについて ..

過去のコラムは読書録として雑記箪笥又はサイト内のコラムやファイルとして保存しています。比較的新しい書物を取り上げるように心がけていますが、古い本や小論文も紹介します。読書ノートや書評と違い読んだ本を題材に、感じたこと、考えたこと、知りえたことを自分流に書き綴るものです。小さなクスリ屋の狭い書斎からの呟きに過ぎません。

 

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