【今月のコラム】


【クチナシ】

地図から消される街 青木美希 講談社現代新書 

福島第一原発事故から7年間、著者は事故を追い続けている。報道は少なくなったが事故は終わらない。今も原子力緊急事態宣言発令中で解除はされていない。国民に知られないように国は努めて平常を演出し復興を叫ぶ。事故直後、避難者は憐れみを向けられ、次に偏見、差別、そしていまや、もっとも恐ろしい無関心がはびこる。著者はゼンリンの住宅地図を手に浪江町の中心街を歩く、地図は2010年以降は作られておらず、今後作る予定もないという。2010年の地図を見ると中心街は金融機関が並び、美容院や喫茶店、商店など約60店舗がひしめいているが、いまは建物が傾いたり、壁が倒れた廃屋が並ぶ。看板の文字はもう読み取れないものもある。

中心街の名前すら、現地ではもうわからない。近所の人の消息が4年もわからない。街が名前をなくす現実を目の当たりにした。

震災だけなら、復興は着々と進むはずだった。原発事故でまき散らされる放射性物質のために故郷を追われ、もうそこへは戻れない。被災者は知人の訃報に触れ悔しさを吐露する、「先の見通しがつかないから死ぬんだ。もっと自殺者が出るぞ」。自殺や体調を崩して亡くなる人が続出した。「放射性物質さえ取り除けば」、早く故郷に帰りたいと思う人々の除染に対する期待は大きい。汚染は広大過ぎて山奥まで分け入って除染するわけにはいかない。住宅の屋根でさえ拭き取っても線量は下がらない。まともにやっていたら家一軒に3日はかかる。夕方住民が居なくなったとき、高圧洗浄機でいっきに流す。流した放射性物質は地面や排水溝へ移行するだけで回収はしない。除染ではなく移染だという、除染範囲外に投げるように指示される。作業員は労賃を搾取されたうえ被曝にもさらされ、その実、除染は果たせない。

除染現場の路面に線量計を近づけると1.4〜1.8μSv/hで揺れ動く、流れる濁った水は最大2.9μSv/hまで跳ね上がる。より多くの放射性物質が枝葉に付着し、これが岩に溜ったままになっている。

線量が各自治体や議会が求めた年1mSvまで下がっていない場所が多い。除染を行った場所も限られている。線量の高い山は除染しておらず、放射性物質が山から流れてきて再び線量が上がる住宅地もある。家の中も除染対象外だ。それに加え、除染がきちんと行われていない事例がまだ出てきている。いまなお、これが現実なのだ。

福島の農水産物を見かけると、心優しい人々は復興支援の絆をつなぐ。基本の除染でさえ現状は杜撰だ。食品は原発事故前の基準に比べ100倍も緩められており、その基準さえクリアできないものがある。シンチレーション検査に1検体、通常1〜2時間かかり、検査機関に委託すれば3〜5日間の日数を要する。それをわずか10秒ていどのスキャンで通しているという。不合格であれば薄め、あるいはクリアできる別の検体を探す。除染の誤魔化しと同じことがここでもおこなわれる。国会は空前絶後の公文書の改ざんや隠蔽で揺れているが、統計の数値や内閣支持率、国政選挙の5戦5勝も本当なのか。

報道にあがってこない汚染や健康被害は福島だけではない。中国産といえば農薬汚染で嫌われるが、その中国が東北・関東10県の食品輸入を禁止している。少し考えればわかることだが相変わらず国産を信仰し、中国産を排除する消費者は多い。健康を考えて食物を選ぶ人を指さし、風評被害だという。空前絶後の改ざん・隠蔽といったが、政治家や官僚にとって都合の悪いことは今までも隠されてきた。いまの政権が粗暴で幼稚すぎてバレたのであって、彼らが明敏でなかったことは救いだ。

コメに基準超の汚染が発見された場所は、人々が現に暮らしている地域を含んでいる。第一原発構内に入る自分たちも知らなかったくらいだから、住民にはまったく知らされていないだろう。飛散を知らずに放射線の粉塵を吸ったかも知れない。公表すると、「今でも危ないんじゃないか」と大騒動になるうえに、帰還する人がいなくなるから、国がうやむやにしているんだろうな..

説明会で「セシウムは今日も飛散しているんですか」という出席者の質問に東電社員は、「通常時において、1時間に1000万ベクレルは出ていると報告させていただいています」と答えた。風評の欠片もない正真正銘の実害ではないか。一般に向かっては風評といい、健康を考え食材を選ぶ人々を「放射脳」と揶揄する。

いま進行し、これから起るであろう健康被害は放射性物質を抜きにしては考えられない。しかし原因不明、因果関係ナシと事故をなかったことにする動きが加速する。事故当初「4兆ベクレル」とされた放射性物質の放出量は計算し直すたびに値が小さくなり、最終的には1/36にまで減った。なかったことにしたい理由は唖然とするものだ。避難指示解除をすすめ、賠償を打ち切り、東電を守るためだという。2011年福島の事故を見ていちはやく脱原発に向かったドイツは、再生可能エネルギーの比率が3割を超え、あと4年で原発の全廃を達成する。同じく福島の事故を見た台湾も2025年までに原発全廃を決めた。地震が頻発し、ひたひたと迫る不安のなか、自民党の議員連盟は先月以下の要請をおこなった。

自民党の電力安定供給推進議員連盟の細田博之会長らは20日、世耕弘成経済産業相と経産省で会談し、原発の早期再稼働を要請する提言を手渡した。提言は、政府が7月に閣議決定する予定のエネルギー基本計画について「原発を主力電源とする位置付けを明確化する」ことなどを求める内容。細田氏は会談で2011年3月の東京電力福島第1原発事故後、原発の再稼働が進まず、立地自治体の雇用、経済に影響が出ていると指摘。「政府は(再稼働に向けた審査と地元支援措置を)スピードアップしていただきたい」と要望した。世耕氏は「安全が大前提だが、必要な対応を着実に進める」と語った。(2018/06/20)

放射性物質の放出は間違いのない実害だ。これに注意を払う人々はダメージの大きい子供を守るため夫婦分かれても避難の方法を選ぶ。福島どころか都内を離れる人々さえいる。絶対の安全が失われたいま、福島に限らず原発の立地地域の農水産物や居住に注意を払い、全国展開するファミレス、居酒屋、食品スーパーを避け比較的安全な食を選ぶ。しかし、個人の安全対策には限度がある。本来、やるべき対策を国や電力会社が怠るがため国民に降りかかってくる。著者は避難した人々や子供たちへの「いじめ」について、1章を割いて切々と訴える。原発事故は、新たないじめのカテゴリーを生み出しているという。都内でいじめに遭った自主避難者の少年の話だ。

「学校でいじめられるのも、『将来、病気になるかも...』と不安に思いながら生きるのも、家族が離れ離れになるのも、僕たち子どもです。僕たちは大人の出した汚染物質とともに生きることになる。

サッカー、野球、政治スキャンダル、悲惨な事件が報道され、これらは原発事故の現状を忘れさせるのに十分な役割を果たす。しかし、片時も絶対に忘れないたくさんの人々もいる。国や電力会社は対策や責任をとらず、なかったことにしようとする。ずっと福島第一原発で技術系の仕事を担っている男性はいう。がれきは取り除かれ外観は整っているが、外から見えないところが問題だ。通常の廃炉作業でも30年かかるが、燃料を取り出す方法もわからない福島第一原発の廃炉作業は30〜40年どころか何年も続くだろう。

政府は原発の数キロ近くまで住民の帰還政策を進めているが、現場の一人として言いたい。「まだダメだ。帰るんじゃない」

地図から消される街は、子供の喧噪も、喜怒哀楽も人々の営みもすべてが消される街なのだ。

 

 
 

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