【漢方製剤の偽装】
漢方製剤の偽装 成川一郎 −2006.6月のコラムより− |
昨年、一本の電話を頂いた。ホームページを製作する上で様々な資料を参考にし、出典を掲げていたが、その著者である成川先生からだった。まさか!と、驚き、半信半疑のまま、しばらくお話を伺うことが叶った。そして...先月、一冊の図書が贈られてきた。封を解くと「漢方製剤の偽装」という成川先生の著作である。一通の書簡が添えられ「私の遺言状のようなもの..」という一文で締められていた。長年漢方の製剤化に取り組まれた先生に敬意を払うとともに、心より「ご苦労様です」と申し上げたい。まもなく喜寿を迎えられるとのことだが、遺言などと言わず、さらなる提言を賜りたいと思う。また、鴻毛の如き一漢方屋に対し、配慮をいただき、この場を借りて感謝申し上げる次第である。(2006.May) 漢方と言えば、いまやエキス顆粒、エキス錠剤という簡便なものに席巻されてしまった。漢方は煎じて服むものという常識は徐々に変容しつつある。当薬局でも薬草を煎じて服用した世代の高齢化が進み、煎じ薬の需要も減少しつつある。煎じ薬という基本は堅持しながらもエキス顆粒や散剤、丸剤への応需も欠くべからざるものとなった。ところで煎じ薬とエキス顆粒は同一のものか?という話はしばしば耳にする。著者は配置薬の製薬会社で長年医薬品の製造に関わった経験をもとに、エキス剤の濃度偽装という言葉で警鐘を発し続けて来られた。現在、建築業界では耐震強度の偽装が問題になっているが、医薬品の業界に於いても偽装があったし、今もその心配が無い訳ではない。私も薬学を卒業後、配置薬の製薬会社で製剤と試験の業務に携わった。そのとき、総合胃腸薬に配合した消化酵素の力価が混合時に数割、湿式顆粒製造後に9割減少する事態に遭遇した。数ヶ月に渡り対策を練ったが遂に有効な対策が打てないままだった。新しい造粒機を購入すれば解決できたかも知れないが、高額な設備投資をするほどの会社でもなく、そうするより製造を断念するほうが得策であった。しかし、医薬品としての承認書は頂いていたので、そのまま出荷してしまったのだ。公的検証機関があれば、直ちに発覚する偽装であったが、おびただしい製品の一つ一つを再検査することなど到底不可能である。性善説に則り、製薬会社を信じるしかない。 最初に漢方エキス製剤に触れたのは、製薬会社に在職中のこと。葛根湯エキス顆粒というティーバッグを湯呑みに入れ、熱湯を注いで服用する製品であった。それは、奇しくも成川先生が作られた東亜製薬のものであった。葛根4.0g麻黄3.0g生姜1.0g大棗3.0g桂皮2.0g芍薬2.0g甘草2.0gから製造した乾燥エキスを乳糖、D-マンニトール、白糖、蔗糖脂肪酸エステルを添加物として1包4.0gにまとめたものだ。ところが、他社の葛根湯エキス顆粒を見ると、同量の生薬を用い、似たような添加物でまとめた1包は1.5〜2.5gになっている。著者はここから疑問を抱き始める。東亜製薬の葛根湯エキス顆粒4.0gには深い理由があり、渾身の努力が実ったものだ。 既述の生薬量で葛根湯エキス製剤を作ると、どんなに努力を重ねても4.0gのエキス顆粒になってしまうという。内服薬は、口に入れ易い1回量2g程度を水や白湯で服み下すという方法が一般的である。他社の製品はそれに習い一包を2g程度にしていたため、一包4gとした著者の製品について担当官から「製法がおかしいのでは?」と在らぬ嫌疑をかけられる。エキスというのは生薬を水で煎じ滓を取り去り、その液を真空か噴霧かの方法で濃縮したもので、これを元に顆粒や錠剤へと製剤化していく。エキスは吸湿性が高く扱いにくい為、適当な賦形剤(無害無益の混ぜ物:乳糖、デンプンなど)で仕上げる。葛根湯17gの生薬から4.25gのエキスが取れ、顆粒に仕上げると12.0gになる。他社は如何なる技術をもって4.5〜7.5gの顆粒と為しうるか?「粉末エキスをさらに濃縮できる手品使いか?」と著者は嘆じる。そして、苦闘の実験が始まった。(1)煎じる装置を変えてみる(2)煎じる水の量を変えてみる(3)煎じる時間を変えてみる(4)煎じる温度を変えてみる。 |
【葛根湯(1日分の生薬17g)のエキス量・エキス取れ高】
加える水の量 (生薬量の倍数) |
時間 | 温度 | 装置 | 取れたエキス量 (g) |
エキス取れ高 (%) |
30倍 | 2時間 | 煮沸 | 還流煎出 | 5.61 | 33 |
30倍 | 1時間50分 | 煮沸 | 還流煎出 | 5.10 | 30 |
20倍 | 1時間 | 煮沸 | 還流煎出 | 4.93 | 29 |
10倍 | 2時間 | 煮沸 | 還流煎出 | 4.93 | 29 |
6倍 | 2時間 | 煮沸 | 還流煎出 | 4.25 | 25 |
8倍 | 2時間 | 45℃ | 開放煎出 | 3.74 | 22 |
30倍 | 30分 | 煮沸 | 土瓶煎出 | 4.93 | 29 |
20倍 | 40分 | 煮沸 | 土瓶煎出 | 4.93 | 29 |
10倍 | 30分 | 煮沸 | 土瓶煎出 | 4.25 | 25 |
漢方生薬のエキス取れ高には、私が実施した実験の範囲内では、産地や 季節などでほとんど差がありませんでした。しかし、漢方生薬に含まれる 微量の薬理活性成分(効き目に関わる成分)には採取した場所や季節 変動などによっていくらかの差があるのは避けられないでしょう。 |
結果、45℃の風呂ていどの温度で煎じたものを除いて、取れ高にほぼ差のないことがわかった。同じような結果が小青竜湯でも出され、同業の他社が再実験したところ、数値の正しさが確認された。さらに、個別に生薬エキスを抽出してみると、産地、仕入れ時期などによる取れ高の差もないことが判明する。57種類の生薬でエキス取れ高10%未満が12種、10〜20%未満が18種、20%以上が27種あり、桔梗根、大棗、熟地黄は60%以上の取れ高であった。これらのエキスを漢方処方に換算し足し算をすると、興味深いことに、いくらか例外はあるものの、まとめて煎じたものとほとんど同じ量になった。上の表を見ると水の量を多くし、煎出する時間が長くなればエキス取れ高は幾らか上がるが、普通に煎出しても1日量で4gほどのエキスが抽出される。それを顆粒にするなら、どんな技術を用いようと1包2gは困難であろう。このことを著者は「手品?」と書いているが、手品などではなく、それだけのエキスを入れていなかったのだ。熟成酒では「天使の取り分」と言うが、漢方エキスでは「会社の取り分」になっていた。製剤化の草創期に薄口漢方エキス製剤が流通したのは技術の困難さがあったのかも知れないが、そのことによって儲かる仕事をしたことも間違いない。私が配置薬の製薬会社に勤務した頃は、丸剤の着色料や軟膏の殺菌剤、ピリン系薬など多くの問題が発生し、その都度、同業の会社と連絡を取りあい、まず会社の利益を考えて、足並みをそろえる対策をとったものだ。しかし、他社がやっていることに迎合することなく、自らの信念つらぬき通された仕事に畏怖の念さえわいてくる。 薬効にはエキス分量と有効成分の含有量が関わってくるが、常識的にはエキス量が少ないものは有効成分も少ないことになる。一般用の葛根湯エキス製剤は17g処方の他に、葛根8.0g麻黄4.0g大棗4.0g桂枝3.0g芍薬3.0g甘草2.0g生姜1.0g(計25g)の処方があり、この2処方のエキス製剤が流通している。そして、驚くことに厚生労働省の承認規約で、配合エキス量を1日分処方の半分まで減らしてもよいとされているのだ。濃度を薄めることで、薬効は減少しても副作用は軽くしようという配慮かも知れないが、このことは一般消費者は知らないし、分量を注意して確認しないかぎり専門家でも見逃してしまう。この規約のため一般用漢方エキス製剤は混乱と迷走を呈している。25g、17gという2処方の葛根湯エキス製剤について濃度範囲100〜50%が認められるなら、多様な濃度のものが流通することになる。上の25g処方100%と、下の17g処方50%を比較すると5〜6倍もの格差が生じることがある。煎じ薬を扱わずエキス顆粒や錠剤しか置かない「漢方専門薬局」がどのような濃度の製品を渡しているのか、客は知る由もない。効かなかったとき、証が合わなかったとして、別の処方に変えるのか、それとも「慢性病だから..」と、苦しい説得をするのかは知らないが、代金を頂戴する側は困らない。 |
【医療用・葛根湯エキス製剤のエキス量・エキス取れ高】
生薬利用率 | 製薬会社 | エキス量 (g) |
エキス取れ高 (%) |
医療用25g処方・葛根湯エキス製剤 |
|||
100% | a | 5.2 | 20.8 |
〃 | b | 5.0 | 20.0 |
〃 | c | 4.47 | 17.9 |
〃 | d | 4.4 | 17.6 |
〃 | e | 4.34 | 17.4 |
〃 | f | 4.3 | 17.2 |
〃 | g | 4.3 | 17.2 |
〃 | h | 4.15 | 16.6 |
〃 | i | 3.5 | 14.0 |
医療用18g処方・葛根湯エキス製剤(1) |
|||
〃 |
G | 4.8g | 26.7 |
医療用18g処方・葛根湯エキス製剤(2) |
|||
〃 | H | 3.75g | 20.8 |
医療用17g処方・葛根湯エキス製剤 | |||
〃 | A | 4.1 | 24.1 |
〃 | B | 3.6 | 21.2 |
〃 | C | 3.3 | 19.4 |
〃 | D | 3.3 | 19.4 |
〃 | E | 3.2 | 18.8 |
〃 | F | 3.19 | 18.8 |
では、医療用なら大丈夫かというと、そうでもない。漢方エキス製剤が保険で使われるようになった1976年から約10年間は惨澹たる状況で、薬店用と大差なく、それ以下の製剤もあった。当時、1日2回服用で1回2.5gという用法だったが、ある漢方医の講演で「これでは効かない、倍量を処方すれば何とか良いだろう」という話を聞いたことがあった。この10年で漢方製剤のメーカーは相当な利益を上げたのだ。そして1985年、これを是正するべく所謂「マル漢通知」という厚生省からの通知が出された。過去に当局を欺いて承認を得た医療用の漢方エキス製剤の内容を、各社が一年以内に見直し品質を是正するというものだ。処方分量としては25g、18g(2種類)、17gが存在するが、エキス量は満量を配合するようになった。これによって従来の医療用漢方エキス製剤は軒並みに濃度が倍増した。その後の、医療用葛根湯エキス製剤を見ると以上の表になる。規格を遵守するなら、ほぼ同一の品質でなければならないが、製剤技術の差で製品間の格差は依然残っている。著者によると「まずまずのレベルのものが圧倒的であることがせめてもの救い」と言う。しかし、一般用漢方エキス製剤については100〜50%の規約が生き続け、成分・分量の表示の仕様から、品質の把握に困難を伴う。普通、一日量の生薬分量とそれから得たエキスの量が記載されている。処方量を知る人は100〜50%いずれのレベルか理解できるが、専門家でない限り稀なことである。また、エキス量に至っては、乾燥エキス、水性エキス、乾燥エキス末、エキス、エキス末、水性乾燥エキス、水性エキス、軟エキスと表現が多様を極め、専門家でさえ内容の理解に苦しむ。多様な表記には曖昧や誤りも紛れ込みやすい。 さらに、漢方製剤は濃度とは別の問題が控えている。漢方薬の特性を無視した製法や製剤技術の稚拙さから、有効成分が減少したり含まれないものがある。その一つが、大手メーカーが漢方胃腸薬の名で販売している安中散や平胃散のエキス製剤だ。安中散について、比較のため桂枝、延胡索、牡蠣、茴香、縮砂、甘草、良姜、以上の生薬を粉末にして(1)乾式(圧力を加え造粒)、(2)湿式(少量のアルコールで湿らせて造粒)、(3)生薬を煎じて製造したエキス顆粒、これらを分析すると、(1)の乾式顆粒では揮発成分が殆ど温存され、(2)の湿式顆粒では低い温度で揮発する成分が失われた。そして、エキス製剤では揮発性の成分の殆どが消失した。桂皮、茴香、縮砂、良姜という芳香性の健胃薬は揮発性の成分こそが薬効の要となる。つまりエキス顆粒を服んでも賦形薬である色付きデンプンを服んでいるに過ぎない。また、安中散に配合されている牡蠣の主成分は炭酸カルシウムである。これは過剰の胃酸を中和する役割の生薬であるが、ほとんど水には溶けないためエキス製剤ではゼロに等しい。安中散をどうしてもエキスや錠剤で服用したいならば、別途、芳香性健胃薬や牡蠣末を加える必要がある。 漢方薬は「湯」や「散」や「丸」という名称の付くことが多く、これは薬効を発揮するため、効率の良い方法を示唆したものでもある。桂枝茯苓丸は桂枝、桃仁、牡丹皮、茯苓、芍薬、牡丹皮の粉末を蜂蜜で丸剤として服用する。蜂蜜を結合剤とするが、保存剤の役目も果たし、さらに脾胃を補い滋養をもたらす働きもある。古典では、これを酒にて服用するよう指示されている。生薬は揮発成分や熱や水で分解しやすい成分を含むため工夫された剤型である。漢方家の間でもこのことは常識であったが、数値の裏付けはなかった。市販の丸剤や顆粒剤との比較のため、基準品として生薬成分が原状のまま温存されるように、水を抜いた練蜜で錠剤を作った。これと、幾つかの製品について、有効成分と思われる桃仁中のアミグダリンと分解物のベンズアルデヒド、牡丹皮中のペオノール、桂枝中のシンナミックアルデヒド、芍薬・牡丹皮中のペオニフロリンの含有量を分析する。その結果、生薬末を用いた丸剤でも、いくつかの成分に消失や半減が認められ、エキス顆粒ではほとんどが消失していた。市販の丸剤がどのような製法かは不明だが、普通、結合剤を水に溶き、それを噴霧しながら核となる粒を大きくしていく。しかし、原料を湿らせて、更に温風を送り乾燥するなら、粉末を用いたとしても成分に変化の起こることは明らかだ。エキス顆粒に至っては漢方薬といえるかどうかさえ疑わしい。私は市販の丸剤を利用しているが、これも物足りないものだ。粉末をそのまま「桂枝茯苓散」として蜂蜜酒で服用するほうがはるかに良い。エキス顆粒や錠剤で効果の得られない人に丸剤を勧めると手応えを感じることがしばしばある。臨床的な比較研究があるかどうかは知らないが、成分の分析値の相違は効果の差異の裏付けになると思う。生薬や漢方処方の特性を考えて利用することが、薬効と資源を最大限生かすことになる。このことは、漢方はもとより天然物を用いた製剤において特に重要な問題であろう。 原料生薬を間違いなく用いた製剤でも、製剤技術の違いによって、 効能に関わると思われる揮発性成分を含む「散」の処方を、何も 桂枝茯苓丸という「丸」の処方でも、昔の人は当時の技術なりに工夫 本では製剤技術の差から生じる大きな品質格差について、図表を用いて、詳しく説明がされているので、一読いただければと思う。一般用漢方製剤には丸剤や散剤が認められるが、医療用の漢方製剤ついては「すべてエキス製剤にしなけらばならない」という規定があるため、エキスで品質の確保が難しい処方については、効果の期待できないものが使われている可能性がある。製剤技術の巧拙は薬剤の吸収・排泄に大きく影響し、それが、薬効の差にもなる。端的には、結合剤の量をわずかに変えただけでも崩壊時間が異なってくる。話はそれるが、最近、ジェネリック薬の宣伝も盛んに行われ結構なことだが、費用ばかりで効果が置き去りにされてはならない。漢方エキス製剤では含有量の問題を話したが、原料の品質や製剤技術の差も検討課題である。新薬では規定の成分を配合することは容易だが、ある医薬品を含有する製品が数種類あるなら、製剤技術によって微妙な差や大きな差が出てくるのは避けられない。ジェネリックと先発品との同等性の確認試験は為されても、臨床での感触は異なることがあるだろう。もし、薬や治療法を替えて違和感を覚えたら新薬、漢方薬、サプリメント...いずれに限らず立ち止まって、時には引き返すことも考えなくてはならない。 著者のライフワークの成果を、余すところなく伝えるには本書を読んでいただくしかないが、次の3点が主張の根幹をなすものである。
管仲は「衣食足りて礼節を知る」と言っているが、仕事に慣れ、生活にゆとりが生じると緊張感は薄れ、他には厳しく自分には甘くなりがちである。初めて医薬品や漢方薬に触れた日のことを思うと、いまは随分くたびれてしまった。医薬品の仕事に携わる者ならば、扱う製品の情報は十分に収集し、熟知しておきたい。与えられるものを信じ、希望を託す人に対し怠りがないように... |