【今月のコラム】


【グアバ】

発達障害グレーゾーン 姫野 桂 扶桑社新書

ストレスとかトラウマと呼んでいたものがPTSDやASDに細分化され、さらに複雑化するとC-PTSDというらしい。今後、益々の研究と分類が加速するであろう。2000年頃だろうか、ADHD(注意欠陥・多動性障害)という用語が聞かれるようになった。それまで「落ち着きがない」と言っていた小児や学童をADHDの用語で分類し、日本語に訳すると「障害」が付き、あたかも病気のように扱う。昔は個性とされ、時々怒られ漢字の書き取りなどで済んでいた。いつのまにかASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)まで仕分けが進んだ。ASDとはコミニュケーション方法が独特だったり、特定分野へのこだわりが強く、LDとは知的発達に遅れがないにも関わらず、読み書きや計算が困難なものをいう。これらのうち、ひとつだけが当てはまる人はほとんどおらず、障害の程度や出方は様々で、ADHDとASDを併存、または全種類を併せ持つ場合もある。心理学の発展とともにすべての人々が何らかの障害に分類される日は近い。

そもそも発達障害とは、生まれつきの脳の特性で、できることとできないことの能力に差が生じ、日常生活や仕事に困難をきたす障害だ。

この定義ではもはや個性という概念はなく、障害として扱い、成長途上の子供のことと思っていたが、いまは成人にまで領域が広がった。2桁の以上の繰り上がり、繰り下がり暗算ができず、不注意傾向が強く、急な仕事が入ると、極度な緊張に襲われるなどの特徴から、著者自身も発達障害だと言う。これで診断するなら、私も発達障害の資格充分だ。著者はLDが強く、ADHDとASDの傾向があると指摘されているらしい。しかし、これだけに留まらず、発達障害グレーゾーンというカテゴリーまで設ける。まさに本のタイトルだ。そしてこのグレーゾーンのほうが、発達障害と診断されるクロより潜在的に多いとされる。「潜在的」との表現は曖昧ではあるが主張を補強するに格好の用語だ。

昨今「大人の発達障害」という言葉を耳にすることが増えたが、これは「大人になるまで見すごされていた障害」というほうが正しい。子どもの頃は少し多動気味だったり、不注意があったりしても、それが「子供らしさ」として見落とされているケースが多いからだ。また、そそっかしい子だったり、すべての鉄道の種類を覚えているようなこだわりがある場合も、周りはそれを個性と捉えて障害だと思わないこともある。

息子や孫が電車や昆虫や魚の名前とともに特徴を仔細に語り、楽しそうに図鑑をめくる。これは一般に「利発・聡明」と、もてはやすものだ。私の息子も電車の部分を見たただけで名前とどこを走っているのか言い当てた。著者によれば生まれつき脳の機能に問題があったのかも知れない。現在、その片鱗すら覗うことのできない凡人に成長した。今でも心配すべきことだろうか。

学生の頃は少し変わっていても気の合う人とだけ付き合っておけばいいが、社会に出るとそうはいかない。職場で整理整頓ができない、仕事の優先順位がわからず、仕事を先延ばしする、時間の観念に疎く遅刻常習、能力的に会議についていけない、職場の雑談に入っていけず孤立する..など長じてからの傾向を指摘し、本を読みすすむと私も発達障害かグレーゾーンの可能性がなきにしもあらず。仕事の優先順位は解る、仕事場の整理整頓も良し、時間には正確だ。しかし、会議や雑談は苦痛だ。幸い自営業なので会議から解放され、職場の雑談からも免がれ、悠々自適を謳歌している。「発達障害は薬の服用や、福祉制度の利用、日々のちょっとした工夫により、困りごとを減らすことができるので、極度に悩む必要はない」と著者は書いているが、発達障害が免罪符となり悠々自適が許されるならこのままでいい。

「いっそのこと、発達障害の診断がおりてしまえば『障害のせいで、できないんだ』と、ある意味開き直れて楽になる」と、発言した男性がいた。

仮病で学校を休むのに似て、回りくどく理由を並べるより「体調が悪い」といえば、どう思われるかは別にして周囲はそれ以上多くを要求しない。悩みや不安がカウンセラーで留まらず医師の手に移ると、うつ病や双極性障害、適応障害、睡眠障害、自律神経失調症など病名を貰い薬物治療が始まる。薬の数も量も尋常ならざる域に達する恐れがある。別の視点で見ると、1998年に173億円だった抗うつ剤の売り上げは翌年から急速に増え2008年に1000億円を突破した。これにうつ病の患者数を重ねてみると1999年は44万1000人、2008年に100万人を超えた。自殺者は1997年まで約2〜2万5000人で推移していたが、1998年に3万2863人といっきに跳ね上がった。皮肉なことに自殺者の54%が精神科や心療内科に相談していたという。製薬会社の営業戦略のひとつに患者団体への巧みな支援がある。数字が知らしむるものは患者が増えたため薬が売れたのか、薬が売れたため患者が増えたのか、いうに及ばず。

人付き合いが不得手、不注意で失敗、暗算苦手などありふれた日常生活であり、相性の良くない人との会話は続かない。個性と個性が織りなす人間世のストレスや悩みを障害や病気に結びつける試みは誰のためか。以前のコラムで、「心を商品化する社会」という心理療法家の本を取り上げた。いままでなかった職業が生まれ、また病気が生まれると周辺がにわかに忙しくなり、専門家は居場所を確保しようとする。

著者は「OMgray」という悩める人々の支援事務局を運営し、紙数を割いて茶話会やインタビュー記事などを綴っている。タイトルに惹かれて手にしたが、軽い本でパンフレットの体たらくであった。あなたの悩みは障害によるもので放っておくと大変だ。意識しないうちに脳が侵されていく、診断が明確でないグレーゾンもあるので注意せよ。火に油を注ぐように話が炎上していく。

グレーゾンの人々を「グレさん」と愛称で呼び、もともと人付き合いが苦手の「グレさん」を集めて会を運営する。運営の資金はどうやって捻出するのか、どこかに製薬会社の印刷物や業界の支援はないのか。患者団体を利用して売り上げを伸ばす製薬会社の営業戦略への警戒も怠ってはならない。グレーゾンの概念は発達障害が初めてではなく、高血圧薬や高脂血症薬を売るため、かつて高血圧予備軍、メタボ予備軍の用語を生みだし薬の売りあげが飛躍的に伸びた。いまや発達障害のバブル状態ではあるが、実際は用語のひとり歩きで誰のためかは疑問だ。茶話会や患者レポートは希望をもたらすよう仕上がっている。親切なよびかけに魅かれもともと人付き合いの苦手な人々が集まり付き合いが始まる。

最後に一つ、数字を伝えておきたい。日本の精神科病棟数は35万床あり、これは全世界の病棟数の1/5を占める。先進国の精神科病棟数は減少傾向にあるが、日本は年々増加が続いている。

 

 
 

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