【祈り,破れて..】
(2012 Mar.コラム)


危険な話の終焉を祈って.. 原発問題について書き綴ってきたが、3・11、最悪の事故が起こり、今も予断を許さない状況にある。まき散らされる膨大な量の放射性物質の不安におののくも、もう遅い。大本営発表は改まることはないが、少しづつ真実は明らかになった。そして1年が過ぎ、この間、原発に関して多くの報道と出版が続いた。もっと早く、もっと広く、知らせ、知るべきであった。識者の意見や提言のいくつかをまとめたが、結局、原発事故が起これば「あまりに破滅的で、誰も責任がとれず、やられ損」ということだ。

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【内部被曝の真実 児玉龍彦】

原発事故から1年、事態はより深刻になるつつあるのに、人々は事故が遠く離れたチェルノブイリで起こったときのように安穏とした表情で「大変だ」というばかり。知らせず考えさせない原発の広報はいまも静かに続いている。一つの県が消滅するほどの事故を起こしておきながら、反省することなく再稼働に血道をあげる。昨年末、英科学誌ネイチャーは科学界「今年の10人」に児玉教授を選んだ。東京大アイソトープ総合センター長である児玉龍彦教授は事故後の7/27日、参考人として国会に呼ばれ「国は飛散した放射性物質の総量を正しく公表しておらず、明らかな怠慢だ」と声高に政府を批判。16分に及ぶ証言の映像はネット上で100万回も閲覧された。

まず熱量からの計算では広島原爆の29.6個分に相当するものが漏出しております。ウラン換算では20個分のものが漏出していると換算されます。さらに恐るべきことには、これまでの知見で、原爆による放射能の残存量と、原発から放出されたものの残存量を比較しますと、1年経って、原爆の場合は1/1000程度に低下するのに対して、原発からの放射線汚染物は1/10程度にしか減らない。

ウラン換算で20個分、残存量が100倍も高いのであれば単純計算で広島原爆2000個分の放射線汚染物が拡散していることになる。教授はこの量がこれからの対策を考えるうえでの前提だと言う。3・11以前は多くの人が内部被曝も外部被曝も関知しなかったと思うが、いまはシーベルト、ベクレルと共に常識となった。生きている限りこのような用語と付き合っていかねばならない。なぜ、もっと早く原発の危険を知り意思表示ができなかったのか後悔している人もいるだろう。放射線の危険はいくつも知られているが高放射線量を浴びると細胞が壊死し、即死さえ招きかねない。一方、低放射線量の内部被曝で一番の問題は「がん」を引き起こす事だ。DNAは2本の螺旋構造で安定的なものだが分裂時に1本になり、続いて倍の4本に増え細胞を形成していく。1本になるときのDNAがもっとも不安定で切れやすく危険な状態になり、ここを放射線が襲う。DNAが損傷することで遺伝子情報が別のものに変わり、各種遺伝病や癌細胞の増殖へとつながる。したがって細胞分裂の盛んな妊婦の胎児、成長期の子供が最も危険にさらされ、大人でも細胞分裂の盛んな毛髮や血液などが障害を受ける。半減期はあくまでも半分になる量に過ぎず、影響はほぼ生涯続くと考えたほうが正しい。事故前ならいざ知らず、いまや常識であるが、危機感のあるなしは人によって大きく異なり、心配するより惰性的に安心に身を任せる人が多いように思う。

内部被曝こそ恐れるべきものだか食品添加物や残留農薬同様に基準値以下という議論がまかり通り「基準値以下なのにヒステリックに危機を煽るな」との議論もある。危機感のない人は何を言っても改まることはないが、危機感があれば煽らなくても自ら行動を起こす。評論家同士、煽った煽らないの議論を続けておれば当面、役目が果たせるのだろう。教授は結論を待っているうちに子供たちは被曝し、20年後に証明されても遅いと訴える。報道はされないが、すでにネットでは鼻血を出す子供たち、心筋梗塞で亡くなる人々の話など耳にする。放射性物質は均一ではなく濃淡を伴ってまき散らされ、薄まるところがあれば濃縮するところが出てくる。教授は以下4つを緊急に国策として行うことを提案している。(抜粋)

  1. 食品、土壌、水を測定していく。
  2. 緊急に子供の被曝を減少させるために、新しい法律を制定してください。
  3. 国策として汚染土壌を除染する技術に、民間の力を結集してください。
  4. 除染には実際に何十兆という国費がかかり、いまのままだと利権がらみの公共事業になりかねないという危惧を私は強く持っています。

「莫大な負担を国策として負うことを確認し、世界最高水準で除染を行う準備を即刻開始してください。7万人の人が自宅を離れてさまよっているときに、国会は一体何をやっているのですか」。と締めくくられた。広島原爆2000個分の放射線汚染物は原発に近いほど濃度は高く、広く地球上に拡散しているだろう。高濃度の地域の総量を除染によって減らさないと水や食物などに次々と移動し内部被曝を引き起こす。しかし、除染も思うほど上手くはいかない。ホコリのように広がり、薄く積り、流出したり堆積した放射性物質をひとつひとつ拾いあげ、集める。放射能で汚染された瓦礫でさえ行き場を失い溜まり続けているというのに、一体どこに集め保管するのだ。世界最高水準の除染と言われても想像がつかない。原発事故が起これば「死の大地と化し、人は住めない」と考え反対してきただけに夢物語のように聞こえる。そしてそこに住み続ける事が除染の前提となってはならない。教授の科学者としての真剣な訴えと気迫は伝わるが、なぜ避難や移住への対策に触れないのだ。除染に何十兆もの費用をかける前に一刻も早く生身の人間を移動させるべきである。故郷を捨てる辛さは身につまされるが、学者ならば命や健康に代えがたいことを正直に語る責任がある。国や東電は被害者の健康や財産を事故以前に復帰させる義務があり、そのためにやるべきことの一番は除染ではない。除染を高らかに謳う。気鋭の学者の無垢な意見だけに、利権がらみの紳士たちが群がるのは指摘のとうりだ。

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事故後、多くの専門家や識者の発言が氾濫し、また一般の人の素朴な疑問や意見も耳にした。国や電力会社が無責任であることが白日の下になり、評論家や御用学者、テレビ、新聞がアテにならぬ事を知った。一人の影響力ある学者が国会で怒りをあらわに訴えた後、対策に活かされたであろうか。この国が平等な民主主義国家だと思っている人は目出度い。一部の人々の利益のために身の安全も脅かされようとしている。隣国の独裁体制を嗤うことはできない。

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【放射能列島 日本でこれから起きること 武田邦彦】

3月14日、福島第一原子力発電所の3号機が、轟音とともに爆発し、閃光が放たれ、きのこ雲が地上約400メートルまで高く上がりました。この映像をみてあるテレビ局のニュースが「なんか、もやが出てますね」という表現で伝えましたが、それ以降、この映像はほとんど放送されることがありません。---中 略---
日本の報道は、事のあまりの大きさに凍りついたように、この映像を放送しなくなりました。

この後の大本営発表は「ただちに健康に影響はない」の繰り返しであり、明らかな事実が判明しても、反省や謝罪もなく事故の重大性を薄めることに躍起だ。放水した汚染水で海の放射性ヨウ素が基準値の3356倍になっても「安全です」と言う。基準値を20倍も引き上げ、1年に胸部X線撮影400回分もの被曝を子供に強いる。この国はどこで歯車が狂ってしまったのか。武田氏はあるテレビ番組で「福島を中心に田畑に青酸カリが撒かれたようなものだから、それをのけてから稲を植えてくれ」と発言し非難を浴びた。セシウム137は青酸カリより1000倍以上も強い毒性を持っているので実のところずいぶん控えめな例えなのだ。原発事故は地震による津波で起こったものと報道されているが、新聞、テレビしか見ない人は本当にそう思っていることだろう。そして今も被害が拡大し予断を許さないことなど夢にも思わないだろう。

地震によって福島原発が爆発すると、「津波が来た、予想外のことだった」という説明がなされました。しかし、これは高額になるであろうと予想される補償金を抑えるための言い訳でした。

著者は「壊れる」を次のように定義する。設計上の問題で配管が割れたり、火災が起きたり、放射性物質が漏れたり、修理をしたりで原状回復に1年以上かかるもの。2007年3月、能登半島地震で志賀原発が壊れ、同年7月、新潟中越沖地震で柏崎刈羽原発が壊れた。両方とも津波はなく震度6の揺れで破壊したことになる。今回の東日本大震災でも福島第一、福島第二、青森の東通、宮城の女川、茨木の東海第二、5カ所の原発が震度6で壊れている。津波の前にすでに破壊されていたのだ。福島の原発事故は想定外などではなく、原発は地震に耐えられないことを証明するものだ。地震群発地の日本に原発一基たりとも作ってはならなかった。津波の防波堤を築いたり、電源を確保するだけで再稼働を画策するなど的外れも甚だしい。年明けの1/23、東大地震研究所がマグニチュード7級の首都直下型地震が4年以内に約70%の確率で発生するという試算結果を発表した。原発の稼働はおろか核燃料や廃棄物施設の安全さえ懸念され、ことによっては日本は終わるかも知れない。原発を稼働させたい連中だけ地獄に落ちればいいのだが、私たちも道連れだ。

旧ソ連で起こったチェルノブイリの原発事故のときには、爆発の翌日には、キエフから1100台のバスが来て、子どもや女性を中心に全員安全な場所へ逃がしました。ところが日本では、福島県ではバスが1台も来なかった。

私たちも道連れと書いたが、間違いだった。日本では私たちだけが地獄へ突き落されるのだ。実際、バスどころかSPEEDIの公表もせず、避難した所で大量の放射能を浴びる事になった。また準備されていたはずのヨウ素剤を投与することもしなかった。隠蔽と嘘と誤魔化しの対応でしかなく、今後も改まることはないだろう。なかでも重要なことのひとつが基準値の引き上げだ。世界の専門家が議論したうえで、1年1mSvの基準が決められ、日本でも21年間守ってきた数値であった(1年1mSvの被曝で、新規の発がんが1億人中5000人と推定される)。これを破ったことで国際的な信用を失い、健康も経済活動も大きな損失を蒙ることになる。日本では基準値の何倍もの汚染食品が流通し、機械も衣服も人もその影響下にあると考えるのが普通だ。食品関係は日本産は避けられ、物に対する放射線量の検査も要求されるだろう。一部の利益を温存することで全国に被害と損害をまき散らす。日本人にとっては地方での事故かも知れないが、世界の人々は日本をひとくくりで考える。内部被曝で重大な影響を及ぼす食品の基準値は、現在500Bqとされており、これは著者が妥当と考える基準の12倍だという。茶葉、肉、ミルク、牛乳、米、魚、、あらゆるものから放射能が検出されている。日本中どこに住んでいても、数年待たずに内部被曝量が同じレベルになるという話もある。

食料の40%が国内で生産されていて、そのうちの福島近辺で生産されている食料に関してだけ放射能汚染の可能性があります。その地域の食料生産はおよそ日本全体の3%程度ですから、日本で消費される食料の40%の、そのまた3%、つまり全体からいえば1%が食べられなくなるというだけです。

農業総産出額が8兆円、その1%で800億円になります。これを原子力に使っている税金、5000億円程度と比較すると、事故の起こった年に原子力予算を約20%削減すれば、福島の野菜などの食材を捨てて、その分の輸入が可能なのです。

東電の本社に農産物を運び、補償を求める動きがあったが、その後のことは解らない。著者は汚染された食材は国が買い取るべきだったと言う。漁業については放射能が薄まるまで3〜5年は中止し補償を行うべきとの意見もある。いずれも除染より先に行うべきで、除染より費用がかからず内部被曝を減らせる。国や東電は被害者の健康や財産を事故以前に復帰させる義務があるのだから。国が基準値を上げるという政策をとったため、日本の食材の輸入を禁止する国が増え、国民は食の安全がいっそう脅かされるようになった。福島原発から漏れた放射性物質は80京ベクレル。比較するとスリーマイル島原発事故の30万倍、柏崎刈羽原発事故の約30億倍、日本人1人当たり80億ベクレルになる。ヒトひとりが被って問題のない量は数100万ベクレルが限度で、その1万倍だ。日本人均等に分ければ日本人全員が死んでしまう。いままで原発事故は起らないという信仰で稼働させてきた。4年前の志賀、柏崎刈羽原発の事故のとき見直す機会もあり、その提言もされたが黙殺して信仰を続けた。したがって事故の対策などまともなものは一つも整っていない。

事故以来、野菜、お米などの食料品、または工業製品、それから震災で派生した瓦礫にしても、政府が福島県外に出す政策をとっています。しかし、これによって汚染が次第に全国に拡大した場合、それを国として処理できるのかという問題が発生します。このことでまずは政府が「福島のものを全国に拡散すると最終的(たとえば10年後)に日本の放射線分布はどうなるのか、国民が耐えられるのか」について計算し、国民に示してから瓦礫の移動などするべきなのです。でも現実はなし崩しで行われていますので、今後、耐えられない汚染になる可能性があります。

初めて原発問題に触れたとき、せめて県外に逃れたいと思い、知れば知るほど原発のない国に逃れたいと思うようになった。不可能なことだが、いまは原発のない星へ逃れたい。地球上に乱立する400基を超える原発と膨大な量の核廃棄物が未来を閉ざそうとしている。人類の罪は大きい。著者は瓦礫の拡散に反対の立場だ。福島原発の半径5キロのところに集めると、持ち込まれる土砂等で地面が15メートルほど上り、それを15年くらいかけて、少しづつ処理していくという。別の識者は、福島の人々に高い被曝が及ばないように「すべての国民で被曝を引き受けよう」という。内紛に明け暮れる無能政権は危機を増幅し、役人や東電は己の利権を死守する。地球温暖化だけを錦の御旗に原発を推進してきたが、事故を起こしたいま、どちらがより危険かは明白である。それでもまだ温暖化の合唱をしているのは誰か、耳を澄ませて聞いている。

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【報道災害・原発編 上杉隆 烏賀陽弘道】

地震は原発事故を引き起こし、被害は地球規模に及んでいる。国や東電は想定外の津波と言うが、それだけが原因でないことが徐々に判明しつつある。原発に群がる人々を嘲笑をも込め「原発村」、人によっては「原発マフィア」とも呼ぶようになった。その一翼を担うのが多くのメディアである。原発の推進や数々の事故の隠蔽に至るまで国や電力会社の広報機関として加担した。事故後はもはや節操など捨て、真実を報道し国や東電の問題点をあぶり出してくれると期待したが。旧態然たる彼らの行動がさらなる被害を助長している。

東日本大震災は、東北地方沿岸部を中心に壊滅的な打撃を日本に与えた。それは紛れもなく「天災」であった。ところが、その直後に福島で発生した東電の原発事故は違う。事故発生直後の対応を繰り返し誤り、結果、人類史上最悪レベルの放射能事故という「人災」にしてしまったのだ。

3・11直後から鬱陶しいほど「ただちに影響はない」の報道が続いた。すべてのテレビ局と新聞は国と東電の記者会見そのままを伝えた。著者は70年目の大本営というが、これは戦後も絶えることなく続いていたのだ。大本営に集う記者たちを記者クラブと呼び、公的機関や業界団体など各組織の取材のために大手メディアが中心となって構成する任意の組織である。これに対し個人で取材活動を続ける人がフリーランス記者で、記者クラブは彼らを排除し、さながら報道村を死守する構図になっている。フリーランス記者は質問も鋭く、報告も精力的かつ誠実に行うため、国や東電も彼らに会見を許すと困ったことになりかねない。いくつもの新聞を読み各テレビ局の報道を見ていると、どこも同じ内容と見解で一色に染まっている。ここに大本営発表を等しく分かち合う記者クラブの実体が反映している。フリーランス記者は週刊誌やネット、著作によって活動の報告を行うしかない。3・11後、新聞やテレビの報道と真反対の報道が週刊誌とネットで展開され、真実の報道はどちらか最初から明らかだった。1年ごとに代わる首相、些細な言い間違いで更迭される閣僚、何年にも及ぶ捜査や裁判で幽閉状態の大物政治家、これはすべて報道災害の産物である。後に間違いが判明しても訂正も謝罪もしない。圧倒的多数の読者や視聴者をもつ大手メディアの影響力は計り知れない。原発の安全神話作りも彼らが関り、政治家や経営者、学者の失脚、世論操作、世論作りなども彼らが手を貸している。大手メディアを疑う人々は黒幕の正体が見えているはずだ。本はフリーランス記者・上杉氏と元朝日新聞の編集者である烏賀陽氏の対談で進められる。以下は大本営発表では知ることのできない発言の一部である。

■今問題になっている原発事故の案件、ほとんど全部フリーランス記者たちの質問がきっかけなんですよ。2号機の格納容器の漏れ。ベントの遅れ。それからゴムが溶けたという案件。メルトダウン、炉心溶融。プルトニウム、海洋汚染、住民被曝・・・・、数え上げたらキリがない。

■4月4日に放射能汚染水を事前通告なしに海洋に垂れ流したことです。--中略-- それで時刻も言わずに「ハイ、流します」と流してしまった。「流します」と言われても、みんな納得するわけありませんからね。日本はそんなデタラメなことをやっているのに、新聞・テレビはそのことを報じないし、批判もしない。

■たまたまある県のJAの会長に会って話をしたら、もう日本全国が風評被害に遭っていると言っていました。日本産が海外に全く売れない。売れたとしても買い叩かれてしまう。これまで日本ブランドの野菜や果物はものすごく高かったんです。中国で売ると2ケタから3ケタ違った。それが今は中国産より低いんです。これはもう当分戻らない。海産物はもっとひどい。壊滅状態です。海は広いから放射性物質は薄まるなんてバカなことをメディアは言っていますけど、小学生でも習う食物連鎖を知らないんでしょうか。--中略-- 農業、漁業だけでなく、半導体産業も潰してしまった。半導体は放射能汚染されるとダメですから、すでに輸入停止になっている。

■南相馬から逃げた記者たちが許しがたいのは、自分たちが逃げるんだったら「政府発表の20kmとか10kmの避難区域設定は間違っている」と書かなきゃダメだってことなんです。要するに権力側の発表に疑問を持って、紙面で「こんなものデタラメだ。放射能はもっと出ていて危険だ。私たちも逃げている」と、なんで書かないのか。紙面では「安全だ」と書いておきながら自分たちは逃げる。

■地震と津波なら絶対いつかは復興できるけど、放射能は放出が止まらない限り復興はない。これが完全に止まるまでにはおそらく5年以上はかかる。その冷温停止状態から「石棺」などの作業に10年。おそらく50〜100年、福島第一原発の土地が元の状態になるまでにはかかる。今の人たちが生きている間には誰ももう見ることができない状態になるかも知れない。それは本当に苛酷ですよね。その認識が、日本のメディアにも政府にも全くない。

■「これは嘘をついているな」と思って調べたら、実は火力発電所を「検査中」という名目でわざと8基止めていた。それを未だに止めている。つまり地震でもなんでもないのに検査といって8基止めている。それをフル稼働させれば計画停電なんて全然必要ないんです。--中略-- つまりこういう嘘をついて「お前ら原子力がないと困るだろう」という脅しですよね。

■原発事故発生からしばらく、枝野官房長官は「何の問題もありません。メルトダウンすることもありません。仮に3号機が爆発しても何も問題ありません。放射能が外部に出ることはありません。ただちに人体に影響が及ぶということもありません。避難は2kmです。最悪でも20kmで大丈夫です」と言い続けてきました。しかし、その結果はどうでしょうか。すべて逆です。一例を挙げれば、3号機が爆発した3月14日と翌15日にかけて、プルトニウムを含む非常に高いレベルの放射性物質が大量に、広範囲に飛んだわけですよね、実際は。

プルトニウムの事を報道するメディアは私の知る限り、今のところない。これがどのような毒物か知れば、永遠に危険にさらされることと、これから起きることの恐怖におののく。目下、セシウムだけが取沙汰されるが、プルトニウム、ウランなど他の核種については報道を規制しているものと思われる。広島原爆2000個分の放射線汚染物が拡散し、いまも拡散し続けている。行方不明者の報道は耳にしたが、放射線による死者や病人の報道はない。国やメディアはもっとも重大なことを伝えない。

ここ九州の人々はほとんどが遠い国の出来事かのように危機感も警戒心もない。国のいう安定状態というのは実のところ「悪いところで安定」しているのだ。最悪の展開をみるならば、南半球への避難も考えなくてはならないだろう。しかし避難は口でいうほど簡単ではない。国や東電が補償も手助けもするならまだしも、わずかの補償でさえ逃れようとする。結局、原発事故が起これば国も電力会社も責任をとることができない。

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【福島原発事故の「犯罪」を裁く 広瀬隆・保田行雄・明石昇二郎】

原発事故が起これば国も電力会社も責任をとることができない。それほどまでに被害は甚大で今後、世界中からの賠償請求さえ想定しておかねばならない。この対応を税金でやられたら国民は堪らない。国内の賠償でさえどこまで行われるのか怪しい雲行きだ。「ないソデは振れない」と言われたら、結局「やられ損」と言うことになる。本書は反原発の啓蒙を続けた広瀬氏らの小冊子で、まえがきに77京ベクレルの「被曝」傷害事件と書かれている。加害企業である東電は被害者に対し、交通事故被害者並の「慰謝料」と「補償金」しか支払うつもりはないらしい。監督官庁、御用学者、政治家など原発の利権に群がった連中をまとめて刑事告発するという。

そもそも、そうした危険な場所で無理に除染作業を敢行すれば、作業員が二次被害で相当な量の被曝をするのはまず避けられません。被害者に同情し、いつの日か家に帰れる希望を捨てないことが「美徳」であるかのように勘違いをしているマスコミ記者があとを絶たないのは困ったことです。彼らはまったく頼りになりません。自分の書いた記事が被害者の足をひっぱていることをいち早く自覚し、猛省することが必要です。原発の大事故は、放射能汚染によって人の住めない地域を大量に生み出す--。この当たり前のことをきちんと認識したうえで、問題に対処していくことが基本になります。

福島で平穏に暮らしていた人々が一日にして原発難民となり、健康不安に突き落とされた。被害者の失ったものはあまりにも大きい。まず所得の補償は不可欠だ。失った土地や家屋などの財産は当然、原状回復が前提となる。ところが、東電は加害責任をまったく認めていない。初回、一世帯あたり100万円の補償金が支払われたが、本補償は一回限りでそれを下回るらしい。補償請求書には「一切の異議・追加請求を申し立てることはありません」と記載され、姑息な事にこの文言は下段に小さな文字で入れられている。盗人猛々しいとはこのことだ。加害者が被害者に高圧的態度で臨む賠償など、どこの国の話だ。事故の被害は今後何十年も続くと言うのに、新たに清浄な土地と生活の基盤を補償したうえでの慰謝料でなければならない。交通事故どころかそれにも及ばない。被害者は膨大な数に昇り、その賠償は多岐に及ぶ、とにかく想像もつかないところに放射能汚染が拡散している。汚染され流通する食材は農家や漁師、食品企業の責任ではない。各自治体が行なっている放射能対策も、本来彼らがやるべき必要はなかった。これほどの被害は原爆投下や戦争に等しいと言って過言ではない。加害者である東電や国は「知らぬふり」で済ますか、わずかの補償さえ税金で行なうのは間違いない。

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2・13の新聞記事で刑事責任を問う声があがった。埼玉県の上田知事は2/13日の記者会見で、4月から企業向け電気料金を値上げする東京電力について「これだけ満天下に迷惑をかけて誰ひとり警察のご厄介にもなっていない。自首するやつはいないのかと言いたい」と、激しく批判した。上田知事は例として「ガスタンクが爆発すれば御用になるし、デパートが火災になっても御用になる」と述べ、福島第1原発事故の刑事責任を取らないまま値上げを検討する東電への不満を爆発させた形だ。また「詳細を明らかにしないまま値上げの金額だけ決めるという乱暴な手続き。散々節電の協力を強いられてきた人に極めてむごい仕打ちだ」として、値上げを延期すべきだとの考えを示した。このような発言は支持されやすいが、政治家やメディアの発信は時として人気取りやガス抜きである場合があり、その後の動きを追わないと真意は不明だ。

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【追記.1】1・22/新聞記事

1・22の新聞各社は1面で原発事故当時の政府の動きを伝えた。年末に民間の事故検証委員会によって封印されていた公文書が明らかにされた。「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」と書かれた文書は3月20日頃作成された。水素爆発で1号機の原子炉格納容器が壊れ、放射線量が上昇し作業員が撤退したことを想定したものだ。作業員の撤退により2号機、3号機の原子炉と4号機の使用済み燃料プールへの注水が不能になる。4号機のプールの燃料が露出して熔融、コンクリートと反応、2号機、3号機の格納容器が破損、続いて1〜3号機のプールの燃料も溶融しコンクリートと反応。これで大量の放射性物質が放出される。これは最悪のシナリオで放射性物質の放出は断続的に1年続き、チェルノブイリ原発事故に当てはめると、半経170kmを超える区域が強制移転の対象になり、希望者の移転を認める区域が東京都を含む半経250kmに及ぶ可能性があるとしている。あまりに衝撃的内容に政府関係者で文書の存在自体を秘匿する選択肢が論じられ、「なかったことにした」という。原発事故は今も続いている。この内容は今後あり得ないとは言えないシナリオであろう。折しも「首都圏でM7の 直下型地震の起こる確率が4年以内に70%」という報道がなされた。その後、防災用具が飛ぶように売れ、避難訓練も行われた。原発事故は「悪いところで安定」しているだけで、現在も毎時7200万ベクレルもの放射性物質が放出され続けてる。いま、大きな地震に襲われるなら、最悪のシナリオはさらに破滅的なものになるだろう。

【追記.2】1・23/新聞記事

別に驚きもしない、またも文書の隠蔽だ。今年夏の電力需給について「全国で約1割の不足に陥る」と公表した昨年夏の政府試算について「供給不足にはならない」という別の未公表のシナリオが政府内に存在したことが、分かった。政府のエネルギー・環境会議が昨年7月にまとめたものでは、過去最高の猛暑だった10年夏の需要と全原発停止という想定で、需要ピーク時に9.2%の供給不足になると試算した。この試算とは別に、菅直人首相が昨年6月下旬、国家戦略室に置いた総理補佐チームに、電力需給の実態把握を指示。その結果、現在の法律に基づいて電力会社が調達できる再生可能エネルギー容量は759万kw(原発約7基分)あったのに、公表された試算は供給ゼロだった。また、一部火力発電所で定期検査による稼働停止時期を猛暑の8月に設定したり、大口契約者への格安電気料金と引き換えに需給逼迫時の利用削減を義務づける「需給調整契約」による削減見込みもゼロとしていた。夜間の余剰電力を昼間に利用する「揚水発電」の供給力も低めに設定されていた。再生可能エネルギーによる電力供給などを盛り込むシナリオで計算し直すと、電力使用制限令を発動しなくても最大6.0%の余裕があった。原発が過剰で危険で不必要な設備であることは明らかだ。火力発電のコスト高を喧伝するが、すべてのコストを比べず燃料費だけを論じるのはなぜか。次はどんな手を使って原発を動かそうとするであろう。再試算は昨年8月にまとまり、菅首相に報告されたが、公開されなかった。

【追記.3】2・6/新聞記事

ミミズ1キロから2万ベクレル・食物連鎖で蓄積:福島第1原発から約20km離れた福島県川内村に生息するミミズから、1kgあたり約2万ベクレルの放射性セシウムが検出されたことが、森林総合研究所の調査で分かった。多くの野生動物がミミズを餌にしているため、食物連鎖で体内に次々と蓄積し濃縮されることが懸念される。調査によると川内村(原発から20km)の土壌1平米あたりの放射線量は約138万Bqでミミズ1kgから約2万Bq、大玉村(原発から60km)で約8〜12万Bq--約1000Bq、只見町(原発から150km)で約2万Bq--約290Bqの放射性セシウムが検出された。放射性物質の多くは落ち葉に付着し、腐敗してできた有機物を土とともにミミズが餌として取りこんだことが原因と考えられる。ミミズは食物連鎖の第一段階で次に昆虫や小動物、大動物へと濃縮し連鎖の頂点には人間が君臨する。おなじく海洋生物の食物連鎖も起こっているだろうし、移動範囲の広い鳥や魚は各地に汚染を広げるだろう。太平洋岸で獲れた魚介類は食べるなという意見もある。セシウムの他、ストロンチウム、プルトニウムなどの核種も同様である。落ち葉、腐葉土、そこに生息するミミズや昆虫を一匹残さず除染することはできない。

【追記.4】2・29/新聞記事・佐賀

前日のテレビニュースでも報道されたが、県内の酒造会社が、風評被害で買い手のつかなかった米を買い取り、酒を作り発売するという。風評被害の詳細は書かれていないが、明らかに風評なのか。汚染米であろうと風評であろうと、それをもたらした東電と国が購入すべきものだ。被災地支援として酒を作り、一部は被災地に贈り、予約購入もあり、イベントでも販売するとの事。人の善意を非難することはできない。しかし善意というものは非難を免れながら、大きな推進力で広がる。事故直後、風や海流に乗って拡散した放射能はいまや人の手によって拡散している。もやは内部被曝に無垢な人は居ないだろう。汚染地への立ち入りを禁じ瓦礫や食を封じ込め、人を移動、避難させるべきだ。

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衆議院議員・河野太郎氏の著書「原発と日本はこうなる」には暗澹たる政治状況が書かれている。民主党は原発を推進してきた自民党よりも、さらに前のめりであることがわかる。先の選挙で約束したことをことごとく裏切り、逆の政策に舵を切る、世紀の詐欺事件といえよう。民主党には約束を守ろうとする勢力もあるが、彼らはなんのために政治を志したのか、にわかに権力を得た者たちのおぞましさを感じる。政府は原発がすべて停止する前に10基程度、まとめて再稼働する計画で動いているらしい。原発村の内輪では廃炉予定の福島第二を動かし、事故真っ最中の福島第一に新たに原子炉2基を増設する話まであるという。狂った人々は狂っていることさえ分からない。「無能な政治家を生み、官僚の跋扈を許した責任は国民一人一人にある」などと、したり顔での論評は止めてくれ。広告費で懐柔されたメディア扇動のもと、権力を得た政治家や役人に、束になっても勝てるわけがない。私たちは責任などという負い目は感じなくてよい。彼らは電気が余っていても原発をやるだろうし、国が焦土と化しても止めないだろう。

事故は危険な状態が続いているというのに、政府は早くも冷温停止を宣言した。別の思惑があってのことだ。新聞、テレビしか見ていない人々はひとまず原発の危機が去ったものと勘違いしているかも知れない。すべてを納得してのことか、首都圏の人々は落ち着き払い、西日本の人々は食物や瓦礫で汚染が広がりつつあるのに他人事のように振る舞う。たしかに誰もが緊張と不安を長く抱えておくことはできない。快楽は短いが長く続くことを欲し、苦痛は長いが短く終ることを欲す。平穏ムードが蔓延する中、きょうも身を挺し活動を続ける市民運動の人々がいる。彼らのおかげで私たちは守られている。畏敬と感謝の念に堪えない。

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震災から1年目の3・11、各地で追悼の行事や反原発のアピールが行われ、丸一日、優しさや思いやりが全国、全世界を駆け巡る。ちょうど6年前の3月、穏やかな春の日に佐賀でプルサーマル計画の同意が為され、周到に計画されたタイムテーブルに沿って、茶番は進行した。昨年、知事が主導したやらせメール事件に続いて、プルサーマル討論会での仕込み質問も明らかになる。見え透いた舞台裏はまるでお笑い劇場だ。やらせメールで知事は追及され、苦境で人相は歪み、もう終わりだろうと思った。この時、地方紙・佐賀新聞が支持率調査を行い、驚くことに50%を超える県民が知事を支持すると答えた。原発の危険を知らされなかった県民は電力会社任せで原発の電気を利用してきた。知事は事故後も変わらず原発に執心する。危険を知ったはずの県民だが、支持率調査を見る限り変わっていない。海外では日本人が自分たちの置かれた現状を正しく認識しているかどうか心配する声があるという。

 

原発再稼働の深い闇 一ノ宮美成・小出裕章・鈴木智彦・広瀬隆ほか -2012 10月コラム-

この夏、またしても巨大な八百長劇が、臆面もなく全国民の前で繰り広げられた。大飯原子力発電所(関西電力)の3号機と4号機が、本格的な営業運転に入ったのだ。

彼らは「原発ゼロの夏」を乗り切ることを最も恐れていた。是が非でも原発を稼働させ「原発なしでは電気が足りない」という神話を維持しなければならなかった。見苦しい芝居の末ようやく稼働すると、たちまちいくつかの火力発電を停止させた。節電しても最大電力需要が16.3%も不足すると試算していたが、13%も下回る結果になった。彼らはいままでも、いまも、これからも嘘をつく、不正を前提にしなければ原発は動かないのだ。3・11以前はほとんどの新聞社や放送局が原発の広報機関として世論操作を担ってきた。彼らの思惑は見透かされるようになり、再稼働の動きを知った人々が反対のデモを始めた。3月29日、一人の青年がTwitterで呼びかけ、毎週金曜日、総理官邸前に集まり抗議の声をあげた。300人だった参加者は次の週に1000人に膨れ上がり、2000人、4000人、12000人、45000人と増えていく。私は4000人のとき知ることになり、この運動を注視し続けた。そして、ついに6・29のデモで20万人に達した。アジサイの花咲く頃、誰からともなく「アジサイ革命」と呼ぶようになる。参加者の報告によれば「サイカドウ・ハンタイ!」の声が地響きのように聞こえたという。政府は多数の声を黙殺し、少数の利権を守り、あたかも国民の為であるかのように取り繕う。

再稼働を果たした大飯原発は活断層の存在も指摘されたが、安全対策は先送りされたままだ。ここで再び事故が起れば日本は終わる。福井県の知事や町長らは政府に対して怒って見せたり、考え込んで見せたりしたが、すでに国に対して再稼働の要請書を提出していた。驚くことに、提出の日付は2011年4月19日である。3・11からわずか1ケ月後、、震災と原発事故で同胞が失意、絶望のどん底にあるときに。最初、再稼働の標的にされたのは佐賀の玄海2号・3号機であった。佐賀では4月に知事選が行われ、知事はいままでの原発推進から慎重な姿勢へと公約を変えた。共産党以外の対立候補はなく圧倒的得票で3選を果たすが、裏で着々と再稼働のため布石を打っていた。6月、震災からまだ2カ月しか経たない頃、経済産業省主催で再稼働に向けての説明会が行われた。予め選ばれた数名の市民が役人に質問するという閉ざされたものだった。この様子をケーブルテレビで放送し賛否のメールを受け付けた。知事は公舎でこっそり九電幹部と会い、賛成メールを寄せるよう主導した。しかし、天網恢恢、、内部告発で曝露され頓挫する。このことを国会で追及された総理は苦し紛れにストレステストの実施を表明した。佐賀にとって幸いし、いまだ原発は稼働せず、6年前のプルサーマル討論会でのやらせまで発覚した。これも知事の関与が濃厚であるが、県職員レベルの問題で幕を下ろそうとしている。いまも議会で追及はされているが、たぶん互いの時間稼ぎであろう。県職員はやにわに健忘症に罹り、知事は逃げきってしまうだろう。

やらせメール問題で九電は第三者委員会を設け、解明と再生のための対策を委ねた。詳しくは毎日新聞社刊、「第三者委員会は企業を変えられるか」郷原信郎著に書かれている。委員会は事件への知事の濃密な関与を認定したが、九電側は知事をかばい続け、調査さえ妨害しようとした。結局、第三者委員会に委ねた意義は失われ、九電は大きく信頼を失墜させた。知事は県の事業を九電の寄付によってまかない、選挙の支援も受けていた。まさに九電が育て上げた県庁の支店長である。塩漬けにしてでも生かしておかないと再稼働はできない。郷原委員長は著書や記者会見の場で「3・11以降はルールが変わった」と説明した。以前、国も電力会社も首長もあたりまえに行っていた「やらせ」はもはや許されない。

大飯原発は九電の失敗に学ぶことなく嘘を重ねて稼働した。電力需要や温暖化、エネルギー資源、発電コストなどもっともらしい彼らの屁理屈は論破されている。ただ目先の金銭のためだけに牽強付会の理屈を垂れ流す。

忌憚なく言えば、関西電力が西川知事のパーティー券を購入しているうえに、毎年、巨額の原発交付金が県に入るからです。最近、私が調べたところでは、電力会社から原発が立地する「嶺南地域の振興」名目で、多い年になると8億7000万円もの匿名寄付金が寄せられていた。

上記はほんの一部で、核燃料税、北陸新幹線の地元負担金への援助など潤沢な原発マネーが投入され、人、業者が群れ無駄使いに狂奔する。おおい町長の関係会社は関電発注の工事を請け負い、2人の町議も原発関連の事業に携わっている。佐賀の玄海原発の地元町長は弟名義の会社が原発関連工事を引き受け、町議も関わるなどおおい町に酷似している。無責任総理が「私の責任で再稼働する」との発言に玄海町長は「総理!かっこいい、、」とコメントした。人目のないところで言えばいいのにテレビの前での公言だ。地方の首長というのはこの程度の人物でなければ務まらないのかも知れない。高額な電気料金を頂くために巨額の施設を作り料金に転嫁する。そして消費者から集めた潤沢な資金を再分配する装置が原発だ。このマネーは必要があれば毛細血管の末端にまで行き届く。危険なものを受け入れるために寄附という買収を行う。佐賀ではプルサーマル導入をめぐって、漁協が2005年に2度の海上デモ活動をするなど反対運動を展開した。九電は「水産振興対策資金」の名目で、借入金返済や製氷施設などの 新規事業費として7億円を2009年度から3年間で支援することを約束し、反対運動は止まった。アメばかりではなくムチも使い分け、良心が傷み躊躇する人にはスキャンダルや暴力で威嚇する事件もあった。金銭より命が大事だとは解っているが、麻薬のように心を蝕んでいく。正しい報道で知らしむるべきはずの新聞やテレビは真っ先に広告費に群がり、広報機関となり果ててしまった。自治体を通したエネルギーの広報活動や教育、テレビの広報番組、雑誌広告、シンポジウムなど多彩な宣伝に各種業界や学者や有名人など多様な人々が群れる。

「やらせ指示」にしても原発説明会のやらせは基本。エネ庁が「やっとけよ」と言えば電力会社はアウンの呼吸で実行する。それが通常業務なんです。記者にとっても「やらせ」は当然のこと。

だが政府・電力会社が過去の「やらせ」情報操作を反省するどころか、事故から1年以上経った現在でもさらに悪質な情報コントロールを続けている。それが政府・エネ庁が主催する「将来のエネルギー政策について国民の意見を聞く意見聴取会」だ。

3・11を境にルールは変わった。やらせフンプンたる聴取会でさえ原発を容認する意見は20〜30%に過ぎず、70%の人は将来的にも原発ゼロと答えた。私の周囲で原発を稼働させよという人など皆無である。なのに20〜30%も容認派が居ることに違和感さえ覚える。この20〜30%は多分、電力関連の人々であろう。原発村のひとつ、原発系の独立法人は35ほどあり、経済産業省、文部科学省、厚生労働省との関連が深く巨大な資金力を持っている。以下は経済産業省OBのコメントである。

「そもそも、経済産業省は財界と一体の役所です。電力だけでなく、メガバンクやら経団連やらが原発再稼働で足並みをそろえたら、大衆の声など耳に届くはずはないんです」。

再稼働の闇は明るみにさらされ、闇を恐れる人々がデモという形で怒りを表明するに至っている。原発村の出す数字は嘘がまかり通り、正しく確かなものがない。福島の事故ですべての人が危険を思い知った。嘘をつかねば一歩も進まないのが原発だ。彼らが手にする金銭も健康や命があってこそ意味を為すものだ。破滅も省みず原発を続け、自らも終わることに気づかないのだろうか、金銭は原発以上に恐ろしい魔物である。

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【追記】この国は原発事故から何を学んだのか 小出裕章 幻冬舎ルネサンス新書

先月、福島の子供達の検診結果が報告された。新聞やテレビは例によって軽く扱ったが、重大な兆候が認められた。ヨウ素の被曝による甲状腺の異常は成長期の子供に出やすい事が知られているが、昨年おこなわれた検査では、結節・のう胞が見つかった子どもは、全体の35.1%だった。今年はこれが43.1%と大幅に悪化している。チェルノブイリで5〜10年後の発生率が福島では1.5年で出てしまった。SPEEDIの予測も隠蔽し、準備していたヨウ素剤も飲ませない。危険な線量の下、避難もさせない。倍率で示すとチェルノブイリ・ゴメリ地方の36倍もの高率で発生していることになり、驚くことに原発に近い地域の子供は排除して検査が行われた疑いがある。

2011年5月、原子力安全委員会は、事故直後の3月下旬にいわき市、川俣市、飯館村など10市町村に住む15歳以下の子供1080人に対して、甲状腺被曝の調査を行ったことを公表しました。その結果、45%が甲状腺に被曝しており、最高値として、1歳児が1時間あたり0.1μSv(年換算50μSv)であったと発表しました。

この発表を聞いて、私はいくつかの疑問を感じました。まずはどうしてもっと原発に近い子供たちを調べないのかということです。今回調査したのは、いずれも半径20〜30キロ圏内の子供たちです。

政府はすでに原発付近で総被曝量が500mSvを超えた子供がたくさんいることを公表している。事故直後から彼らはこうなることを知っていた。知っていたからこそ原発に近い子供たちの次なる調査を排除した。そして、これから起ることも熟知し、起こったときの言い訳も考えているだろう。原発事故の後、放射線健康リスクアドバイザーとして長崎大学の山下俊一教授、高村昇教授や広島大学の神谷研二教授が任命された。福島の人々は、長崎・広島など原爆被曝県の専門家が来てくれることを心強く感じた。しかし、言い出したことは「大丈夫..」、「怖がる人のほうが被害は大きい、笑って暮そう..」などの戯れ言であった。県は、「もう人が住めない地域」と宣言されることを最も恐れ、このような学者を連れて来るほかなかった。住民ではなく県を守るために。原発事故は広大な地域に破滅的な被害をもたらすことは常識である。セシウムはすでに沖縄でも検出され、汚染は日本から海外へと地球規模で広がっている。汚染地図をみると東北・関東・北海道など東日本を中心に西は中国地方までホットスポットが見られる。とくに東北と北関東は一般人が立ち入ることのできない「放射線管理区域」並みの放射線量になる。

ここまでは外部被曝の話だが、内部被曝になると事は厄介だ。100km離れようと、1000kmだろうと関係ない。風と海流に乗り拡散し一見薄まったかのように錯覚するが、実は食物連鎖の過程で濃縮して私たちの食卓に上る。

食品の安全性を判断するための新しい暫定基準値を政府が公表しました。以前よりは厳しくなりました。しかし、私はこの基準値が妥当かどうかということについて議論するつもりはありません。なぜなら、どんなに度合いが低くても、汚染された食品を食べれば間違いなく被曝してしまいますし、被曝すれば、どんなに少ない線量でも確実に人体を傷つけます。「ここまでは安全」、「ここからは危険」などと線引きすること自体が無意味なのです。

放射性物質を体内に取り込むと、細胞に直に張り付くことで細胞や遺伝子を傷めつける。色も味もなく消えることもなく、被害を及ぼし続ける。ゼロ線量以外に安全の保証はない。世界各国が日本の食品を輸入禁止にしている。福島、栃木、茨城、群馬を中心に周辺の宮城、千葉、埼玉、東京、神奈川、長野、新潟、岩手、山形、山梨などで生産された農産物を品目ごとあるいは品目を選ばず輸入禁止し、中には47都道府県すべての食品を禁止する国もある。非汚染地経由、海外経由、産地偽装、加工食品など信頼のおけないものや非表示のものも流通する。日本では復興地支援と称して、汚染食品を積極的に食べたり瓦礫を受け入れる善意が尊ばれる。「セシウム牛を食べる会」という催しを新聞で知ったときには感動のあまり呆然とした。国は情報を封じ込め、放射能汚染を拡散させている。いまや日本に安全な食物はなく、汚染度の低いものを食べるしか選択肢はない。洗う、ゆでるなどして少しでも汚染を除く工夫も必要であろう。またダメージの大きい子供や妊婦に、より清浄なものを回すなどトリアージで種を繋いでいかねばならない。今後、日本人の平均寿命はかなり落ち込み、各種疾病の発生も高まるだろう。

さて、冷温停止と国が宣言してからまもなく1年、嘘で固められた政府の言葉など誰が信じようか。いまも放射能は漏れ続け、状況は次第に悪くなっていく。4号機の使用済み燃料プールには1535本の核燃料棒が残存し、崩落間際の建屋にもしものことがあれば、最悪の事態となる。核燃料棒はメルトダウンし人が近寄れば即死するため為すすべはない。いまだ人類が経験しない悲劇が起こり、日本はおろか地球上に甚大な被害が及ぶ。事故直後、政府内で「首都圏3500万人の避難」を検討する局面があったという。いまも時限爆弾を抱えたままだ。最良の場合でさえ、溶け落ちて所在不明の核燃料の管理に何万年も要するだろう。石棺で覆い、20年ほどでさらに新しい石棺で覆う、シジフォスの神話のような生産性のない作業が続いていく。果てしなく過酷な作業を子供、孫、ひ孫...に託さなくてはならない。

 

 

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