【養生訓の話・飲食(下)】


   餅団子の新に成て再煮ずあぶらずして、即食するは
   消化しがたし。むしたるより、煮たるがやはらかにして、消化しやすし。
   餅は数日の後、焼煮て食ふに宣し。
もともと粘る性質の餅米を使った餅は粘膩性が増している。これは胃にもたれ、それが反って腹持ちが良いとして重宝される事もある。子供の頃中耳炎で病院へ行ったとき薬を貰いその説明と同時に「餅を食べてはいけませんよ。」といわれた。何故餅がダメなのかそれ以来の疑問であった。これは西洋医学の考え方にはない。カロリーさえ満たしていれば禁ずるものは酒か刺激物くらいのものである。しかし東洋の食養を学ぶと同じ穀類、同じ米類でも、体に対する働きの違いと、調理による働きの変化のある事を知る

餅を食べてはいけない、と言うのは炎症を助長するからという、昔からの生活の知恵だったのだ。いまは全く病院へは行かないので、このような生活の指導があるのかどうかは知らない。「餅を食べてはいけませんよ。」と教えてくれた、当時、若い看護婦さんも、今では50歳代くらいであろうか。どうして居られるか懐かしい思い出である。

炎症を助長するのは粘膩の食物に共通の性質である。胃にもたれて湿熱が生じるからである。特に搗き立ての餅は甚だしい。煮たり焼いたりして食する方がよい。搗いてから時間の経過した餅は焼いて食べるが、搗きたての餅を焼いて食べるなど、まずしない。しかし、焼く煮るなどの調理で陽性を付与し餅の陰性を緩和するのが消化のためには良い。餅を煮て食べる時、柚子の皮や山椒の葉を入れる。香りのあるものは陽性を有し、いずれも餅の陰性を緩和し、胃にもたれたり生じる湿熱をいくらかでも緩和する。もちろん味も引き立つのである。

 
   炙餅炙肉すでに炙りて、又、熱湯に少しひたし、火毒を去りて
   食ふべし。
   不然は津液をかはかす。又、能喉痺を発す。
餅は焼いたり煮たりして陽性を付し食べるが、焼きすぎると陽性が増し、今度は熱毒が生じる。餅はそれほどでもないが、肉は陽性が暴走しやすい。肉は鉄板で焼くより直火で焼いたものが火毒が甚だしい。火毒は胃熱、心熱となって襲い、口内炎や歯肉炎、咽喉炎を引き起こす事がある。出来れば鉄板で焼くほうが良い。焦げた肉は火毒が充溢しているし、発癌の危険もある。直火で焼く場合は火毒の陽性を緩和するため、陰性の湯に浸した後食べる。

経験上、焼肉会などで直火で焼いた肉を食べつつ飲酒すると、決まって口内炎や歯肉炎に悩まされる。酒が糖分添加の甘いものであれば一層火毒は助長され、さらに食後、菓子など食べると必発する。これは粘性のもの、甘いもの、脂ものなど湿熱が生じやすい食物と火毒の相加作用である。

 
   茄子、本草等の書に、性不好と云う。生なるは毒あり、
   食ふべからず。煮たるも瘧痢傷寒などには、誠に忌むべし。
有名な諺に「秋茄子嫁に食わすな」がある。本草綱目では、性が寒冷で多食すれば腹痛下痢をおこし、婦人は子宮を傷める、とある。生で食べる人は少ないと思うが、浅漬けで食べる人は居るかもしれない。寒性のある食材は加熱や辛・鹹味の添加で寒性を緩める。茄子は煮たり、焼いたりして更に生姜などで食べるのが良い。しかし多食すべきではない。

寒性だけでなくナス科の野菜や植物には薬草となる物が多く、ナス科植物の性質として軽毒性を備えている。もともと毒草だったものを品種改良の末、ヒトの食材とした野菜もある。ナス科の野菜は他に、ピーマン、唐がらし、シシトウ、ジャガイモ、トマトなどがある。これらの多食は関節炎に良くないと言われて居る。

 
   大根は菜中の上品也。つねに食ふべし。葉はこはきをさり
   やはらかなる葉と根と、豆鼓にて煮熟して食ふ。脾胃を補い
   痰を去り、気をめぐらす。
   大根の生しく辛きを食すれば、気へる。然れども食滞ある時
   少食して害なし。
根を食べるのが一般的であるが、小蕪などは根も葉も食する。根と葉は分けて考えなくてはならない。葉はビタミンAが多く茹でてもその減少率が少ない、ビタミンPやCも多くミネラルも多い。店で購入するとき葉が切り捨てられているが、勿体無い。葉も大いに利用するべきであろう。根は「健胃消食、止咳、化痰、順気利尿、清熱解毒」の効能を持つ、生で食すれば体を冷やす。しかし、すり大根で焼き魚や天ぷら、餅など脂の多いもの、火毒を帯びたもの、粘膩の食物を食べる時に欠かせない。冷やす作用や辛味、酵素などの作用で、消化を助け食滞を除く。

大根は手軽な台所漢方として、多彩な利用が知られている。糖尿病などで、のどが渇く時や鼻血に搾り汁を飲んだり、風邪の咳や痰、声枯れに少量の蜂蜜と共に飲んだりする。

 
   服薬時、あまき物、油膩の物、獣肉、諸菓、餅、団子
   生冷の物、一切気を塞ぐ物、不可食。服薬の時、多食へば
   薬力とゞこほりて力なし。
常日頃から注意することの繰り返しではあるが、食物の影響で薬にも効果の違いが起る。薬効の発現が遅れたり、作用が減弱したり、逆に作用が増強することもある。薬や飲食物による相互作用は西洋医学でも重要な問題である。

薬草などでは新薬ほど顕著な相互作用は見られないが、無いわけではない。しかし一般的には、空腹時服用が殆どである。そのほうが吸収もよく薬効の発現も速やかである。私事ではあるが、必要を感じたら1〜2食絶食して服薬する事もある。また、別のページでも書いているが、酒で服用の指示が為された薬については、酒で服用したほうが倍くらい薬効差が高い。

 
   暁の比、腹中鳴動し、食つかえて腹中不快ば、朝食を減ずべし。
   気をふさぐ物、肉、菓など食ふべからず。酒を飲べからず。
 
   飲酒の後、酒気残らば、餅、団子、諸穀物、寒具、諸菓、甘酒、
   にごり酒、油膩の物、甘き物、気をふさぐ物、飲食すべからず。
   酒気めぐりつきて後、飲食すべし。
脾胃が塞がると栄養を肝へ送ることが出来ない。また脾胃が弱るとそこへ肝気が乗じて脾胃を犯す。夜明け前の腹痛、腹鳴はこんなとき起りやすい。肝が自律神経のコントロールを失し、腸内のガスが順調に動作しないのである。

酒飲み仲間が旅すれば、朝から酒、移動中の乗り物でも、昼食時にも、そして夜は大宴会。朝になれば上記のような不調が生じてくる。急性の肝脾胃不和というべきであろう。しかし卑しい酒飲み仲間は、「迎え酒」として朝からビールや酒を呷る。それでも元気であるのが不思議としか言いようがない。疲れた肝や脾胃を休ませる事なく、さらに鞭打って体を消耗する自傷行為である。断固否定する訳ではない。破目をはずす暴飲暴食も無益とは言わないが。

肉や魚を多く食べる人に稀に、腹中に硬結を認めることがある。よくガスが停滞し腹鳴する左脇腹あたりである。「食塊」と言うものだ。私の経験例は、三食とも刺身をたくさん食べるという魚屋の奥様で、圧迫すれば堅く、移動する硬結であった。

 
   怒りの後、早く食すべからず。食後、怒るべからず。憂ひて
   食すべからず。食して憂ふべからず。
尤もな事である。これが出来ないから人生不条理なのだ。怒りや憂いなどの七情はそれぞれ五臓を傷める。拒食症や過食症も、思いがけない心の契機がもとで、体へ影響を及ぼすものである。戒めは良くわかるものの、解決や対策は昏迷を極めるのが現実である。軽度のストレスでも唾液の分泌や胃腸の動きに影響する。

しかし、家族や知人と会食の時はせめて、他に不快や憂いを与えないくらいは配慮したい。飲食しながらの深刻な議論は、頭に血を集め消化に良くない。また、飲酒で人に憂いを及ぼす性癖の人との飲食は御免こうむりたい。

 
   朝夕の食、塩味をくらふ事すくなければ、のんどかわかず、
   湯茶を多くのまず。脾に湿を生ぜずして、胃気発生しやすし。
辛・鹹・酸味が多いと咽喉が渇く、特に塩味の濃いものは必然的に渇きを催す。これは塩味を薄くすれば克服できる。味の濃薄は半ば習慣的なもので薄味に慣れればそれで構わなくなるし、むしろ食材の持ち味が楽しめるようになる。辛・鹹・酸・甘味料の使いすぎは旨味を麻痺させる。

ところが、健康のためにと、朝の起床時や就寝前に多量の水を飲む事を実践している人がいる。コップ1杯程度ならまだしも、困難に耐えながら1Lとかペットボトル1本もの冷水を飲むのは異常である。温水を空腹時飲むのならまだしも、食前、食中、食後に飲むのは問題がある。たとえお茶や薬草茶の類であっても、主成分は水である事を忘れてはいけない。胃はたちまち水で溢れ胃液は薄まり、冷えた胃は動きが停止し、温度も低下し消化酵素も失活する。胃酸が雑菌を殺菌する働きも酸度の低下で阻害される。いいことはあまりない。ビニール袋を胃袋に見立てて実験して見よう。ご飯やおかずと一緒に1Lもの水を入れ、外からかき混ぜると、サラサラと動くだけで消化と言うには頼りない。これが胃気を塞ぐという現象のひとつである。食物が胃に留まる時間は体温下、米飯が2時間、肉魚が3時間、、バターは12時間、、果物が2時間、、が目安である。胃を冷やしたり、甘味や脂質が多ければ時間は延長される。

漢方の勉強会へ通っていたころ、講師の先生から聞いた話。先生は栄養学者の川島四郎先生とお知り合いで、よく先生のお宅へ訪問されたとの事。食事をご馳走になると、カレーライスの時でさえ水、湯茶の類が出てこなかった。川島先生は「食事中に水を飲むのは人間だけ、動物は食事中には水を飲まない、水が消化に悪い事を本能的に知っている」などと語られたという。

 
   空腹に、生菓子食ふべからず。つくり菓子、多く食ふべからず。
   脾胃の陽気を損ず。
食前に菓子や果物を食べると、食事のとき食欲が湧かない。菓子類などの間食は元々、主食とするべきものではなく、それを空腹に乗じて食べるのは本来必要な食物の摂取を蹂躙する。次の食事まで待てなかったり、空腹に耐えきれない性質の人は確かに存在する。経験では「痩せの大食い」と言われるタイプに多く、食事をすると体が熱くなり汗が流れ出す。このような体質の人は陰虚証に多く、蛋白代謝が活発で摂取した食物を即、熱へと転化してしまうのであろう。

食後も、菓子類の摂取は脾胃の気を塞ぐとして戒められてはいるが、食べるなら少量を食後食べるほうがまだ良い。冷やした果物やアイスクリームなどは甚だ好ましくないが、愉しみのためなら少量にとどめておきたい。果物は野菜と同じ感覚で食べる人も多いが栄養素の構成からすると野菜とは異なる。ビタミンや有機酸を含有するので菓子よりはマシかも知れない。甘味の果糖はカルシウムの損失を招かないので、その利点はあるが、糖分が多すぎるものは血糖の急上昇に注意がいる。

 
   およそ飲食を味はひてしるは舌なり。のんどにあらず。
   口中にかみて、しばしふくみ、舌に味はひて後は、
   のんどにのみこむも、口に吐出すも味をしる事は同じ。
飲食の愉しみは口中、三寸、舌の事である。だから美味しくても体に良くないものは味わって吐き出せば愉しみも得られ体にもよろしい。昔、食の贅を極めた皇帝が食べた物を吐いては食べ、吐いては食べした話はあまりにも有名である。必要な道具は吐くため、咽喉を刺激するガチョウの羽だったという。

飲食の愉しみは舌の味わいだけではない、香りや色彩、食感、食を供する人の心などあらゆる要素がある。心のこもった料理ならば多少の添加物くらい気にしない。嫌な食物でも喜んで食べる。

この項は病人の好む物をどのように満たしてあげるかという事が述べられている。病によっては絶対ダメなものがある。そしてそれが病人の好物であればなおさら悩みは大きい。仕方ないが、味わって吐き出す方法で妥協してもらうのも一法だという。しかし、益軒先生曰く、欲に負けやすく慎みに欠ける人にはお勧めできない。

 

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