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【養生訓の話】


漢方を学び始めた頃、とにかく、症状と薬方を対応させ暗記することに力を注いだ。病証や生薬の薬理など考えもしないで、「肩こりのある風邪には葛根湯」「胸脇苦満があれば柴胡剤」といった具合である。病証や作用のメカニズムを知っていれば、応用範囲が広がるのは言うまでもないことで、これは漢方だけに限らない。しかし最初は、そうやって薬方に馴染んでゆく。薬局に勤務しながらであれば、ゆっくり基礎から始めてというように悠長なことではダメで、即実践できなければならない。東洋的な考え方が身につくのは、相当時間を経て理解も深まらなければならない。初歩の漢方は新薬を使うように、症状に薬を対応させてゆくという方法であった。漢方が薬価収載されて漢方熱が高まった頃、メーカー主催の勉強会が各地で行われた。その頃の勉強会も症状に基づいて薬方を決定するという程度のものであった。

最初、読むように勧められたのが傷寒論解説 大塚敬節 著、次は金匱要略講話、、書店に並ぶ漢方関係の図書を読み進むが、何年経っても、登山口あたりで右往左往である。それでも段々、東洋医学的な病態や薬理が解ってくると、山全体の険しさくらいは理解できるようになる。そんな時、出会ったのが、養生訓。

貝原益軒も養生訓も知ってはいたが、熱心に読むことはなかった。改めて読み進んでゆくといままで読んだ本の知識や内容が、簡明に解説してあることに驚く。養生の心がけや人生哲学、食養、導引、良医の選択や心得、服薬法、鍼灸、、、まさに東洋の知恵を網羅する著作である。

医書は内経本草を根とす。・・・ニ書のあと難経、金匱要略、甲乙経、病源候論、千金方、外台秘要、衛生宝鑑、三因方、和剤局方証類、本草序例、・・・」、是皆、医生のよむべき書也。
このように、連綿と医学書及び著者名が書き綴られている。益軒先生は、自ら読み、紹介され、また、これらも含む万巻の書物と、思索と実践の中から養生訓を産みだされたに違いないという確信を得る。お恥ずかしい話であるが、益軒先生の推薦のわずか幾つかの古典でさえ理解困難な思いで読んだ。しかし、益軒先生がその本質を読み解き、養生訓として平明に素人にもわかるように咀嚼して書かれてある。江戸時代随一のロングセラーと言われる書物だけに、この輝きは何にもまして優れたものである。読み進むと中医の理論的基礎とされる黄帝内経の考えを踏襲した上での経験と実践による言葉が伝わってくる。

当時とすると科学技術は格段の発達をとげ、思弁と経験に勝る科学的解明もなされている。その事をもって養生訓を非科学的として、過去の遺構とはすべきではない。科学的に証明できるものや、また証明のヒントも見出す事ができれば、それこそ温故知新といえるのではないか。科学的に解明できないものは、経験や伝統の知恵に頼ることもまた有益なことであると思っている。養生訓の後記は次のように記されている。

 
右にしるせる所は、古人の言をやはらげ、古人の意をうけて、おしひろめし也。  又、先輩にきける所多し。みずから試み、しるしある事は、臆説といへどもしるし侍りぬ、是養生の大意なり。其条目の詳なる事は、説きつくしがたし。保養の道に志あらん人は、多く古人の書をよんでしるべし。大意通じても、条目の詳なる事をしらざれば、其道を尽くしがたし。   
憶測や伝説でも、自分で試し効果のあったものは書き記してある。有効の判定を下すには試して、効いた、では正しくない事は周知のことであるが、統計学的検定の方法が確立していなかった時代の書物として、其の戒めが伝わってくる。

貝原益軒は寛永七年(1630)筑前(福岡県)の黒田家の下級武士の家に生まれ19歳の時黒田家に仕官した。しかしすぐ免職になり、7年間の浪人生活を送り、その間江戸で医学の勉強をする。その学識が認められ、27歳で再就職する。以後71歳で辞職するまで藩士と学者として身をとおした。養生訓は、1713年に出版され、これは貝原益軒が85歳で亡くなる1年前の事であった。

益軒自身、生来体が虚弱で、生涯病気に苦しみ、夫人も病弱であったため、健康に留意し、医薬、食、などの養生に心がけ実践した精華ともいえる著作がこの養生訓である

 
養生の術を学んで、よくわが身をたもつべし。是人生第一の大事なり・・・慾を欲しいままにして、身を亡ぼし命をうしなふ事、愚かなる至り也・・・命短かければ、天下四海の富を得ても益なし・・・(巻第一 総論 上)       
巻頭には上記のような言葉が書かれてある。いずれ訪れる死は避けられないにしても生きて在る間は、不健康より健康がずっと良い筈である。健康であるのは、単に楽しみを享受する為ばかりでなく、人生の目的や、人生観にも関わるものである。これは書物が出版された江戸時代の人々の価値観でもあった。そして、現代に於いても同じ価値を為すものと思う。ただ、健康を目的に薬を服んだり、運動をしたり、医療を受けたり、健康情報を検索したりしているわけではない。

健康第一と言いつつも、目的のため健康を犠牲にする事があるかも知れない。しかし、それでも不健康より健康が良いに違いない。養生訓は人生哲学も踏まえて、「如何に生くべきか」が問われている書物である。ここでは、細々と糊口をしのいでいる漢方薬屋として主に飲食、用薬に絞って、言及できる能力と範囲で幾つかの項目を紹介したい。

益軒先生の書物で「慎思録」というのもある。処世訓でもあるが、これもまた味わい深いものである。養生訓とともに座右の書としている。

 
「べからず、べし」で、まとめられた禁欲集など、今は流行らないのかもしれない。「食」が病や健康に及ぼす影響も、実はそれほど大きい要因ではないという報告もある。しかし、欲望のまま食を求め続け、捨てるほど豊かになった今、すこし食べ物のことを考えてみるのも無駄ではないと思う。養生訓は食や健康、養生をとおして益軒先生の人生観が伝わってくる。
 
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