【健康情報を疑う】


デタラメ健康科学 ベン・ゴールドエイカー著 梶山あゆみ訳 -2013 1〜2月コラムより-

現在、メディアが扱う科学情報の大半は医療や健康に関わるものだ。科学のデータを都合良く解釈する嘘や、科学の体裁をとった広告・宣伝が氾濫する。情報が手軽で安価で膨大なるがため翻弄され利益と不利益が生じる。科学は情報の荒海を渡る道具であり、使い方によって攻める矛にもなれば、守りの盾にもなる。人々が健康神話に邁進すればするほど、デタラメ科学も心地良く居座るだろう。

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【ホメオパシー】病気の原因と思われる物質を薄めて薄めて、ほとんど存在が消えるほど薄めた水やそれを砂糖に染ませたものをレメディと言う。これを治療に用いるが、常識的に考えて水や砂糖に薬効がないのは明らかだ。科学的検証の結果、無効が証明されても治療家は「現実に治った人が居るし、あきらかな効果が認められる」と主張する。おそらく嘘ではないだろうし、彼らは疑うことなく治療を続けることだろう。科学的証拠を求める臨床試験では公平を期するため盲検化する。先入観を排除するため患者にも治療家にも試験薬か偽薬かを告げない。次に試験薬と偽薬を投与する群をランダムに振り分け無作為化を行う。不適切な方法で無作為化された試験では治療効果が41%も過大評価されたものがあった。又無作為化の方法が不明な試験では30%過大に評価され、不適切な方法での無作為化と変わらない。ホメオパシーに有利な結果を示した試験は、盲検化も無作為化も適正になされていなかった。

さらに、20年ほど前からコクラン共同計画による「メタ分析」という革命的評価方法が始まった。試験の数は多いが個々の規模が小さすぎて単独で確実な答えを出せないものに威力を発揮する。同じテーマに関するあらゆる臨床試験のあらゆる結果を集め表計算ソフトに入力し分析することで、10件、各40人の試験でも400人規模と等しい信頼性が得られる。この結果においてもホメオパシーはプラシーボ程度の効果しかないことがわかった。プラシーボは治療法をとり巻く文化であり、治癒への期待、診察法や治療法など様々な要因で効果が発現する。また「平均への回帰」という現象が治癒の錯誤を起こす。難しいことではない、日々揺れ戻る体調の変化をいい、痛みについて考えると放置しても悪化と緩和に波があり、治療と緩和の一致を治癒と錯覚する。おなじく、人に備わった「自然治癒」との偶然の一致で治療家は自信を抱く。ヴォルテール曰く「医術とは、自然が病気を治すあいだ患者の気を紛らわせること」

治療家はメタ分析の中でも臨床試験の結果だけを引用し有効と主張するが、自分たちの意に沿うつまみ食いでしかない。無効の結果が判明しても、研究者や専門家は「さらなる研究が必要」とコメントする。あたかも考えが前向きで、頭が柔らかいように聞こえるが、権威ある英医学誌のブリティッシュ・メディカル・ジャーナルでは何年も前からこの文句が禁止されているという。そんな言葉を使ったところで何も変わらず、「さらなる研究」を求めても意味がないからだ。ホメオパシーに残された研究は、ホメオパシーを薬ではなく、複雑な医療行為と考えることだ。治療家に診てもらうこと自体がひとつの治療として効果があるのではないか。ホメオパシーに限らず、代替医療がどのようにして健康神話をつくりあげ、広めるかの手法が明らかになるだろう。この手法は巨大製薬会社が医師に対して用いるのと同じものだ。

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【プラシーボ効果】心がいかに体に影響を及ぼすか神秘に満ちた癒しのテーマである。また代替医療に於いては根幹をなす技法とも言えよう。プラシーボはとりわけ痛みの分野での報告が多い。内服の他、注射や手術にまでプラシーボ効果が確認され、最たるものは、モルヒネの代わりに塩水麻酔で痛みを感じることなく手足の切断や乳房切除を行った。現在、臨床試験でプラシーボを使うことを避ける傾向にある。プラシーボの使用は治療の放置に繋がり倫理上避けるべきで、現行の治療薬と新薬を比較するほうが望ましい。そこで過去の臨床試験をメタ分析することでプラシーボの効果を確認した。プラシーボは2錠より4錠が治癒率が高かった。錠剤の色は青よりピンクのほうが眠気を抑える効果が高い。抗不安薬は緑にすると不安症状への効果が高まり、黄色にすると鬱病への効果が高まる。また、どういう方法で薬を与えるかで結果は違ってくる。高血圧、頭痛、術後の痛みには偽薬の錠剤より食塩水の注射が良く効く。代替医療では鍼治療など手技(儀式)の複雑なものほど効果が高い。他にも箱などの包装や名前、価格などプラシーボ効果に及ぼす因子は多様だ。

研究によれば薬や装置が問題ではなく医者が何を言い、何を信じるかが患者の治癒の度合いに影響することが分かった。医者が自信をもって薬を勧めたほうが効果は高まり、たとえ医者が何も言わなくても身振りや表情などを通して患者に伝わる。ウソの診断でも医者の態度により治癒に差が出るという報告がある。異常を訴える患者200人を2グループに分け、片方に「どこに問題があるかわからない」と伝え、2週間後の経過をみると症状の改善したものは39%にとどまった。もう片方には確かな診断を下し「何日かすれば治るでしょう」と自信を持って伝えたところ、2週間後には64%の患者が改善した。これはプラシーボ効果とともに代替医療の本質に迫るものだ。代替医療では根拠もデータの裏付けもないまま、奇抜な理論で「プラシーボ説明」、「プラシーボ診断」を行う。陰陽五行、生体エネルギー、気の乱れなどの話を持ち出して説明する。説明する本人も実のところ良く分かっていない事があり、国語辞典には「煙に巻く」と書かれている。しかし、先の実験結果を見ると「煙に巻く」ことも患者にとって利益があるのではないか。

医者の態度や患者との信頼関係は治癒に影響を与え、一般に温かみや親しみがあり安心させてくれるほうが治療実績が良い。ところが、医者をとりまく現状はそれを許さないほど余裕が取れなくなっている。また患者をできる限り有効な手段で治す義務と、患者にウソをつかない義務という倫理基準がプラシーボの利用を躊躇させている。プラシーボが患者を欺くという呵責を感じる必要のない実験もある。はっきりと、「偽薬ですが、多くの人がこれで楽になっています。きっとあなたにも効きます」と言って渡したところ大幅に症状が改善した。プラシーボは、ときに薬効のある薬の作用をはねのけたり、正反対の作用を生みだすことがある。薬物の作用と体の生理反応は予測のつかないことが多く、とくに薬草やハーブなど成分さえ確定していないものは暗黒の迷路に等しい。「薬効のある薬の作用をはねのけたり、正反対の作用を生みだす」ならば一筋の光が見えてくる。症状や証に合った漢方とは漢方家の迷妄に過ぎないのではないか。温かみと親しみを以ってすれば、的ハズレの証でも治ることがあり、正反対の薬でも改善する。「脈診だ腹診だ..」と、素人を煙に巻いて行なうプラシーボ診断と治療を心から信じることだ。

「プラシーボに反応しやすい人」の特徴を求め様々な研究が行なわれたが、全体に「誰もが反応する」という結論に達した。治療の持つ意味が心身に影響を与えた結果、プラシーボ反応が起る。煙に巻くとか巻かれるという言い方は一面的な見方である。代替医療やプラシーボは正しく使い合理性を失ってはならない。現代医療で治療の手立てはないが治療を続けたり、苦痛緩和の一方法として役割が考えられる。たとえばガンの診断を受け様子を見ながら代替医療やプラシーボを用いれば、現代医療の侵襲的治療の被害を免れる。懸念されることもある。プラシーボ効果を引き出す契機となる治療家の言葉や態度が逆に病気に対する間違った考え方を植え付ける。自信と信頼感にあふれる説明で、些細な症状や日々揺れる体調でさえ病気だと勘違いさせ、心と行動に病人の役割を与えてしまう。放っておけば治る疲労や筋肉痛、短期のストレス、平均から少しズレた血圧等々、病の不安に駆られ健康で暮すことの妨げになりかねない。

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【栄養評論家の作り話】ストアの棚から、ある食品が突如消え失せる。テレビで話題にのぼった事が引き金になり集団催眠行動に走り、ひとときの熱病のように次の番組までの一週間で醒めてしまう。栄養評論家とメディアに踊らされくり返し起こる社会現象だ。栄養評論家は最近生まれた職業で食が複雑で不可思議であるかのように思わせ己の存在を顕示するが、仕事は初歩的なミスで成り立っているという。1)実験データから突飛な結論を引き出す。2)観察データを見て因果関係を勘違いする。3)自分に都合の良い研究や論文を持ちだし根拠を主張する。例えば次のようなコメントがある。「2001年に発表されたオーストラリアの研究では、オリーブ油には(野菜・果物・豆類と組み合わせると)肌にしわをつくりにくくするかなりの効果があるそうです。サラダのドレッシングに入れたり、バターのかわりにパンに付けたりして、もっとオリーブ油をとりましょう」。これをまことしやかにテレビで流し、女優に体験談のひとつも語らせれば、翌日、ストアの棚からオリーブ油が消え予約は殺到する。研究の出典も明記され信頼がおけそうな感じを受けるが、実際の論文はまるで違っていた。「ギリシア人、イギリス人、アイルランド系オーストラリア人、スウェーデン人など生活習慣の違う4つのグループを観察したところ、それぞれ食習慣がまったく異なり、しわの数にも差があることがわかった」というもので、被験者にオリーブ油を与えてしわの度合いを測定したわけではない。測定する結果(しわ)と調べたい項目(オリーブ油)の両方に別の要素が影響する「交絡因子」を見落とす誤りを犯している。

「最近の研究によるとターメリック(ウコン)はいろいろながんに対する予防効果が高いことがわかりました。とくに前立腺がんに有効です」。ウコンは肝機能向上を謳い、飲酒前後の服用を促す宣伝がある。価格も手頃なため常用する人が多い。前立腺がんにまで効くなら刻苦勉励飲むべしとする人がさらに増えるかも知れない。薬やサプリメントは風評のレベルで伝搬し広がる。いくつかの研究ではウコンに含まれるクルクミンに強力な生理活性作用のあることが知られ、発がん性の疑いもある。ウコンのエキスや単離したクルクミンを培養細胞に直接ふりかけたり、濃度の高いエキスを動物に投与したりなど臨床上考えられない試験結果を利用したりする。根拠のないものを流布する理由はふたつあり、無知か商売かのどちらかだ。クルクミンを食べてもほとんど体内に吸収されず、血中濃度が確認される為にはウコンを100gも食べる必要があり、そうすると過剰摂取による被害を蒙ることになる。

「○○を服用することで血液検査の数値が改善したので心臓発作の予防になる」。このような言い回しを「代理指標」と言い、人に対する本当の効果は確認されていない適当な測定値で誤魔化すものだ。テレビの健康番組、健康食品業者、製薬会社の新薬の売り込みに汎用される手法で、検査値や血中濃度に「変化が見られた」というだけの研究かも知れない。生活習慣病の薬については最終的な死亡率は高まるとの報告もある。「無作為化プラシーボ試験・・」と表記されていても実際は「代理指標」でしかないものが見受けられる。物を売ろうとしたり知識を披歴するため、あまた研究論文を探せば必ず都合の良いデータが見つかるもので、まさに玉石混交と言えよう。

近年、抗酸化を標榜した食品やサプリメントの人気が高まっている。抗酸化物質が注目されるようになった背景は「老化の原因が活性酸素にある」という仮説からだ。活性酸素の話がテレビに出たり、雑誌に出たりするうちに抗酸化物質が不老不死の薬に思えてくる。しかし、この仮説にはいくつもの難点があり、まず活性酸素が害毒物質と決まったわけではない。たとえば感染症に罹ったとき、免疫系から食細胞が出動し細菌を取り囲み活性酸素を浴びせる。活性酸素は高い反応性を有し細菌を破壊するが、正常細胞や動脈の内壁、DNAを損傷する恐れもある。これが「老化やがんを引き起こすのではないか」という仮説で確定はしていない。仮説をもとに抗酸化物質を含む食品やサプリメントをたくさん摂れば、若返り、老化を遅らせ、病気の予防ができると宣伝する。活性酸素は感染症の患者に不可欠のものだが、これを減らす抗酸化物質を勧めたり、余分に摂りすぎて予期せぬ結果が生じるかも知れない。抗酸化物質は各種あるが、代表的なものがポリフェノールだ。野菜や果物をたくさん食べる人は長生きする傾向にあり、がんや心臓病にかかりにくい。そして野菜や果物はポリフェノール類を多く含有する。2つの事実を短絡させ抗酸化物質の仮説が受け入れられた。しかし、野菜や果物を摂る人は健康への関心も高く、生活全般に配慮が行き届く傾向にあり一概にポリフェノールの効果だとは言えない。

また、β-カロテン、ビタミンEなどの抗酸化物質の血中濃度を比較し、血中濃度の高いグループにがんや心臓病の発症率が低い傾向にあるという研究も為された。このような研究はテレビ番組が行う手法と変わらず「がん予防にβ-カロテンを含む人参を食べましょう、ジュースにすると飲みやすく、サプリメントなら手軽で便利」と言った類の話に行き着く。次のような大規模な臨床試験では逆の結論がでている。肺がんのリスクの高い被験者3万人を無作為に4つのグループに分け、1)β-カロテン、2)ビタミンE、3)β-カロテン+ビタミンE、4)プラシーボを与えた。1)、2)、3)のサプリメントを飲んだグループがプラシーボグループより肺がんを発症する人が多く、肺がん、心臓病による死者も多かった。もう一つの研究は、肺がんリスクの高い喫煙者とアスベスト工場で働いた18000人を2群に分け、半数にβ-カロテン+ビタミンAを、残り半数にはプラシーボを与え6年間追跡する予定だった。研究は倫理上の問題から予定より早く打ち切られた。抗酸化サプリメントのグループのほうがプラシーボグループより肺がんで死亡するリスクが46%高く、その他の要因で亡くなるリスクも17%高いことが分かったからだ。これは10数年前の研究だが、以後の臨床試験も否定的な結果が相次いでいる。コクラン共同計画によるメタ分析においても抗酸化サプリメントには何の効果もないか、むしろ害があると結論づけられた。

しかし、抗酸化物質の宣伝とサプリメントの市場は一向に衰える気配がない。サプリメント産業の市場規模は500億ドルといわれ、巨大製薬企業や食品企業、その子会社が製造販売している。商品に効果がないどころか害さえあることが明らかになればどうなるだろう。彼らは総力をあげて可能な限りの行動を起こし、論文には難癖をつけて引っ掻き廻す。彼らにとって人の心も命も金で買える商品なのだ。

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【高級な化粧品の正体】この業界は上品で思わせぶりで、心乱すニセ科学を創出する。女性は高品質を謳う高価な保湿クリームを買い求めるが、100g-300円のワセリンでさえ充分な保湿効果を備えている。化粧品産業の黎明期にはワセリンのベトつきをなくすことが大きな課題だった。数十年前のことだ、乳化という現象を利用し、水と油を混ぜてクリームができあがった。これに魔法の成分をふんだんに詰め込み高級感を演出し、価格をつり上げる。魔法の成分には3つのグループがあり、第1グループはアルファヒドロキシ酸、ビタミンC、ビタミンAなど、肌を若々しく見せる効果が実証されているが高濃度、高酸度でないと力を発揮しない。ところが高濃度では皮膚が炎症を起こすため、低濃度で配合し高濃度での威力を宣伝する。ラベルに成分の具体的分量を表示する義務はなく、多い順に並べているだけだ。根拠の失せたものを売るため、「試供品を試したお客様の7割が大変満足しています」と、主観的な体験談に頼る。

第2グループは多少の効果を備えた蛋白質系の加水分解Xミクロプロティン、ニュートリコンプレックス、テンサー、ペプチディークなど、これらはアミノ酸の鎖状構造物質で顔に付けたクリームが乾くと鎖が縮んで硬くなる。顔が少しつっぱるような感じがし、小じわが目立たなくなったように錯覚する。第3グループは香料を含め数々の謎めいた成分が配合され、製品の違いや優美さを謳う。能書きはまさに希望と祈りと妄想に満ち溢れたものだ。理論でしか通用しない細胞レベルの話を作り上げ、配合成分の分子が働く様子を画像で説明する。科学用語で体裁を整え、消費者を惑わす宣伝を効果的に展開する。化粧品でみるみるシワが消え若返るなど考えられないが、若返る夢を抱いてより高価なものを買う。実のところ塗ってシワを隠し、洗い流すだけの代物だ。化粧品は宝くじと同じく「夢を買う」商品で、その本質は日常の問題解決に薬やサプリメントを求めるのに等しい。

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【製薬業界のだましの手口】改めていうまでもない、医学の世界では情報が命を救う。代替医療は大衆に直接働きかけるが、私達は警戒心や幾らかの正当な知識を持ち合わせているため嘘を見抜くことができた。正規医療では資格を有する専門家が働きかけるため、情報そのままを受け入れやすい。医者が蓄える知識や技術の出処を知ると医療がうまくいかないときだけでなく、うまくいっているときもそれなりに恐ろしい。正規医療では西洋医学を主流と仰ぎ「科学的根拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine)」を基本理念する。この考えに間違いはないが「医療行為」の何パーセントが科学的根拠に基づいているだろう。現在の知識レベルから推測し全治療法の13%に十分な根拠があり、21%に効果が期待でき、より広く用いられている治療法ほど根拠があると考えられる。次に「診療活動」の何パーセントが科学的根拠に基づいているだろう。この研究は1990年代に盛んに行われ、診療科にもよるが全診療活動の50〜80%に根拠のあることが分かった。うまくいったときの根拠と同じく重要なのは、うまくいかなかったときだ。製薬会社が副作用の報告を怠り隠蔽したための被害は見逃せない。そもそも製薬会社が慈善事業を営んでいると思う人はいないだろう。れっきとした営利企業で、広告宣伝も打てば利益を脅かすものを排除もする。新薬の研究開発には巨額の費用がかかるため利益も容認されてきたが、近年、新薬が出尽くし新たな開発が困難になりつつある。そこで、既存の新薬の構造を変えたり、適応症を広げたり、広告宣伝などで利益の温存を図る。米国最大手の製薬会社数社は、売り上げ2000億ドルのうち販促費と管理費に31%もかけ、開発費には14%しか回していない。

新薬の開発の経緯を見てみよう。様々な方法で得た新しい化合物は、動物実験をおこない作用と毒性を確かめた後、初めてヒトに試みる。この段階をT相試験と呼び健康で度胸がありお金の欲しい若者を対象に行う。毒性や体外への排出時間を調べ、上手くいけばU相試験に進み、該当する患者数百名を対象に理論的検証を行い用量を決める。この時点で正否が判明し有望なものはV相試験へと進む。数百〜数千名の患者を無作為化・盲検化し、プラシーボや類似薬と比較し効能と安全性のデータを集める。この試験は何回か実施され、発売後も継続されるのが望ましく第三者も研究・試験を行い、見逃された副作用がないか検討される。医師は臨床試験の成績や副作用の程度、ときには費用も考えながら薬を処方するが、その情報は研究者による査読を経た論文が最も好ましい。製薬会社の担当者の話やパンフレットに頼るのは最悪ではあるが、試験・研究には費用を要するため実際は全体の9割、主要医学雑誌に発表された試験でも7割が製薬会社の関与するものだ。

結局、試験の方法や内容、結果の報告まで製薬会社の思惑に支配されてしまう。利益の見込めない患者数の少ない病気や発展途上国の感染症は見捨てられ見返りの多いものに資金が集中する。「衛生研究のための世界フォーラム」の試算によれば健康を脅かす全要因のうちわずか1割に研究資金の9割が注ぎ込まれる。利益のため..「やりたい放題」と言わしむるほどデータを歪め誤魔化しに手を染める。しかし相手は専門家たる医師や学者だ、「盲検化や無作為化 ..」などの初歩的な手続きでは欺けない。そこで、まず上手くいきそうな人だけを対象にする。高齢者より比較的若い人が薬による改善効果が出やすいため、若いグループのみを対象にする。この手口は頻繁に用いられ珍しいものではないが、薬が認可され高齢者に処方する際、試験結果が当てはまらない。また、プラシーボと比較すると好成績が出やすく、繰り返し実施しすることで件数を稼ぎ大袈裟に宣伝する。いまある最善の薬と比べてこそ意味を為すわけで、それを求められると、相手の薬の用量を減じ効果が出難くしたり逆に用量を増やし副作用を強調する。副作用を誤魔化すには患者に副作用の有無を問わず、尋ね方に工夫を凝らす。効能に対して本物の指標ではなく、「代理指標」を用いることがある。たとえば、コレステロール値を下げ心臓疾患による死亡を防ぐ目的の薬で、心臓疾患での死亡数を無視し、コレステロール値の低下だけを調べる。コレステロール値は下がったものの結果的に死亡数が増加したり別の疾患が生じることがある。試験結果にいくつか否定的なものがあれば、データを省いたり、目立たないように軽く触れ、試験結果が完全に否定的なものであれば公表しないか、だいぶ遅れて公表する。この手法はSSRI抗うつ薬で使われ、危険性を示唆するデータとプラシーボ程度の効果しかないデータを隠蔽した。命を預かるものは聖職者として尊敬を得るが実状は犯罪に等しく、詐欺ついでに居直り、窃盗や強盗まではたらくようなものだ。以下いくつかの手口をまとめていく。

  • 当初の計画を無視し多項目を測定:たくさんの項目を測定すると、うちひとつくらい代理指標になりそうな関係が見つかる。
  • 基準値の操作:試験開始時点でプラシーボ群より治療群の健康状態が良好である場合はそのままにし、逆であれば基準値を調節する。
  • 脱落者を無視・排除:試験の途中で脱落する人は、経過が良くないうえに副作用が生じた可能性がある。
  • データを整える:他のデータとかけ離れた不都合なものを消し、異常なものでも都合が良ければそのまま残す。
  • 期間を臨機応変に調節:6か月の試験途中、4か月で好ましい結果が出れば、そこで試験を打ち切り、6か月経っても好ましい結果が出ないときは、もう3か月試験を延長する。
  • データを混ぜ返す:思わしくない結果が出たら、好ましい反応を示す被験者が居ないか探す。
  • コンピューターを駆使し結果を操作:各種統計プログラムを手当たり次第実行し、迎合するものを探す。

試験がすべて終り、優れた結果が出た場合は影響力の大きい雑誌に発表し、肯定的ではあるが、試験方法に不正があれば製薬業界が運営する無名の雑誌に投稿する。そして本当に否定的な結果になったものはデータを隠し「社内資料」としておく。

2003年、ある系統的レビューで30件の試験を精査したところ、どこが研究資金を出すかによって結果に影響のあることが分かった。製薬会社がスポンサーになった研究では、独立機関による研究より、その会社に有利な結果が4倍も出やすかった。しかし、意外にも研究の方法に関しては製薬会社がスポンサーのほうが独立機関の試験より平均的に適切であった。ここに公表バイアスの罠が潜み、最後の決定的な一手として機能する。研究者の立場になればよく分かることだ。給料や研究費を頂きながら否定的な結果になれば、その間の仕事が無駄だったような気持ちになる。薬が効かないことも有益な情報のはずだが、讃えられることは希だ。公表バイアスはとくに代替医療の分野で顕著に見られ、1995年の専門誌に発表された論文で否定的結果のものはわずか1%だった。さらに驚くことは1998年の漢方医学の研究論文をすべて調べたところ、否定的結果はただの一つも公表されていなかった。最近の最も悪質な公表バイアスはSSRI抗うつ薬に関するものだ。FDAが肯定的な結果と判断した試験は全部で37件、うち1件を除いてすべてがきちんとした論文にまとめられていた。一方、否定的もしくは白黒つけがたいと判断された試験のうち、22件は全く公表されず、11件が肯定的なものへと改竄されていた。処方する医師から安全性の情報を奪い、患者を危険にさらしたため後に多くの被害が報告された。否定的結果は隠蔽するか改竄するが、肯定的結果の論文は様々に体裁を変え何度も発表し件数を稼ぐ。否定的結果のなかでも深刻なものは副作用を隠すときだ。隠さないまでも軽く扱ったがために今迄どれほどの被害が出た事だろう。研究者の中には金銭や名誉を好むものも居るが、正義を貫こうとしても資金提供を受けているため圧力をかけたり脅されたりするケースも少なくない。

先に代理指標について述べたが、指標の数値を動かす方法はしばしば用いられる。たとえば、10年前まで年齢+90を超えるものを高血圧の目安としていた。現在は130を超えたくらいで投薬する医師が居る。同様にコレステロール、中性脂肪など数値を下げたり上げたりすることで病気を増やし、薬の売り上げを増やした。メディアの跋扈で否応なしに消費者の知識も膨潤する。専門家より消費者のほうがメディアに惑わされやすいので、アメリカの製薬会社は医師への対応予算の2倍もの早さで宣伝費を増やしてきた。患者支援団体も巻き込み、むしろ彼らを利用し、患者が病名や薬を要求するようにし向けた。メディアはスポーンサーの意を汲む情報を宣伝費の続く限り流す。肥満は各種病気の原因になるとして2000年頃、メタボリックシンドロームという病名が生まれたが、5年もしないうちに統一診断基準が出来上がった。うつ病、更年期障害、PMDD、ED、ADHD、骨粗しょう症、過敏性腸症候群、逆流性食道炎、等々、最近ではロコモティブシンドロームなるものが聞かれるようになった。予防、注意喚起の先にはしかるべき薬が発売されるだろう。

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【なぜ賢い人がばかなことを信じるのか】絵画では遠近法を用いて平面に奥行きを描写する。人々は奥行きがあるかのように錯覚し絵を観賞するが、知識や観念についても起りうることだ。偶然の連続にパターンを見出したり、因果関係を結びつける。これらは「思考の錯覚」といい、目の錯覚と同じく人を惑わせ嘘を信じ込ませる。6つの思考の錯覚をあげてみよう。

  1. 規則性のないところに規則性を見出す錯覚:私達はパターンを見出す能力を持つがゆえに物事を理解し本質に迫ることができる。しかし、正しく働くとは限らず月の模様にウサギを見出したり、些細なことでジンクスに捕捉されたりする。
  2. 何もないところに因果関係を見出す錯覚:複数の事象が同時又は前後して起こると、そこに原因と結果をつなげてしまう。病気の症状が揺れ戻ったり、自然治癒したとき、たまたま服んだ薬の効果だと錯覚する。
  3. 仮説に合う情報を重視する錯覚:先入観や期待があれば、それに沿った情報を重視しかつ探し出そうとする。
  4. すでに持っている信念に影響される錯覚:たとえば代替医療の治療家で、自分に都合の良いデータがあれば無批判に支持し、都合が悪ければ裏付けがあっても些細なミスを探し切り捨てる。
  5. 思いだしやすい情報を重視する錯覚:簡単に思う浮かべられる物事や、慣れ親しんだ情報を重視する。
  6. 集団に影響される錯覚:価値観は周囲に合わせたり、周囲から認められることで強化される。誤ったことでも多数派に迎合する。

思考の錯誤はこの他にも多様なものがあり、一般的に私達は自分自信に対する評価が甘い。自分は世間一般より公平で偏見が少なく、知的で技量にも長けていると考えるが、統計では平均以上が半数しか居ない。成功は自分の力だと考え、失敗は外的要因へ転嫁する。他人の成功は運が良かったと考え、失敗はその人の欠陥だと決めつける。私達は先入観を以って事に臨み、前後の関係や予想や直感に縛られる。見た目が魅力的であればいい人だと思い、親切そうな人は頭もよいだろうと錯覚する。錯覚は人に備わった能力であり、有益に働くこともあれば逆に陥穽ともなる。そこに陥らないために科学や統計的手法が発展してきた。しかし、手法が誤っていれば反って大きな罠に陥ることになる。

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【誤った数字が用いられることの恐ろしさ】統計を駆使する事は日常生活では馴染み薄いが、勘や感覚だけでは誤りから逃れ得ない。しかし、統計そのものが誤っていたり、悪意ある説得に利用される危うさがある。「コレステロール値が高いと50歳代で心臓発作のリスクが50%高くなる」と聞けば恐怖に駆られるが、100人中4人の心臓発作が6人へと、2人増えただけだ。この表現方法を「自然頻度」といい、具体的数字なので%で表現するより分かりやすい。敢えて%に直せば2%の増加ということだ。リスクの低いものを大袈裟に煽り、薬効の無いものをあるように見せるためにメディアや製薬会社が好んで利用する。私達は具体的な数字に直して考えるべきで、これが統計を利用する唯一かつ賢明な方法だ。大してリスクのないものに怯え特定の食品やサプリメントを購入したり、効果がなく有害ですらある薬を屑々と服まなくて済むだろう。

都合の良い統計値を出すためには数字の操作の他、様々な手練手管が用いられる。まずは特殊な集団を選んで無意味な質問をすることだ。新聞、テレビの世論調査には毎度、不自然さがつきまとう。また設問内容を意図する結果へ誘導するよう工夫されている。政治や選挙については特定の政党を有利に導き、投票率でさえ予断を以て報道する。「マスごみ」という敬称があるくらいだ。意にそぐわない結果が出たとしても、「過大」と「過小」の手法を織り交ぜ数字を作り変えることができる。多くの人々はメディアや国が嘘をつくはずがない、統計の数字は正しいものだと思っているに違いない。「結果を見て仮説を立てるな」という鉄則がある。最初に仮説を立てて検証のためデータを分析するのが正しい順序で、そうしないと結論ありきの論法に陥る。

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1950年代のイギリスの科学報道は工学技術や発明の話題が中心だった。1990年代に入る頃大きく様変わりし、現在、科学記事の大半は医療に関わるものだ。日本も似たようなものだ、「なにが体に良いか、なにが害になるか」という話が途切れなく続いていく。衣食足りて健康や長寿が関心事になるのは豊かさの証左であろう。健康に対する正しい知識は身を守る盾になるが、メディア、企業、評論家などが正しい判断を掻きまわす。頼りの国家は、振付係の政治家とともに一蓮托生だ。正しい知識を得るのはもちろんだが、彼らの跋扈にどう対処するかが公衆衛生上の問題だ。しかし個人の力では如何ともし難い。私達は養生で済む問題まで薬やサプリメントで解決しようとする。いまこそ素朴な常識の出番だ。白衣をまとい分子構造や難しい計算式を示し、訳知り顔でコメントすることが科学ではない。

機会損失という経済学の用語がある。つまらない事に関わっていたがため、もっと有益な事ができず損失が生じる。これとは逆の考え方も成り立つ、つまらない事に関わったおかげで被害を免れるというものだ。代替医療の存在価値のひとつと考えられ、代替医療を求める人はある程度の覚悟を持っているのかも知れない。利益に囚われた人々は金銭を至上の価値と錯覚し、今後とも彼らに良識が戻ることは絶対にない。正しいものを探したり、知識を求める先には、何もしないで自然に委ねる選択肢もあるはずだ。人々は何かをしなくてはという強迫で齷齪しているように思えてならない。

 

 

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