【漢方薬の寒熱と帰経・補益剤】


【四君子湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
人参 4.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0   ±0.0                
白朮 4.0 +0.5       +1.0           +1.0    
茯苓 4.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0              
甘草 1.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
大棗 1.0 +1.0       +0.5           +0.5    
生姜 1.0 +1.5   +0.5   +0.5           +0.5    
入経生薬数 3 4 2 6 2 1 1 1 1 4 1 1
寒熱数合計 ±0.0 +0.5 ±0.0   ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 +2.0 ±0.0 ±0.0
寒熱総数 合 計 3.0 4.5 2.0 8.0 2.0 1.0 1.0 1.0 1.0 6.0 1.0 1.0
+4.5 順 位 4 3 5 1 5         2    

 

漢方と聞けば、滋養強壮剤を連想する人が多いかも知れない。しかも高価で秘薬とか霊薬といった類のものが配合され、みるみる元気が出てくる。このようなイメージ戦略をとる薬屋も少なくない。漢方で所謂、滋養強壮剤に該当するであろうものが補益剤である。一般に流布する滋養強壮剤とはかなりの乖離がある。もちろん一本飲めばたちまち元気になるというドリンク剤とは全然別物だ。補益剤とは虚証を改善するための処方を言う。人体を構成する要素の中で、陰液(血・津液・精)と陽気の不足を生薬によって補うものである。本方は補気の基本処方で、殆どの補気剤がこの加減によって作られている。全身的な機能低下を「気虚」といい中枢の興奮性、物質代謝の減弱、消化吸収や免疫能の低下、貧血、低蛋白血症などが関係する。気力の衰え、疲れやすい、無力感、息切れ、顔色が白い、食欲不振、軟便〜水様性便または便秘などが見られる。脾胃に帰経する(+)の生薬と気の働きに関与する肺経の生薬が配合されている。寒熱総数も+4.5で温補の働きを有する。

主薬は人参で、中枢神経系の興奮性を高めて疲労感を軽減し、抵抗力を高め、消化吸収、蛋白合成、新陳代謝を促進する。さらに強心作用、性機能増強作用を持ち全身の機能を高め物質代謝を促進する。白朮は消化液の分泌を高め消化吸収や蛋白の合成を促進する。茯苓は滋養強壮作用を持ち、白朮とともに消化管内の水分を血中に引き込み止瀉し、また体内の水分代謝を調整する。人参、甘草は抗コルチコイド様作用があるので体内に水分を貯留しやすい。この作用に拮抗する意味でも白朮、茯苓の存在は意義がある。人参、白朮、茯苓、甘草の4味で四君子湯というが、中国では煎じるとき、大棗、生姜を加えるのを慣例とするので、実際は六君子湯ということになる。四君子湯単独で用いる症例は少なく、加減することが多い。例えば気虚の症状が顕著であれば人参を増量したり黄耆を加え、腹部膨満や痛みには枳殻、木香を加え、痰や溜飲があれば半夏、陳皮を加える。半夏、陳皮を加えたものを一般的に六君子湯というが、8味の処方なのでで八君子湯と言うべきかも知れない。

 


【補中益気湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
黄耆 4.0 +0.5   +1.0   +1.0                
白朮 4.0 +0.5       +1.0           +1.0    
人参 4.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0   ±0.0                
当帰 3.0 +2.0 +1.5   +1.5 +1.5 +1.5              
柴胡 2.0 -1.5     -0.8     -0.8     -0.8     -0.8
大棗 2.0 +1.0       +1.0           +1.0    
陳皮 2.0 +1.0   +1.0   +1.0                
升麻 1.0 +0.5   +0.1   +0.1       +0.1   +0.1    
生姜 1.0 +1.5   +0.5   +0.5           +0.5    
甘草 1.5 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
入経生薬数 3 6 3 9 2 2 1 2 2 5 1 2
寒熱数合計 +1.5 +2.6 +0.7 +6.1 +1.5 -0.8 ±0.0 +0.1 -0.8 +2.6 ±0.0 -0.8
寒熱総数 合 計 4.5 8.6 5.3 15.1 3.5 2.8 1.0 2.1 2.8 7.6 1.0 2.8
+13.0 順 位 5 2 4 1           3    

 

脾虚で中気下陥といい、骨格筋、平滑筋、支持組織などの緊張低下が起こると胃アトニー、遊走腎、脱肛、子宮脱、ヘルニアなどが起こる。さらに本方では脾不統血と言い脾虚によって血液の調節ができず、少量かつ間歇的な出血や皮下出血が見られる。気が虚してくると体温のコントロールにも支障を来たし、ストレスや肉体疲労にともない慢性的に微熱を繰り返す事がある。元気がない、疲れやすい、食欲不振、四肢のだるさ、立ちくらみ、嗜眠(とくに食後)、発汗、息切れ、便秘あるいは泥状〜水様性便、胃アトニー、脱肛、子宮脱、月経過多、頭痛、微熱、悪寒などの症状が見られる。補気健脾の黄耆、人参、白朮や升提の升麻、柴胡など脾胃、肺経を中心に温補の生薬が配合されている。本方の微熱は気虚発熱と言い、熱があっても温補して治す。気虚発熱は陰火ともよばれ不明な点が多く、全身の機能や代謝の低下によって自律神経系の失調が起こり、発生するものと考えられている。

四君子湯を基本とした加減方である。主薬は黄耆で中枢神経の興奮、強心、性ホルモン様作用などによって筋緊張を高め全身の代謝を促進する。昇圧作用もあり皮膚血管を拡張し循環を促進し、汗腺機能を調整する。腎への作用も知られ蛋白尿を軽減する。人参は脳の興奮性を高め消化吸収を促進し、全身の機能も向上させる。消化、利水作用のある白朮と共に黄耆に協力的に働く。柴胡、升麻は少量の配合で升提作用があり、大量では解熱、消炎作用がある。黄耆、人参、白朮などの補気薬に配合すると自律神経系を介して筋緊張が高まり持続時間も延長する。当帰は補血作用があり、滋養強壮と循環促進の補助的役割を果たす。また津液の消耗を防ぐ意味で、補気薬と共に配合されることが多い。応用範囲は広く一般的な疲労から病中病後の体力低下や慢性的な疲労まで用いる。脾虚という素因がなく頑強な人でも、一時的な疲労に用いて効果を発揮する。他にも筋緊張低下による便秘や下痢、脱肛、子宮脱、遊走腎、排尿異常、気虚に伴って起こる疾患に応用される。

 


【四物湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
熟地黄 3.0 +0.5 +0.4   +0.4   +0.4   +0.4          
芍薬 3.0 -2.0   -2.0 -2.0 -2.0                
川弓 3.0 +2.0 +1.5   +1.5     +1.5     +1.5      
当帰 3.0 +2.0 +1.5   +1.5 +1.5 +1.5              
入経生薬数 3 1 4 2 2 1 1   1      
寒熱数合計 +3.4 -2.0 +1.4 -0.5 +1.9 +1.5 +0.4   +1.5      
寒熱総数 合 計 6.4 3.0 9.4 4.5 3.9 2.5 1.4   2.5      
+7.5 順 位 2 5 1 3 4              

 

虚証のなかで血の滋潤と栄養の不足したものを血虚という。全身的、局所的な栄養不良状態で、消化吸収障害による血の生成不足、失血や慢性疾患などによる血の消耗、循環障害による血の供給不足などが原因となる。血虚は気虚も伴うため、一般で言う貧血と同じものではない。血虚で栄養状態が低下し、これに伴い脳、神経、筋肉、皮膚などの代謝異常と機能失調、内分泌失調が起こる。顔色が悪くつやがない、皮膚が荒れ潤いがない、かすみ目、眼精疲労、ふらつき、のぼせ、動悸、四肢の痺れ、筋肉の痙攣、月経不順、無月経などが見られる。血は肝、心経に関わるのでそこに帰経する(+)の生薬で構成される。四物湯は血虚の基本処方だが単独で用いることは少なく、多くは病態を考慮しながら生薬や分量を加減する。

主薬は熟地黄で当帰、芍薬とともに、糖、蛋白、脂質、ビタミンなどの栄養分を含み滋養強壮に働く。全身の栄養状態を改善し神経機能、内分泌機能を正常化させる。活血作用のある当帰、川弓は血管拡張作用によって栄養物質を組織へと供給する。当帰はビタミンB12、ニコチン酸、葉酸などを含み抗貧血作用がある。精油成分には子宮収縮を抑制し、非精油成分には子宮収縮を促す作用がある。両方向の作用があるため出産時など子宮に内圧がかかった状態では収縮力が強まり、内圧のない状態では弛緩、血流増加、栄養改善に働く。芍薬は子宮筋を抑制し収縮や運動を弱める。川弓は妊娠子宮の収縮を抑制するが、産後では収縮的に働き回復を助ける。血虚が強ければ熟地黄を増量し、ほてりやのぼせなどの熱症状があれば、熟地黄を地黄に代え牡丹皮などを加える。出血があれば川弓、当帰を減らし阿膠や艾葉を加える。地黄は生薬のなかでも胃腸障害をもたらす事で知られている。このため脾虚で食欲不振、下痢などがあれば補気剤を配合するか、脾虚をある程度改善したのち地黄を減量して用いる。

 


【六味地黄丸】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
熟地黄 8.0 +0.5 +2.0   +2.0   +2.0   +2.0          
山茱萸 4.0 -0.5     -1.0   -1.0              
山薬 4.0 +0.5   +0.7   +0.7 +0.7              
牡丹皮 3.0 -0.5 -0.5   -0.5   -0.5              
沢瀉 3.0 -1.0         -1.5           -1.5  
茯苓 3.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0              
入経生薬数 3 2 4 2 6   1       1  
寒熱数合計 +1.5 +0.7 +0.5 +0.7 -0.3   +2.0       -1.5  
寒熱総数 合 計 5.5 2.7 7.5 2.7 11.7   3.0       2.5  
-0.5 順 位 3 5 2 5 1   4          

 

陰虚とは血虚の状態が進み津液の不足が顕著になったもので、物質面の消耗にともない代償性の異化亢進と自律神経系の興奮や脳の抑制過程の減弱により熱証(虚熱)が見られる。肝腎陰虚とは慢性消耗性疾患や慢性の炎症、栄養不良、先天性虚弱症、老化など陰液の消耗によって起こる。非常に重要なことを「肝腎かなめ」と言い、肝腎の病気は治療に困難を要することが多い。腎と間脳・下垂体・副腎系の機能低下で免疫能が減弱し、免疫疾患を生じる基礎になると考えられている。漢方でいう腎は泌尿器〜生殖器と広く、ホルモン、内分泌、自律神経系などが関わってくる。頭がぼ〜っとする、ふらつき、思考力の減退、眩暈、耳鳴り、腰膝のだるさ、口渇、体の熱感、手足のほてり、歯の動揺、寝汗、遺精、排尿異常、無月経、無排卵、小児発育不全などの症状が見られる。肝と腎に帰経する三瀉三補の生薬が配合されている。主薬である熟地黄(滋陰補腎・益精生血)、山茱萸(滋陰補腎・固精止汗)、山薬(補気健脾・固精縮尿)の三補。牡丹皮(清熱涼血)、沢瀉(清熱利水)、茯苓(利水)の三瀉。三補の生薬で補益し、三瀉の生薬で陰虚の熱をさますように構成されている。寒熱総数は-0.5なので虚熱の度が高い陰虚火旺になれば清熱剤を加える。

熟地黄、山茱萸、山薬は蛋白、デンプン、脂肪、ビタミンなどの栄養素を含み、体を滋養し、異化作用亢進を抑制する。(例えるならブレーキを踏む力を増して減速するようなもの..)熟地黄は強心、抗アナフィラキシー作用があり、山茱萸は脳の抑制過程を強化したり、止汗し、遺精を止め陰液を保持する。他にも抗菌、消炎作用や化学療法や放射線による白血球減少を回復させる働きもある。山薬はアミラーゼなどの消化酵素を含み消化吸収を助ける。牡丹皮は鎮静、解熱、抗菌作用と脳や自律神経の興奮を鎮め、また血管拡張によって血行を促進する。沢瀉は腎火を冷まし、消炎、抗菌作用、自律神経の興奮抑制作用がある。抗コレステロール作用も知られ脂肪肝を改善する。茯苓は利水作用、鎮静作用のほか栄養物質を含むため「瀉」のみならず「補」の働きもある。熟地黄、山薬、沢瀉には血糖降下作用が、山茱萸、沢瀉、牡丹皮には血圧降下作用が認められている。生薬の構成から長期服用しても副作用や不都合もないため、病気回復後の体調管理、免疫疾患の基礎処方、新薬の副作用軽減など広い応用が考えられる。

 


【安中散】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
桂皮 4.0 +3.0     +4.0 +4.0 +4.0              
延胡索 3.0 +1.0 +0.8 +0.8 +0.8 +0.8                
牡蛎 3.0 -0.5     -0.5   -0.5       -0.5      
茴香 1.5 +2.0     +0.6 +0.6 +0.6         +0.6 +0.6  
縮砂 1.0 +2.0       +0.7 +0.7         +0.7    
良姜 0.5 +2.0       +0.5           +0.5    
甘草 1.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
入経生薬数 2 2 5 6 5 1 1 1 2 4 2 1
寒熱数合計 +0.8 +0.8 +4.9 +6.6 +4.8       -0.5 +1.8 +0.6  
寒熱総数 合 計 2.8 2.8 10.9 12.6 10.8 1.0 1.0 1.0 2.5 5.8 2.6 1.0
+19.5 順 位 5 5 2 1 3         4    

 

気、血、陰それぞれの補益の中で「気」については補気と補陽がある。本方は市販の漢方胃腸薬に用いられる事が多く、苦味健胃薬と対極をなす芳香性健胃薬である。冷えや寒冷な飲食物の摂取によって起こり、平滑筋の緊張や痙攣を伴う。頑強な胃腸の人には稀であるが、胃腸虚弱、冷えなどの体質的素因があると発生しやすい。腹痛(とくに上腹部)、腹部膨満、悪心、嘔吐、呑酸などの症状が見られ、脇痛や月経痛、下腹部痛を伴うこともある。牡蛎、甘草以外はすべて(+)の生薬が配合され寒熱総数+19.5と温補作用は強い。胃内の停水を捌くため慣例として茯苓を加える。

延胡索の鎮痛作用が最も強く、鎮痙作用もあり全身すべての疼痛に有効である。茴香、縮砂はスパイスとして用いられる芳香性健胃薬で、胃腸を刺激して消化管の運動を良くする。これによって食欲も出て、腹部のガスや食滞を除き、嘔吐反射も抑制される。牡蛎は主成分が炭酸カルシウムで胃酸を中和し鎮痛する。桂皮、良姜も温補作用があり、良姜は鎮痛作用が強く、桂皮は血行を促進する。本方は補陽作用はあるが補益作用はないので、元気がない、食欲不振、疲れやすいなど、気虚の症状があれば四君子湯系列の処方を検討する。生もの、脂もの、甘いもの、冷たいものを食べると、胃腸の動きが緩慢になり、胸焼けを起すことがある。このような時の「胸焼け」を目標に用いると顕著な効果が得られる。

 
【参考図書】
中医方剤マニュアル 上村 澄夫訳 /新編・中医学 基礎偏 張 瓏英 /漢方処方解説 矢数道明
漢方一貫堂の世界 松本克彦 /中医臨床備要 神戸中医学研究会訳 /漢方製剤活用の手引き
長谷川・大塚・山田・菊谷編 /中医臨床のための方剤学 神戸中医学研究会編 /中医処方解説
神戸中医学研究会編 /方剤学 神戸中医学研究会 

 

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