【今月のコラム】


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南海トラフ地震の真実 小沢慧一 東京新聞

不安かつ不穏なアラームが流れ、そのたび、「すわ、南海トラフか?」と身構えるが、確率70〜80%とされる割には、発生するのは他の地域の地震ばかりだ。著者は中日新聞の記者で、2020年に連載された記事、「南海トラフ80%の内幕」で科学ジャーナリスト賞を受賞し、2023年に本書で第71回菊池寛賞を受賞した。

南海トラフ地震の確率だけ「えこひいき」されていて、水増しがされています。そこには裏の意図が隠れているんです。

2018年2月9日地震調査委員会は南海トラフ地震が30年以内に発生する確率を70%程度から70〜80%に変更した。著者は東海地方に大地震が迫っているとの危機感を抱き、南海トラフの発生確率の検討に関わった名古屋大学の鷺谷威教授に連絡を取る。冒頭の引用はそのときの教授のコメントだ。教授は「個人的にはミスリーディングだと思っている」といった。80%という数字を出せば、次に来る大地震は南海トラフと考え防災対策もそこに絞られるが、実際の危険度は数値どうりではなく不安を煽るだけだ。それなら、なぜ検討会で意見しなかったのか?

予測の数値を出す方法が南海トラフだけ違い、「科学的に信頼できない」と地震学者たちはいう。他の地域と同じ方法で出すと確率は20%程度だ。地震学者の矜持を打ち砕く確率はどのように決めたのか。地震学者たちが出した確率をそのまま発表する事を防災対策の政府検討委員会の上層部に伝えると大反対が巻き起こる。裏の面倒な事情で地震学者たちへ圧力がかかった。

南海トラフとは静岡県の駿河湾から遠州灘、熊野灘、紀伊半島南海域から土佐湾を経て宮崎県日向灘沖まで続く海底の溝をいい、海側のプレートと陸側のプレートの下に沈み込むことで地震が発生する。おおよそ100〜150年周期で起こるとされ、歴史を根拠の「単純平均モデル」という地震予知だ。30年確率と呼ばれるものは現在、114の主要活断層や6地域の海溝型地震などの予測を発表している。文部科学大臣を本部長とする地震本部は地震学者からなる地震調査委員会と研究予算の担当者や防災学者からなる政策委員会で構成され、調査委員会が政策委員会へ意見を諮る仕組みだ。地震調査委員会の下部組織に長期評価部会があり、ここで長期評価の検討を行う。

東日本大震災後、2013年5月発表の南海トラフ地震発生確率60〜70%は現在最新のものだ。地震は陸側と海側のプレートの歪で起こり、発生後、次の地震までの時間と隆起量は比例するとされている。「時間予測モデル」といわれ、隆起量と過去の地震発生のデータもほぼ一致し、一旦は多くの研究者を納得させた。従来の「単純平均モデル」では過去に起った地震の発生間隔の平均から確率を割り出している。「時間予測モデル」のほうが「単純平均モデル」より精度は高いと思われたが、2013年、地震学者から「時間予測モデル」に異論が続出した。室津港1か所の隆起量の数値だけで、静岡から九州沖にも及ぶ南海トラフ地震の予測が可能かどうか、またデータが宝永地震と安政地震、昭和南海地震の3つだけで十分か。疑問を残したまま現在もこのデータが使われている。

海溝型分科会では、もうこのモデルを使うのはやめて、確率が20%程度に下がっても単純平均モデルを使いましょうと、一度は意見がまとまりました。すると、普段は長期評価に関わらない政策委員に意見が諮られて「確率を下げることはけしからん」と言われたんです。

精度が高いと思われたはずの「時間予測モデル」の信頼度が揺らぎ、「単純平均モデル」に戻すことが一度はまとまるが、単純平均モデルでは地震発生の確率が下がってしまう。政策委員会は南海トラフ地震の発生が切迫していることを根拠に防災対策を進めてきた。いまさら確率を下げるなど認めるわけにはいかない。科学に反するにも関わらず、最終的に学者たちは譲歩した。せめて単純平均モデルと時間予測モデルの両論併記で報告書を出そうと抵抗するが、政策委員会が強く拒否した。発生確率を高く設定する方が注意喚起になるとの考えもあるが、現実は発生確率の低いとされるところで地震が起きている。日本はどこでも地震の起こる可能性があり、各地で防災の準備は必要だが、高い確率を適用した南海トラフの対策予算だけが突出していく。

南海トラフで危機が迫っているというと、予算を取りやすい環境でもあったんです。私は当時、内陸活断層の研究をしたいと思っていましたが、その研究をするための観測網がなかったので、国からの研究費のサポートがほしかった。そのために講演会などがあると、時間予測モデルを使って次の地震は2034年だと導き出し、「地震は近いですよ」と危険性を訴えていました。

地震の研究や対策の予算を貰うため、高い発生確率を維持しないと優先順位が下げられる。南海トラフの危機を煽る地震学者の談話が出されると、一般は地震予知が可能かのような錯覚を起こす。地震の前兆現象は1万件以上もあり、発生するという再現性や因果関係が証明されたものはひとつもない。田中真紀子さんが科学技術庁長官のとき「地震予知に予算をかけるくらいなら、元気のいいナマズでも飼っていた方がいい」と発言した。実際、東京都水産試験場が約16年ほどナマズの観察研究をおこなったが地震との明確な関連性は得られずに終わった。予知が可能という学者は「詐欺師かオカルト」だと評される。現状は起こる数秒前に不気味な警報音が響き、身構える間もなく揺れる。これが予算をつぎ込んだ研究と対策の成果なのかも知れない。

中央防災会議の作業部会は2013年に南海トラフ地震について「地震の発生時期等を確度高く予測することは、一般的に困難である」とする報告書をまとめ、さらに4年後の2017年には「確度の高い地震の予測はできない」と、「困難」から「できない」に改める報告書を発表した。

この時点で政府は予知を前提とした地震防災対策を正式に断念した。中央防災会議は大震法の抜本的見直しの検討に入り、2018年に東海地震の予知情報を実質的に廃止し、震源域で異常現象を観測すれば「臨時情報」を発表するという。精度の高い予知をうたわないことで地震研究者の「責任を問わない仕組み」を作り、大震法そのものは残した。議員立法である大震法を廃案にすると紛糾し、当時の立案者が居ないため現在の担当者や参事官が矢面に立たされるのを避けるためだ。そのうえ大震法を残すことで、各省庁はいつまでも予算と人員を確保し、国の委員となった学者は予算配分の影響力を保持する。

こうした仕組みが残ったことで、多くの人は南海トラフ地震が起きる前には何らかの情報が出ると勘違いを続けているのではないでしょうか。これで、各防災機関や有力な研究者が既得権益を尊重しあうムラ構造は温存されました。

数十年から数百年ごとに起る海溝型地震と数千年、数万年単位で起こる内陸の活断層地震を「30年」という短い期間で予測する。当初の長期評価は「今後数百年以内に地震が発生する可能性が高い」という曖昧な表現をとった。30年というのは人生70〜90年の生涯で実感できる、ほど良い年数であるが地震学的な意味はない。しかし対策をとる自治体と数字については大きな齟齬が生じる。2016年の熊本地震では布田川断層帯の長期評価による発生率は0〜0.9%で、地震本部は「やや高い」に分類される活断層だった。南海トラフ地震のように80%と言われたら、逼迫感が全然違う。

天気予報の降水確率は外れても雨に濡れるくらいで済むが、地震の被害は甚大で発生確率の値に関わらず備えは必要だ。そもそも確率で地震の危険性を伝えるのは問題がある。南海トラフ地震の発生確率の提言が国策に迎合するものであれば、科学の体制化であり御用学者と言われても仕方がない。学者間の仲間意識が「ムラ」化するとお互いの利権を尊重する文化が生まれる。南海トラフ地震の被害想定額については「盛りすぎ」と思える数字が出された。2012年、中央防災会議は南海トラフ地震が起こると最悪の場合死者・行方不明者が32万3000人に及ぶと推計し、2013年には経済被害が220兆円を超えると発表した。2003年に出したM8.7の東海・東南海・南海の3連動地震では最大死者数を2万5000人と推計している。わずか10年で死者数が13倍に水増しされた。

私は「南海トラフ地震は来ない」とか「備えは必要ない」というつもりは全くない。最短で90年で再来した南海トラフ地震。間もなく、前回の地震から80年を迎える。本当にこの間隔で起こるかはわからないが、やはり不安だ。

終章に著者の偽らざる思いが述べられている。地震が起これば被害は甚大で多くの人命が失われる。専門家の呼びかけも、地震に対する準備もするに越したことはない。世界で起こるM6.0以上の大地震の20%は日本で発生するため、地震を前提とした対策のコストは必要だ。政治的要素が入ってしまった30年確率は正しい科学的成果とは言えない。しかし、これまでの報道で南海トラフ地震が差し迫っていると思い込んでいる人は多く、南海トラフの発生確率を高くしたことで他地域に油断が生まれているかも知れない。緊急地震速報が出るたびに場所を確認すると、南海トラフ以外の地域だ。

発生確率が高まることに最も慎重にならざるを得ないのが原子力発電所だ。世界の大地震の20%が日本で発生しており、解体中も含め日本列島隈なく60もの原発や核施設が点在する。電力会社は地震の発生確率を正しく認識しているのか。中部電力は浜岡原発を再稼働させたいばかりに地震データを意図的に小さく評価し、「原発を動かす資格なし」とまで酷評を浴びた。他にも首都直下地震、富士山大噴火などいくつものクライシスが取り沙汰される。電力会社はこれらを軽く見積もり、己の利益に突き進む。JR東海のリニア新幹線工事に至っては地震を都合よく解釈し突き進む。おそらく、工事そのものが目的なのだ。地震ムラや原発ムラ、鉄道ムラなど、己の欲望のまま勝手に動く。細木数子に言わせると、「地獄に堕ちるわよ」。

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