【食塩の話】


1905年から始まった塩専売制度は100年を経て1997年に廃止された。さらに2002年4月から塩の輸入も自由化され、市場には多種多彩な塩が並ぶようになった。全国で290社だった塩製造業者も2003年には400社を超え、製品数も1000種類を超えるようになった。商品の多様化がもたらしたものは価格ばかりではなく、健康に関わるというイメージの多様化でもある。専売塩が1kg約100円程度であるのに対して3〜10倍もの価格差のある塩まで登場している。元々少量使うものなので、高価ではあってもそれほど家計にも響かないし、それで食事が美味しく、かつ健康に良いならば..という理由で利用する人が多いのだろうと思う。興味本位ではあるが、調べた塩の値段を比較しやすいように100g当たりの価格で算出している。
 

品 名

備 考

価格(円)/100g
専売塩 精製塩 10
沖縄の塩   30
沖縄の塩 海水塩 190
藻 塩   461
伯方の塩 粗塩 32
中国塩 天日塩 83
宮古島雪塩   500
仁山竹塩   6250
ライトソルト 塩分1/2 133
焼き塩   100
グルメソルト ハーブ・
スパイス入り
200
岩 塩   133
天日塩 イタリア産 43
古代塩 500万年前の塩 143
真生塩 ニガリ0.0084% 86
 
3〜10倍程度の価格はまだ常識的なのかも知れない。40倍、50倍、、600倍となると、何をか言わんやである。少量で家計に響かないとはいえ、主成分の9割以上は塩化ナトリウム(NaCl)なのだ。これに、これだけの代金を支払うほど、どこがどのように違い、更に、どのような説明をすればお客様にご購入いただけるのだろう。商売柄、大変興味のあるところだ。ハーブ・スパイス入りなど自家製で行なえば、安価に出来るものだ。ニガリが入っているだけでこれほどまでに価格の差が出るのは一種異様でさえある。最後に挙げた真生塩はニガリ入り塩の意表を突くものである。その説明によると、ニガリは豆腐を固めるように、体の蛋白質も固める性質があり、腎臓や骨髄を凝固して毒素の排泄が出来なくなる。したがって自然塩は短命の原因だという。それならば専売塩で良いではないか?と思われるが、実は体に最適なニガリ量があり、それは、0.0084%であるらしい。代表的なニガリ入り塩の分析値である。
 
  精製塩(%) 赤穂の天塩(%) 伯方の塩(%)
水分・その他 0.1 6.856 3.9
塩化ナトリウム 99.9 91.15 94.726
硫酸カルシウム 0.17 0.317
硫酸マグネシウム 0.163 0.241
塩化マグネシウム 1.566 0.127
塩化カリウム 0.095 0.207
 
いずれもニガリ成分は1〜2%しか含有しない。食塩1日摂取量10gとして計算すると、、0.1g〜0.2gで、その中のミネラル成分は数十mgでしかない。これが体重50kgの人の体に一体どれほど影響を与えるというのだろうか。煮干10gを食べると、カルシウム220mg、カリウム100mg、マグネシウム23mgになるのだ。塩だけ食べている筈もなく、ミネラルの適量という根拠はすぐに破綻してしまう。他の粗塩は逆にミネラル豊富、自然の恵み、、、などとニガリの量を謳い文句にしているが、煮干の一つまみにも、はるかに及ばない含有量である。常識があれば、塩のミネラルと健康を結びつける話はできない。塩の被害を主張する側も、効用を主張する側もこれでは充分な量とは言えず、その前に、塩化ナトリウム(NaCl)の被害が見逃されてはならない。

塩の話で一般的に語られるのは、ミネラルではなく塩化ナトリウムによる高血圧の問題である。減塩を指導され味気ない食事に甘んじている人も居る。少し調べて見ると減塩で効果のある「食塩感受性高血圧」と、それほど影響を受けない「食塩非感受性高血圧」があるらしい。減塩による影響を受けない人は、味気ない食事の方がマイナスになるかも知れない。食文化の研究者によれば、世界には塩分摂取ゼロの地域や民族があり、その場合でも他の食物からミネラルの摂取が可能な為心配はないという。しかし、日本では日常に塩を使っている以上、塩気なしの食事など困難である。塩が問題なのではなく、量が増えすぎる事が問題なのだから、栄養学で提言されている1日10gを目安に塩を有効に利用することこそ望ましい。

ところが、専売塩などの精製塩は化学塩だから体に悪く、自然塩は体に良いとして高血圧の人にさえ勧める人々が居る。素人とは限らない。医師や薬剤師はじめ医療に関わる人でさえ勘違いしている人が見受けられる。マグネシウムを含有する為、その苦味が心臓や血管に有効だという五行の仮説理論を根拠に、カプセルに自然塩を詰め飲ませた例、自然塩は美容効果があるとして、それで洗顔した例、最近ではニガリがダイエットに効くとして飲む例、、、等がある。知識もありながら一体どのような魔力に取り憑かれたのだろう。

自然塩・天然塩といえども海水や岩塩をそのまま乾かして出来たものではない。古来からの塩田での製法は海の水を煮たり、天日で濃縮して、それをさらに濃く煮詰める。やがて塩化ナトリウムの白い沈殿が起る。ここでニガリを多量に含んだ上澄み液を取り去った後、完全に乾燥させる。そして、適度にニガリの残留した自然塩が完成する。この製法は時間と手間がかかる為、地域塩として「町おこし・村おこし」の一環として取り組むケースが多い。価格も相当高くなる。一般に流通している自然塩の多くは岩塩・海塩などを輸入し、イオン交換膜法によって精製し、後でニガリ成分を添加したり、水に溶解し濃縮して再結晶させる方法がとられている。これらの自然塩の見逃せない問題は海洋汚染の事である。近年、工場廃水や農業用水または地球規模の環境汚染で純粋無垢な場所など皆無である。特に沿岸の海水を煮詰める古来の製法をとるなら残留する汚染物質の混入も考慮しなくてはならない。この点の品質管理は充分なのか疑問に思っている。出来あがった塩を舐めてみて「これで良し」とする訳にはいかないだろう。

精製塩やイオン交換膜法で精製・製造した自然塩がまだ安心できるというのも皮肉な話である。最近、食品表示の偽装事件が頻発している。自然塩・天然塩などの表示についても一考すべき時が来ている。どこまでを自然や天然と認めるのだろうか。オーガニックやスローを追求する人々が自然や天然のフレーズで踊らされ、汚染した自然塩を重宝がるようではあまりにも哀しい。

塩の過剰摂取は問題があるが、適量用いれば利用価値は高い。食材図鑑から参考に挙げてみる。

  • 酸化防止作用
       0.5%程度の塩水は大気中の酸素による
       食品の酸化と変色を防ぎ、食物中のビタミンCの酸化も防ぐ。
  • 浸透圧作用
       野菜や魚に食塩をふって水分をしみださせる。
  • 酵素停止作用
       リンゴを褐変させるポリフェノール酵素の
       作用を防止する。青菜をゆでるときにはクロロフィルの退色
       を防ぐ。
  • 蛋白質溶解作用
       1〜2%の塩水は蛋白質を解かす作用
       をもち、小麦粉をこねるときに食塩を加えると粘りが増し、
       魚などの練り製品では弾力を増す。
  • 蛋白質凝固作用
       5%以上の塩水は蛋白質を凝固させ、
       卵を加熱調理するとき用いれば身じまりがよくなる。
       サトイモのぬめり成分も凝固させる。
  • 細胞軟化作用
       食塩水は沸点が100℃以上と高いので
       野菜類の細胞膜をやわらかくゆであげる。
  • 防腐効果
       10%以上の塩水は食品中の水分を脱水して
       雑菌の繁殖を抑える。食品の加工・保存に適する。薄い
       塩水の殺菌効果は少ない。

第一に知られている用途は、塩味(鹹味)の味付けであるが、いくつもの塩の用い方がある。これだけ利用価値のある物が他にあるだろうか?塩を巡る用語をさらに、、食材図鑑から挙げると...

  • ふり塩
       魚を塩焼きなどするとき、あらかじめ塩をふり、
       しばらく置くことで、水分と臭みを抜き、魚肉をひきしめる。
  • 化粧塩
       魚を焼く直前に塩をふって焼くと焦げにくく、
       塩も白く浮かんで美しい。
  • ひれ塩
       身の厚い魚を丸焼きにするとき、ひれに塩を
       厚くつけて焼くと、ひれが焦げずに焼き崩れない。
  • 塩じめ
       いきの良い魚に塩を多めにまぶし、脱水とともに
       蛋白質を固める。酢じめの前などに行なうとよい。
  • 立て塩
       魚貝類を3〜4%の食塩水で洗う。真水で洗うと
       うま味が抜け、水っぽくなる。切り身魚には向かない。
  • 塩干し
       魚を干すとき、水分を早く蒸発させ、腐敗やカビ
       の発生を防ぐため、立て塩をするか薄く塩をふって干す。
  • 塩抜き
       濃く塩漬けした魚や数の子などの塩を抜くとき、
       1〜2%の塩水に漬ける、用いる塩は呼び塩(迎え塩)
       という。
  • 塩もみ
       大根やキュウリなどを刻み、塩をふりかけてもみ、
       野菜の中の水分を早く取り去る。
  • 塩ゆで
       熱湯に塩を少量入れ、濃度1.5%程度としてゆでる。
       青葉の色が鮮やかに、サトイモのぬめりがとれる。
     

何気ない日常の料理にも、様々な塩の使い方があり、つくづく食は文化である事を痛感させられる。塩は必需品で砂糖は贅沢品というイメージがありはしないだろうか。貧しい時代には、ご飯をごま塩だけで食べることも出来た。そのための弊害も少なからずあるが「命を繋ぐための基本」と考える人は多い。自然食派はここに郷愁を感じるのかも知れない。豊かになり過ぎた食の反省から、質実=塩、粗食、野菜、穀物と言う連想がなされ、贅沢=砂糖、美食、肉、魚、卵、牛乳と対をなすものである。自然食派の砂糖に対する異常なまでの嫌悪に比し、塩に対する執着は異様でさえある。私は精製塩は使わない。味覚の点で満足がいかないからだ。しかし自然塩に対する拘りがある訳でもない。自然塩の塩味の中のかすかな甘味や風味が料理の味わいを増してくれる。これだけの理由で使うのは、不充分なのだろうか?

塩に限らず、食品があたかも医薬品であるかのように効能・効果を謳う話はほどほどにしておきたい。体のために良さそうな食のスタイルはありそうだが、個々の食材に医薬品なみの期待を寄せる事は出来ない。良し悪しきにつけ食材の中のいくつかは短期に結果の出るものもあるが、殆どは1回でどうなるものでもない。食は絶えまなく長きに摂取して、ゆっくりゆるやかに体や体調を維持していくものである。

 

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