【よく使われる動物生薬(1)】


商店の店先やショーウインドウには決まって自慢の逸品?が置かれる。電気店、陶器店、食料品店.. 職種は色々あるが、そこには店の主張が込められているように思う。漢方薬店を覗くと、大きな土瓶、薬研、碾き臼、百味箪笥、鹿の角.. そしてこれから述べる動物の生薬見本が飾られている。私も最初に見たときは「へ〜っ、こんなものが!」と驚きを覚えた。そして、どうやって服むのだろう?どんな病気に効くのだろう?と考えた。漢方薬店で漢方の勉強を始めたとき最初にこのことを尋ねた。予想したとうり精力剤や難病に用いられる事がわかったが、思ったほど頻繁に使うものではなかった。尋ねた時の答えの一つに意外なものがあった。同業者に向かってのアピールにもなるという。高価な鹿の角や入手困難な動物薬を展示すれば、それを知る同業者は驚いたり感心したりするらしい。「なるほど...」このような考えの店主もいるのか、と思った。

やがて自分の店を開業し、時に見知らぬ街を歩くと、同業の薬局が目に付くようになる。不思議なことに店の前を通り、一瞥しただけで、どのような店であるのかが見えてくるのだ。高価な漢方薬を飾ったり、大げさな旗をなびかせたり、まるで病院のようなたたずまいの店もある。自分の店は同業者にどのように映るのだろうか?このことも考えてみた。

しかし、店を飾り、店を演出するより、仕事に取り組む姿勢が大切であって、それが店姿に現れてくる。

動物薬の話から逸脱してしまったが、動物薬に対する印象はこのようなものが始まりであった。規矩にもとづいて必要があれば使う。何につけ高価な動物薬を用い、それを看板商品とするのを私は好まない。希少で高価な資源を守るためにも。

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ゴウカイ     スイテツ
ジャコウ     ボウチュウ
ロクジョウ     シャチュウ
カイバ     ゼンカツ
ゴオウ     リュウコツ
シカシャ     ドベッコウ

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ゴウカイ(蛤介)

雄・雌一対で、、といえば、直ちに精力剤を想像する。このヤモリは精力絶倫で幾日かに渡って交尾を続けるという。捕獲する際にも一対のことが多い。体長は27cmくらいで山岩の壁面や石洞の割れ目、樹木の洞穴などに生息する。夜行性で敏捷、住居に出没するときは天井板、垣や壁の上にいることが多い。見かけはスッポンに似ており、咬みつくとスッポンのように離れないので捕獲するときはその習性を利用する。捕獲後の作業は極めて残酷なものである。まず、鉄器で頭部を叩いて殺し、胸腹部を解剖して内臓を取り出す。水洗いしてはならず、体内を布でふきとる。それを竹串に突き差し広げ、弱火で焙って乾燥させる。それを2匹合わせ1対として仕上げる。中国の酒にゴウカイ酒というのがあるが、これは内臓を取り出した直後に1対を酒に漬けたものである。中国広西省、雲南省、ベトナム、タイなどが産地になるが現在は大量に養殖されている。

男性ホルモン作用があり、エキスはマウスに催淫作用をおこし交尾期を延長し、去勢マウスにも催淫作用を示す。子宮、卵巣の重量も増加する。漢薬としての応用は幾分異なる。肺を補い虚労咳嗽を治す。また腎を温め、腎虚、喘逆を治す。このため気管支喘息、心臓喘息、肺結核、慢性咳嗽、神経衰弱、頻尿、老人の足膝萎弱などに応用される。強精作用は腎を温める働きによるものである。精力絶倫の生態や不気味な形態から精力剤に利用されたと思われる。

ジャコウ(麝香)

写真はジャコウ鹿の下腹部にある包皮腺になる。そこから発散する香りはムスクといわれ香水などに古くから使われている。日本に輸入される麝香はネパールかチベット産がほとんどで、わずかに中国産がある程度だ。麝香の分泌物は同重量の金よりも高く取引される。貴重、希少で高価なものであるだけに乱獲がたたって激減してしまった。2000年にはワシントン条約によって麝香の取引は全面禁止となり、現在使われているムスク(麝香)は100%合成香料である。麝香はジャコウ鹿の雄が雌を呼ぶため交尾期に発散する香りなので媚薬としても用いられた。麝香嚢のなかから黒暗褐色の軟膏状の内容物を取り出す。高貴な香りとはいえ採集直後のものはアンモニアのような臭いがして悪臭ですらある。この臭気を薄めることによって香りに磨きがかかるのであろう。写真の麝香嚢は内容物を取り出した後のものになるが、これを和紙に包んで箪笥の隅に入れておくと、衣服にほど良い香りが移るという。ナフタリンの香りをふんぷんとさせるより、はるかに気品が感じられる。ワシントン条約の禁止があるものの、少なくとも生薬としては出回っている。飼育によるものか、シベット(麝香猫)のものか、あるいは密輸品か、、履歴が書いてある訳ではないので突き止めることはできない。

芳香成分はケトン体で他に男性ホルモン様作用を呈する物質を多数含む。中枢神経、とくに呼吸中枢および心臓を興奮させる。家兎に対して血圧降下作用。去勢鶏冠に塗布すると、男性ホルモン様作用のため増大する。芳香開竅、熱病昏睡、小児驚厥、中風痰迷、止痛、消腫の働きがあり、興奮、鎮痙、鎮静、排膿、解毒薬として昏睡して譫語(うわごと)するもの、小児の驚癇、神経衰弱、心腹痛、打撲損傷など、特に危急を要する時に用いる。活血や散結作用があるため妊婦が服用すると流産の恐れがあるので注意がいる。日本の家庭薬である六神丸、奇応丸、求心などの原料として牛黄、蟾酥、熊胆などと配合される。これらの薬には龍脳も少量添加され麝香とともに一種独特の芳香を放つ。中医では1日100mgを用いるが家庭薬では3〜6mgと極めて少ない。急場を凌ぐ時には多めに使う必要もあるが、一説には10〜数10mgで充分とも言う。近年100mgと多量に配合された製品が出回って、薬店の看板商品となっている。これだけの分量の高貴・高価薬を常用する意味があるのか疑問である。次に述べる牛黄とともに使用に一考を促したい。

ロクジョウ(鹿茸


漢方薬店の店頭に並ぶものの一つでその存在感は大きい。マンシュウアカジカ(馬鹿)、マンシュウジカ(梅花鹿、花鹿)の雄のまだ角化していない幼角を乾燥したものである。切り取った幼角は内部に血液を多く含むため腐敗しやすく、何回も湯通しした後仕上げる。服用するときは角のままとはいかないので写真のように厚さ1〜2mm位の輪切りにして用いる。角を飾っていると、知る人ぞ知る。見ただけで凡そ○○万円という値踏みが出来る。その形が良かったり、大きかったりすれば、さらに羨望とも、恐れともつかない感情が芽生えることになる。

主成分はコラーゲン、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、蛋白質からなる。鹿茸の粉末や水製エキスをマウスに与えると体重増加、赤血球、血色素増加があり、作用物質は不明だが投与量に比例して発育や造血機能の促進が見られた。旧ソ連の研究で、70%アルコール抽出エキスからパントクリンと言う製剤を作り薬理効果が検討された。それによると、1)副交感神経末梢部の緊張亢進、2)神経・筋系の機能改善、3)内分泌系の機能亢進などの作用があるという。鹿茸は血、肉の精であって、能く人の陽を養い、腎命を補い、骨を堅くし、髄を補い、精を益し、血を養うと言われ、強壮、強精、鎮痛薬として、インポテンツ、頭暈、耳鳴り、腰膝の萎弱、虚寒証の帯下、慢性病の虚損などに応用される。主成分はコラーゲンなので他の動物の角でもよさそうな気がする。実際、トナカイの角で行われた研究がある。投与群で男性ホルモンの上昇が認められたが、考察では10名程度の実験で明確な結論は出せないとしている。また、精力剤に関しては心因性の要素もあるため研究の困難な面に言及されている。

カイバ(海馬)


「龍」というのは空想上の動物だが、タツノオトシゴを見ているとこれがモデルになっていることが容易に想像できる。生薬名は「海馬」といい頭が馬に似て海に棲息することから名づけられている。産地は広東省、福建省、台湾などの沿岸一帯で全年を通じて採取されるが、特に8、9月が多い。内臓を除き日乾するか、清水か米のとぎ汁に漬けて、外部の黒灰色の皮膜を除去し、尾を渦巻状に整えて日乾する。遼寧省では防虫効果も兼ね、硫黄で薫蒸して白く脱色させる。

男性ホルモン作用があり、ゴウカイより強い。海馬エキスはマウスの実験で交尾期を延長し交尾休止期を短縮する。また去勢マウスで交尾期が再現し、メスでは子宮、卵巣の重量も増加する。このことから強壮剤として、老人、虚弱者の精力減退、精神衰弱に、又鎮痛剤として腹痛に、さらに婦人の難産にも用いる。海馬補腎丸という有名な中成薬がある。海馬やゴウカイ、鹿茸、鹿やオットセイの陰茎など20種の薬草が配合され、効能は滋養強壮、肉体疲労、虚弱体質とある。各成分あたりの1回分量はせいぜい100mgである。果たしてこれで効果があるのか疑問は残る。動物薬は動くものだから効果に速さと力があるといわれるが、これは漢方特有の「気の発想」に過ぎない。高価な薬なので、これをどんどん販売できるクスリ屋は人並み以上の才能や努力が要ると思う。

ゴオウ(牛黄

漢方の古典・名医別録には「小兒の百病、諸癇熱で口の開かぬもの、大人の狂癇を療ず。また胎を堕す。久しく服すれば身を軽くし、年を増し、人をして忘れざらしむ」前半を読むと緊急を要するときの貴重な薬のような気がする。しかし後半は長く服んで不老長寿を約束する薬のような表現である。別の古典・神農本草経には「驚癇寒熱、熱盛狂痙を治し、邪を除き、鬼を逐う」とある。牛黄の長期多量服用を支持する人は「久しく服すれば身を軽くし、年を増し、人をして忘れざらしむ」を使用の拠り所とする。文献のどこを読むかで使い方に違いが生じ、又使い方によって文献の読み方が違ってくる。久しく...年を増し...邪を除き...鬼を逐う...このような文言は排除して考えるべきだと思う。この曖昧で玉虫色の一句を頼りにするからこそありもしない効能・効果が追加され、捏造されるのである。牛黄は病的に発生した牛の胆石を用いるため潤沢な供給は望めない。これも麝香同様貴重な資源である。

成分は胆汁の成分であるbilirubin72〜76%、cholic acid、desoxycholic acidからなる胆汁酸3〜4%、抱合型胆汁酸3〜4%などを含み、その他、アミノ酸が知られている。胆汁分泌作用、赤血球新生促進作用、中枢性鎮痙作用、解熱鎮静作用、強心作用、血管収縮、血圧上昇作用があり、逆の血圧降下作用の報告もある。漢薬として清心、開竅、平肝、定驚、清熱の薬能を持ち、解熱・解毒の要薬として高い効果が期待できる。熱病、驚癇、心悸亢進、癰腫、疔瘡、咽喉腫痛などに用いる。

シカシャ(紫河車)

産科の病院で集められたヒトの胎盤を乾燥させたもので、この生薬には驚いた。胎盤から抽出したホルモンが医薬品として使われていることは知っていた。それにしてもそのものを用いるとは、、病気の治療に人を食べる話は聞いた事がある。現代の輸血や臓器移植もその延長上にあると言えなくもない。本来捨てるはずの臓器の一部を利用することなどすぐに思いつくことであろう。この生薬は数年前まで流通していたが品質管理の問題で入手困難になった。昨年、在庫の分がすべてなくなり現在は写真だけが残っている。婦人病や精力剤として購入する人が多かった。

胎盤中の成分は複雑多種が含まれている。ポリペプチド、多糖類、酵素、ホルモンなど。特にホルモンは性腺刺激、卵巣、催乳、黄体など知られている。また、麻疹や流感などの抗体であるγ-globulin様物質を含み感染の予防や症状の軽減に寄与している。この物質は蛋白質なので内服では無効、注射する必要がある。マウスの実験で結核の症状を軽減、脂肪沈着抑制、体力持続、抗胃潰瘍作用がみられ、性ホルモンとして二次生殖器の形成を促進し、乳腺発育促進、催乳作用などがある。気・血を補い虚労(疲労)を治す。男女ともに発育不全、衰弱など虚状を帯びたものに用いる。強精、強壮、インポテンツ、遺精、不妊症、習慣性流産など。有効成分が蛋白質のため内服では分解するが、一般に粉末で服用する。成分が失活してもなにかが残るのかも知れない。不可解なところである。

参考図書:中医臨床のための中薬学 神戸中医学研究会 編
       和甘薬図鑑(上)(下) 難波恒雄 著

>>よく使われる動物生薬(2)

 

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