【薬草の煎じ方と抽出成分の変化】


薬草や漢方薬の煎じ方は生薬の運用目的によって様々である。漢方では有効成分に揮発性の成分を含む場合、水の量も少なくし短時間(10分程度)にする。逆に抽出し難いものは長く煎じる。2番煎じ液をお茶代わりに飲んだりする事もある。普通に煎じては薬草の特性を充分生かせない事もあるが、逆に成分を余すことなく抽出できるから良いとも言えない。またどんな薬効を期待するかで薬草の適応と共に抽出法も大切になってくる。漢方の煎じ方には薬草の性質によって以下のような方法がある。
  • 先煎:鉱物、貝殻などは硬くて有効成分が溶出し難いので、先に強火で15分くらい煎じた後、他薬を加え更に煎じる。また、附子など毒性の強い薬草も、先に30〜60分くらい煎じた後、他薬を投入し煎じる。
  • 後下:芳香性の薬草は揮発しやすいので、他薬を先に煎じた後、煎じ終わる5〜10分前に投入し煎じる。大黄、センナなどの瀉下作用を期待する薬草は煎じ終わる3〜5分前に投入する。
  • 包煎:直接煎じると糊状になり鍋に焦げ付く薬草。絨毛がありそのまま煎じると煎液に混入し服むとき咽喉を刺激する薬草。これらは布袋に包んで他薬と一緒に煎じる。
  • 別煎:高貴薬など、有効成分を存分に抽出したい時、他薬とは別に充分煎じ薬液をとり、他薬の煎液と混ぜ服用する。
  • 冲服:高貴薬など、分量が少なかったり煎じる必要のない薬草を他薬の煎液に溶いて服用する。
  • 羊化:阿膠、膠飴など粘着性のものや芒硝などの無機塩類は、他薬を煎じ終えた薬液に溶解したり、混ぜて服用する。

以上は漢方で用いられる煎じ方であるが、日本薬局方の生薬の煎じ方には浸剤と煎剤の2種類の方法がある。

  • 浸剤:組織の柔軟な葉、花で有効成分の浸出されやすいもの。揮発成分があって長時間煎じると分解、揮散するもの。(通常、水に15分浸し5分加熱)
  • 煎剤:角質の細胞壁や堅い繊維、石細胞などの多いもの。種子、皮、根など。(通常、30分加熱)

漢方の煎じ方に比べると大雑把な分類だが、このように軽く煎じるものと、長く煎じるものとの違いを認識して薬草を煎じている人は少ないと思う。民間薬のゲンノショウコを使った薬草の煎じ方に関する研究報告がある。ゲンノショウコの主成分はタンニンであるが、そのタンニンの結晶化合物ゲラニインが煎液中に溶け出し、さらに分解し減少してゆく状態を示した表が以下である。    

乾燥ゲンノショウコ(粗切)6gを水100MLに浸し
加熱したときの煎液中のゲラニイン及び分解産
物量の変化

 

ゲンノショウコをホットプレートに載せ加熱してから25分後に沸騰が始まり、その後数分で煎液中のゲラニイン量が最大となった。さらに加熱を続けるとゲラニインは加水分解によって減少し始め、その分解産物のコリラジンやエラグ酸の量が増加していった。25分で沸騰するところの電圧を上げると早く沸騰が始まる。つまり沸騰点に達すれば数分でゲラニイン量は最大となるのである。これをガスコンロで行なうと凡そ5分もすれば沸騰点に達する。これから数分後に火を止めるとゲラニインの量が温存される。しかしゲラニインが分解すると無効か?と言うとそうではなく、分解産物の混合物でも薬効を保っている。ゲンノショウコの薬効には便秘、下痢の相反するものがあげられている。便秘には軽く5分程煎じ、下痢には長く30分煎じるように言われている。ゲンノショウコの有効成分であるこれら3種のタンニン化合物の分量比によって相反する薬効が発現するものと思われる。

研究はさらに煎じる器についても言及が為されている。漢方薬を煎じるのは土瓶が宜しいと言われているが、同じ条件で銅、鉄、アルミ、ステンレス、ガラス、磁器を用いて試みたところ、結果はどの器についても殆ど同じだった。しかし器の厚みに著しい違いのある土瓶とアルミのやかんで比較すると、熱伝導のよいアルミは早く抽出され早く分解される。一方土瓶はゆっくり抽出され、したがって分解もゆっくりであるという。これは早さの問題であって、忙しさの程度と個人の都合に応じ各自で解決できる。しかし出来れば土瓶でゆっくり抽出するほうが昔からの言い伝えの意義はある。「化学変化が起るから金属の器を避けよ」と指示のある書物もあるが、金属と薬草の化学変化は考え難い。土瓶を使う方が好ましいという反語のように思える。この研究はゲンノショウコのタンニンを例に研究考察したもので、他の生薬の別の成分に関して同様に即断は出来ない。

【参考図書】
生薬の調製、煎出法と成分の変化 奥田拓男 和漢薬 400号記念特集 
中薬学 神戸中医学研究会編

 

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