【今月のコラム】


【ブルーベリー】

ルポ 軍事優先社会 吉田敏浩 岩波新書

2025年で戦後80年、終戦の年に産まれた人々は80歳、おそらく戦争の記憶はほとんどなく、かろうじて親や祖父母などの話で戦争を知るのみだ。実体験を伴う年齢といえば95歳以上の世代であろう。数少ない語り部であり、その数は2024年の推計で73万人、人口比でわずか0.9%、100人に1人という貴重な存在だ。昭和の宰相・田中角栄は次のように語っている。

「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが戦争を知らない世代が政治の中枢になった時はとても危ない」

政治家の最長老は今年85歳になる麻生太郎氏で戦争の体験はなく、復興途上の時期に幼少年時代を過ごしたことになる。氏の言動から察すると、もともと資産家の出地で満ち足り、貧困・労苦とは無縁と思われる。最長老以下、戦後の苦難さえ知らない世代が政治の中枢を占めていることになる。平和について議論する前に平和が武力によって守られるという誤った認識を正す必要がある。

どこの国でも有事を煽る政治家たちは、外敵をつくりだして国内の矛盾に対する国民の不満をそらそうとする。

2019〜2022年にかけて宮古島、石垣島に陸上自衛隊ミサイル部隊が配備された。ニュースで中国による領空・領海侵犯という目前の危機を伝える。台湾有事を想定し中国を仮想敵国としているのは明らかだ。食糧はじめ生活も経済も中国なしでは立ち行かないというのに戦争などできるはずがない。政治家や軍需産業は己の利益しか頭になく、対話の道を閉ざしている。ミサイル部隊配備前、防衛省はミサイルは抑止力になり、島は守られると説明した。配備後1年もたたぬうち、住民避難のシンポジュウムが開かれた。そこで元陸上幕僚長がジュネーブ条約を引き合いに、「住民が自衛隊員と一緒だと同条約が適用されないので、殺されても文句が言えない」と発言した。

ミサイルが本当に抑止力なら島外避難など必要ないはずです。軍事優先によって私たちが奪われかねないのは、島での生活、故郷で生き続ける権利です。

土地・家・生業・畑・農作物・家畜・会社・店舗・墓・御獄(聖地)などかけがえのないものを剥ぎ取られ、着の身着のままで故郷を去る塗炭の苦しみが分かるだろうか。有事に島を出ていかねばならないという説明が事前にあれば、配備は絶対受け入れていない。心地よいことばに体よく騙されたのだ。戦争を体験し、疎開や避難を知る人がいたら、こんなことにはならなかった。外敵をつくりだして国民を思うように誘導するのはいま始まったことでなく、政治家や役人が常套手段とすることだ。外国人や弱者を貶め、政策の異なる政党を誹謗中傷し共感を持つ人々の間に奇妙な連帯感が生まれ、分断も起こる。国の強引な政策には必ず地域を分断する賛成と反対の運動が伴う。外敵を探し出すのは巨大な裾野を擁する防衛産業のためでもある。

2024年5月、参議院本会議で木原防衛大臣に共産党の山添拓議員が質問した。その答弁で防衛省と三菱重工の契約の総額が過去10年で約4兆4800億円にのぼることを明らかにした。また日本・イギリス・イタリアとの次期戦闘機の共同開発に参加する三菱電機は過去10年で約1兆1000億円、総合重工のIHIは約4900億円の契約になる。この3社に過去10年で天下りした防衛省・自衛隊の人数を質すと、三菱重工22人、三菱電機38人、IHI20人と答えた。三菱重工からの自民党への政治献金は過去10年で3億3000万円。献金と天下りを受け入れることでその何倍もの税金が自民党経由で還流する。この構図は軍需産業のみにあらず、あげればきりがない。

「安保三文書」の大軍拡路線のもと、倫理的な縛りもなくなって、軍事費拡大で軍需企業に利益を与えることが国益でもあるという政策がまかり通っています。

安保三文書とは2022年12月、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の三文書をいい、岸田政権はこれに基づき2023〜27度の5年間の軍事費を計43兆円ほどに増やす政策を進めた。ところが有識者会議は「それでは足りない」、さらなる増額を提言した。この有識者のメンバーには三菱重工の会長や元防衛事務次官、前自衛隊統合幕僚長などの利益相反者が混じっている。軍事費の財源には、老朽化した病院の建て替え、改修と医療機器の更新、医療従事者の人員補充と処遇改善、感染症流行への備えなど、国立病院機構の積立金746億円までも流用する。2021年の第二次安倍政権以降、軍事費は増加の一途で社会保障予算は自然増分を含め5兆円以上が削減され、生活困窮者の支援や減税を訴えると「財源論」を振りかざし一顧だにしない。

「アーミテージ・ナイ報告書」には、日本を戦争のできる国へと変えたいアメリカの戦略が反映されている。日本政府・自民党内の軍事大国化を志向する勢力も、同報告書の影響力を一種の外圧として利用してきたといえる。そして、米日合作の日本の大軍拡と軍事費膨張が進んでいる。

アメリカの国家安全保障・外交政策のシンクタンクが2000〜24年、6次にわたって作成・公表した日米同盟への提言がアーミテージ・ナイ報告書である。これには集団的自衛権の行使容認、有事法制の制定、軍事情報の共有に備えた秘密保護法の制定、米軍と自衛隊基地の共同使用、弾道ミサイル防衛での協力、敵基地攻撃の保有、米軍と自衛隊の指揮統制の一体化、武器輸出三原則の緩和、米日の兵器産業への協力などが求められ、日本の軍備政策を縛る。戦後80年を経ても占領軍の統治は続き、主権国家として独自の判断はできない。軍事優先の国策はアメリカ優先、米軍優先で日本は主体性を欠いて軍事大国化していく。

憲法で国権の最高機関と定められた国会にも、主権者である国民にも秘密にしたまま、高級官僚と在日米軍高官が密室で取り決める日米合同委員会の合意は、時として日本の法令を超越して運用されている。

沖縄や各地で頻発する米軍による婦女暴行や犯罪も日本の法令を超越して処理される。日米合同委員会での取り決めは口頭でも効力を為すという。密室の協議により日本の主権は侵され税金は搾り盗られる。協議内容は卑屈すぎて、米国の優位を傘に日本の委員が己の利権を温存していることも考えられる。戦後生まれの世代は80歳を迎え、70代、60代あるいは50代は戦いに駆り出されることなく平和を謳歌した。生きているうちに戦争があっても「オレたちは関係ない」という人もいる。自衛隊員数は減少傾向にあり、少子化や人手不足、3Kを嫌う若者も増え採用が困難になっている。失われた30年で中間層は消え、貧困が増えた。そこを狙って自衛隊に誘導する動きが進む。アメリカでは「経済的徴兵制」といわれ医療保険加入、学費免除、食事、衣服、宿舎の提供、給与の支給など、やむをえず応じざるを得ない若者もいる。自治体で名簿提供も含めた自衛官募集業務を担う動きがある。2014年7月、安倍政権で集団的自衛権行使容認の閣議決定が為された直後、全国の高校生あてに自衛官募集のダイレクトメールが届いた。「召集令状か!」、「赤紙か!」と高校生とその親たちへ波紋を広げた。閣議決定で徴兵制も決めてしまう恐れは十分考えられる。岸田政権は軍事費の増額とともに、自衛隊や米軍が民間の空港や港湾を軍事利用することも進めた。2024年4月、7都道府県16カ所自治体に管理も含む空港と港湾を「特定利用空港・港湾」に指定した。有事にあたり自衛隊の航空機や艦船が円滑に軍事利用できるように平時から訓練・補給など行う合意文書を交わしている。

当地佐賀で今年7月、佐賀空港にオスプレイが配備された。最初に1機が慎重に飛来し数日のうちに次々と基地を埋めた。配備計画の発端は2014年7月、国が佐賀県へオスプレイの配備と駐屯地建設の受け入れを要請してからだ。報道でもお馴染みのようにオスプレイは重大な欠陥を抱えており事故や墜落が多く、そのうえ超低空飛行などの危険な訓練を昼夜分かたずおこなう。国が要請したのか県が誘致したのか真相は不明だ。当初、慎重な面持ちで時間を稼いでいた前知事は衆議院議員への転身を前に「安全性に問題なし」と言い放ち、自民党の推薦を得た。この知事は新幹線建設や原発のプルサマーマル発電、東日本大震災後の原発再稼働についてことごとく佐賀県を踏み台にした。次の知事に代わり慎重な姿勢はやや長く続いたが、2期目の知事選を前に自民党の推薦状欲しさに唐突に受け入れを表明した。2018年8月、着陸料など20年間、100億円での合意だ。

世界中でオスプレイを購入したのは日本だけである。計17機に諸経費込みで総額約3600億円も費やしたといわれる。いまやオスプレイは高額のうえ「欠陥機」として安全性を疑われ、アメリカの兵器産業にとっても武器輸出での利益は見込めない。アメリカの軍産学複合体にとって日本はいいカモである。

佐賀空港のある佐賀平野は戦後、食糧増産のため国が佐賀県に代行させておこなった干拓地だ。ここに空港が欲しいということで、1998年7月佐賀空港が開港した。これについても大きな反対運動が起こり、一度は頓挫している。隣県の福岡空港や長崎空港を利用すればいいという意見が多く、開港しても赤字だろうと言われた。しかし反対しても権力を持つ者たちの力には及ばず開港にいたる。結果は空港駐車場無料、利用者に補助金を付けても赤字が続いた。空港建設に先立ち有明海漁協は後々のため「守り」となる一文を県との協定書に入れた。付属文書で「空港を自衛隊と共用しない」とする約束だ。

空港を自衛隊と共用しないという先人たちの賜物である協定が変えられ、私たちの土地が勝手に売り飛ばされ、軍事拠点として作り変えられようとしています。このような愚行を見過ごすことはできません。

協定書を交わした35年前は青壮年期に戦争を経験した人々が村落の中心にいた。彼らは戦争を知らない世代になった時のことを懸念してこの一文を入れたのだ。先見の明という他なく、これで軍事基地化はないと安心した。しかし、月日をかけて協定の無力化、撤廃を画策し反対の力を削いでいく。ついに漁業組合長が協定を破ることは「断腸の思い」などともっとな理屈を並べ基地建設に同意した。先人や地区の営みへの裏切りがどれほど重いか噛みしめるがよい。しかし、断腸の思いをさせるほど国や政治家の力は強大で、どれほど運動を続けても徒手空拳、彼らが決めたことは日程を違わず実現する。

空港の前に広がる有明海は「まえ海」とも呼ばれ海産物の宝庫だったが、長崎県の諫早湾干拓の影響で海苔や漁獲量の減少が続いている。諫早湾開門を求める運動とともにオスプレイ誘致の反対運動も起こった。基地から流れる排水や騒音、オスプレイの危険な訓練により、さらなる環境の悪化を懸念し、生活権を守ろうという運動である。しかし2023年5月1日農地の売買契約が結ばれ、1カ月後には土砂を運び込む土地の造成が始まった。それからほぼ2年で広大な駐屯地と施設が完成し、7月9日に最初の1機が機体を揺らしながら着陸した。この間、反対運動や工事差し止めの裁判が行われるが、裁判所は国の下請け以上のものではなかった。

仮に台湾有事となれば、米軍が在日米軍基地を使って武力介入し、政府もそれを容認する可能性が高い。日本も深刻な戦禍を被り、アメリカの軍事戦略の捨て石とされてしまう。それは絶対に避けなければならない。有事が煽られる背後の構造、すなわち軍産学複合体の利益、政治家の思惑といったからくりを見抜き、扇動に乗せられないようにしたい。

一般人を招き駐屯地やオスプレイの見学会を開き武器や軍隊に馴らす。イベントのひとつとして無邪気に休日の一日を楽しむ。一方で台湾有事を煽り防衛強化を進める。いままでアメリカが世界各地でしてきたように、火のないところに火を放ち、配下の国を火消しへと駆り立てる。こんなことがいつまで続くのか。心配をよそにだんだん加速するような予兆がある。先の参議院選挙で教育勅語の復活や国民の人権・権利を削除した憲法草案を掲げる政党が大きな支持を得た。与党は大敗するが、総理は改憲勢力の3分の2を得たと開きなおる。与野党含め改憲勢力が3分の2まで達したことに慄然とした。佐賀の先人が入れた「空港を自衛隊と共用しない」という一文と平和憲法には戦争体験者の同じ思いが流れている。

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