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【農業について】 


「この夏は暑かった」、「いや、特別に暑かった」と毎年言っているような気がする。手っ取り早く温暖化のせいにして話を収める。調べると温暖化というのは多種の要因が複雑に絡みあい、端的な結論が出ないとのこと。9月に入っても高温は続き「危険な暑さ、季節外れの暑さ」と予報を伝える。彼岸前に咲き始める彼岸花は咲かず、彼岸中日に降った雨でいっきに涼しくなる。そして、3週間遅れて彼岸花が咲き始めた。

幼い頃から培った生活習慣は根強いものがある。農業をやめて10年になるというのに田植えや麦刈り、稲刈りシーズンには、追われるような気分になり日照りが続くと雨を乞い、雨が続くと青空を祈る。雑草を見ると自然に手が伸び、作物が実ると喜びで笑みがこぼれる。仕事も農耕的かつ牧歌的なもので、ストレスとは無縁の日々である。4年前の秋、薬局を騒々しい駅前から自宅敷地内に移転した。旧店舗では車の流れと建物しか見えず、極度に緑が不足していた。空気は汚れ、午後になると排気ガスで鼻の奥まで黒いススが溜った。商売は人通りの多い所に限ると考えていたが、身についた農耕の習慣が移店を決意させた。敷地は一反ほどあり、ここで畑を管理しながら半農半薬で1日を過ごす。緑の多様さと豊かさは駅前と比すべくもない。

この10年、近所では高齢化と後継者難で耕作を委託する農家が増えた。機械化されているので効率が良く、それで一向に構わないのだ。しかし、農家の数が減り、各種当番や作業が円滑にいかなくなった。農家は米や麦を作るため、田圃や用水の管理が欠かせない。田畑を所有するかぎりこの要員として役目を果たさねばならない。ここ2年、水田の水管理当番が廻ってきた。あとに続く人がいないので、当分は続くであろうと思っている。農作業を喜々としてやっているわけではない。幼い頃から、「猫の手も借りたい」と農作業を強いられた事はいまも苦痛の想い出だ。ここを語らず農業を美化して発信しすぎたのではないかと反省している。畑や薬局の佇まいを見た人から、「いいですね・・」というお言葉を頂くので、すっかり「いい気分」に浸っていたのかも知れない。ここで若干訂正しておかねばと思う。農業から離れ、金銭に縛られず重労働を強いられない農作業を通してようやく農業を受け入れられるようになった。炎熱の夏は外へ出ることもままならず、30分毎に水を飲み休憩する。厳寒の冬は作業で体は温まるが手足は凍てつく。農作業に快適な季節は1年を通してわずかしかなく、集中して済ませるわけにもいかない。夏と冬の辛さを紛らわすため「四季を肌で感じる」という麗しい言葉が生まれたのだ。農業から離れて農を語り、「晴耕雨読」などとうそぶき、農業のまね事をする。これを一般では「評論家」とも、「道楽」とも言う。

【ホームページ開設10周年に寄せて/2011.Sep.】

 

1本90円、売れ残りと思われるミニトマトの苗を2本植える。土との相性が良く、みるみる伸びて枝を広げた。棒を何本も立て苗を支え、やがて実も色付く。品種上、写真の色のままで糖度は低いが、味は格別であった。葡萄の房のように実が付き、夏中毎日収穫した。炎天下の畑でちぎってそのまま食べるのが最も美味い。

<コラム>  パーマカルチャー(permaculture)とは?

都会生活や日々の勤めに疑問を抱くと、漱石の草枕のような気分になることもあります。住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる訳です。どこへ越しても住みにくいと悟り、詩や絵が生まれる前に、実際引っ越してしまう人もいます。夢にまで見た田舎暮らし、自給自足という快いエコロジー幻想に惹かれるように、農地を手に入れます。TVの画面や雑誌の写真で紹介される脱サラ農民や田舎暮らしの人達は一握りの成功者なのです。小規模で楽園のような農業をやって生活の成り立つ筈がありません。別の収入が確保できていたり、高い農産物でも良いという数多くの支援者を得てこそ何とか細々と可能なのです。喰う物はあっても、今や現金なしの生活は絶対的に不可能です。

農家に育った者として、生活としての農業は機械化されているとはいえ重労働で、気まぐれな自然と対する大変困難な仕事です。とても希望を抱けるようなものではありません。しかし、新しい農業参入者の方達が希望や夢のある農園を実現しようと汗を流されるのを見ると、本当に夢や希望が感じ取られ、改めて農業のもつ楽しい一面を認識させられます。

農業の持つエコロジカルな面は周知の事であろうと思います。今や癒しブームで癒しの側面もあるわけです。このような要素も含んだ人と自然との生活がかなう農業のデザインを提言するのがパーマカルチャーです。(permanent 永久の)(agriculture農業)が語源です。「わら一本の革命」で知られる自然農法家・福岡政信氏の言う「自然に逆らわず、自然に従う」を基本理念にしています。これを発展させ1974年オーストラリアのビル・モリソンがパーマカルチャーという永続的な農業の枠組みを考え出しました。

農業を中心とした生活・・・有機農法から発展し衣食住や社会との関わりも視野に入れ、なおかつ経済的に成り立つ農のシステムを設計すると言います。まるで宗教にも似たユートピア構想で、胡散臭さを感じないわけでもありません。永久に循環する農業の試みが果たして可能なのか?畑、水田そのものが既に自然破壊の始まりではないか?さらに経済性の提言を見ると、作物の販売もさることながら、ひとつのコミュニティーとしてエコロジーの啓発、研修、そして言葉は悪いが、休日を過ごす観光農園的な収入を期待しているふうにも感じられます。純粋に作物だけの販売で生計を営むことは容易ではありません。遊具や店の立ち並ぶテーマパークが、雑木林や野菜の並ぶ素朴な田舎の風景に変わっただけなのかも知れません。

しかし、経済的な面を度外視すれば、パーマカルチャーには夢を抱かせる何かが備わっています。今まで自然に対し無頓着に手を加え過ぎ、それによって失ったものを見直そうというのです。手を加えるにも、自然を観察しその多様な生態系の一部として、人も共存してゆくことを考える技術です。常緑樹や石や池を配した日本庭園の美は芸術にも例えられますが、雑木林の雑草や枯れ枝、枯葉、そこに生息する生物まで見据えた庭や畑もまた芸術と言えるものでしょう。

【ホームページ開設にあたって/2001.Aug.】

2000年まで父母と共に、兼業農家として百姓を営んでいました。かつては農業が本業だったのですが、農業の衰退著しく、今は薬屋が本業です。日本の国もかつては農業が本業の国だった訳ですが、いつの間にか、お荷物のように農業を軽視するようになりました。父母も老齢となり、2001年から8反の水田耕作を委託する事になり、ついに、所謂「町」の住民となりました。農繁期に、追われるような焦りもなく、炎天下の散毒(農薬散布)もなし、干ばつの時の水の心配もない。農事暦に追われるように、いままで同様田圃にでるかつての同業者を懐かしく見つめるばかりで、いくらか後ろめたい気がします。汗を流さない事が、何か後ろめたく、軟弱に思えるのです。農業の収入は惨憺たるものでした。減価償却はじめきちんと経費を計算して残るのは、良いときで勤め人の初任給の2.5ヶ月分、減反があれば1.5ヶ月分程度。これは労賃なしの利益です。やっと農機具の借金を払ったかと思うと、農協から「金貸すから次の新型を買え。」としきりに勧められ次の借金を作る。借りた人には逆らえず、農協とはなかなか縁が切れません。そのような借金を薬屋の利益で賄う状態が続いていたのです。それでも田畑は手放したくない。こうしてまで、人様の食物を作る必要はない。作ったところで、国際競争力の名のもとに買い叩かれ、20年以上も米価は据え置きです。他人の食物を作るのをやめ、自分の食べるものだけを作ると、百姓ほど贅沢な仕事はありません。天地の気を受け、汗を流し土と遊ぶ。目下、水田は委託したので、自宅周囲の250坪ほどの畑が作業現場です。収量など気にしない、多少の虫も気にしない、自宅に居ながらにして花鳥風月、悠々たる時間と閑静な空間を楽しめます。野菜やハーブ、山菜をはじめ、果樹では伊予柑、ネーブル、夏蜜柑、八朔、レモン、柚子、サクランボ、枇杷、リンゴ、金柑、梨、栗、ブルーベリー、アーモンド、桃、ぶどう、柿、梅、プラム、、、こんなものを作り楽しんでいます。本の名前は忘れましたが、気になる一節を書き留めていました。

文明史的に明白に言えることは、人間が体を本来の生きる糧を得るために使用するのではなく遊戯的に使用することが多くなるのは、文明の末期的現象なのである。

趣味的農園は遊戯に過ぎないのかも知れません。しかし食を得る労働として、いくらかでも本来の労働に近づけるのではないかと思っています。休日にゴルフやスポーツ、問題外ではあるが、パチンコに打ち興じるより、、、閉鎖系である地球を守る為には、農業の持つ閉鎖系でのエコロジー的考え方は欠かせないものです。閉鎖系を狭めていった処に身土不二という言葉があります。できる限り狭い範囲で生命を循環させる事が可能なら、生命は長く生き延びる事ができます。この点でも農業に汗を流し思想を育んでゆく事は趣味を越えたものがありそうな気がします。農業についての話は雑記帳(農業)にも書いています。畑を眺めると、四季折々...作物や畑の表情が変わり、自然の移ろいが実感されます。農園の四季を写真でお楽しみ下さい。

 
>>【農業について】山閑堂農園の四季はMAPから閲覧してください。

 

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