【今月のコラム】


【石 斛】

がん「エセ医療」の罠 岩澤倫彦 文藝春秋 

金融犯罪に「振り込め詐欺」があり、いくつかの類型が知られている。最初は息子を名乗る者に騙され、お金を振り込む。騙されない知恵がつくと、投資、架空請求、還付金、ロマンス詐欺、さらに警察や裁判所を名乗る者まで現れた。抗菌薬に対する耐性菌のように次々と新種・亜種が生まれる。新聞等で見る被害額は大きく、世には騙されるほど大金を蓄えた人が居るのだ。医療犯罪とは医療事故や医療過誤をいうが、それとは異なり医療の分野にも金融犯罪が蔓延る。「治る治る詐欺」とでもいうべきか、病気や死の恐怖を煽り、健康への願望に付け込む。

医療は不確実で予測がつかないため対価の妥当性が明瞭ではない。放置しても治ってしまう病気にフルコースの医療費をつぎ込む。治れば医療に感謝し費用も正当化されるが、受けた医療のために健康を損なうこともあり、予測はつかない。各種健康法や食品、代替医療の数々、また生命保険も医療に関わる脅迫ビジネスといえる。契約期間中に死んだり病気に罹らなければ意味がなく、そもそも貯蓄があれば不要だ。「治る治る詐欺」、「死ぬ死ぬ詐欺」などの商売は数多く見つかるが、医療で繰り広げられる詐欺は疑う前に救いを求め、「騙されている」ことすら気づかない。

とりわけ死亡率1位の悪性新生物(がん)には魑魅魍魎が跋扈する。医療の専門家たる医師でさえ、むしろ医師だから「エセ医療」に信念をかけるケースがある。そういった名医に遭遇すると幸運と不運の判断がつきにくい。

世界医師会によるヘルシンキ宣言では、「有効性が確認されていない治療は医療行為ではなく、研究として行わなければならない」としています。しかし、日本では有効性が確認されていない自由診療を行う医師が、誇大広告や虚偽広告によって患者を集めて多額の報酬を得ています。これは患者にとって有害な医療である、「エセ医療」と呼ぶべきでしょう。

国立がんセンターの統計では、日本人の生涯でがんと診断される確率は男性で65.5%、女性で51.2%である。がんに罹患するとほとんどの人は保険診療が受けられる医療機関で治療が始まる。「標準治療」といい、臨床試験で既存の治療より効果が高いことが証明された治療がおこなわれる。しかし、がんは発見された時期や臓器によって治療の経過が大きく異なり、「標準治療」が効かないケースや抗がん剤や手術の苦痛で治療の継続に迷いが生じる。そこに保険診療では採用されない自由診療をおこなう医師が触手を伸ばす。

保険診療が、有効性のEvidenceを厳しく審査され承認されるのに対して、自由診療の治療法には何も審査がなく、医師の裁量に委ねられている。だから、がんに効かないことがすでに判明した、昔の免疫細胞療法をあたかも「最先端のがん治療」と称して、患者から高額な費用を取ることさえ可能なのだ。

自由診療は医療保険が利かず費用全額が患者の負担だ。高額な治療費には躊躇するが、命に代えられないと費用を捻出し、生活には厳しさが増す。患者は優れた治療ほど費用がかかると思い込み、騙す側は巧妙な広告や劇的に治った体験談などを流布する。免疫チェックポイント阻害薬「オブジーボ」の開発で本庶佑氏がノーベル賞を得たことで自由診療の免疫細胞療法が広がりを見せた。光免疫療法、高濃度ビタミンC点滴、オゾン療法など、免疫とさえ言えば最新の医療と錯覚する人が多い。エセ医療と知りながら金儲けのためにやる専門家もいれば、真剣に取り組んでいる人もいて厄介だ。2014年、安倍政権の下で、再生医療を成長戦略のひとつに掲げ再生医療等安全法が成立した。これにより有効性が確立していない免疫細胞療法を患者が高額な費用を負担しておこなうことが可能になった。エセ医療を国が公認した「天下の悪法」といわれるが、自由診療すべてが悪ということではない。

大腸がんの症状や検査、余命に関して解説がされているのだが、読み進めていくと「遺伝子治療でガンに挑む」という記載と「詳しくはコチラ」というボタンが現れる。これをクリックすると、自由診療の「がん遺伝子治療」を紹介するページに飛ぶ。そこには、無料電話相談の番号が表示されており、相談件数は5000件を突破したとある。

わらをも掴む思いでネット検索し、わらともわからず掴む。クリニックの院長は華々しい経歴を掲げ、臨床研究で有効性が証明されていない免疫細胞療法へと誘導する。そもそも一般のがん診療では「がん遺伝子治療」などおこなわれない。免疫チェックポイント阻害薬の「免疫」という語句が一人歩きして生まれたものだ。あるクリニックでは、がん遺伝子治療の費用は1クール(6回)で約132〜172万円で再発・転移、がんの大きさ、ステージを問わず予防にも有効と謳う。クリニックへ行くと高級な調度品で統一された高級サロンのたたずまいで、見たことのないような器具がならぶ。外観や室内の雰囲気から普通の医療機関と異なる。

免疫療法にはがん細胞を殺すというNK(ナチュラルキラー)細胞を用いるANK療法がある。美容整形医の高須克也、ボクシング元チャンピオン竹原慎二ら著名人が治療に取り入れたと話題にもなった。治療はまず1クール分、約400万円を前払いし、患者自身の血液から「リンパ球」だけを分離・採集する。それを京都の細胞培養センターへ運び2〜4週間かけてNK細胞だけを活性化・増殖させたものを点滴で週2回、6週連続で12回投与するという。

巷の免疫療法は、ほとんどいい加減なんです。標準治療の先生に免疫療法というと、「バカ!」って言われる。実際間違っているから。樹状細胞療法をあちこちでやっておられるけど、我々は理解できない。科学的には意味のないことをやっている。イメージだけ。これに引っかかっちゃいけないです。がんワクチンも一切効果がない。にもかかわらず、がんワクチンという作り話が蔓延している。

このクリニックは多額の治療費を巻き上げて成果をあげられず倒産したが、院長に改めてANK療法について聞いたところ、「末期がんはね、何やったって治るわけがない。末期がんが治る治療なんてないですよ、世の中に」、という。人の不幸につけ込む「治る治る詐欺」そのものだ。診療行為における選択や判断は、裁量権として医師に任せられ、医療裁判でも医療の専門性は尊重される。性善説に則れば、これは尤もなことだが、世は善人だけで動いていない。医学に精通した聡明な医師でさえ免疫療法や代替医療にハマり、自由診療へと踏み出す。本書では他にも「光免疫療法」、「HITV療法」、「高濃度ビタミンC点滴療法」、「水素吸入療法」、「オゾン療法」などをあげている。

自由診療の免疫細胞療法で、有効性が科学的に証明されたものは一つも存在しない。現代科学で有効性(Evidence)を証明する方法は、第三者が検証できるランダム化比較試験(RCT)が基本だ。「この患者が効いた」という体験談は、Evidenceとは言わない。

とはいえ、体験談がもっとも説得力があり、誘惑に駆られる。免疫療法は漢方薬やサプリメント、気功、食養、器具器械などと併用させることが多く、費用は数十〜数百万円、それ以上になることがある。通常医療ほどの費用負担で済むならまだしも、費用が高額であればエセ医療と断定してもいい。しかし、通常医療にも問題があるからエセ医療が絶えないのだ。がんの三大療法といわれる薬物・手術・放射線はいずれも侵襲性が高く、治療による健康被害や死をもたらす。治療や手術さえ受けなければもっと長く安らかに生を全うできたという話はしばしば耳にする。がん治療の4番目として放置療法の提案がある。通常医療側はつまらぬ療法に関わると有効な治療の機会を損失するというが、逆に通常医療と関わらなかったため苦痛や危険を回避する利得がある。

通常医療が最善な医療を提供していると考えるのは倨傲だ。暴利を得るための自由診療は論外として、気功や食養、薬草は高額な費用が掛かるものではなく、4番目の放置療法のアイテムとしても優れる。費用の経済性はエセ医療や危険医療回避の重要な属性だ。振り込め詐欺もロマンス詐欺も、元々出すお金がなければ、騙されることはない。治る治る詐欺も、あるいは薬店や広告の高額品も金がなければ買うこともなく、エセ医療の罠に嵌ることもない。通常医療側は胸を張って正義や正当性を主張できるだろうか。通常医療でevidenceを欠く治療が、どれほどはびこっているかわかるはずだ。evidenceと医療保険を隠れ蓑にした実験や実習もあり、医療事故や不正請求も絶えることがない。エセ医療とまでは言わないが、罠は通常医療にも仕組まれている。

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