【読書録(23)】-2026-
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2022年末の改定安保三文書の決定を受け、タモリはテレビの徹子部屋で「新しい戦前」と言った。このことばが、最近頻繁に聞かれるようになった。先駆けること2015年、安倍政権は憲法学者らの「違憲立法」との批判を黙殺し集団的自衛権の行使を認める安保法制を成立させ、武器輸出も緩和した。その後の岸田政権では殺傷兵器である次期戦闘機の輸出解禁へ踏み込んだ。2026年、年明けの不意打ち解散で空前の巨大議席を得た高市政権はタモリの発言を彷彿させる動きを見せ、リベラル派の心胆を寒からしめている。戦争反対を党是としている共産党・社民党・れいわは壊滅状態で10人にも満たぬ議席数になった。「日本を強く豊かに」とアスリートのような威勢で語る首相は爽やかさと希望をふりまき、支持率も高い。野党が批判すると「悪口ばかり」、「対案を出せ」、「馬鹿!」とまで罵る人々もいる。一党に巨大な議席数を負託することは独裁国家へ導く恐れがあり、避けるべき投票行動であった。すでに始まった独裁・形骸化した国会は見ての通りだ。
この50年間と江戸時代の270年間の非軍事意識や戦後80年をどのように見つめるかが、日本人の歴史観の特徴になる。徳川の武家政治に代わった明治政府は自らの正当化に、古事記や日本書紀を前面に持ち出し天皇の権威と権力を高めた。日本は天皇を中心とする国家を天皇が作り、支配し人民を動かしてきたという皇国史観であり、これが昭和20年(1945年)8月まで続いた。皇国史観とは日本独自のもので経済学の唯物史観とはまったく異なる。戦争に負けたことで皇国史観も帝国憲法も否定された。これにとって代わったのがアメリカ流の民主主義で現在までの日本国民の歴史の見方になった。アメリカの文化や価値観が怒涛のごとく押し寄せるが、天皇を敬う思いは完全に失せたわけではなく、教育勅語や大日本帝国憲法を復活させようという人々も勢力を温存する。戦争の反省から昭和の後期には左翼的な歴史観が教育やマスコミを席捲した。リベラルの誕生と多様化が始まる。左翼系の大学教授たちは、江戸時代の封建制の下で農民は生きるか死ぬかの苦しい生活をしていたという。しかし、過酷な面はあっても対外戦争が一切なく、生まれてから死ぬまで共同体の中で普通に暮らしていける社会文化は稀有なものだ。アカデミズムの側は歴史を調べるジャーナリズムに対して「歴史観もないのにあれこれ言うな」と軽侮する。
ジャーナリズムの側からみると学者は史料でしか歴史を書かない。史料として形で残ったものだけではなく、現代史は資料として証言者がたくさん存命している。著者は「記憶を父として、記録を母として」、あの戦争について何千人もの声を聞いてきた。生の声を聞いていると、その声が目前にいる一人ではなく何人もの声を代表し、死者の声までも聞こえてくる。元兵士は自分のことを語りつつ、所属した部隊、戦友などの戦争体験を胸の内で消化し、複数の声が入り込む。生者は死者であり、死者は生者であり真剣に話を聞けば死者のことばが必ず入ってくる。しかし、その時その後の記憶が曖昧で、後から起きたことを前に重ねたり嘘をついたりする人が1割ほどいた。
満州事変(1931年)から太平洋戦争終結(1945年)までの15年戦争について、様々な認識や呼称はあるが、この三つがどの立場も認めざるえない骨格である。中国侵略を辛亥革命にさかのぼって考えると、中国の混乱状態のなかで、日本に二つの勢力が台頭した。人道的立場から支援する者と資金的・軍事的援助をすることで中国での権益を拡大しようとする者。日本の軍人から見ると中国の国家は混乱していても広大な土地と人間を抱え経済市場としての価値は巨大であった。やがて西洋文明の覇者たるアメリカとの戦争を予想し、日本は満州を後方の兵站基地にしておく必要があった。当時、中国では毛沢東の共産党派と蒋介石の国民党派が対立し、いずれも日本の軍国主義という巨大敵を作ることで国家統一を図る戦略があった。日本は中国への侵略を明確な国策や国家意思として持っていたのではなく、その時々の事態の推移に沿って目先の選択をした結果、「侵略」してしまった。国家統一を図るため共通敵を必要とした中国の戦略に優柔不断な日本は組み込まれていく。
著者はイギリスの歴史研究者に「日本の軍国主義は恐るべきほどに拙劣で幼い。それは、歴史を見れば誰の目にも明らかです」と言われた。中国進出では日本に先んじていた帝国主義国家イギリスが、なぜ植民地として支配しなかったのか。イギリスは冷徹な原価計算をおこない中国の奥地まで軍隊を送り、何十万人もの兵隊を駐留させ支配するコストに見合う利益があるかを考えた。その結果、天津、上海など要衝の地に租界を作り、イギリスの法律で支配することを選んだ。イギリスは有史以来の中国の戦争をすべて調べ、中国がおこなった戦時の残酷さが極致に達していたことを知った。彼らが敵兵や捕虜に対してどんな仕打ちをするか歴史が物語る。三国志に見るような智略、陰謀や凄惨な殺戮や死体をも切り刻む残虐は騎士道精神のイギリスを脅かした。膨大な人と広大な面積を擁する中国の奥地へ入るなどありえなかった。南京へ侵攻した元日本軍人の証言によると、20〜30人の作戦部隊を送り、捕らえられるとほとんどが殺される。その後、両腕、両足が切られダルマのような死体を20〜30m間隔で道端に並べ、中には死体から切り取った性器が口に突っ込まれたものがあり、行軍する日本兵はそれを見て気がおかしくなった。後進国日本はイギリスのように分析も研究も怠り、満州事変から敗戦までの15年間、日本人の思考能力のマイナス部分がすべてが露呈した。古来、中国は華北の北京から上海と南京へ下り広東までの南北のラインを重視した。日本の軍人は無謀で不可能であるにも関わらず広大な中国全土に兵を送り、中国を侵略しようとした。日中戦争では北京から上海、南京まで侵攻した日本軍を中国軍は成都から昆明まで意図的に奥地へ引っ張っていった。侵略する軍隊はひたすら前進するもので、中国兵は逃げ日本兵はそれを追いかけた。逃げる中国兵を追いかけるうちに分断され、孤立した日本兵は徹底的に攻撃された。広大な中国の奥地へ引っ張り込まれ、消耗戦で兵力も国力も使い果たした。
当時の蒋介石と毛沢東の大きな戦略はいかにしてアメリカとイギリスを抗日戦争に引きこむか、そのために日本と対立状態を作っていく必要があり、見事に嵌った日本は対英米戦争へと突入していく。日本は江戸時代の270年間一度も対外戦争をしなかった。3500万人の国民のうち武士はわずか1.1%に過ぎないが、彼らは戦争をせず、ひたすら学問と武芸に励んだ。武芸を武道として究め、武士道という高度な思想と人格を涵養する精神的価値観まで高めた。武士道とは家系を通じて伝えられるのだが、昭和十年代の軍事指導者は陸大の成績優秀者ばかりで、中国の歴史を学ぶこともせず、武士道という高度の軍事思想も持たなかった。
真珠湾が日本軍に攻撃されたとき、ルーズベルト大統領は戦いの始まりとゆくえ、そして決着という全体の戦略の一つとして組み込んでいた。彼は演説で「日本とドイツが永遠にアメリカに刃向わないようにする。戦争途中の講話はない。最後まで戦って、徹底的にこれらの国を壊滅し私たちに従わせる」と語った。そのとおりになり、戦後80年を経ても独立を果たせていない。それまで日本は植民地になることはなかった。かつてイギリス、フランス、オランダなど帝国主義的打算から日本を狙ったが、日本は何も資源がなく、せいぜい捕鯨船の寄港地くらいしか役に立たなかった。アメリカの戦略に嵌り真珠湾を攻撃した日本は全面戦争に入る。アメリカが進めたマンハッタン計画で原子爆弾の実験に成功したのが1945年7月だ。この時すでにイタリアもドイツも降伏し日本だけが世界何十カ国との戦争状態であった。原爆投下は、開戦時のルーズベルトの二度と刃向わないようにするという言葉が伏線になっている。
日本は明治維新(1868年)という近代史の始まりからアメリカに同調し友好関係を結ぶが、中国をめぐる軋轢から険悪になり戦争で壊滅した。戦後はアメリカの力で民主主義国家となって現在に至る。日本人の意識や考え方、制度や文化のすべてがアメリカの手の内に組み込まれた。世界戦略の下僕としての日本に対抗措置があるだろうか。日本人の対米親近感を問えば近年80%ほどで推移している。ロシアの戦争は非難してもアメリカの戦争は支持する。歴史的教訓として、経済、文化、思想までも占領を続けるアメリカへの見方を変えるべきではないか。
田中角栄は「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが戦争を知らない世代が政治の中枢になった時はとても危ない」と語った。武士道や軍人の事ではないが、戦争を実体験した人々の意識や考え方は尊い。そういった人々から戦争の実体験を聞いた人々も貴重ではあるが、年月とともに少なくなっていく。戦争を知らない世代の総理や大臣が政権の中枢にいる。高市総理はかつて「自分は戦後生まれだから、戦争責任など問われる立場にない」と公言している。こんな人物に権力を与えた国民は後々、「あの時の間違が..」と気づくだろうか。すでに国会では独裁政治が進んでいる。野党がどれほど抵抗しようと、与党は一瞥もくれない。弱小野党は乱立し、固まる前に砂のように崩れ落ちる。もう政権交代は無理かも知れない。実際の投票率30%で80%の議席を獲得し巨大与党ができてしまった。選挙マジックともいい、小選挙区制の弊害として死に票が多く出てしまう。自民党の党首選で林氏が「中選挙区制へ戻しませんか」と問いかけていた。小選挙区制産みの親の小沢氏は国民の意識がまだそこまで達していないと強弁するが、1996年から30年経つのに政権交代可能な2大政党は夢のまた夢、金権腐敗もひどくなった。人々のコメントには自民党の独裁を嘆く声もあるが、野党に対し「非難ばかり..」、「消えてなくなれ..」とまで評する人々がいる。野党の議員の大勢を失い茫然となるが、失ったことを嘆く人々より、巨大与党を支持する人が多く、声も大きい。新しい戦前はどこへ向かって漂流するのだろう。 |
| 1980年、米国人のための食事指針が初めて公表された。1977年に出されたマクガバン報告を受けて、好ましい食生活のための食事ピラミッドを示し食材の種類と摂取割合を提言した。その後、5年ごとに見直しが行われ現在は2000年公表の第5版が用いられている。これによると穀物(炭水化物)を基本とし次に野菜・海藻(ミネラル・ビタミン)などは2〜3割ほど、肉や魚、大豆(蛋白質・脂肪)などは1〜2割ほど、甘味料や油脂、アルコールなどの嗜好性の高いものは控えめに、というのが読み取れる。乳製品や卵類も含む5〜10%のカテゴリーには異論があるかも知れない。このピラミッド図を作成するのに一部業界からの反発を招いたという。
日本の食養家が提言する伝統的食養が偶然にも、このピラミッドに一致し、発表されたときは「わが意を得たり」と喜んだ。伝統的食養では食摂取の割合を歯の構成と機能に求めた。大人の歯の合計32本、うち臼歯(奥歯)20本は穀類や豆類を磨り潰す。門歯(前歯)8本は野菜や海藻を噛切る。犬歯(糸切歯)4本は肉などを噛みちぎる。植物性食品に適応する歯28本に対し動物性食品は4本で7:1の比率になる。ゆえに植物性食品:動物性食品=7:1で摂取するのがヒトの生物的食性に叶うという理屈だ。栄養学的にもアミラーゼ活性が高く、穀物を主食とする食養が好ましいとされる。陰陽で食を論ずる玄米菜食派は、前歯と犬歯で肉や魚を噛切り、臼歯でも噛み砕くので、歯の役割分担を穀物:野菜:肉=5:3:1としている。日本の伝統食の構成に類似はしているが根拠は定かではない。 進化か退化かは知らないが食養が煮詰まるとベジタリアンという人々も現れ、卵・乳製品等を容認する傍流も生まれる。食に対する拘り、禁忌は無数にあり、文化の影響が大きく、栄養学だけで語ることはできない。現代栄養学を学んだ栄養士は穀物・野菜を推奨し肉や卵は控えるよう指導する。穀物と野菜は食養の優等生だが、蛋白・脂肪源である「肉・卵」と「魚・牛乳」との扱いには差異がある。 2000年の公表された第5版の食事ピラミッドは定着したかのように見えたが、今年の1/7に米国厚生省と農務省は連邦政府の食品指針の改定を発表した。
従来のピラミッドと同じく炭水化物は全粒穀物を優先し果物・野菜、そして飽和脂肪の摂取を1日のカロリーの10%に抑えるというのは変わらないが、少ない比率だった肉・魚介類・大豆製品を増やすよう改定した。タンパク質は成人1日分を体重1Kgあたり0.8gとしていたが、1.2〜1.6gと倍量を推奨する。糖分については、とりわけ砂糖、シロップ合成甘味料を減らす。以前のガイドラインでは1日のカロリーの10%を超えない範囲とされていたが、1食あたり10gを超えてはならないとした。米国人の食事では砂糖と加工食品の摂取量が多く慢性疾患増加の一因と指摘されている。記者会見でケネディ厚生長官は「本日、政府は添加糖に宣戦布告する」と強い口調で表明した。世界保健機構(WHO)は平均的成人の砂糖摂取量を25g程度としている。長官は砂糖とともにスナック菓子や冷凍ピザなどの「超加工食品」を減らし、「リアルフード」を食べるよう訴えた。 超加工食品とは、2009年にブラジル・サンパウロ大学のカルロス・モンテイロ教授らが加工の程度によって食品を分類する「NOVA(ノバ)分類」の提唱から始まった。5種類以上の添加物を含む原料から工業的手順で作られ、すぐに食べられる食品と定義した。例えば、スナック菓子・菓子パン・クッキー・炭酸飲料・エナジードリンク・インスタント食品・カップ麺・冷凍ピザ・冷凍食品・加工肉(ウインナー、ハム、ナゲット)・味付きヨーグルト・シリアルバーなど様々な食品があり、摂取割合が増えると、糖尿病や肥満、高血圧、癌、心血管疾患のリスクが上昇し、心身への影響も大きい。米国やイギリスでは1日の総エネルギー摂取量の約6割を占め、日本では約3〜4割、特に若い世代の食生活に定着している。 この対極にあるのがリアルフード(本物の食品)と言い、健康リスクを減らすためにはシンプルで未加工か加工度の低い食品を主体とした食生活が望ましい。食品スーパーやコンビニで購入する食品のラベルには、まず原材料の表示があり、続いて添加物やアレルゲンが記載される。その種類たるや細かい字で10行を超えるものもある。多い分だけ加工度は高く、リアルフードから遠ざかる。
新しいガイドラインではタンパク質・脂肪の摂取を増やすため、卵、鶏肉、魚介類、赤身肉、全脂肪の乳製品など動物由来の食品を推奨する。いままでは生活習慣病のリスク回避のため赤身肉を控え、鶏肉や魚などの脂肪の少ないたんぱく質や豆類、ナッツ、種子といった植物性食品を中心に摂取するよう推奨してきた。これについては専門家の見解が定まらず検討の余地はあるが、超加工食品は専門家もほぼ好ましくないとしており、「控えるべき食品」として明示したのは今回が初めてだ。米厚生省によると、米国の成人の70%以上が肥満か過体重で子どものカロリー摂取量の60〜70%は超加工食品に依存しているという。この依存を抜け出す手助けをするのがリアルフードだ。可能な限り新鮮かつ清浄で原材料以外の混じり気のない食品をいい、努めて食品のラベルを確認することだ。慣れると見なくても分かるようになる。 日本伝統食を提唱するマクロビオティックでは新鮮さと清浄さを追求する。物価高ゆえ安い食材が得られるなら輸入も加工も容認しがちだが、食物は自然が産み出すもので、培う環境なしには得られない。穀物であれば穀物を産みだす環境さえ金銭で輸入することになり、輸入した分の環境は日本から失われる。身土不二といい、食は私達が暮らす環境とともにあり、切り離しては成り立たない。 かつて食品添加物を忌避する本が出版され「買ってはいけない」現象が起きた。超加工食品には添加物が多く、原材料さえ正体不明なものがある。いままで清浄な食品と認定したものにオーガニック食品があった。最近は「クリーンラベル食品」という運動が注目されている。明確な定義はないが、着色料、香料、果物・野菜原料、でんぷん・甘味料、小麦粉、麦芽、その他食品添加物・原料のうち基本要因のいずれかまたはすべて、副次要因の少なくともひとつに適合したものがクリーンラベルとみなされる。基本要因は原料が少なくシンプルで人工的な添加物や物質が含まれない、副次的要因は天然、有機、非遺伝子組み換えなどが含まれる。パッケージにクリーンラベルの表示はないが、現在のラベルの表示から自分で要因を確認することになる。しかし、この取り組みには食品企業が参画しているので、どこまでが親切なのか、どこからが戦略なのか分らない。他に価値を求めるより、自ら原材料、添加物、加工度を図り、「考える食生活」が健やかに生きる支えになる。 |
| 2011年3月、東日本大震災による津波で、福島第一原発の1〜4号機が全電源を喪失した。続いて1・3号機が炉心溶融し、4号機は水素爆発を起こした。溶け落ちた核燃料から現在も放射性物質が空へ海へと漏れ続け、回収には300年かかるとも言われる。この事故を契機にドイツはエネルギー転換政策を推進し、脱原発を決定。2023年4月15日をもってドイツ国内の全ての原子力発電所が停止し脱原発を達成した。これから困難な廃炉作業と何万年かかるか知れない使用済み核燃料の管理が待ち受ける。 日本では原発事故の翌年の調査で原発すべて廃止24%、減らすべき42%、現状維持24%で当時は67%の人が原発への否定的意見を抱いていた。民主党政権は2012年9月、「2030年代に原発稼働ゼロ」をめざすとするエネルギー戦略を閣議決定した。しかし、12年12月の総選挙で自民党が政権復帰し、2014年4月には原発を重要なベースロード電源と位置づけるエネルギー基本計画を策定した。さらに2030年に原発の電源構成比率20〜22%を目指すとした。国民の原発忌避意識は高く達成の見通しは難しいが、エネルギー安全保障や電気料金高騰への懸念から、最近の調査では再稼働に「賛成」が4割超(約45%前後)、反対が2〜3割程度(約26%前後)という結果が出た。2025年2月、自民党は温暖化対策と抱き合わせて原発推進を明確にした。野党の立憲民主党は「新増設は認めない」とし日本維新の会、国民民主党、参政党、日本保守党は推進の立場だ。共産党、れいわ新選組、社民党は変わらず原発反対を訴える。2024年元日の夜に起こった能登半島地震で、もし計画のあった珠洲原発が実現していたなら、日本は破滅的被害を受けたであろう。全国に満遍なく立地する原発の危険は誰もが恐るるに足るものだが、福一事故を忘れたかのように再稼働や増設の動きが進み、再稼働賛成が国民の4割を超えるまでになった。
「原発の電気代は安い」とのセールストークをまだ信じている人がいるかも知れない。失敗は許されないが失敗を想定した避難訓練を自治体に背負わせる。失敗したら、逃げる場所はなく、危険は誰にも平等に降り注ぐ。危険なため莫大な安全対策費が電気代に直結する。当初、原発の稼働期間は20年間くらいを想定していたが、採算がとれず10年延長、20年・・と次々にハードルを下げ最大60年まで弛み事故の危険性は格段にあがった。福島第一原発の事故以来、再稼働ができない原発にも維持費はかかる。原発で全く発電しなかった電力会社の原発維持費は2011年度〜2023年度合計で14.8兆円だった。これを他の電源の利益と原子力支援費という税金で捻出する。1974年から2024年まで国はエネルギー種別研究開発費に総額17.6兆円支出しているが、原子力関連は11.3兆円と全体の63%にあたる。これほどコストがかかっても、あたかも原発の電気代が安いかのように偽る。原発の発電コストは安く見積もり、風力や太陽光などの変動再生エネルギーのコストは高く見積もる。火力発電による二酸化炭素の温暖化を針小棒大に指摘し、危険な原子力をクリーンエネルギーと言う。 原発は経済性を追い求め巨大化し、それに伴う安全対策も複雑で莫大な費用になる。原発の巨額なコストは電力会社だけでは負担が重く、国全体で費用を負担する制度を求めた。経済産業省は長期脱炭素電源オークションという制度を導入し、新設原発や既設原発の安全対策費を新電力顧客を含むすべての電力消費者に転嫁できるようにした。その見返りのひとつが「天下り」だ。東京新聞の記事によると、東京電力福島第一原発事故の後、電力会社や関連団体に天下りした国家公務員OBは少なくとも71人にのぼった。事故後、財政的に厳しく自粛すべき時でさえ、71人もの食客を抱えていた。 原発の必要性を温暖化防止として位置付ける動きがある。そのためには原発のCO2排出量が本当に少ないのか、仮に少なかったとして温暖化に急速かつ大幅な削減が可能かが問われる。原発のCO2は燃料の製造時のフロントエンドでの排出、原発建設時の排出、発電時の排出、使用済核燃料の処分や再処理などバックエンドでの排出、廃炉後の設備解体時の排出に大別される。
原発がクリーンとは、電力業界の希望と虹色の宣伝だ。放射性物質を燃やしてクリーンということは絶対にない。原発は計画から導入まで、稼働から廃炉までの期間が長く、出力調節に火力発電がセットになるので、いつまでも脱炭素電源への移行ができない。また、近年の気候変動で原発の停止回数が増加傾向にある。IAEAによれば1990〜1999年には計896回だった停止回数が、2010〜2019年には計3993回と4倍に増えた。台風の強大化も懸念され複数の原発で外部電源を失う事態も起こっている。また地震大国の日本の現状を考えると、危険は目前に迫っている。
1967年12月11日、国会で当時の佐藤栄作首相が「核は保有しない、核は製造もしない、核を持ち込まない」と表明し、非核三原則を国是としてきた。唯一の戦争被爆国として原発の保有はこれに触れるもので、「平和利用」との苦しい言い訳で濁してきた。日本は今、国内外に44.4トンものプルトニウムを保有する。国際的に非難されるプルトニウムを減らすために考えたのが核燃サイクルで、再処理によりウランとプルトニウムを混合したMOX燃料を原発で燃やすプルサーマル計画だ。福島第一原発事故で炉心溶融を起こした3号炉で行っていた。1993年、核燃サイクルのために青森県・六ヶ所村に使用済核燃料再処理工場を着工した。建設費は当初7600億円とされたが、2025年には3.74兆円、総事業費は15.62兆円と見積もられており、これは電気代に転嫁される。しかし、これだけの費用と30年の年月をかけてもいまだ竣工に至らず、英国やフランスに使用済核燃料の再処理を委託してきた。2010年度までに16〜18基の原発でプルサーマル発電を実施してプルトニウムを減らす計画だったが、4基に留まっている。経済性の点でプルトニウム発電から撤退する国もある。2021年、核兵器を完全に廃絶することを掲げた核兵器禁止条約が発効した。核燃サイクルは核兵器製造の基幹技術であり、再処理施設を持つ国は外国から核開発能力があると受け止められる。原子力の平和利用と詭弁を弄しても核は永遠に廃絶できない。軍事、原発問わず核物質の製造を禁止すべきだ。
ロシア・ククライナともに相手方が原発を攻撃していると非難したが、西側の情報に頼っているとロシアが非道の限りを尽くしているように錯覚する。ジュネーブ条約ではダムや原発など危険が文民たる住民に重大な損失を及ぼす攻撃を禁止している。ロシアもウクライナも共にこの条約を批准しているが、戦争が始まると双方とも相手にダメージの大きい戦略をとるだろう。日本には廃炉を決定した原発も含め60基ほどが点在し、他に六ケ所村再処理工場などの核施設もある。攻撃されずとも自ずから危険を孕むものだ。ひとつでも事故が起これば、海を越えて避難もできず阿鼻叫喚の地獄を見る。 立憲民主党の枝野氏は12/20、さいたま市内で原発のリプレース(建て替え)に理解を示す発言をした。古い原発より新しい原発が安全性が高い、基本的には動かさないのが一番だとも言った。その後、泉健太前代表もこれに同調する発言をした。立民は党の綱領に「原発ゼロ社会を一日も早く実現する」と明記している。先に懸念を示したが世論も再稼働へ傾き、政治勢力も原発容認や推進派が圧倒する。共産、れいわ、社民と立憲の一部だけで歯止めは大丈夫か?福一事故直後の恐怖と騒動をいつまでも忘れるな。年明け早々、中部電力の浜岡原発で地震データを捏造し、安全審査を受けようとしていた。審査の根底が揺らぐ不正で、原子力規制委員は安全審査を中断し中部電力に立ち入り検査を実施する方針を固めた。中部電力は「原子力事業の信頼を失墜させ、事業の根幹を揺るがしかねない事案である」と謝罪した。分かっていながら安易な不正に走り、他人事のように謝罪する。こうしなければ続けられないのが原発の宿命なのだ。そして、いずれ廃炉の日は来る。使用済核燃料の処理方法も保管場所も決まっていない。気の遠くなるほど長い期間をどう管理していくかの見通しもたたず、その費用は未来の世代へツケを回さねばならない。産業としての終焉は明らかだが、核を手にしたとき人類の終焉も見えていた。 |