【漢方薬の寒熱と帰経・活血化於剤】


【桂枝茯苓丸】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
桂枝 3 +2.0 +1.5 +1.5               +1.5 +1.5  
芍薬 3 -2.0   -2.0 -2.0 -2.0                
桃仁 3 -1.0 -1.0   -1.0         -1.0        
茯苓 3 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0         ±0.0    
牡丹皮 3 -0.5 -0.5   -0.5   -0.5              
入経生薬数 4 3 4 2 2     1   2 1  
寒熱数合計 ±0.0 -0.5 -3.5 -2.0 -0.5     -1.0   +1.5 +1.5  
寒熱総数 合 計 7 6.5 7.5 4 2.5     2   3.5 2.5  
-4.5 順 位 2 3 1 4           5    

 

病因を血行障害で説明することは洋の東西を問わず一般的に為されるが、東洋医学でいう血行障害は於血(または血於)といい独特の疾病・治療理論が展開される。その代表的な処方が桂枝茯苓丸である。外傷、炎症、手術侵襲、出産、月経異常、自律神経失調、免疫異常、心血管系の異常、寒冷など種々の原因により、微小循環障害、血液粘度の異常、組織内での血液貯留などが生じる。これが新たな病因として様々な疾病を引き起こす。病の殆どに於血が関わっていると言えなくもなく、多くの病において於血を改善することが治療の手助けとなる。於血の症状には下腹部の痛みや抵抗圧痛、腫瘤、月経不順、月経困難、不正性器出血、下肢の冷えや静脈血のうっ滞、のぼせ、頭痛、肩こりなどがあり、舌を見ると紫を帯び、於斑のあることが多い。下腹部の抵抗圧痛や腫瘤は、主に骨盤内炎症や血腫、筋腫あるいは産後の子宮復古不全、胎盤残留、産褥子宮内膜炎などに伴ってみられ、月経不順、月経痛、不妊症などは、子宮への栄養供給不足や内分泌系、自律神経系の失調によって起こる。

炎症に対応した処方で寒熱総数は-4.5、肝は血臓といわれ、血液を貯蔵し体の各所に配分する働きを有する。そのため肝に帰経する生薬が最も多く、次に血液を送るポンプである心、血液中に酸素を取り込む肺の順位になっている。牡丹皮は子宮粘膜の血行を良くし子宮機能、月経を調整する。芍薬は子宮筋の働きを調整する。牡丹皮、芍薬、桃仁は活血化於剤として血管拡張、血腫の分解吸収などによって血流を改善し、温通作用の桂枝がこれを補助する。茯苓は組織中の水分を血中に引き込むことで水分代謝を調節し、利尿によって老廃物の排泄を助ける。牡丹皮や芍薬、桃仁は寒熱比(−)で消炎、抗菌、鎮静、鎮痛、解熱の作用もそなえている。於血には便秘を伴うことが多く、大黄を加減するか、次に述べる桃核承気湯などを選択する。他に、消炎排膿のためヨクイニンを加えたり、鎮痛のため延胡索を加えるなど工夫を施す。於血を下す働きがあるので、月経期間中は量が増えることもあり、慎重に服用する。妊婦の場合は胎児を血腫と誤認して下し、流産の恐れがあり、服用は禁忌である。本来の於血があれば、妊婦に投与しても問題はない、と言う漢方家もあるが、生薬がそこまで便利で利巧だとは思えない。

 


【桃核承気湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
桃仁 5 -1.0 -1.7   -1.7         -1.7        
桂枝 4 +2.0 +2.0 +2.0               +2.0 +2.0  
大黄 3 -2.0 -1.0   -1.0 -1.0   -1.0   -1.0   -1.0    
甘草 1.5 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0 ±0.0
芒硝 1 -1.5               -0.5   -0.5   -0.5
入経生薬数 4 2 3 2 1 2 1 4 1 4 2 2
寒熱数合計 -0.7 +2.0 -2.7 -1.0 ±0.0 -1.0 ±0.0 -3.2 ±0.0 +0.5 +2.0 -0.5
寒熱総数 合 計 8.7 4.0 5.7 3.0 1.0 2.0 1.0 7.2 1.0 7.5 4.0 1.0
-7.5 順 位 1 5 4         3   2 5  

 

消化管で体の正気が熱邪と戦っている状態を陽明病「胃家実」(裏熱臓腑実証)といい、「・・・承気湯」はこの病態に用いる処方名である。このとき、消化管の熱や病邪を瀉下によって体外に排出する治法がとられる。桃核承気湯は太陽病・蓄血証といい、清熱瀉下の調胃承気湯に活血化於の桃仁、通陽の桂枝が配合されたものである。分娩、人工流産、習慣性便秘、慢性炎症などによって骨盤内にうっ血が生じ、子宮、子宮付属器、腸などへの血流が阻害されて発症する。下部の血行障害により、下肢の静脈うっ血、痔、下肢や腰部に血行障害による冷えなどが認められる。また下半身と上半身の血流のアンバランスによる、のぼせ、頭痛、肩こり、出血などの症状が見られる。

大黄は大腸の蠕動を促し、芒硝は水分を保持し糞便を軟化させ、又腸管を刺激する。桃仁の油成分は便の流動性を良くし、瀉下作用を発揮する。主薬は桃仁で、骨盤腔内の血管を拡張し血流を促進し、血腫の分解吸収を行う。桂枝は血管を拡張させこれを助け、また鎮痛作用もあり、上部ののぼせなどを改善する。大黄、桃仁は抗菌、抗炎症作用があり、炎症や充血、熱などを取り除く。大黄の分量は便通の状態によって加減が必要である。また長く煎じないほうが好ましく、煎じ終わる5分くらい前に投入する。瀉下作用が強いので、月経期間中は慎重に服用し、妊婦には禁忌である。寒熱総数が-7.5で、体を冷やし新陳代謝が衰えたり、瀉下によって体力が低下することがあるため連用は慎重に行い、衰弱がみられるときは補益を忘れてはならない。

 


【折衝飲】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
桃仁 5 -1.0 -1.7   -1.7         -1.7        
当帰 5 +2.0 +2.5   +2.5 +2.5 +2.5              
牡丹皮 3 -0.5 -0.5   -0.5   -0.5              
川弓 3 +2.0 +1.5   +1.5     +1.5     +1.5      
芍薬 3 -2.0   -2.0 -2.0 -2.0                
桂皮 3 +3.0     +3.0 +3.0 +3.0              
延胡索 2 +1.0 +0.5 +0.5 +0.5 +0.5                
牛膝 2 -2.0     -2.0   -2.0              
紅花 1 +1.5 +0.8   +0.8                  
入経生薬数 6 2 9 4 4 1 0 1 1 0 0 0
寒熱数合計 +3.1 -1.5 +2.1 +4.0 +3.0 +1.5   -1.7 +1.5      
寒熱総数 合 計 13.5 4.5 23.5 12.0 12.0 2.5   2.7 2.5      
+12.0 順 位 2 4 1 3 3              

 

活血化於剤の基本処方である桂枝茯苓丸に生薬を加減し、様々な病態に応用したり、薬効を強めたりする過程での処方になる。桂枝茯苓丸の茯苓を去り、牛膝、当帰、延胡索、紅花、川弓を加える。血管拡張、血行促進作用が強化され活血化於の効果もパワーアップする。さらに理気止痛の作用も追加されている。寒熱総数も(+)に転換し、冷えや貧血にも応用範囲が広がってくる。肝に帰経する生薬が最も多く、於血と肝との関係がうかがい知れる。

牛膝、当帰は血管拡張により血行を促進し、特に牛膝は下半身の血行を良くし、上半身の充血を改善する。当帰は増血、滋養作用で、体を栄養する。さらに子宮筋の収縮を調節して月経を正常化する。延胡索は鎮痛、鎮痙作用を持ち、血行も促進する。延胡索は理気薬といい血管運動神経の調節も行う。川弓、紅花は寒熱数(+)で体を温めて於血を改善する。

 


【抵当湯】

構 成 分量 寒熱数 心包 小腸 大腸 膀胱 三焦
水蛭 1 -0.5     -0.5                  
虻虫 1 -1.5     -1.5                  
桃仁 1 -1.0 -0.3   -0.3         -0.3        
大黄 3 -2.0 -1.0   -1.0 -1.0   -1.0   -1.0   -1.0    
入経生薬数 2   4 1   1   2   1    
寒熱数合計 -1.3   -3.3 -1.0   -1.0   -1.3   -1.0    
寒熱総数 合 計 3.3   7.3 2   2   3.3   2    
-9.0 順 位 2   1         2        

 

漢方の面目躍如たる処方である。めったに使わないが、於血を考える上で欠かせないものである。活血化於剤は比較的新しい於血を捌くものであるが、陳旧性(古い)於血には作用の及ばないことがある。血液が固化し始めるとそれを軟化、溶解し、下さなくてはならない。この作用を持つ生薬を破血薬と呼んでいる。於血が長期に及び重症化すると、顔色はどす黒く、眼の周囲も黒くなり、歯茎や体表近くの静脈血管なども暗紫色になってくる。腹腔内に硬い腫瘤が触れたり、皮膚はざらざらとして荒れ、微熱、便秘、黒色便、月経不順、無月経などが見られ、月経血に血塊が混じることもある。これは血於の状態が続き内出血、炎症、血管内凝血、血腫などがいくらか器質化し、細胞の変性、繊維化、小血管の閉塞、癒着などが起こったものと考えられる。

吸血性の動物生薬はヒルジン、ヘパリンなどの成分を含み血液の凝固を防止する。この働きを利用し、血栓、血腫を溶解するのが破血薬の水蛭(ウマビル)、虻虫(アブ)である。薬理機序は未解明であるが、臨床上の効果は認められている。桃仁は血管拡張、血行促進のほか血液の粘度を下げ破血の効果を高める。大黄は骨盤内を充血させることで血液循環を促進し、分解、吸収した於血を瀉下により排除する。煎じて服用するが、抗凝血成分は熱により失活するので、粉末を丸剤にして服用するのが便利で効果的である。以前は特注で製造してくれるところもあったが、現在は自分で作るしかない。生きたヒルを用いる吸血療法も於血の考え方によるものである。破血作用が強いので大黄の量を加減しながら少量を持続的に服用する必要がある。古くは死胎を下すことにも用いられた。したがって妊婦は絶対服用してはならない。抵当湯は冷やす性質が強く補益性は全くないので、虚状を帯びたものには配慮が要る。癌など於血症状の著しい疾患への応用が期待されるが、動物生薬の品質管理や薬事法などの問題が残っている。

 

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