【Topic(薬草)】


イチョウ葉とボケ予防
ミミズの薬効
SARSと漢方薬
熊胆(くまのい)
生姜は便利な家庭薬

 


イチョウ葉とボケ予防

脳血液循環を改善するなどの効果が認められドイツやフランスなどで医薬品として利用されている。日本でもブームになったが、食品の扱いとなっている。葉をお茶として飲むよりエキスのほうが効果的という話もある。脳血流を改善するならば、頭も良くなる、ボケ防止の効果もある...等の謳い文句で多くの商品が販売されている。イチョウ葉には有効成分の他アレルギー物質であるギンコール酸が葉と外種皮に多く含まれている。銀杏でかぶれるのは有名な話で、このため粉末にして飲む方法には注意がいる。ギンコール酸のアレルギーや、腹痛、湿疹、下痢などの症状が出たという事例もあった。

そして、有効と思われていた薬効までも疑いがもたれるようになった。2002年の報告で、心身ともに健康な高齢者を対象とした二重盲検試験により、イチョウ葉エキスの認知機能改善効果はプラシーボ並みに過ぎないことがわかった。この研究は、米国Williams大学心理学部のPaul R. Solomon氏らによるもので、新聞広告で心身ともに健康で痴呆ではない60歳以上の男女ボランティアを募集。応募してきた男性98人、女性132人を無作為に2群に分け、プラシーボまたはイチョウ葉エキス(40mg1日3回)を6週間服用してもらった。

この結果、イチョウ葉エキス、プラシーボ服用の両群とも、ほとんどの項目で服用後にスコアが上昇し、上昇幅は、イチョウ葉エキスとプラシーボとの間で、統計学的にも臨床的にも意味のある差はなかった。さらに友人や家族による客観的な評価でも、2群の間に差は認められなかった。実際の痴呆患者には有効という他の研究者の報告があるが、そのevidenceは極めて弱いものであると言う。しかし、ドイツでは毎年500万枚の処方箋が出され、米国では健康食品として1997年実績で240万ドル(日本円で約2億8000万円)を売り上げている。イチョウ葉を飲むようになってから物忘れが少なくなったという話は、時々聞くことがある。これもプラシーボの範囲を超えることがないのかも知れない。他の健康食品や薬草、漢方薬についても安易に「効きます!」とはいえない問題を提起している。

ミミズの薬効

強力な熱冷ましとして民間で用いられてきた。漢方でも解熱剤として用いるが、そのほか鎮静、抗痙攣作用があるため高熱を伴う煩躁や痙攣、癲癇、風邪の頭痛、目赤、中風による半身不随、喘息、関節の疼痛、歯出血、尿閉等に用いられる。持続的な血圧降下作用も知られているため、動脈硬化や脳卒中の後遺症にも応用される。蛋白質に富んでいるため食用とする事も出来なくはないが、食べる気にはならない。医薬品として発売されているミミズは地竜エキスと呼ばれ、効能・効果は「感冒の解熱」、となっている。健康食品では「血液サラサラ...奇跡の血栓溶解剤」として売り出され販売店も百花繚乱の趣である。

ミミズの健康食品には特許がある。病気に効果があるという特許は用途特許と言い食品であっても取得できるらしい。健康食品はその成分や抽出・製造方法で特許をとってもすぐ他から類似品が出てしまう。このため権利をより確実にするため、用途特許をとる場合があるようだ。特許と言えば、素人には「特効薬」を暗示させるが、医薬品のそれとは随分温度差のあるものだ。正しくは殆ど違うものである。アイデアを最初に考え付いたと表現すべきかも知れない。ほかに実用新案とか意匠登録など紛らわしいものがあり、何れも効能・効果を保障するものではない。

そこに掲げられる臨床試験らしきものは医薬品の検定で用いられるものとは内容も規模も稚拙である。血栓症治療剤として特許を取得したデータでは、ミミズ乾燥粉末を10人に投与し、一人は健康人、その他の9人は高血圧、高脂血症、静脈血栓症などの様々な病人。これらの人たちにミミズ乾燥粉末を25日間服用してもらい、その間の血液中フィブリン分解産物の変化を見る。まさにテレビの健康番組そのものと言っても過言ではない。さらにデーターの処理や考察も杜撰なものである。お世辞にも医薬品のレベルとは言えない。糖尿病に効果あり、という実験にしても5人の病人に6ヶ月服用させて血糖値を測定するものである。対照試験もなく食事や運動などのバイアスの検討もないまま有効と結論付けられる。

古典医書によれば「地竜は泄を降ろし、経絡を通じ、熱を清し、驚を定め、水を利し、喘を平らにする」とされている。経絡を通じるという記述が、血栓溶解の根拠になったものだと思う。経絡を通じるのは「気」であって、血管を血液が通じるのではない。見えない気をつかむだけでも困難なことである。しかし、古典の記述を手がかりに数多くの有益な研究成果があるのも確かである。古典医書はあくまでも参考のためであって、古典医書の記述を証明すると言うのは本末転倒である。

SARSと漢方薬

この冬(2004年)の鶏インフルエンザ騒動は記憶に新しい。その後、鯉ヘルペスが各地で報告される。原因はいずれもウイルスによるもので、昨年中国で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)も同じである。ウイルスに効果的な薬がないため、中国や香港ではパニックが発生し、それに乗じた商売も生まれた。安物のマスクをハイテクマスクだと偽って売ったり、予防に有効だと漢方薬やサプリメントを高値で売りつける業者が現れた。漢方の業界にいる以上、当然漢方治療は話題に上った。

漢方家の間で伝説になっている事件がある。1918年世界的に大流行したスペイン風邪を巡る話だ。患者数2400万人、死者38万人に上ったが、日本の漢方医、森道伯は症状を3つに分類し治療にあたったという。脳症型/升麻葛根湯。呼吸器型/小青竜湯。胃腸型/香蘇散。治癒率は不明だが、好成績を収め一躍名医の評判を得た。この頃の治験例というのは現代的な資料価値からすると殆どアテにならないといわれるが、薬が充分になかった時代に工夫して治療を試みた先人の気迫が感じられる。

今回のSARSでは、抗菌作用・抗ウイルス作用のある板藍根(ばんらんこん)、金銀花(きんぎんか)がとり上げられ、これらの薬草を病態に合わせて配合した処方も紹介された。そのため板藍根と金銀花の価格が10倍以上になったと言う。漢方では風邪や感染症に繁用されるもので、特に珍しい薬草でもない。中国・国家漢方薬管理局専門家組織は、SARS・ 漢方医薬予防・治療技術方案として詳細な弁証論治の提言をしている。これには製剤の品質や、違法行為に及ぶ規制まで盛り込まれている。ウイルスが原因である以上、それを駆逐するのが最も有効に違いないが、薬がないならばウイルスに打ち勝つべく体内環境を強化するしかない。この点で補助的な薬草療法は有益なものであろう。しかし、SARS予防の漢方薬について、長期の服用は適さず、一般に3〜5日服用し、適していないと感じたら直ぐに服用をやめ、医師に相談するよう注意も呼びかけている。

漢方は予防医学でもある。日常生活の中で健康に留意し、合理的な飲食を行い、労働や運動と共に休養をとり、体力や抵抗力を温存することも重要である。

熊胆(くまのい)

臥薪嘗胆:成功の為には艱難辛苦にも耐えることをいう。薪にすわり、胆汁を舐めてその苦痛に思いを募らせる。中国戦国時代の壮絶な故事である。胆汁を集めて乾燥させたもので、重量あたり金と同価格で取引されるくらい高価である。高価なだけに贋物も多く、牛胆を混ぜたものや鉛を入れ重量を誤魔化すものなどがある。少量の破片を水に浮かべると弧を描いて溶解するのが本物と言われている。解熱・鎮痙・鎮静作用があり、ほかに消炎・解毒にも用いる。一回量/0.1g〜0.3gと少量で即効性があるので民間薬でも「くまのい」とよばれ重宝されてきた。ほかに外用する方法もあるが高価な為容易に使えるものではない。

最近では熊胆を劇症肝炎・急性黄疸型肝炎・肝性昏睡などに用い、肝硬変からの発癌を予防する目的での研究も行われている。熊胆の主成分ウルソデオキシコール酸は商品名:ウルソとして肝臓・胆嚢疾患に用いられている。この服用者と非服用者を長期追跡した対照研究によると、肝臓癌の5年発症率に3倍近い差があることが確認された。患者の平均年齢は約60歳、男女比はほぼ半々で、肝機能を反映する検査値、治療薬の使用頻度などにも有意差はなかった。そして、5年後の肝臓癌発症率を比較したところ、ウルソ治療を受けた56人では10人(18%)が肝臓癌を発症したのに対し、ウルソ治療を受けなかった46人では18人(39%)が発癌。ウルソ治療により肝臓癌の発症がほぼ3分の1になった。

この研究は熊胆の成分のウルソデオキシコール酸(ウルソ)で行われているが熊胆そのものであれば、また違ったものになったかも知れない。熊胆は他にもビリルビンやコレステロールなど含まれている。薬草では微量な挟雑物が大きな役割を果たすことも多い。なにぶん熊胆は高価なため、よほど差し迫ったとき以外は使い難い。しかしその成分のウルソで一定の効果があるならば、資源も豊富で安価な牛胆や他の動物の胆汁で代用できるのではないかと思う。

また、胆汁は分泌されたあと大腸で再吸収される。それと関連があるのかどうか、胆嚢を切除した人で大腸癌が多いことが報告されている。胆汁酸が不足して大腸癌を誘発するのではないか?という仮説のもと、大腸癌ハイリスク者を対象にウルソを投与し、大腸癌予防効果を評価する試験が行われた。その結果、試験期間中に大腸腺腫が再発したのは、ウルソ群の42.0%に対しプラセボ群では45.3%。ウルソ群で低い傾向はあるものの有意差はないことがわかった。仮説が誤りだったのか?...大腸癌に対する予防効果はないようだ。

生姜は便利な家庭薬

漢方薬の3大繁用生薬は甘草、生姜、大棗である。生姜は乾燥品が日本薬局方に収載されているので薬事法上の医薬品になる。しかし、乾燥段階で精油が揮散し、いくらかの効果減は否めない。そのため生の生姜を入れて煎じるように指示する漢方家も居る。

生姜の食材としての利用は広範で、なくてはならないスパイスである。思いついただけでも、冷奴、湯豆腐、鯵のたたき、てんつゆなどの薬味、豚肉の生姜焼き、煮魚の臭み消しなどに用いる。また生姜の味噌や粕漬け、甘酢漬け、紅生姜などが食卓に上る。スパイスとして、食材の防腐・殺菌さらに味覚や風味が増すことなど知られている。生薬としての薬効はさらに応用範囲が広い。有効成分はジンギベロール・ジンゲロン・ショウガオールなどで、現在確認されている薬理作用は中枢抑制・解熱・鎮痛・抗痙攣・鎮咳・鎮吐・鎮痙・唾液分泌亢進・抗消化性潰瘍・腸管内輸送促進・抗炎症・強心などの作用である。薬能は辛・微温/辛温解表・化痰燥湿・温中止嘔・解毒とされている。風邪薬として体を温め発汗したり、胃腸薬として吐気、嘔気を治す目的で用いる事が多い。

妊婦の悪阻に用いた研究がある。悪阻に悩む妊婦291人が参加した臨床試験で、生姜が医薬品と同じくらい効くことが確かめられた。この研究を行ったのは、オーストラリアAdelaide大学産婦人科のCaroline Smith氏ら。試験に協力したのは、吐き気や嘔吐に悩む、妊娠初期の妊婦291人。くじ引きで2グループに分け、乾燥生姜粉が350mg入ったカプセル群と、ビタミンB6が25mg入ったカプセル群で、1日3回3週間服用してもらった。ビタミンB6は、厳密な臨床試験で悪阻の症状を軽くする効果が確かめられているので、比較検討された。この結果、どちらのカプセルを服んだ妊婦も、週を追うごとに症状が軽くなり、最終的に生姜で53%、ビタミンB6で55%の妊婦の悪阻症状が改善し、ビタミンB6と同じくらいの鎮吐効果が認められた。

鎮吐作用があるので乗り物酔いにも応用できる。「食べるクスリ」丸元淑生の訳本では「常用されている薬よりも生姜のほうが乗り物酔いをより強力に抑えることは明らかだった」と書かれている。市販の新薬のように眠気を催さないので便利である。生姜の漬物でも効果は期待できる。乾燥粉末より、生の生姜が優れているので、1回4〜8g位を擂りおろし、葛湯などに入れると飲みやすくなる。風邪の悪寒や腹が冷えて下痢するときには温めて、吐き気や乗り物酔いには冷まして飲んでも良い。また漢方では発散性のある気剤とされているため、気分が優れないときなど試してみるといくらか緩和されるかも知れない。

 

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