【病気が先か?薬が先か?】


怖くて飲めない!- 薬を売るために病気は作られる - 
レイ・モイニハン/アラン・カッセルズ共著 古川奈々子訳 -2007.Mar.コラムより-

我々にできるのは「疑問をもつこと」...最終章はこう締めくくられている。

多くの医師たちは---どんなに医学に心を捧げ、刻苦勉励していようと---
薬の売り上げをよくするために病気を売り込もうとしている販売促進
キャンペーンの影響下で薬を処方しているのである。

新薬だけではない。漢方薬や一般薬、サプリメント、食品に至るまで、著者の指摘には通じるものがある。健康に寄与するものは善として受け入れる傾向があるが、立ち止まって疑問をもってみよう。昔、人の病気の数は四百四病(しひゃくしびょう)といわれていたが、いまでは数万〜数十万種類あり、さらに増え続けているという。病気が増えているのか病名が増えているのか定かではないが、医師や業界はそれに対処するための治療法や薬の提案を行う。例えばここ数年、急速に普及した病名である生活習慣病。糖尿病・高脂血症・高血圧・高尿酸血症などの生活習慣が主因と考えられる疾患の総称を言い、メタボリックシンドロームという用語が定着しつつある。「ダイエット」が治療や予防の特効薬でもあるかのように注目を浴びる。ここに怪しげな療法や道具、食品などが群がり、薬も負けてはいない。これらは「病気という商品」を売り込む共通の目的を有しているのだ。そして、その方法は次のようなものである。

  • 健康な人を病人に仕立てる
    病気に対する認識を高めるキャンペーンが人々を不安に陥れ、健康な人々を病人に変えている。一部の人には恩恵があっても、比較的大多数の人々には費用がかかり致命的な副作用を及ぼすことにもなりかねない。
    【例】月経前不機嫌障害・性機能障害・更年期障害・注意欠陥多動性障害・骨粗しょう症・高コレステロール血症..
  • 新しい病気をつくりだす
    あまり知られていない症状に新たにスポットライトをあてたり、古くからあった病気を定義しなおして別の病名をつけたり、まったく新しい機能障害を作りだす。製薬会社は重要な医学会議の強力なスポンサーとなって医師に影響力を広げる。困ってはいるが老化だから仕方がないと済ませていたものを医学的介入が必要な病気だとマーケティングを展開する。
    【例】髪が薄い・シワ・性生活の衰え..
  • 患者の数を操作する
    健康と病気の境界線をどこで引くかは非常に曖昧であるが、それを広げることで劇的に患者数を増やす。高齢者の90%は高血圧症で女性の半数は女性機能障害となり、薬で治療可能と広める。また血圧やコレステロール値のみに病気の原因を狭める。
    【例】高血圧症・女性機能障害・循環器疾患..
  • 病気に対する恐怖心につけこむ
    薬の販売戦略にすべて共通するものは、人の恐怖心につけこむことである。広告やメディアで病気や健康情報を流し続け、健康への取り組みを生活の中心にしてしまう。

人はメディアの海に浮かぶ孤島に等しく、行動や思考、文化さえメディアの影響を排しては何事も考えられない。このような世を嘆くか謳歌するかは別として、多彩な手法で流れ続ける情報や広告には有益なもの、無益なもの、有害なものが渾然となっている。企業というものは利益を追求するからけしからんという話では決してない。多くの社会貢献と有益な仕事は正しく評価すべきである。専門家である医師でさえ販売促進キャンペーンの影響下で処方している現状である。まして、一般の人々はプロパガンダに対し、いかに無防備であることだろう。その手法を知ることで健康を考える糧とならんことを期して、以下に各論を要約している。

【注.1】巻末には24ページにわたり細かい文字で論文などの出典が記されている。
    これをもとに精査する能力は私にはないが、できる人であれば著者の主張の
    信頼度が確認できると思う。

【注.2】煩雑かつ混乱を招くので薬の具体的な名称は出していない。
    詳しくは本書にて確認して頂きたい。

 

死の恐怖をあおって売り込む---高コレステロール

30年も前はコレステロール値を気にする人はほとんど居なかったし、重視されることもなかった。成人病と呼ばれていたものは生活習慣病にかわり、その症状を指してメタボリックシンドロームと言う。コレステロール値はいつの間にかこの症候群の重要な指標にまで昇格した。コレステロールを下げる薬は現在、年間250億ドル以上の利益をもたらしている。コレステロールは体の大切な構成要素のひとつで、生命維持に不可欠のものだが、この血中濃度が高くなると心臓発作や脳卒中を起こすリスクが高くなることが知られている。しかし、これは多くの危険因子のひとつにすぎないものでコレステロール値が高い以外、健康に問題のない人にとっては食事改善や運動を心がけ、喫煙者であればそれをやめることがもっとも効果的な予防法である。にもかかわらず薬の恩恵がしばしば大幅に誇張されすぎている。そのおかげで抗コレステロール薬の売り上げはこの10年間で急増した。

医師や研究者や患者団体などを巻き込んだ製薬会社の努力が実ったものだ。アメリカの話であるが、最新のコレステロールガイドラインを作成した9人の専門家のうち8人もが、世界的な大製薬会社から報酬を得て講演やコンサルティングや研究を行っていた。この専門家たちが治療が必要とされるコレステロール値を引き下げたことで、患者の数が天文学的に増えたのである。メディアが暴露したところでは専門家は一社だけでなく4社以上から報酬を受けていた。医師と製薬会社の親密な関係は常識であり、ほとんどの研究資金は製薬会社が出し、各種学会の開催も製薬会社がスポンサーとなる。また、患者団体や健康チャリティの活動やイベントにも資金を援助し薬の治療対象となる症状についての公的な見解を作りあげる。コレステロール値を下げることで利益を受ける人はわずか数パーセントに過ぎないが、コレステロール値が高い以外、健康な人が長期に薬を服用すると、未知の副作用が起る恐れがある。本当の意味での慢性毒性試験は発売後、臨床現場で行われると考えて良い。コレステロール値は多くの危険因子の一つにすぎないが、これをを下げることに汲々として、単に数値が下がっただけで治療が成功し、心臓病や脳卒中から逃れられると思い込んでしまう。治る病気と治らない病気、食事や運動を必要とする病気の認識を不明瞭にしてしまう。

 

患者数を多く見積もって売り込む---うつ病

アメリカでは毎年250億ドルが販売促進活動に費やされ、MR(医薬情報担当者)の販促費用が大きな割合を占める。処方をする医師といかに友好的で深い関係を築くかが彼らの仕事であり、試供品をはじめ手土産、食事、学会旅費などの提供が行われる。以前は医薬品プロパガンダ担当者の意味でプロパーと呼んでいたが、MRに変わったいまも実質的な仕事は製薬会社側の特定の見解に沿った医薬品情報の宣伝である。MRに会う機会が多い医師は薬物治療を好み、科学的見解に反することでも宣伝文句を鵜呑みにし、効果が同じであれば薬価差のある高価なものや、お気に入りのMRが推奨するものを処方する傾向がある。うつ病は脳内化学物質であるセロトニンのアンバランスによって引き起こされるという特定の見解を宣伝し、セロトニン再取り込み阻害薬の必要性を誇張する。そもそも精神的苦痛には多くの原因があり、セロトニンの異常という単純な答えで片付けられるものではない。

ある時、製薬会社が開業医向けに用意した精神病判定の為の質問形式のテストでは、大雑把すぎて49%の人が精神病にされてしまった。再度検証すると精神病と判定された人の大半はまったく正常であった。近年、こころの専門家の台頭すさまじく、短期のストレスについても病名を案出し、時には薬物治療を勧める。それによって脳の成長期にある子供にまで抑制的な薬物を与え本物の病気にしてしまう。調査によると各国で治療を受けている患者の大多数は病気ではないか軽症かのいずれかであるという。医師や製薬会社は「満たされない要求」という概念を押し付け、いままでありふれた心の葛藤であったものに異なった固定観念を与える。やがて不必要なことまで満たそうとする心の葛藤が生まれ、それによって3人に1人が精神病にされ、必要のない薬物が投与される。不安であれ葛藤であれ、人であれば生起する正常な心の営みなのだ。心の専門家は心のトラブルを減らす役割を担っているはずだが、トラブルの数は一向に減る気配がなく、益々増加しつつある。まさか専門家の数が不足しているというわけではあるまい。うつ病薬の臨床試験の結果を分析したところ、プラシーボ薬や無作用の薬と比べ、その効果はせいぜい中程度といったところだが、副作用は禁断症状のために服薬を中止できなくなったり、深刻な性的障害や自殺を考えたり自殺を図ったりなど重大である。

 

有名人を宣伝に使って売り込む---更年期障害

女優、モデル、スポーツ選手など、有名人は存在そのものが広告塔になる。たとえそれが反社会的なものであっても一定の影響を及ぼすものだ。なかには企業との関係を明かさないまま、トークショーやインタビューで病気や薬の話を吹聴することがある。多くの有名人が多くの広告宣伝に駆り出されるのは日々刻々証明済みの事実だ。その一つに女優を使った更年期障害の宣伝がある。ホルモン剤の副作用にはまったく触れず、更年期をホルモン不足の時期として売り込む。広告によると更年期は「エストロゲン不足」という一種の病気で、これによって将来、アルツハイマー病、心臓発作、大腸がん、白内障、寝汗、膣乾燥、骨折などの恐ろしい疾患にかかる恐れがあると、有名人を使って恐怖心を煽る。しかし、更年期は加齢に伴う正常な生理状態で疾患とはいえないものだ。若さや美に対する女性の願望を利用し、ホルモン剤をあたかも不老長寿の霊薬のごとく宣伝する。自然な生命のプロセスであるものに医学が執拗に介入することで、普通に自然に生きていこうとする考え方を奪ってしまう。

1980年代終わりから1990年代にかけて、世界中で何百万人もの女性が混合ホルモン補充療法を受けた。この療法の利点は長期的にみて骨折、心臓病、認知能力低下を防ぐ可能性があるとされた。しかし、1998年に長期的リスクと効果が評価されることになり、3000人の女性を試験群(混合ホルモン剤)とプラシーボ群に分けて無作為化比較試験を行った。それによると、効果はおろか試験群のほうに悪い結果がでてしまった。骨折や大腸がんを減らすという小さな恩恵より、心臓発作、脳卒中、血栓、乳がんなどのリスクが増すことがわかった。利益より害の方が多く、心臓発作の予防ではなく原因をつくっていたのだ。このような報告があっても製薬会社とそこから資金を得ている医学団体は事実を受け入れようとはしなかった。有名人の医学知識は殆ど素人といって良い。にもかかわらず人々に無益かつ有害な幻想をまき散らす。

 

患者団体と連携して売り込む---注意欠陥多動性障害(ADHD)

ADHDを患う小児と大人の患者団体の会員数は、全米で1万5000人、200の支部を持つ。この団体は、まだ病気としての認識の低いADHDの理解を促すため各種の集会やイベントなどの活動を繰り広げる。全ての製薬会社にとって患者団体と協力しあうことは販売促進戦略の鍵であり、資金提供を受けている患者団体は企業にその恩返しをすることになる。製薬会社が資金を援助する団体は会社の利益と一致するものでなければならない。患者団体はADHDを患う人々の生々しい体験談とともに薬で治療すべき疾患であることを啓蒙する。体験談は真実味があり、一例であっても普遍的な説得力を持つものだ。有名で力のある患者団体は政治団体や宗教団体に通じるところがあるという。注意散漫、衝動的行動などの深刻な症状で苦しんでいる子供たちは治療によって大きな改善が見られることがある。しかし、教室でじっと座っていられない子供たちは山ほどいる。そうした子供たちが感じている困難をADHDのせいだと説明し、薬で対処するのが最良なのかは意見の分かれるところだ。ADHDとされる子供の数も1%未満から10人に1人程度と一般的推定値にも大きな幅があり、脳内の生物学的・化学的問題が主な原因なのか、あるいは肉体的、社会的、文化的、そして経済的因子が複雑に絡みあった結果なのか検討の余地がある。

精神科医は自分たちの仕事の手引書である「精神疾患の診断・統計マニュアル」に書かれているADHDの定義を広げ、さらに多くの小児と成人をこの中に引き入れた。マニュアルに書かれた症状の多くは普通にみられる行動と重なっている。例えば、「しばしばしゃべり過ぎることがある」、「しばしば人の話を聞かないことがある」、「しばしば物忘れをする」といった事は、多くの子供たちや時には成人にもありがちなことで、この定義を適用すると病気と診断されてしまいかねない子供の数が50%も増加する。こうして患者の数を増やし続けても飽き足らず、さらに、精神刺激薬は健康な子供にも効き、どんな人でも注意力が向上するとして、病気以外の子供や成人にまで売り上げを伸ばしていった。イライラや不眠、不安がしばらく続いたとき、20年も前ならそのうち時間が解決するだろうと考え、なんらかの方法で気を紛らわしただろう。しかし、現在、心の扱いは心の専門家に相談するようになっている。

集中できない、注意散漫、フラストレーションがたまる---それは現代生活の
せいでしょうか?多くの成人が、成人型注意欠陥多動症候群(成人ADHD)に
かかっているのに、それに気づいていません。なぜ?それはその症状が
しばしば日常のストレスと間違われてしまうからです。

こう医師に告げられたら普通の人はひとたまりもなく説得され、治療を受けるしか為す術を見いだせない。しかし、これは製薬会社の広告にすぎないのだ。いままで述べたように製薬会社の販売促進活動に共通する戦略は、未知の病気を作りその重要性を高めることにある。売り上げを伸ばし続ける精神刺激薬は実のところ覚醒剤に似たようなもので心を奮い立たせるものだが、副作用として不眠や多幸感、気分の変化を引き起こし、ときに自殺を促すこともある。長期間の大量投与で、食欲の低下、悪夢、不眠、多幸感、被害妄想的な行動や心臓疾患の原因となる可能性がある。

豊かな先進国では、そわそわして落ち着きがないといった程度の子供を病気
と診断して投薬することに、そして集中力がない大人に生涯、精神刺激薬を
飲ませ続けることに、毎年、数十億ドルもの金を使っている。一方、国境の向こ
うでは、予防も治療も可能な病気のせいで毎年、何百万もの子どもや大人の
命が失われていく。そんなことがこのグローバル化の時代に起っていいの
だろうか?

 

「病気のリスク」を「病気」にすりかえて売り込む---高血圧

病院では決まって血圧が測定され、これが健康の指標かのように勘違いをしてしまうことがある。血圧の測定は欠かせないものだが、体のサインの一つにすぎない。問題は血圧やコレステロールが薬で比較的簡単に下げられることだ。数値が下がったことで、その他多くの潜在的リスクが解決されたわけではない。しかし、効果が数値で示されるのは薬を売る側にとって好都合であり、医師にとっては治療の成果が確認できる。この数値の扱いに製薬会社の思惑が大きく関わってくる。米国では現在、55歳以上の人のおよそ9割が高血圧であるか、将来、高血圧になると推定されている。ほかの医学的状態と同じく、高血圧の定義も定期的に改訂され、基準値が段々低くなってきた。血圧の正常値をわずかに超えてはいるが、それ以外はいたって健康なおびただしい数の人が高血圧患者にされてしまい「あなたは心臓病や脳卒中のリスクをかかえています」と薬物治療をすすめられる。2003年に米国で発表された高血圧のガイドラインでは収縮期血圧(最高血圧)120〜139、拡張期血圧(最低血圧)80〜89の人を「前高血圧症」として健康な人にまで潜在患者群の範囲を広げた。これによって病人の数がおよそ5000万人増え、高血圧治療薬の潜在的市場も広がった。このガイドラインの作成者11人のうち9人までもがさまざまな製薬会社から講演料や研究助成金を受け取ったり、その会社の株を所有していた。

健康な人に高血圧治療薬を売りつけるために使われる統計学のトリックがある。

  1. 心臓発作を起こす確率が33%減る。
  2. 心臓発作を起こす確率が3%から2%に減る。(1%の減少)
  3. 100人に1人は心臓発作を免れるが、その1人が誰かは予測できない。

上記はすべて同じことを説明した数字である。3%が2%に下がることは率で33%減で、100人の患者の1人の発作を予防するに過ぎない。誇張したグラフや、表現を変えることで統計には相反する解釈が生まれる。例えば、煙草を吸わない高血圧の65歳の男性が、この先5年間に初めて心臓発作を起こす確率は5〜6%に過ぎないが、製薬会社の広告を見続けていると医師でさえ、30〜40%と言う数字を信じ込んでしまう。若く健康でその他のリスクが低い人の場合、最高血圧が160でも治療の対象とすべきでない。血圧は単に測定値の一つにすぎず、喫煙の有無、運動の程度、食事など他のリスクも全体的に見る必要がある。低く設定した基準値をもとにした薬の投与では、患者の健康状態を全体的に把握しようという姿勢が失われる。さて、おびただしい数の高血圧薬が発売されているが、4万人以上の被験者を対象として最新の高価な薬から従来の安い薬まで4種類の比較試験が行われた。意外なことに、もっとも古くもっとも安いチアジド系利尿薬と新しい薬の心臓発作と脳卒中を防ぐ効果は同等だったが、心不全予防効果は古いものがやや勝るという結果が出た。この試験結果に耳を傾けるらば、より新しくより高価な薬の処方は減るはずだが、多少騒がれただけで騒動は収まった。医師が従うのは宣伝のほうで「マーケティングは科学に勝る」ことが証明された。別の論文によれば、医師がもっと安価な治療を続けていれば、支出の1/4近くは節約できるという。その分、製薬会社の利益は減ることになるが、、、製薬会社の宣伝によって、多くの健康な人々が不健康のカテゴリーに入れられてしまう。血圧は低いほうが良いという通説を疑うべきだ。

 

自然現象に病名をつけて売り込む---月経前不機嫌性障害(PMDD)

製薬会社の次なるターゲットは健康で若い女性だ。月経を病気にしてしまうことで薬の売り上げは一国の人口レベルで伸びる。月経前の不快症状を病気とする概念が生まれたのは1930年代にさかのぼる。更年期をエストロゲン不足による病気として月経前緊張症という言葉が作られ、1960年代には月経前にみられる一般的な症状であるむくみ、イライラ、不機嫌などを月経前症候群(PMS)と呼ぶようになった。ここから抑うつ性疾患であるPMDDへと到達したのは科学ではなく政治の力だった。PMDDを精神疾患であることにすれば、製薬会社から豊富な研究資金が流れ込むからだ。月経前の気分の浮き沈みは、もはや正常な生活の一部ではなくなり、精神疾患の可能性を告げるサインにされてしまった。この言葉が各種メディアに乗って広がり始めると、女性は自らのイライラをPMDDかも知れないと思い、周囲の人々もそれをPMDDではないかと解釈するようになる。しかし、PMDDと月経前の不快症状と区別する確固たる証拠はないのだ。

どのような治療も有益な作用と有害な作用のバランスの上に成り立っている。非常に重い病気にかかった人で、大きな改善が望めるなら、多少の副作用を引き受けるのは致し方ない。しかしPMDDの治療に用いる抗うつ剤には、多くの副作用があり、深刻な性的困難や自殺行動、禁断症状などが付きまとい、健康な若い女性が引き受けるにはあまりにリスクが大きい。広告は効果ばかりを誇張し、副作用を軽く見せ人々を誤解に導くような内容である。さらに、月経前の苦痛に、あっさり病気のラベルを貼ってしまうと、その症状になにか別の原因があってもそれを見過ごしてしまう。生きているがゆえに生起する自然現象を、薬の消費で解決しようと促す例は多数あげることができる。薄毛(養毛剤)、肥満(ダイエット薬)、老化(動脈硬化予防剤)、精力減退(ED治療薬)...こうして製薬業界は医療の範囲を広げていく。病気を作り上げそれに薬を適応させるか、薬を作りあげそれに適応する病気を作ればよいのだ。健康不安をここまで高めたものは何か?その対策に繰り出されるものが健康をもたらすことはなく、益々、不健康を量産しつつある。

 

病名を意図的に変えて売り込む---社会不安障害

薬のなかには薬として認可される前からキャンペーン活動が行われるものがある。薬の広告は慎重を要するため、広告とは感じさせず、また広告会社の影が見えないように周到かつ巧妙に企画される。その一つが、抗うつ剤を売るために考えられた社会不安障害だ。社会不安障害をメディアに頻繁に取り上げてもらい、これと薬を関連づけて報道する。あるときは草の根運動を装い、これまで無視されてきた病気に対する一般人の認識を高める。全米で配布されたポスターには「顔が赤くなり、汗が出て、震えだす---息が苦しくなることも...これが社会不安障害の症状です」と書かれていた。このポスターは社会不安障害連合という団体の傘下にある医療擁護団体が啓発するものだが、すべて製薬会社から多額の資金援助を受けていた。患者団体は見返りに、症状に苦しむ患者を記者に紹介し、新聞社やテレビ、雑誌がこぞって社会不安障害を取り上げた。メディアに登場する医師は、社会不安障害とは「人々の中に入るとじろじろ見られたり、値踏みされているような気がして、その恐怖から具合が悪くなる病気」だと説明する。この病気は「内気」とは別のもので、正常な生活に支障をきたす重い病気だとしている。このようなキャンペーンを繰り広げ、わずか1年で広告の表示回数が11億回を超えた。記者や消費者そして医師たちへの宣伝が行き届いたところで満を持して薬が発売される。いままで「内気」、「はにかみ屋」と言っていたものが社会不安障害という新しいうつ病薬の投与対象になり、売り上げの裾野は否が応でも爆発的に広がる。

社会恐怖や対人恐怖ならば、心理学者の域で済みそうだが、障害とすることで医師の診察と薬の処方を要する病気へと変貌する。この推定発病率は1〜16%と幅があり、精神医学者によれば、実際は1%未満であろうと言われている。しかし、製薬会社は13%(8人に1人)という過剰なキャンペーンを行った。「自分はそうゆう病気だと認識すれば、自分自身を厳しくさいなむ必要がなくなる」と言い、人間として当然経験することを病気にしてしまった。こうして新しい疾患をデザインしたり古い疾患に新しい装いを施すことで、薬は製薬会社の都合で売り込まれる。軽い症状を精神病患者にして、薬を投与することは、治療しないより危険なことだ。抗うつ薬には、吐き気、食欲不振、口渇、便秘、下痢、眠気、めまい、頭痛、だるさ、性機能異常などの軽い副作用のほか不安、焦燥、興奮、混乱、幻覚、発汗、ふるえ、体の硬直、幻覚、錯乱、けいれん、自殺行動などの重篤な副作用を伴うことがある。不安を解消するのか産み出すのか定かではない。製薬会社は危険性や無効のデーターを隠しながら医師への販売活動を続けた。ついに食品医薬品局(FDA)は小児向け抗うつ薬の臨床試験のすべてを再検討した。その結果、プラシーボ薬より効いたという確かな証拠は認められず、小児への処方について警告が発せられた。またイギリスでは青少年が服用することで自殺行動へのリスクが高くなることが解かり、若年者への投与が禁止された。社会不安を個人に起因させることで、複雑に絡みあった要因を多面的にとらえようとする姿勢が失われる。内気、はにかみであれば治療の必要はないが、これを病気とするならば、教育、環境、生活、経済など包括的に考察し、安全かつ効果的で費用負担の少ない方法を選択しなくてはならない。

 

検診を習慣づけて売り込む---骨粗しょう症

毎年世界中で何百万人もの高齢者が転倒によって股関節を骨折し、それが致命傷となることがしばしばある。若い女性がダイエットに夢中になるように、初老期以降の女性は骨粗しょう症を気にし食事やサプリメントなどの対策に余念がない。年をとれば骨密度は低下する。ごく稀な例を除いて、自然で正常な現象なのだ。確かに骨のミネラル密度が低下すれば骨折を起こす確率は高くなるが、骨折の原因はそれだけではない。骨折を防ぐ方法は生活習慣や食事、家の内装を変えるなど多くの方法が考えられるが、なぜか骨密度測定だけに対策がしぼられる傾向にある。この傾向は偶然か必然か、骨密度の低下を遅らせるという新薬の発売時期に始まっている。骨粗しょう症は基本的に症状のない病気だ。そこで製薬会社は女性たちにこの病気が深刻な疾患であると思い込ませるための宣伝をしなければならなかった。売り込みのポイントは恐怖を植えつけることだった。そうすれば人々は病院へ駆け込み、骨粗しょう症の検査を受け、次いで治療のための薬を服用するだろう。

骨粗しょう症の定義を作成するとき、骨密度の標準値を若い女性(30歳)のものに定めた。これによって年配女性のほとんどに「異常」が認められることになった。若い女性よりわずかでも数値の低い女性を骨減少症とし、それよりさらに数値の低いものを骨粗しょう症と診断した。米国では、骨減少症と骨粗しょう症を合せ4400万人という無謀な数になった。この数字を作るため、まず骨密度検査器を多くの病院へ行き渡らせる援助をし、それにとどまらず、自前の患者団体の活動を盛り上げ検査に保険が適用されるよう画策した。膨大な額の新薬開発費は市場の開拓費とも重なるのだ。こうして生み出された新薬の薬効は?といえば、宣伝や統計値で説明される恩恵よりはるかに小さいものである。「股関節骨折のリスクを50%下げる」と言う統計トリックは、慣例のごとく各100人の被験者を対照に行われた。プラシーボ群で100人中2人(2%)が骨折し、新薬群では100人中1人(1%)であった。2人が1人に減ったことが50%の根拠である。確かに間違いのない数字だが、常識で考えて薬効の根拠に足るものではない。骨密度の低下は股関節骨折のリスクの1/6を占めるにすぎず、筋肉の強度や転倒の頻度などの因子が大きく影響する。このためもっと効果的な対策は高齢者の転倒を防ぐなどの方法が取られなければならない。薬を比較的健康な人が長期間服用し続けることの害と費用負担こそ大きなものだ。よく知られている副作用は、消化管粘膜の局所を刺激して、嚥下困難、嚥下痛、胸やけ、胸骨の下の痛みや悪心、便秘、胃痛などがあり、適切に服用しないと、重篤な副作用として食道や口腔内、胃・十二指腸の炎症、潰瘍を起こすことがある。食道炎や胃炎、胃潰瘍などの疾患がある人は服用してはならない。

われわれの社会が犯している過ちは---非常に多くの健康な人々が
検査を受け、病気のレッテルを自分に貼って、限られた公的資金を
薬に使っていることなのです。しかもその薬は益よりも害になっている
ことが多いのです。

 

政府機関を手なずけて売り込む---過敏性腸症候群

米国食品医薬品局(FDA)は国民に安全で効果的な医療を確実に提供する使命を負い、世界中の医薬品規制の官庁や医療監視機構にも多大の影響を与えている。FDAが下す決定は大手製薬会社の収益を大きく左右するため、ここへの対策も抜かりがない。FDAの仕事の半分以上が、審査される医薬品企業からの資金でまかなわれている。ヨーロッパの多くの国々でも状況は似たようなもので、オーストラリアでは経費の100%を企業が支払っている。これで国民の利益や安全を守ることができるだろうか。製薬会社におもねり、指導の実効は薄く、規制は内容のないものだったり、規制に反しても罰則は科されないことが多い。過敏性腸症候群の治療薬はFDAと製薬会社の力関係を如実に物語るものであった。製薬会社は広告で、「お腹の調子が悪い?腹痛?お腹が張る?便秘?過敏性腸症候群かもしれません...お医者さんに相談してみましょう」と、やがては治る症状さえ重症の病気に仕立て薬の販売を拡大してきた。このため有名なスターの闘病記や患者団体が利用された。患者数のデータは最も多い見積りを使い、症状は最も重篤な症例を出した。人口の20%(5人に1人)がこの疾患にかかっているとしたが、別の研究ではせいぜい5%未満だと推定されている。

過敏性腸症候群の治療薬の発売後、重篤な副作用報告が毎日入るようになった。とくに多いのは便秘と虚血性大腸炎で、どちらも命に関わるものだ。FDAのスタッフがこの薬の臨床試験の科学的データを改めて調べると、さしたる恩恵は少ないにも関わらず副作用は深刻で、まれに死にいたる可能性もあった。発売後、半年で最初の死亡例が報告された。この薬の服用で、元々の症状よりさらに危険な副作用が起こることが次第に明らかになる。FDAは、ついに発売禁止の方向へと動いていくが、いきなり禁止ではなく、服薬ガイドを導入することで妥協した。しかし、死亡例の報告は増え続け、小手先の対策だけでは被害の増加は食い止められないとして、ついに市場から回収することになった。この間、8ヶ月で死亡例を含む200件以上の重篤な副作用報告が寄せられた。これは一部に過ぎず、実際は2000〜2万例の副作用が出ていたと考えられる。しかし、それから2年後、この薬が再認可されることになった。製薬会社は患者団体などを利用し、「少数であっても救われる患者がいる..」として再認可を獲得するロビー活動を展開した。製薬会社幹部はFDAのスタッフと緊密な連絡をとり、諮問会議で有利になるよう働きかけたが、諮問会議では再認可に厳しい制限が付けられた。FDAはこの制限を無視しついに再認可を決定した。諮問委員の1人は「リスク便益比を考えた場合、この薬には価値がない。価値があるのは、この薬を本当に必要とし、薬による恩恵があると考えられる患者に限定した場合だけである。そのような患者はごくわずかしかいない」と言う。製薬会社は組織や個人に野放図に金をばらまくわけではない。商業的にもっとも有力で多くの影響力を持つ人に気前よく金をさし出す。企業は戦略的かつ組織的かつ体系的でしかも最小の資金で最大の効果を得ようとする。

2001年ランセット誌の編集者は、FDAはいまや、異論を唱える
科学的意見を弾圧する場所と化し「企業の家来」になり下がって
しまったという。 --- 中略 ---
FDAの高潔さは「致命的に蝕まれている」と述べ、FDAが自局の
科学者を脇におしやって、企業のスタッフと裏でこっそり連絡を
とりあって薬を再認可させる手助けをしていると非難した。

 

個人差を「異常」と決めつけて売り込む---女性性機能障害

個人差を気にする人は多く、生活の質や能力の向上を売り込む「自分を変えたい商品」が多彩な宣伝を展開する。ここにも当然、製薬企業が網を拡げて待ちうける。製薬会社は、広範な分析に基づいて新しい病気を模索する。生活スタイル全般にわたり新しい病気を作りだすことができれば、市場はさらに広がるはずだ。生活スタイルの改善を目的とする分野には、抑うつ、肥満、禁煙、脱毛、皮膚の老化、経口避妊薬、性機能障害などがあり、一般大衆が抱く自然現象や正常と異常の見方を変えることで、患者数は飛躍的に増大する。ここで述べる女性性機能障害はまさに製薬会社が作りあげた病気の一つである。七つの一般的項目について質問表が準備され、1500人の女性に、前年に数ヶ月以上にわたって経験したかどうかを、「はい」、「いいえ」で回答してもらった。内容は、性欲の欠如、性行為への不安、潤滑不全などで、もしこれらの項目の一つでも「はい」と答えたら性機能不全とされ、この質問の結果、43%が病人というデーターが生まれた。また、1997年に臨床医、研究者、製薬企業が集まり、女性性機能障害の会議が開かれた。この時点では女性性機能障害の定義さえ定まっていなかった。その18ヶ月後、19人の出席者を得て、改めて定義と分類が作成される。性欲、性的興奮、オルガスム、疼痛などの前疾患症状の特徴も示した。このとき、全女性の20〜50%がこの病気にかかっているとされてしまった。この会議は8つの製薬会社がスポンサーとなり、定義作成者19人のうち18人が何らかの形で22社の製薬会社とつながっていた。

男性性機能障害(ED)はバイアグラの話題とともによく知られているが、もともと少数の勃起機能不全の患者に用いられる薬であった。当初、狭心症の薬として開発された経緯から、他の狭心症薬との相互作用で急激な血圧低下を引き起こす恐れがあった。そのため心臓病や脳卒中、低血圧、高血圧の人の服用は慎重でなければならず、医師の診断のもとに投与され、薬の管理も麻薬なみの厳重さであった。ところが、いつの間にか病気ではなく単にセックス面で満足できない多数の人々へと適応を拡げていった。ついに、インポテンスを予防するために毎日服用するよう唱える学者まで現れた。これには流石の製薬会社も驚いたという。実は毎日服用することを保障できる確かなデータがなかったのだ。幸いなことに、騒がれるような深刻な副作用の発生は少なかった。販売を続けることで利益を得ながら、多人数で比較的長期の臨床試験が完了したのだ。いまや節操なく販売され、ネットで検索すると、副作用ナシ、純正国産、代行輸入、激安、、まるでサプリメントや媚薬や精力剤と同列に扱われている。ついでに、出会い系サイトの広告までヒットする始末。女性性機能障害の薬はテストステロンのパッチ剤が用いられるが、ホルモンの影響でセックスに困難が生じている少数の女性にとっては有効かも知れない。しかし、製薬会社はバイアグラと同じように健康な人々のセックスライフを改善する商品として売り込みたいと考えるだろう。健康な人には保険が効かないので、病気という隠れ蓑を用いなくてはならない。最新鋭の器械で陰核の血流や性器の潤滑性やテストステロンの血中濃度を測定し診断する。セックスライフは数値で行っているわけではない。男性に比べ女性性機能の問題や満足度は、パートナーとの関係、生活のストレス、文化の影響などがはるかに重要である。検査や宣伝に惑わされ、多くの女性が自分の性的困難を病気だと思い込むことでライフ・クオリティは低下する。

薬では治すことのできない性的困難の治療に、何十億ドル、何十億
ユーロもの金が使われることだろう。同じ金を、世界に蔓延する本当の
病気の治療や、飲料水の浄化、自転車道や歩道の整備、女性避難所
の資金、青少年の性教育、さびれた地域の雇用促進などに使うことが
できるはずなのに。医療費の使い道の優先順位をどうやったら大きく
変えることができるのか。そうした疑問に私たちはもっと関心をもつ
べきである。

 

【付記】医薬品の効果のevidence(証拠)となるものの一つに医学論文がある。新聞などで時折発表される画期的で興味ある研究は動物実験の段階であることが多い。あわてて飛びつくような愚を冒してはならない。東北大学の坪野吉孝氏は薬効の評価法について、6段階のフローチャートを提案している。
  1. 具体的な研究にもとづいているか
  2. 研究対象はヒトか?(利益についての動物実験は話半分に聞いておく)
  3. 学会発表か、論文報告か?(学会発表は話半分に聞いておく)
  4. 定評ある医学専門誌に掲載された論文か?(参考程度にする)
  5. 研究デザインは「無作為割付臨床試験」や「前向きコホート研究」か?
  6. 複数の研究で支持されているか?

3.の論文報告について、医学論文もしくは科学論文について調べるうちに、多くの論文の結論は後に否定されていることを知る。これには少々驚きであった。論文の数が積み上げられるに従い、新しいものは少なくなり、同じ研究の焼き直しでは論文にも発見にもならないので、無理にあるいは作為的に新しい発見にしてしまうことがある。ここに、興味ある報告がある。一流の医学雑誌に掲載され引用回数も1000回以上の実証的論文から49件を選び、うち処置が有効とされた45件の論文を検証した。

・7件(16%)否定された。
・7件(16%)最初の論文は過剰評価だった。
・20件(44%)結論が再確認された。
・11件(24%)同じことを検証した論文が見つからない。

結論が再確認されたものは半分程度で、1/3は後に、より大規模かつ精密な試験で問題が指摘されている。後に否定される論文はサンプルサイズが小さい・効果が小さい・調査された効果の種類が多い・ランダムな研究設計になっていない..などのケースが多かった。薬効の評価法の「6.複数の研究で支持される」は不可欠のことだ。科学論文だからといって信頼に足るものではなく、疑いを失ってはならない。メディアから流れる話題性のある研究についてはなお一層の注意が必要である。

 

 

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