第3章『素(しろ)』

(1)

ドア越しにポレポレの店内を覗き込む雄介。そこには仕込みの真っ最中のおやっさんの姿があった。
ノブに手をかけ開くと、カランカラン!と来客を告げる音が鳴り響く。
「いらっしゃ・・・」
ふっと顔をあげたおやっさんの動きが、一瞬止まる。しかし・・・
おう、帰ってきたな。」
さして気にする風でもなく、おやっさんは仕込みの作業に戻る。
「?驚かないんですか・・・?」
おやっさんの意外な反応に不思議がる一条。
「あー、こいつの放浪癖には慣れっこだからね。今さら別に・・・」
「ははっ、でもおやっさん涙出てますよ?」

茶化す雄介。見れば確かにおやっさんの目には光るものが・・・
「バ、バカ!こりゃお前、今タマネギ切ってたから・・・!」
「でもそれ、ニンジンですよ?」
「ぐ・・・こ、これは一見ニンジンに見えるが実は新種のタマネギで・・・」
二人の漫才のようなやり取りを見て思わず一条の顔がほころぶ。
(これが、この二人なりの再会の挨拶なんだろうな・・・)

カウンターに座り、談笑していた雄介が、同じく隣でコーヒーを飲んでいる一条に向き直る。
「ところで一条さん、アギトに心当たりがあるって言ってましたよね?それでどうしてココに?」
「ああ、その事なんだが・・・。」
ちらりとおやっさんの方を見やる一条
「すみません、昼過ぎにココに来た時に今日からバイトしているという青年に会ったのですが・・」
そう問い掛ける一条に、おやっさんが答える。
「今日から入ったバイト?・・・ああ、津上君のことかな?」
「津上・・・それで、今彼は?」
「昼休み取るって飛び出したと思ったらヨレヨレになって帰ってきてね。初日だし、今日はもういいからって
上がってもらったよ。どしたの、彼と何かあったの?」
「あ、いえ。昼に会ったときに好感の持てる青年だったものですから。そう、まるで・・・」
一条が隣に目をやる。ホットミルクに息を吹きかけ冷ましている雄介。
「似ている、か・・・面接したときに私もそう思いましたよ。」
おやっさんも又雄介を見つめる。やっと飲み頃になったミルクに口をつけようとしていた雄介も、ようやくそんな二人の視線に気付く。
「な、何ですか二人して!?」
照れ隠しに一気にミルクを飲み干そうとした雄介だったが、中の方はまだ冷めておらず・・・
「!!熱っ!」
舌を火傷し悶える雄介に、顔を見合わせ苦笑する二人であった。

(2)

深い森に立つさびれた洋館・・・イレギュラー達の巣窟に黒と白の怪人―ゲノムとバゴーの姿がある。
「先のセル復活の際の戦い・・・クウガ以外にも霊石の波動があったな。」
「最初に現れ、セルと戦っていた奴の事か?」
「そうだ。・・・それともうひとつ、ジュウザからもクウガに似た戦士と戦ったとの報告があった。
霊石の反応も感じたそうだ。時間的に見て同じ奴ではない。・・・だが霊石をその身に宿し、戦士となった者は
クウガ一人のはず。ならばそいつらは何者なのか・・・?」
「セルの吸収した人間達の記憶によると、セルが戦った奴は『アギト』と呼ばれる存在らしい。」
「アギト・・・?」
その言葉に心当たりがあるのか、ゲノムは腕を組み、記憶を呼び覚ますかのように目を閉じた。
「・・・かつて神々の戦いあり。命を産み育みし神、生命を愛す、されどその未知なる可能性を恐れん・・・。
エル・・・其は命の長・・・仇なす希望を摘みし神の使い・・・地、水、風・・・全てが神に従いしその時、
神苦悶す。白き光・・・希望を守らんとする神の移し身・・・残されし力を・・・闇照らす炎を希望に与えん。
其は炎を纏い光となる龍・・・其の者の名は・・・アギト・・・」
「!?」
「古き言い伝えだ。その後、アギトにより神の使いは倒され、神自身も追放されたという。
生物の中でヒトだけが火を恐れず操る事ができるのは、炎のエル・アギトがその祖であるからだ・・・と。」
「ふん・・・」
ゲノムの昔話にさして興味なさそうに、バゴーは壁にもたれかかる。
「・・・で?そのアギトとやらにも霊石があるってのか?」
「そうだ。これは私の推測だが、クウガの霊石はアギトの物を元にした、ほとんど同質の物なのではないか?
我々の目的を果たすためにはより強力な霊石が必要だ。数は多いに越した事はない・・・」
「おっと、待った!何度も言うが俺の目的はあくまで奴との・・・クウガとの戦い、只それだけだ!!
霊石の事など、その『ついで』にすぎん。」
言葉をさえぎられたゲノムは、やや呆れながらもバゴーの言い分を聞き入れた。
「・・・判った判った。クウガの件はお前に任せる。アギトは・・・セルにやらせよう。復活早々に手ひどい
傷をつけられて、かなり頭にきていたようだからな・・・怒った子供ほど手のつけられんものはない。」
「ふん。怒りに我を忘れるようでは、遅れをとるのではないか?」
「セルもそこまで愚かではないさ。まぁ一応クギは刺しておくがな。言っておくが、お前もだぞ?」
「ち、俺としてはさっさとケリを着けちまいたいんだがな・・・」
「時が来れば、好きなだけやれるさ。約束の地・・・大いなる精霊の膝元で、な・・・。」

(3)

再びポレポレの店内。
「さて、と。それじゃ一条さん、そろそろその津上さんトコに行ってみましょうか。」
「ああ、そうだな・・・」
そう言いかけた時、ピリリリ・・・・!と一条の携帯が着信を告げる。
「おっと・・・はい。はい一条です。はい・・・」
話を中断させられ手持ちぶたさな雄介に、後片付けをしながらおやっさんが話かける。
「ところで・・・雄介よ。」
「はい?」
「もう、ここの他に行かなきゃいけない処は無いのか?」
「!・・・おやっさん・・・」
「お前の顔が今一番見たいのが誰か・・・言うまでもないよな。」
洗い物をしたまま顔を上げないが、おやっさんが何を言いたいのか雄介には充分わかっていた。

「・・・はい、わかりました。それじゃあ。」
丁度その時、一条の電話が終わる。
「ふぅ・・・」
困惑した顔で深いため息をつく一条。
「?どうしたんです一条さん?」
「ん・・・ああ、榎田さんからだったんだが・・・氷川君が我々に合流したいと言って聞かないそうなんだ。
ここに居ると聞いて、既に飛び出してしまったらしい。ややこしい事にならなければいいんだが・・・。」
「あー、俺の時もかなり興奮してましたもんね。」
「ふむ・・・もし彼がアギトも君と同じように英雄視しているとすると・・・」
ふと、おやっさんがじっと見ている事に気付く。電話をしながらも二人の会話を聞いていた一条はすぐその意味を理解した。
「・・・五代、今日の所はここで別れよう。氷川君には俺が話しておく。」
「えっ?でも一条さん・・・」
反論しようとする雄介を制し、一条は言葉を続ける。
「焦らなくても津上君はここで働いているんだから明日になれば会えるだろう?それに・・・帰ってきたばかりだろう・・・?」
「あっそうだ、そういえば俺明日用事が会ったんだよなぁ。明日は津上君と、やっと帰ってきた誰かさんに店番頼むか。」
気を利かせてくれた一条に感謝しつつ、おやっさんも相槌をうつ。
「あ・・・」
おやっさん、そして一条。二人の心遣いに、雄介は心の中で深く感謝した。
「判りました。それじゃ俺、これで失礼します。」
脇に置いていたヘルメットを掴み席を立つ雄介。ドアを開いた所で一旦振り返り、二人に頭を下げる。
ビートチェイサーのエンジン音が響き、やがて遠くなっていく。
「すみませんね。気を遣わせちゃって・・・」
「いえ、私も同じ事を考えていましたから。」
「それにしても雄介だけじゃなく津上君までとは・・・これも因果ってヤツなのかなぁ。」
おやっさんの呟きに驚く一条。
「!!・・・ご存知だったんですか?」
「ははは・・・まぁ流石の私でもね。・・・あいつらの事、よろしくお願いします。」
「はい!」
真剣な表情で深く頭を下げるおやっさんに、一条も力強く答えた。

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