【漢方薬の寒熱と帰経・序】
漢方は検査機器のない時代からの医療技術を継承し続けている。師匠からの口伝や古典の読解によって運用される部分が大きい。望、聞、問、切の診断はあるが、得られた情報は各々の漢方家の感覚や主観によって左右される。10人10様の診断、治法さえ珍しくない。そこで、ある操作のもと生薬の薬能を数値化することによって、一定の客観的評価ができないかという試みがある。生薬は効能・効果とは別に寒熱と帰経で分類され、これは漢方の根幹をなす特徴的な思想であり技術である。 漢方では病態の熱と寒の状態に対応して生薬を運用する。したがって生薬にも寒熱の分類が為される。これは食物や養生にも応用される東洋医学の基本的な治療原則である。西洋医学では熱は冷ますべしと解熱剤を投与するが、熱には虚熱と実熱が存在する。また繰り返し起こる微熱は新薬の解熱剤で解決を見ない。新薬の解熱剤は苦寒のものが殆どで、これは実熱を冷ますのには適しているが、体力の落ちた病人に用いれば体を冷やし新陳代謝や体力を低下させる。この点で寒熱の状態を考慮する漢方に利点が認められる。 漢方を志すならまず読むべしと言われる有名な「傷寒論」は、寒を受け陰陽のバランスが時間軸に沿って遷移する三陽三陰の病態に分類する。これを六経弁証と言い、現代中医学の八綱弁証(陰・陽、虚・実、表・裏、寒・熱)に通じるものである。漢方では寒熱やその発生をどのように考えるのか?まず、人体を構成する基本的な物質として気・血・津液・精がある。気は生体の機能を表し陽気ともいい、推動、温煦、防衛、固摂、気化の働きをするエネルギーである。血は血液のことで栄養、滋潤の働きをする。津液は体内のすべての正常な水液の総称である。精は脾胃で吸収された栄養分のうち成長、発育などに寄与する基本物質である。血には津液も含まれるが、違いは血が血管内を循環するのに対し津液は血管外にも浸出し組織を潤す。 【陽】気(陽気) 【陰】血、津液、精(陰液) 陽と陰は相対する性質と関係を持ち、健康な状態では互いに協力し、制御し、拮抗しバランスを保っている。病気はこのバランスが何らかの原因で一方に、また双方に過不足が生じた時に発生する。原因としては外因(風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、熱邪などの外感)、内因(体質的素因、七情などの精神的素因)、病理的産物(気滞、血於、痰飲)が考えられる。 熱の発生は上記のように、陽気が過剰になって発生する陽実(実熱)と、陰が不足して相対的に陽気が過剰になって発生する陰虚(虚熱)がある。前者は過剰の陽(熱)を除去する瀉法を用い、後者は陰液の不足を補う補法を用い陽(虚熱)を抑える。実熱の表証には、金銀花、連翹、牛蒡子などの辛涼解表薬を、裏証では黄連、黄柏、黄今、大黄などの清熱瀉火解毒薬を用いる。陰液の不足には麦門冬、天門冬、玄参などの滋陰薬や、血虚があれば当帰、芍薬、熟地黄などの補血薬を用いる。 寒の発生は、陰邪が侵入し過剰になって発生する陰実(実寒)と、陽が不足して相対的に陰が過剰になる陰盛(虚寒)がある。治法は補気、補陽で補気薬は人参、黄耆、白朮など補陽薬は過剰の陰(寒)を表から発散させる麻黄、桂枝などの辛温解表薬を用い、裏寒には乾姜、附子などの温裏去寒薬を用いる。このように漢方の治療法は病態に相反する生薬でバランスを正常に引き戻す。原始的な発想であるが、漢方だけでなく医学の考え方には欠かせないものである。生薬は寒〜平〜熱の分類がされ、平を±0として数字を付してみると以下の表1になる。また生薬は各々薬味(苦、甘、辛、鹹、酸など)を持ち苦味には寒性が、辛味には温性があり、甘を±0として数字を付してみると以下の表2になる。この数値をもとに生薬の寒熱数を算出する。 例)桂枝/辛甘・温→辛(+1.0)+温(+1.0)=+2.0 |
大熱 |
温 |
微温 |
平 |
微寒 |
寒 |
大寒 |
+2.0 |
+1.0 |
+0.5 |
±0.0 |
-0.5 |
-1.0 |
-2.0 |
(表1)
大辛 |
辛 |
鹹 |
甘 |
酸 |
淡 |
渋 |
微苦 |
苦 |
+2.0 |
+1.0 |
+0.5 |
±0.0 |
-0.5 |
-0.5 |
-0.5 |
-0.5 |
-1.0 |
(表2)
もうひとつの重要な概念である帰経は、生薬と五臓六腑や経絡との相性や作用部位を示すものである。人体には十二の臓腑経絡があり、臓(心、肺、肝、脾、腎)、腑(小腸、大腸、胆、胃、膀胱、三焦)これに心包を加える。 <五蔵>
<六腑>
【心包】心の外面を包み保護する膜であるとされているが、生理的、 生薬の薬理と五臓六腑の帰経と寒熱がわかれば、生薬や漢方処方の持つ方向性と治療効果がより明確になる。例えば初発の風邪の場合、頭痛、悪寒、鼻水からやがて発熱する風寒の風邪には、寒邪が入った肺(皮毛)に帰経し、寒を発散させる温性の生薬(麻黄、桂枝など)を用いる。このように臓腑の病態と寒熱を知ることで、対応する生薬がある程度絞り込まれてくる。以下は繁用生薬についてまとめた一覧表である。
|
生薬 | 薬味 | 薬性 | 寒熱 | 心 | 肺 | 肝 | 脾 | 腎 | 心包 | 小腸 | 大腸 | 胆 | 胃 | 膀胱 | 三焦 |
阿膠 | 甘 | 平 | ±0.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
茵陳蒿 | 苦 | 平・微寒 | −1.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||||
威霊仙 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | |||||||||||
茴香 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
黄耆 | 甘 | 微温 | +0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
黄今 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||
黄柏 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
黄連 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||
延胡索 | 辛・苦 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
遠志 | 苦・辛 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
槐花 | 苦 | 微寒 | −1.5 | ○ | ○ | ||||||||||
艾葉 | 苦・辛 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
葛根 | 甘・辛 | 平 | +1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
滑石 | 甘 | 寒 | −1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
瓜呂仁 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
瓜呂根 | 甘・酸 | 寒 | −0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
乾姜 | 大辛 | 大熱 | +4.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||||
甘草 | 甘 | 平 | ±0.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
桔梗 | 苦・辛 | 平 | ±0.0 | ○ | ○ | ||||||||||
枳実 | 苦・酸 | 微寒 | −1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
杏仁 | 苦 | 温 | ±0.0 | ○ | ○ | ||||||||||
荊芥 | 辛 | 微温 | +1.5 | ○ | ○ | ||||||||||
桂枝 | 辛・甘 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
桂皮 | 辛・甘 | 大熱 | +3.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
決明子 | 甘・苦・鹹 | 微寒 | −1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
厚朴 | 苦・辛 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
膠飴 | 甘 | 微温 | +0.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
五味子 | 酸 | 温 | +0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
呉茱萸 | 辛・苦 | 大熱 | +2.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
紅花 | 辛・微苦 | 温 | +1.5 | ○ | ○ | ||||||||||
香附子 | 辛・微苦 | 平 | +0.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
牛蒡子 | 辛・苦 | 寒 | −1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
牛膝 | 甘・微苦 | 平 | −0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
粳米 | 甘 | 平 | ±0.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
柴胡 | 苦 | 微寒 | −1.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
細辛 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
山梔子 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||
山茱萸 | 酸・渋 | 微温 | −0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
山椒 | 辛 | 大熱 | +3.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
酸棗仁 | 甘・酸 | 平 | −0.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
山薬 | 甘 | 微温 | +0.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
地黄 | 甘・苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
熟地黄 | 甘 | 微温 | +0.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
紫蘇葉 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ||||||||||
芍薬 | 酸・苦 | 微寒 | −1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
車前子 | 甘 | 寒 | −1.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||||
十薬 | 辛 | 微寒 | +0.5 | ○ | |||||||||||
縮砂 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
生姜 | 辛 | 微温 | +1.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
升麻 | 辛・甘 | 微寒 | +0.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
辛夷 | 辛 | 平 | +1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
石膏 | 甘・辛 | 大寒 | −1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
川弓 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
前胡 | 苦・辛 | 微寒 | −0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
旋覆花 | 苦・辛 | 微温 | +0.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
蒼朮 | 苦・辛 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
桑白皮 | 甘・辛 | 寒 | ±0.0 | ○ | ○ | ||||||||||
大黄 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||
大棗 | 甘 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
沢瀉 | 甘 | 寒 | −1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
竹節人参 | 甘・微苦 | 微温 | ±0.0 | ○ | ○ | ||||||||||
知母 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
釣藤鈎 | 甘 | 微寒 | −0.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
猪苓 | 甘・淡 | 平 | −0.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
陳皮 | 辛・苦 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
天南星 | 辛・苦 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
天麻 | 甘 | 微温 | +0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
天門冬 | 甘・苦 | 大寒 | −3.0 | ○ | ○ | ||||||||||
当帰 | 甘・辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
桃仁 | 苦・甘 | 平 | −1.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
独活 | 辛・苦 | 微温 | +0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
人参 | 甘・微苦 | 微温 | ±0.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
貝母 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||||
麦門冬 | 甘・微苦 | 微寒 | −1.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
薄荷 | 辛 | 微寒 | +0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
半夏 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
白止 | 辛 | 温 | +2.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
白朮 | 甘・微苦 | 温 | +0.5 | ○ | ○ | ||||||||||
茯苓 | 甘 | 平 | ±0.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||
劇)附子 | 大辛 | 大熱 | +4.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
防已 | 苦・辛 | 温 | +1.0 | ○ | ○ | ||||||||||
芒硝 | 苦・鹹 | 寒 | −1.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
防風 | 辛・甘 | 微温 | +1.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||||
牡丹皮 | 苦・辛 | 微寒 | −0.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
牡蛎 | 鹹・渋 | 微寒 | −0.5 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
麻黄 | 辛・微苦 | 温 | +1.5 | ○ | ○ | ||||||||||
麻子仁 | 甘 | 平 | ±0.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
木通 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
ヨクイニン | 甘・淡 | 微寒 | −1.0 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||||
竜骨 | 甘・渋 | 平 | −0.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||||
竜胆 | 苦 | 寒 | −2.0 | ○ | ○ | ○ | |||||||||
連翹 | 苦 | 微寒 | −1.5 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
寒熱数プラス(+)は補気、補陽、去寒、機能促進に働き、寒熱数マイナス(−)は清熱、消炎、鎮痛、機能抑制に働くと考えられる。心の熱証には心火旺、心陰虚などがあり、心に帰経を持つ(−)の生薬である黄連、大黄、山梔子などを用い、心の寒証には心陽虚などがあり、心に帰経を持つ(+)の生薬である川弓、桂枝、紅花などを用いる。 肺の熱証には風熱犯肺、肺陰虚などがあり、肺に帰経を持つ(−)の生薬である瓜呂仁、貝母、石膏などを用い、肺の寒証には風寒束表などがあり、肺に帰経を持つ(+)の生薬である桂枝、葛根、紫蘇葉などを用いる。 肝の熱証には肝火上炎、肝陽上亢などがあり、肝に帰経を持つ(−)の生薬である茵陳蒿、黄今、柴胡などを用い、肝の寒証には肝気逆、寒滞肝脈などがあり、肝に帰経を持つ(+)の生薬である当帰、川弓、香附子などを用いる。 脾の熱証には脾胃湿熱、胃陰虚などがあり、脾に帰経を持つ(−)の生薬である黄連、枳実、大黄などを用い、脾の寒証には脾陽虚、寒湿困脾などがあり、脾に帰経を持つ(+)の生薬である茴香、厚朴、縮砂などを用いる。 腎の熱証には腎陰虚などがあり、腎に帰経を持つ(−)の生薬である黄柏、車前子、沢瀉などを用い、腎の寒証には腎陽虚などがあり、腎に帰経を持つ(+)の生薬である熟地黄、乾姜、桂枝などを用いる。 何れも虚証の陰虚、気虚に関しては補陽、清熱と同時に補陰、補気を行う必要がある。さらに細かい適用については生薬の薬理など検討し絞り込んでいく。また幾つかの帰経にまたがる生薬についても病態や薬理を考慮する。これは生薬のみならず食物にも応用できるし、新薬についても寒熱の認識を持つことで病態が捉えやすくなり、治療の幅に広がりが期待できるのではないだろうか。 |