【今月のコラム】
【葛】 |
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ウソが勝者となる時代 山崎雅弘 祥伝社 |
古今東西、人間社会にウソや詭弁はつきものだ。理性や良識を蹂躙し、正義は廃れる。怪物が顕著に姿を見せるのが、議論の府たる政治の場だ。政治ではウソが政策に反映し動き出すと実害が生じ、ときに国家間の争いにまで発展する。 1931年に勃発した満州事変は日本軍の「言いがかり」で始まった。関東軍の将校であった板垣征四郎大佐や石原莞爾中佐は1929年7/3から7/15にかけて満州を武力で制圧するため、満州の主な都市を旅した。名目は満州と対峙するソ連との戦争に備えた現地視察とされた。真の目的は満州攻略にあり、旅のあと野戦部隊を用いた実戦さながらの演習をおこなった。満蒙における占領地統治の策定も済ませ、これを基に軍事行動計画が練り上げられた。1931年6/27、満州の立ち入り禁止区域で地形調査をおこなっていた日本軍の中村震太郎大尉と部下が、中国軍によって殺害される事件が起こる。関東軍はこれを作戦発動の契機と捉え、板垣征四郎と石原莞爾が主導し軍事作戦の準備を整えた。事件から3か月後の9/18、奉天北東の柳条湖で南満州鉄道の線路が何者かに爆破された。関東軍は待っていたとばかりに「張学良軍の暴挙」と言いがかりをつけ、奉天城や満州南部の主要地点に戦闘部隊を送る。これが「満州事変」の始まりである。実際、爆破を実行したのは関東軍の独立守備隊に所属する河本末守中尉と部下数名であった。
日本陸軍の将校が自作自演であると説明しても、新聞記者たちはウソを承知で「暴戻なる志那人の仕業だ」と新聞に書き立てた。これを信じた日本国民は中国人への敵意を募らせ、関東軍の思惑通り満州への侵攻作戦を応援する方向へ誘導されていく。満州で関東軍が行った謀略は当時、国際社会から大きな批判を浴びており、国際連盟は調査団を送り各国の要人と面会し聞き取り調査をおこなった。中国の主要都市では日本軍への抗議集会が開かれ日本製品の不買運動や日系企業でのストライキが頻発した。非難をかわすため、関東軍の板垣征四郎大佐はさらに愚かな謀略をしかけた。上海公使官付の陸軍武官補だった田中隆吉少佐に金を渡し、現地の中国人を雇い、こともあろうに日本人の僧侶を襲わせ中国人への憎悪を煽った。
開戦事由の捏造を「偽旗作戦」といい、相手国への侵略戦争を支持する人々は、捏造を事実と主張し、疑問を抱く人を「国賊」と罵る。こんにち生成AIを用いた画像まで駆使するため真贋の区別が難しくなった。「ウソと言いがかりの帝王」と呼ばれるのがアメリカのトランプ大統領だ。出鱈目な狂人とも見える振舞もそれに徹すれば無敵である。小さな国や地方自治体、日本にもトランプもどきが存在する。オバマ元大統領は退任演説で「我々は次第に、事実に基づく意見に耳を傾ける代わりに、事実かどうかは関係なく、自分の意見に都合の良い情報だけを聞き、安心するようになっている」と言った。これに続いて大統領選に勝利したトランプは「私は神が創った"もっとも雇用を生む人間"になる」との演説を終え、直後の記者会見場では異様な光景が見られた。米国CNNの記者が「次期大統領、あなたは私たち報道機関を攻撃し...」と抗議すると、トランプはその記者を指さして「無礼だぞ!お前には質問させない!お前はインチキメディアだ!」と質問を無視して退場した。テレビに映るトランプ大統領はこういった粗暴で下品な発言が多く、知性や教養の片鱗が感じられない。選挙前、「戦争をしない大統領」との人物評を聞いて、しばし注目したがすぐに失望へと変わる。
安倍総理は「桜を見る会」の答弁において118回ものウソの答弁をした。「森友学園問題」では139回のウソ答弁をしている。他にもあるはずだ。稀代の嘘つきにも関わらず「ウソ言うわけないじゃないですか」、「ウソだったら総理も国会議員も辞める」とウソをウソで塗り重ねる発言もした。こんな特技で総理在位最長記録を打ち立てた。その弟子を自認する高市総理も、安倍氏をよく見習い、きっと最強で最長の政権を維持していくことだろう。アメリカでは多くの国民がトランプのウソに慣れてしまった。トランプのウソに国家が麻痺してはならないと、メディアはファクトチェックの論説記事をいくつも掲載した。ニューヨークタイムズ紙が列挙した記事によると、2017年1/21〜11/11の10か月間でトランプがついたウソの総数は180回あった。これらのウソと、ウソを根拠とした言いがかりで政敵や外国を攻撃し、自身の政治的利益を最大限に享受した。ワシントン・ポスト紙は1期目の4年間で計3万572件にのぼる虚偽または誤解を招く発言の検証記事を掲載した。日本人は西側からの情報でロシア、イランなどを悪の枢軸と刷り込まれているが、アメリカは紛れもない正義の国と言えるだろうか。民主主義で自由な世界を謳歌しているつもりが、民主主義はトランプ一人の暴走をも止められぬほど脆弱だ。トランプの振る舞いをみていると、民主主義は性善説に基ずく建付けで、悪党の跋扈はそれを根底から覆す。ファクトチェックでの多数のウソとそれを根拠とする言いがかりは、トランプという人物を構成する属性ともいえる。二期目の大統領選に敗れたとき、負けを認めず、暴徒と化した支持者は合衆国議事堂を一時的に占拠した。前代未聞のことだ。4年を経て米国民はふたたびトランプに政権を託し、ウソに磨きがかかった二期目がスタートする。アメリカのニュースは植民地日本へ怒涛の如く流れ込む。気の向くまま他国へ関税をかけ、戦争はしかける。誹謗中傷は日常茶飯事。地図上の地名まで変える。誰か諫めるものはいないのか。杞憂であればいいが、リセットとばかりに核兵器のボタンを押しはしないか危うい。
2025年、兵庫県知事パワハラ事件が報道され、さんざん騒がせた後の辞任、再選挙でふたたび知事の地位を得た。ここに立花孝志と広告会社の女社長が役者として加わる。立花は有権者を犬、猫、野菜と評し、「それでも1票だ」とウソと言いがかりで票を集めた。「私には投票しないでください」という意表を突く選挙戦で斎藤氏への投票を促した。常識を欠く執拗な攻撃で自殺者もでてしまった。立花のいう「犬、猫、野菜」の1票は大きなうねりとなり、斎藤氏は再選を果たした。常軌を逸した知事や市長、国会議員などしばしば報道されるが、彼らはおおよそ相手を敵と味方に区別し、敵とみるや攻撃する。人相も不思議と相通じるものがある。
斎藤知事応援団の声を聞いていると、目からウロコが落ち普通の報道で知り得たことと違い、「私たちはコトの真相を知っている」と優越に浸っているのかも知れない。群衆には宗教的感情が伴うという。教養のある人でも、群衆の一員となるだけで文明の段階をいくつも滑り落ちる。思考や行動が粗暴になり、倫理は廃れ社会にダメージを与えることがある。この心理機構を利用し指導者が大衆にアピールするときもっとも効果的なのが「断言」である。証拠や論拠は伴わなくてもよく、簡潔であればますます威力を放つ。何らかのきっかけで個人から群衆に加わった時、スポンジのようになった頭は「ウソや言いがかり」を疑うことなく吸収し、示された敵を攻撃する。今や世界中に「ウソと言いがかり」が蔓延り、正論や良識は踏みにじられ、野蛮で粗暴な時代になったように思う。社会の倫理基準が壊れ集団的な「言いがかり攻撃」により自死に追い込まれたり、選挙の公正さや結果が歪められる。
本や雑誌、新聞、テレビなど従来型メディアをオールドメディアと呼び、彼らも売り上げや視聴率を稼ぐため、良識や節度を逸脱した内容を盛り込むことがある。しかし、インターネットの世界は誰れ彼となく無数の人々が政治問題、社会問題、歴史問題など発信し、暴論や極論ほど注目を集め、投稿者には再生回数や閲覧回数に応じて広告料が分配される。広告料稼ぎの成功を「炎上」といい、多数の投稿であふれ長く続く。「言いがかり攻撃」は金になり、金になるためにはウソや暴論ほど耳目を集める。この事態をより深刻化させているのがウソに基づく言いがかり投稿をビジネスとして「下請け」に発注する事業者の存在だ。最近では高市総理がこの問題で追い詰められたが、逃げ切った。沖縄知事選では東京からの誹謗中傷投稿であふれ候補者を困らせた。 スポーツに見られるような勝利至上主義の風潮が勉強やビジネス、選挙へも影を落としているのではないか。第三委員会にパワハラを認定された兵庫県知事は選挙で返り咲き、何事もなかったように淡々と無意味な発言を繰り返す。とくに政治家についてはまともに司直の手が及ばず、選挙で復権すれば統一教会議員も裏金議員も五目飯のように政治のテーブルに顔を出す。「政治は国民を映す鏡」と言うが、政治もろとも国民も文明の段階をいくつも滑り落ちていく。 |