【漢方薬の寒熱と帰経・和解剤】


序で述べた生薬の寒熱・帰経一覧をもとに配合剤であるいくつかの漢方処方の検討を行う。まず以下の様に数字の処理を行い配合剤についての分類表を作成する。
  1. 生薬の寒熱数×分量=A
  2. A÷生薬の帰経数(小数点二位以下四捨五入)=B
  3. Bを当該生薬の各々の帰経に配置
  4. 各帰経ごとの生薬数+各生薬の寒熱数(絶対値)=C
  5. Cの数字に大きいほうから順位を付ける
    (有効範囲:合計数の最大値の50%前後)

※ 寒熱総数=生薬分量×寒熱数

寒熱数はその生薬の力価を示すものといえる。その分量と寒熱数の大きいものほど作用も強い筈である。さらに臓腑への帰経を検討することで漢方処方がどの臓腑に(+)に作用するか(−)に作用するか見えてくると思う。面倒な作業であるが、これによって各生薬の臓腑経絡に対する寒熱が判定できる。順位だけ眺めて、どの経絡と親和性があるか理解して頂くだけで良い。これが処方の薬理や運用を考えていくための資料となるものである。

漢方では単独の臓器だけを見ない。体をひとつの機能体として考え、主に肝に帰経するとしても五臓六腑の相互関係のなかでの肝である。心や肺や脾や腎に作用する生薬も配合する。ここにも東洋医学の生体観が感じられる。

 


【小柴胡湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
柴胡 6.0 −1.5     −2.3     −2.3     −2.3     −2.3
半夏 4.0 +2.0   +2.7   +2.7           +2.7    
黄今 3.0 −2.0 −1.0 −1.0 −1.0       −1.0 −1.0 −1.0      
大棗 3.0 +1.0       +1.5           +1.5    
人参 3.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0   ±0.0                
生姜 1.0 +1.5   +0.5   +0.5           +0.5    
甘草 2.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
入経生薬数 3 5 3 5 1 2 2 2 3 4 1 2
寒熱数合計 −1.0 +2.2 −3.3 +4.7 ±0.0 −2.3 −1.0 −1.0 −3.3 +4.7 ±0.0 −2.3
寒熱総数

合 計

4.0 9.2 6.3 9.7 1.0 4.3 1.0 1.0 6.3 8.7 1.0 4.3
−2.5

順 位

6 2 4 1   5     4 3   5

 

西洋医学と東洋医学を分かつもののひとつに熱の病態と位置がある。とりわけ西洋医学にはない特徴的な働きを備えているものが和解剤である。半表半裏証(少陽病)とは発熱性疾患の経過中にみられ、発熱、往来寒熱、胸脇苦満、胸脇部痛、口苦、悪心、嘔吐、咳嗽、咽乾、食欲不振、眩暈などの症状が見られる。これらが肝炎の症状に類似するため、肝臓病薬と混同して用いられたものと思われる。病位が胸膈にあるため発汗法も瀉下法も応じないため熱を中和する和解法を用いる。その代表処方が小柴胡湯である。医療用として肝炎に使われ続けたが間質性肺炎の副作用発生以来、自粛気味になった。既述のように「小柴胡湯=肝炎」と短絡視はできず、当然肝臓病の特効薬でもない。小柴胡湯を西洋医学的に運用し一定の成果をあげた報告もあり、それを無視することはできないが、拘泥してもいけない。あらゆる病態を網羅できる万能薬などありはしない。

少陽病は熱邪と拮抗して戦っているため、往来寒熱と言う一定のリズムで悪寒と熱感を繰り返す症状が見られる。清熱の柴胡、黄今が主薬で、和胃降逆の半夏、生姜や補気健脾の人参、甘草、大棗で構成されている。脾経や肺経の生薬の順位が高いのは、脾気、肺気の調整と、解熱鎮痛作用を発揮するものと考えられる。寒熱数から肺、脾胃を温補し肝胆の熱を冷ます方剤であることが解る。小柴胡湯を「証」の検討もなく用いると不都合が生じることがある。配合された生薬の中で柴胡、黄今、半夏、生姜は強い燥性があり、それに比べ滋潤性の生薬が少なく、長期にわたって服用すると津液を消耗し陰虚をひきおこす恐れがある。また、元々陰虚がみられる人であれば別の処方か生薬の加減を検討しなくてはならない。さらに肝炎などの症状は肝気の鬱結が見られ、その気を巡らす目的で枳実、芍薬、香附子などを加える。

 


【大柴胡湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
柴胡 6.0 −1.5     −2.3     −2.3     −2.3     −2.3
半夏 4.0 +2.0   +2.7   +2.7           +2.7    
黄今 3.0 −2.0 −1.0 −1.0 −1.0       −1.0 −1.0 −1.0      
芍薬 3.0 −2.0   −2.0 −2.0 −2.0                
大棗 3.0 +1.0       +1.5           +1.5    
枳実 2.0 −2.0       −2.0           −2.0    
生姜 1.0 +1.0   +0.5   +0.5           +0.5    
大黄 1.0 −2.0 −0.3 −0.3 −0.3 −0.3       −0.3   −0.3    
入経生薬数 2 5 4 6   1 1 2 2 5   1
寒熱数合計 −1.3 −0.1 −5.6 +0.4   −2.3 −1.0 −1.3 −3.3 +2.4   −2.3
寒熱総数 合 計 3.3 11.5 9.6 15.0   3.3 2.0 3.3 5.3 12.0   3.3
-14.5 順 位 6 3 4 1   7   6 5 2   7

 

小柴胡湯から人参、甘草を除き、平肝止痛の芍薬、理気の枳実、瀉下の大黄を加えたものである。少陽病に陽明病が合体したもので、腹部膨満、腹痛、便秘(ときに下痢)など消化管に裏熱の症状が見られる。少陽病の主役である清熱の柴胡、黄今に、腸管の熱を瀉下する枳実、大黄を配合する。また腸管の緊張や痛みを取り除く芍薬が加えられる。小柴胡湯より熱や炎症が強いので、抗炎症の妨げとなる人参、甘草は除かれている。大黄は抗菌、消炎作用によって消化管の炎症を除き、瀉下作用によって糞便や毒素を排出する。枳実は腸管の蠕動やガス排出を促し動きを調整し、幽門の通過を良くすることで腹部膨満を除き、大黄の瀉下作用を助ける。

発熱性疾患以外の肝鬱化火、胃気上逆に用いる場合は四逆散の加減方と考える。便秘がなければ大黄は除くが、抗炎症作用を発揮するため少量でも配合するほうが好ましいという人もある。寒熱数-14.5なので消炎、解熱作用は強力である。そこで、寒性を制するため、生姜を倍量にした処方集もある。

 


【四逆散】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
柴胡 5.0 -1.5     -1.9     -1.9           -1.9
芍薬 4.0 -2.0   -2.7 -2.7 -2.7                
枳実 2.0 -2.0       -2.0           -2.0    
甘草 2.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
入経生薬数 1 2 3 3 1 2 1 1 2 2 1 2
寒熱数合計 ±0.0 -2.7 -4.6 -4.7 ±0.0 -1.9 ±0.0 ±0.0 -1.9 -2.0 ±0.0 -1.9
寒熱総数 合 計 1.0 4.7 7.6 7.7 1.0 3.9 1.0 1.0 3.9 4.0 1.0 3.9
-21.5 順 位   3 2 1   5     5 4   5

 

肝気鬱結という病態に対する基本処方であり、種々の加減、合方で用いる事が多い。肝気鬱結とは、精神的なストレス、情動に伴い肝の気の巡行が妨げられ、自律神経が過緊張や失調を起す状態を言う。平滑筋、幽門の痙攣や膀胱などの緊張から、腹痛、悪心、排便異常、頻尿。他にも胸苦しさ、胸のつかえ、胸脇苦満、憂鬱、いらいら、ヒステリー、月経不順など多岐に及ぶ症状が見られる。

肝と脾の生薬数が多く、肝気の鬱結が胃腸機能を失調させる肝脾不和の状態を改善する。柴胡、芍薬は肝気鬱結による自律神経の興奮を静め緊張を緩和する。芍薬、甘草の組み合わせは強力な鎮痙、鎮痛作用を持ち平滑筋の痙攣を緩め、筋を滋養する。枳実は理気作用で胃腸の蠕動やリズムを調整する。寒熱総数-21.5は大柴胡湯より抗炎症、解熱作用が強力である。ところが熱厥といい、手先、足先の末梢部は軽度の冷えが見られ、これは肝気の失調で体内の熱が隅々まで届かないことが考えられる。枳実だけでは肝気を動かすには充分とは言えない。於血薬や脾胃剤など加減することで応用範囲が広がり効能も増す。

 


【逍遥散】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
柴胡 3.0 -1.5     -1.1     -1.1     -1.1     -1.1
芍薬 3.0 -2.0   -2.0 -2.0 -2.0                
白朮 3.0 +1.0       +1.5           +1.5    
当帰 3.0 +2.0 +1.5   +1.5 +1.5 +1.5              
茯苓 3.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0         ±0.0    
生姜 1.0 +1.5   +0.5   +0.5           +0.5    
薄荷 1.0 +0.5   +0.3 +0.3                  
甘草 1.5 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
入経生薬数 3 5 6 6 3 2 1 1 2 4 1 2
寒熱数合計 +1.5 -1.2 -1.3 +1.5 +1.5 -1.1 ±0.0 ±0.0 -1.1 +2.0 ±0.0 -1.1
寒熱総数 合 計 4.5 7.8 10.9 11.5 4.5 3.1 1.0 1.0 3.1 6.0 1.0 3.1
+0.5 順 位 5 3 2 1 5         4    

 

四逆散を基本にした最も汎用される優秀な処方である。一般には逍遥散に牡丹皮・山梔子を加えた加味逍遙散のほうが馴染みが深い。逍遥散は四逆散の肝気鬱血の病態にさらに血虚、脾虚が考慮されている。消化機能の低下と栄養状態の不良、内分泌系の不調が基礎になり、自律神経の失調が加わったものに用いる。憂鬱、いらいら、易怒、頭痛、胸脇苦満、眼精疲労、四肢のしびれ、動悸、不眠、食欲不振、腹痛、腹鳴、易疲労、倦怠、浮腫、下痢または便秘、月経痛、無月経などの症状が見られる。自律神経に関わるものは訴えも多彩で、その事を目標に逍遥散を適用するという口訣があるほどだ。いままで小柴胡湯が肝炎に用いられてきたが、病名漢方であっても逍遥散のほうがヒット率は高いはずだ。漢方メーカーが営業戦略として逍遙散を選んでいたなら肝炎治療の成果はもっと向上していたのではないかと思う。

疏肝解鬱の柴胡、芍薬は鎮静、鎮痙、鎮痛の作用で自律神経の緊張を緩和し、少量の薄荷がこの効果を助け、健胃、整腸にも働く。補血の当帰、芍薬は全身を栄養、滋養し、内分泌機能や子宮筋を調整する。健脾和胃の白朮、茯苓、甘草、生姜は消化吸収を促進し全身の機能を高める。白朮、茯苓については消化管や組織の余剰な水分を血中に引き込み、下痢を止め浮腫を治す。当帰は補血の代表的生薬で血を増加させ温め、血行を促進する。また芍薬、柴胡と同じく肝庇護作用も兼ねている。肝と脾胃に作用する生薬が多く配合され寒熱数+0.5でやや温補する処方である。のぼせ、ほてり、口渇、微熱などの症状が見られる肝鬱化火の病態には、牡丹皮、山梔子を加え寒熱数を(-)に修正した加味逍遥散を用いる。

 


【柴胡桂枝乾姜湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
柴胡 3.0 -1.5     -1.1     -1.1     -1.1     -1.1
黄今 2.0 -2.0 -0.7 -0.7 -0.7       -0.7 -0.7 -0.7      
瓜呂根 2.0 -2.0   -1.3           -1.3   -1.3    
桂枝 2.0 +2.0 +1.0 +1.0               +1.0 +1.0  
牡蛎 2.0 -0.5     -0.3   -0.3       -0.3      
乾姜 1.0 +4.0 +0.8 +0.8   +0.8 +0.8         +0.8    
甘草 1.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
入経生薬数 4 5 4 2 3 2 2 3 4 4 2 2
寒熱数合計 +1.1 −0.2 -2.1 +0.8 +0.5 -1.1 -0.7 -2.0 -2.1 +0.5 +1.0 -1.1
寒熱総数 合 計 6.5 8.8 6.1 3.8 3.5 3.1 2.7 5.0 6.1 7.1 3.0 3.1
-5.5 順 位 3 1 4 6 7     5 4 2    

 

傷寒論に「傷寒五・六日、既に発汗し、またこれを下し、胸脇満微結、小便不利、渇して嘔せず、ただ頭汗出て、往来寒熱、心煩するは、これいまだ解せざるなり。柴胡桂枝乾姜湯これを主る」とある。これは誤治に対する救助の処方で、発熱性疾患に発汗法や下法を行ったが治癒せず、発汗法によって生じた軽度の脱水や、瀉下剤によって生じた腹の冷えを治す。往来寒熱、いらいら、不眠、胸脇・心下部の支えのほかに、発汗過多による口渇、動悸、尿量減少や裏寒の症状である腹痛、腹部膨満などが見られる。

寒熱総数は-5.5で半表半裏(胸膈)の炎症は冷やし、裏である脾胃(消化管)や腎膀胱は温めるという構成になっている。清熱の柴胡、黄今は消炎、解熱、鎮静作用により、往来寒熱、胸脇苦満を治し、自律神経を調整する。乾姜、桂枝は腹中を温め腹痛を緩和し血行を良くする。瓜呂根は滋潤作用により津液を増やし脱水を救う。そのため燥性の強い半夏は除かれている。牡蛎は固渋作用により津液の喪失を防ぎ、動悸や腹痛を止める。甘草は諸薬の調和を図ると共に津液を保持し、鎮痛、鎮痙作用により腹痛を治す。誤治による熱病の処方としてとり上げているが、このような症状は稀にしか見られない。産後や病中病後、虚弱者の感冒や慢性化した感染症に用いる事がある。補益性はないので虚状著しいときは加減方を検討する。疏肝解鬱の柴胡や鎮静作用を持つ牡蛎が配合されているので、虚弱で腹痛、下痢などが見られる神経症や心身症、不眠症などに応用される。

 

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