【食の安全(5)】
食べものが劣化する日本 安田節子 -2019 11月コラムより- |
2007年8月時点で日本の食品添加物数は指定添加物:約400、既存添加物:約400、天然香料:約600、一般飲料物添加物:約100、計1500品目、このうち石油合成添加物が351品目になる。一概に数だけの比較はできないが、アメリカは133品目、フランスは32品目、イギリスは21品目と圧倒的に少ない。かつての日本は食品公害事件の教訓から、世界でも厳しい食品安全規制がとられた。しかし米国からの農産物輸入拡大の要求に伴い、添加物や農薬の規制緩和に応えた結果である。近年、遺伝子組み換え食品、放射性物質など添加物や農薬以上に食の安全を脅かすものが現れ、燎原の火のごとく広がりつつある。 2018年3月、昨年のことだ。種子法が廃止になった。これは日本の食料安全保障の根幹を揺るがす深刻なものだ。種子法は基礎食料の米、麦、大豆など各地の農業試験場で研究開発され、品質の保証された種子を低価格で安定して供給するための法律だった。この種子法のもとで各地の気候風土にあった多様な品種が育成、開発されてきた。東北・北海道は寒冷地で栽培可能な品種のおかげで生産量も国内屈指を誇るまでになった。全国の農家が栽培するコメの品種は約300種あり、各地固有の品種は国民のかけがえのない資産だ。種子法の廃止でこれらの公的種子が消えようとしている。交付金による公的種子は低価格なので、民間企業参入の障害となる。種子法は過去にも改正が行われ現在20社の民間企業が普及品種の44品目を販売しているが、価格は公的種子の2〜10倍と高い。民間の種子企業は単一作物を大規模生産する農業形態を有し、限られた品種を大量販売し利益を得る。ここで遺伝子組み換えの技術を駆使し、農薬、肥料までセットで販売し、委託契約を結び収穫品をすべて買い取る。これは「モンサント方式」という。モンサントは多国籍化学メーカーで、2018年に医薬品・化学メーカーのバイエルが買収した。 2014年には他の種子企業を買収して残った、モンサント、バイエル、ダウなど上位7社が市場の7割を占有している。彼らは種子の特許権と育成者権や種子開発者の知的財産権を勝ち取り、そこには農家の自家採種の禁止まで盛り込まれた。特許を得た巨大企業は遺伝子組み換え種子の販売を世界展開していく。種子は企業の利益に資する半面、いくつもの問題を抱えることになる。品種が単調化すると害虫や病気、気候の変化に対する抵抗力が低下する。蒔かれなくなった在来の種子は消滅し、これらの遺伝子との新しい品種も生み出せない。
種子企業は最初、公的種子を使い農業試験場のサポートを受け、日本の風土にあった遺伝子組み換えの種子を開発していく。新品種を開発した者の権利を守る種苗法というのがあり原則、農家の自家増殖は禁止されていたが、任意規定であることから容認されてきた。しかし、2018年5月、容認を禁止へと180度方針を転換した。現在、自家増殖禁止品目は356種類が指定されているが、最終的には登録品目のすべてが自家増殖禁止になるだろう。種子企業は公的種子を元に作り出した新品種を特許種子として登録し、農家は高額な種子を買わされ種取りすると、知的財産権の侵害といい高額な罰金を要求する。自民党は農家泣かせの法案をなぜ通すのか?無論、農家より企業につく方が己の利益になるからだ。 バイエルに買収される前の米モンサント社は世界最大手の種子企業で大豆、トウモロコシの遺伝子組み換え種子で圧倒的シェアを持ち、農薬でも除草剤のラウンドアップを販売する。これはすべての植物を枯らす強力な除草剤で、ラウンドアップ耐性の遺伝子組み換え作物とセットで買わざるを得ない。米国政府はラウンドアップの主成分であるグリホサートの残留基準値を大幅に緩めた。枯れ果てた畑に青々と茂った大豆の写真を見て、身のすくむ思いがした。2017年に行われた残留農薬基準緩和は遺伝子組み換えではない小麦やソバなどにも及んだ。
米国に次ぐ遺伝子組み換え大豆の生産地ブラジルでは、調査した母乳の80%以上にグリホサートやその代謝物が検出された。世界中で大量使用され大気、水、食品を介して人体を汚染するため、諸外国ではラウンドアップを厳しく規制している。米国では健康被害の損害賠償を求める裁判でモンサント社に対し、懲罰的損害賠償を含め約3億ドル(約320億円)の賠償金を命じた。国際的にグリホサート禁止の勢いが強まるなか、規制緩和を進める日本へ世界中から締め出されたグリホサートが押し寄せる。日本ではラウンドアップの容器に「本製品の特徴:土壌微生物により、天然物質に分解されますので土に残らず土壌をいためません」と記載し警告表示はない。こういった広告は1996年、ニューヨーク州で虚偽かつ誤解を招くとして広告を禁止する判決が出ている。オランダ、フランス、スイス、ドイツではホームセンターでの販売禁止、ベルギー、バミューダ諸島、バンクーバー、スウェーデンなどが個人・家庭での使用・販売禁止、2019年にはフランスでグリホサートとその関連商品すべてを販売禁止にした。 2011年、日本の一世帯の購入金額が米を追い抜きパンが逆転した。金額だけで論じられるものではないが、パンの普及は目覚ましく、食品スーパにはパン売り場とは別にパン屋も併設される。日本の小麦自給率は2017年でわずか14%、あとは輸入に頼り小麦粉やパン、麺類、菓子類など多くの食品に使用される。米国産とカナダ産小麦からは検体の90%、ときには100%からグリホサートが検出されている。刈り取りをしやすくするため、収穫直前に小麦を枯らすため散布されたものが残留する。
「だから国産に限る」と穀物、野菜、牛乳、肉、魚等々、はてには薬草まで国産を求める人々がいる。しかし、食料自給率の低い国でどれだけ抵抗できようか、そして2011年、原発事故が起こるまでは国産や有機栽培もまだ意味を為した。事故後、放射性物質の基準値が100倍も1000倍も緩められた今となっては被害の少ない選択しか残っていない。 ....................................................................... 日本でミツバチ減少の被害が最初に問題となったのは2005年、岩手県で初めて用いられたネオニコチノイド系のクロチアジニンが原因と分かった。世界の食糧をまかなう100種の作物のうち、70種以上はハチが受粉を媒介する。主にカメムシ駆除に使われ、カメムシ発生警報が出されると有人・無人のヘリなどで一斉に散布される。カメムシが若い稲穂の汁を吸うとその跡に黒い斑点が生じる。別段、収穫量を減らすわけではないが見栄えと等級をあげるため、1990年代から使われるようになった。他にも野菜、果実、松枯れ防止、建材の防腐、白アリ駆除、家庭用殺虫剤、ペットののみ取り剤など用途は広い。このため北半球で1/4のミツバチが消えてしまった。ニコチノイド系農薬は神経への毒性があり、浸透性と残効性も兼ねるため根、葉、茎、果実に浸透し、洗っても落ちない。2012年、ミツバチの大量失踪の主な原因はネオニコチノイド系農薬であることが判明した。EUは2018年ネオニコチノイド系農薬5種のうち3種の屋外使用を禁止、同年、米カリフォルニア州はネオニコチノイド系農薬の新規登録を認めない決定をした。国際的に規制が強まるなか、日本は基準を緩和し、アセタミプリドの残留基準値を茶葉30ppm(EUは0.05ppm)、イチゴ3ppm(EUは0.5ppm)、ブロッコリー2ppm(EUは0.4ppm)とした。原発事故後、放射性物質の基準値を緩めたのと本質はなんら変わらない。北海道大学の研究チームの調査で、市販の緑茶と緑茶ボトル飲料のすべてからネオニコチノイド系農薬を検出した。この調査ではスリランカ産の茶葉からはネオニコチノイド系農薬は検出されず、日本のお茶がどれほど大量に使われているか実態が明らかになった。 健康志向で緑茶飲料は人気があり、量販店では500mlが50円程度で販売されたりする。原価を考えると容器と水と人件費等、茶葉にかけられる費用は限りなくゼロに近い。発達障害やアレルギーなど子どもの健康に影響を及ぼすとのデータがあり、農薬使用量とともに増加している。 ....................................................................... 1986年、ガット・ウルグアイラウンド交渉の頃から日本は米国の農産物輸出のターゲットにされ、輸入の障壁となる残留農薬や食品添加物の基準を緩和し続けている。日本は元々ポストハーベスト農薬の使用を認めていないが、輸入による輸送時のカビ発生を防ぐため農薬が必要になる。ポストハーベストを禁じているため、農薬の殺菌剤を食品添加物の防カビ剤として輸入を認めた。カビは耐性を獲得し、それに伴い、防カビ剤という名の農薬が次から次へと添加物として指定され、基準値も緩和された。 ....................................................................... 食品スーパーでよく目にするチリ産のサケは価格も手頃で輸入サケ、マスの約70%を占め、冷凍ものではチリ産のギンザケとマスで80%で占める。切り身の塩ザケ、おにぎりの具、フレークなどに用いられる。料理店の刺身、すし、生サーモンの切り身など生鮮冷凍ものは80%がノルウェー産だ。チリ産のサケが米国大手スーパから姿を消し、米国小売り業界でもチリ産サケの割合を90%から40%に減らすと発表した。チリ産排除の理由は抗生物質の使用上限がなく、ノルウェーで使用される量の最大500倍に及ぶとされている。過密養殖のうえ、チリ沿岸にはピシリケッチア症というサケの病気の原因となるバクテリアが大量に生息し、抗生物質を大量に使わざるを得ない。ではノルウェー産は大丈夫かといえば違う。ノルウェー政府はサケなど脂の多い魚は、有害汚染物質が蓄積されているので、若い女性や妊婦は週2回を超えて食べないようにとの勧告を出している。料理番組では「脂がのった」との枕詞で刺身を得意げに食べるが、なにが含まれているかは見えない。今年日本はIWCを脱退し商業捕鯨を再開した。「日本の食文化!鯨が食べられる」と喜ぶ街の声は屈託がない。大形の動物や魚は食物連鎖で有害物質がケタ違いに濃縮する。ノルウェー政府の勧告に従えば週2回ではなく、鯨は数年に1回くらいが限度だろう。 ....................................................................... 1996年、日本で初めてO157による食中毒事件が起きた。米国では1982年頃からハンバーガーの牛ひき肉を感染源とした食中毒が毎年のように多発している。米国食肉業界はハンバーガーの牛肉パテの需要を満たすため、効率の良い畜産システムを作り出した。牛は4つの胃を持つ草食動物で各々の胃には無数の微生物が生息し硬い草の繊維を醗酵・分解する。この牛に安価なデンプン質のトウモロコシを与えた結果、胃の微生物が死滅し牛は生命力を失っていった。病気にかかりやすくなり抗生物質の投与が行われた結果、変異した耐酸性菌が生まれ胃酸で殺菌されず結腸まで到達した。O157はその糞尿からの汚染で広がった。 牛にホルモン剤を使うことは、ほとんどの国で禁止されているが、畜産大国の米国、オーストラリア、カナダでは牛の肥育促進にホルモン剤の使用を認めている。ホルモン剤を注射すると成長が早まり、肥育期間が短くてすみ利益が10%アップするという。ホルモン剤は牛の耳に注射し、食肉処理のとき危険物として焼却処分される。日本はホルモン剤の家畜への使用を認めていないが、1991年の牛肉輸入自由化により、輸入枠を撤廃し関税を段階的に引き下げた。輸入牛肉の価格が下がり、消費量は拡大した。それに伴い残留ホルモン剤が原因と考えられる乳がんや前立腺がんが増加する。09年の日本癌治療学会の発表では札幌市内のスーパーで売られていた米国産牛肉の脂身から日本の140倍、赤身から600倍ものエストロゲンが残留していた。日本は先進国で最大のホルモン剤汚染牛肉の輸入国である。 成長促進剤の塩酸ラクトパミンは牛や豚の飼料添加物で、赤身肉が増え、飼料代の節減のため用いる。ラクトパミン添加の飼料を食べた豚は興奮しやすく、血圧があがり、心臓の鼓動も激しくなる。その豚を食べた人で吐き気、めまい、無気力、手の震えなどの中毒症状が出たり、心臓病、高血圧のリスクが高まり長期的には悪性腫瘍が誘発される。日本ではラクトパミンの使用が禁止され、残留基準値も設定されているが、検査はすべてをおこなうわけではなく、検査サンプル以外は自由に販売される。 健康な動物に抗生物質を与えていると、病気の予防とともに腸内細菌が減り、細菌が摂取する栄養分は家畜の分へ回り成長促進になる。日本の家畜用抗生物質の使用量はヒト用の2.5倍にもなる。病気のため投与するときは獣医師の処方を必要とするが飼料への添加は規制の動きがあっても農業団体の反対で法案が成立しない。数十万羽から100万羽規模の大規模養鶏場や畜産場では大量・密飼いのため家畜のストレスが高まり、感染症にかかりやすくなる。畜産での抗生物質の本格的な使用は、第二次世界大戦後、米国で始まり、現在米国で使われる抗生物質の約70%は健康な家畜に与えられる。このため食肉を経由し抗生物質耐性菌が人体に入り、腸管に保菌され、院内感染など集団発生の原因になる。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などが出現し家畜とともに耐性菌も飼育される。
日本の添加物市場は右肩あがりで成長し、1兆円を超えた。国民1人に換算すると1日約10g、1年で4Kgの添加物を摂取している。TPP11、EUとのFTA、日米FTAなど自由貿易が拡大していくと、いっそう摂取量が増えていくだろう。売り上げのトップは甘味料で、調味料、品質改良剤、食品香料、増粘安定剤、香辛料、着色料..の順になる。甘味料の中で最も多くを占めるのは人工甘味料のアスパルテーム、サッカリンNa、スクラロース、アセスルファム、キシリトールなど。アスパルテームは砂糖の約200倍、サッカリンは約500倍で少量で砂糖と同じ甘みが出せる。砂糖も問題はあるが、いちおう自然界に存在する甘味だ。アスパルテームなど合成された化学物質は、ヒトの体重1Kgあたりの1日摂取許容量が米国は50mg、EU・日本は40mgとされている。許容量より少ない20mg未満でネズミでがんを、ラットではリンパ腫、白血病、腫瘍を引き起こした。日本のアレルギー学会ではアスパルテームの投与によりマウスのアレルギー性気道炎の報告があった。ビタミン剤や咳止めシロップにも使用されているのでラベルの表示には注意を要する。 子どもの好きなゼリーやグミキャンディ、果汁入り飲料には複数の合成着色料が使われている。これと保存料の安息香酸が子どもの多動症と関連するとの報告がある。黄色4号、黄色5号はアレルギー性も確認され、たくあん、福神漬、清涼飲料水、佃煮、和菓子などに使用される。かき氷シロップの赤色2号、清涼飲料水やお菓子の青色1号もアレルギー性が確認されている。 ガム、菓子パン、清涼飲料水、コーヒー飲料、スナック菓子、キャンディー、チョコレート、ゼリーなど加工食品のほとんどに合成香料が使用される。加工食品は調理や生産工程で香りが損なわれるため、それを補うのが香料の役割だ。ミントやかんきつ類、シナモンの香り付けに用いるベンゾフェノン、アクリル酸エチル、オイゲノールメチルエーテル、ミルセン、プレゴン、ピリジンなど6種は動物実験で発がん性の報告がある。現在、500種以上の合成香料があり、日本では合成香料の原料として3000種以上の化学物質の使用が認められている。 ジュースの酸味料・変色変質濁り防止、佃煮の艶の向上・PH調整、麺類のかんすい、餡の保存延長・色素安定、漬物のあく抜き・つや出し・変質変色防止、ソフトクリームの固さ調節・気泡の保持、コーヒーの抽出効率向上、ねり製品の結着・弾力性保水性向上など多くの食品にリン酸塩が使われる。食品産業にとって魔法の添加物ともいわれ、多くの食品に使用されても表示はなく、PH調整剤、酸味料、イーストフード、乳化剤、かんすい、膨張剤などの中に隠れている。リン酸塩は体内のミネラルであるカルシウムと結合し体外に排出され骨が脆弱になり、免疫力低下、不安不眠などの精神症状、子どもの発育阻害の原因になる。 ....................................................................... 2011年、3月の原発事故から8年以上が経ち、しだいに食品の放射能汚染の報道も啓発も少なくなった。しかし、注視し続ける人々の情報によって事態は何も変わっていないことがわかる。報道は消えても放射性物質は消えていない。セシウムの半減期が30年だが、ほとんど影響がなくなるまで300年かかる。プルトニウムに至っては10万年の月日を要する。山野は除染されず、様々な放射性物質が降り注ぎ、いまも降り注ぐ、雨や風で広がり河川、湖沼へ流れ込む。100ベクレルを基準値として安全というが、事故前に比べ100倍、1000倍、10000倍も汚染した飲食物が流通する。例え1日1ベクレルでも1000日続くと体内に1000ベクレルの放射能を取り込むことになる。摂取した放射性物質の大半は排出されるが体内に留まったもので内部被曝し、基礎疾患を増悪させたり、心臓病、糖尿病、がん、白血病、白内障、精神疾患、アレルギーの重篤化、免疫力が低下し、インフルエンザや感染症にかかりやすくなる。2019年3月の発表では、野生のイノシシ・シカ肉、野生のきのこ、タケノコ、タラの芽、コシアブラ、ワラビなどの山菜が基準値を超えていた。ヤマメ、イワナ、ウナギ、ギンブナなど閉鎖系の湖沼に生息する淡水魚も基準値超えが続く。 ....................................................................... 食の現状をいくつか書いたが、悲観的だったかも知れない。「食べるものがない」と嘆き高じて潔癖なまでに無垢の食材を探す。無理だと分かっていても「少しでも..」という姿勢は正しいと思う。しかし、いきすぎて病的なまでに精進する人々もいる。私たちは等しく薄いガス室の中で共存し「毒を喰らう者」も「避ける者」も一定のリスクが降りかかる。正常と異常の境界を描くことは難しいが、「体に悪い」との規範で食の選択に執着すると体と心の健康を損なう恐れがある。オルトレキシア(orthrexia)という精神障害に分類され、ダイエットを淵源とする摂食障害と区別される。1997年、スティーブン・ブラットマン博士が使い始め、健康で自然な食事に対する強迫観念が原因だという。 食行動は文化や性格や金銭など多くの価値観が絡み、理屈どおりにはいかない。しかし、リスクを知っておれば二者択一の場面でより安全な選択もできる。まだ小さくて知ることのできない子供たちへ伝えることが大人の役割だと思う。 |