【食の安全(2)】
O-157や狂牛病をきっかけに食汚染の問題が頻繁に取り上げられるようになった。おそらく一般の関心も「安全な食」への志向が高まったものと思う。他にも農薬にまみれた中国野菜や無許可農薬使用の作物、ダイオキシン、遺伝子組換え作物、古典的なものでは食品添加物などがある。食の安全を脅かすものの本質は、これらの背後に潜む人々の慢心だったり、無知だったりする。医学関連の学問に衛生学と言うのがある。「生を衛(まもる)」の意で、衛生学は個人を対象とし、公衆衛生学は社会(大衆)を対象とした人の健康な生活を守る学門と技術であるとされている。個人や社会でどのような条件で病気が発生し健康を脅かすか、そしてその予防や対策の実際的な行動を支えるものである。 食品衛生、産業保健、精神保健、生活習慣病対策、感染症、免疫、消毒・滅菌、疫学衛生統計、環境衛生、、、など広い分野にわたっているが。ここで述べるのはその中の「食品衛生」=「食の安全」である。食品衛生を大雑把に分けると以下のようになる。 |
食品衛生 | 食中毒 | 細菌性 |
感染型 | 腸炎ビブリオ菌 |
サルモネラ菌 | ||||
カンピロバクター | ||||
病原性大腸菌 | ||||
ウエルシュ菌 | ||||
エルシニア菌 | ||||
毒素型 | ブドウ球菌 | |||
ボツリヌス菌 | ||||
アレルギー性 | ||||
カビ毒 | ||||
自然毒 |
動物性 | フグ | ||
有毒魚介類 | ||||
植物性 | 毒キノコ | |||
有毒植物類 | ||||
化学物質 |
一般毒劇物 | |||
農薬 | ||||
環境汚染 | PCB | |||
ダイオキシン | ||||
水銀 | ||||
農薬 | ||||
放射性物質 | ||||
食品添加物 | 合成添加物 | |||
天然添加物 | ||||
食品と伝染病 | 経口伝染病 | |||
人畜共通伝染病 | ||||
食品と寄生虫 | 野菜を感染源 | |||
獣肉を感染源 | ||||
魚介類を感染源 | ||||
食品と器具・包装 | 金属 | |||
プラスチック | ||||
木・紙 | ||||
陶器・ガラス | ||||
食品中の異物 | 動物性 | |||
植物性 | ||||
鉱物性 | ||||
食品の変質 | 腐敗 | |||
保存 |
死の灰と呼ばれる原発の放射性物質、車の排気ガス、環境中に溢れる有害物質は数知れずある。全人類が薄い毒ガスの部屋で暮らしているようなものである。誰の頭上にも一定の危険は降り注いでいる。環境ホルモンなど極微量を問題にするなら空気も吸えない、水も、食物も食べる事はできない。しかし、生きるためにはそれらの毒を幾許かでも許容しない訳には行かない。物事は一定のリスクの上に成り立っている。食品衛生は食を巡るリスク評価である。その評価を基に、如何なる食行動によって命や健康を守るかのガイドでもある。 添加物や農薬などを使わないオーガニックな食物はいまやスローフードと呼ばれ、もて囃されているが、忙しい人や忙しい時など、とりあえず空腹を満たすためコンビニを利用する。そこでは、無農薬食材はまだしも無添加を求めることは困難である。例えば夏大量に調理し、運搬し、長時間冷蔵だけで品質を保っておく事は難しい。カビや微生物が発生することによる品質の劣化を防ぐため、保存料が添加されている。例え冷蔵だけで劣化が防げたとしても万全を期することはできない。体調不良な人や消化能力の落ちた人が食べる可能性も考慮しなければならない。また流通段階での食の扱われ方にも配慮がいる。食品衛生の知識のない運搬業者や現場の人が、どのような扱いをするのか最大限の対策がいる。保存料の危険より、カビや微生物による被害の方がより重大な事態を招く。食品を扱う業界で最も注意を払う問題である。一度事故が発生すると雪印の牛乳や狂牛病の例を見るまでもなく、廃業に追い込まれる事になりかねない。私も食品業界に身を置くとするなら、添加物のリスクより食中毒のリスクを重視する。 添加物は常用量では急性毒性の心配はない。問題は慢性毒性であるが、ここではこの話はしない。しかし、食中毒は急性毒性の問題である。O-157で多数の死者まで出した食中毒の恐怖は記憶に新しい。新聞でも時々O-157をはじめ食中毒発生の記事を目にする。専門家によれば、実際の発生は報告される数の数倍から十倍くらいはあるだろうと言われている。過去3年間の発生報告数の表である。(厚生労働省webページ資料) |
【食中毒発生件数】
年次 | 事件数 | 患者数 | 死者数 | 1事件当た |
罹患率 |
H12 | 2247 | 43307 | 4 | 19.3 | 34.2 |
H13 | 1928 | 25862 | 4 | 13.4 | 20.3 |
H14 | 1849 | 27413 | 18 | 14.8 | 21.5 |
【食品別食中毒発生件数】
H12 |
H13 |
H14 |
||||
事件数 | 発生率(%) | 事件数 | 発生率(%) | 事件数 | 発生率(%) | |
総 数 | 2247 | 100 | 1928 | 100 | 1849 | 100 |
魚介類 及び加工品 |
203 | 9.1 | 200 | 10.4 | 184 | 9.9 |
肉類及び 加工品 |
45 | 2 | 56 | 2.9 | 55 | 3 |
卵類及び 加工品 |
42 | 1.9 | 35 | 1.8 | 22 | 1.2 |
乳類及び 加工品 |
4 | 0.2 | 3 | 0.2 | 0 | 0 |
穀類及び 加工品 |
25 | 1.1 | 23 | 1.2 | 27 | 1.5 |
野菜類及 び加工品 |
90 | 4 | 58 | 3 | 87 | 4.7 |
菓子類 | 19 | 0.8 | 14 | 0.7 | 11 | 0.6 |
複合調理 食品 |
86 | 3.8 | 82 | 4.3 | 85 | 4.6 |
その他 | 464 | 20.6 | 363 | 18.8 | 387 | 20.9 |
不 明 | 1268 | 56.4 | 1094 | 56.7 | 991 | 53.6 |
【場所別食中毒発生件数】
H12 |
H13 |
H14 |
||||
事件数 | 発生率(%) | 事件数 | 発生率(%) | 事件数 | 発生率(%) | |
総 数 | 2247 | 100 | 1928 | 100 | 1849 | 100 |
家 庭 | 311 | 13.8 | 206 | 10.7 | 183 | 9.9 |
事業場 | 62 | 2.8 | 45 | 2.3 | 53 | 2.9 |
学 校 | 30 | 1.3 | 28 | 1.5 | 28 | 1.5 |
病 院 | 17 | 0.8 | 14 | 0.7 | 17 | 0.9 |
旅 館 | 105 | 4.7 | 109 | 5.7 | 97 | 5.2 |
飲食店 | 497 | 22.1 | 468 | 24.3 | 468 | 25.3 |
販売店 | 12 | 0.5 | 5 | 0.3 | 7 | 0.4 |
製造所 | 18 | 0.8 | 23 | 1.2 | 11 | 0.6 |
仕出屋 | 57 | 2.5 | 59 | 3.1 | 49 | 2.7 |
行 商 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
採取場所 | 2 | 0.1 | 8 | 0.4 | 4 | 0.2 |
その他 | 35 | 1.6 | 24 | 1.2 | 22 | 1.2 |
不 明 |
【種類別食中毒発生件数】
H12 |
H13 |
H14 |
||||
事件数 | 発生率(%) | 事件数 | 発生率(%) | 事件数 | 発生率(%) | |
総 数 | 2247 | 100 | 1928 | 100 | 1849 | 100 |
サルモネラ属菌 | 518 | 23 | 361 | 16 | 465 | 25.2 |
ブドウ球菌 | 87 | 4 | 92 | 4 | 72 | 3.9 |
ボツリヌス菌 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
腸炎ビブリオ菌 | 422 | 19 | 307 | 14 | 229 | 12.4 |
病原性大腸菌 | 219 | 10 | 223 | 10 | 96 | 5.2 |
腸管出血性 大腸菌 |
16 | 1 | 24 | 1 | 13 | 0.7 |
その他の 病原大腸菌 |
203 | 9 | 199 | 9 | 83 | 4.5 |
ウエルシュ菌 | 32 | 1 | 22 | 1 | 37 | 2 |
セレウス菌 | 10 | 0 | 9 | 0 | 7 | 0.4 |
エルシニア・ エンテロコリチカ |
1 | 0 | 4 | 0 | 8 | 0.4 |
カンピロバクター ・ジェジュニ/コリ |
469 | 21 | 428 | 19 | 447 | 24.2 |
ナグビブリオ | 5 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0.1 |
コレラ菌 | 1 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0.1 |
赤痢菌 | 1 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0.1 |
チフス菌 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
パラチフスA菌 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
その他細菌 | 18 | 1 | 18 | 1 | 9 | 0.5 |
小型球形ウイ ルス |
245 | 11 | 269 | 12 | 267 | 14.5 |
その他のウイ ルス |
2 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0.1 |
化学物質 | 7 | 0 | 8 | 0 | 9 | 0.5 |
植物性自然毒 | 76 | 3 | 49 | 2 | 79 | 4.3 |
動物性自然毒 | 37 | 2 | 40 | 2 | 44 | 2.4 |
その他 | 5 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0.1 |
不 明 | 92 | 4 | 91 | 4 | 70 | 3.8 |
【腸炎ビブリオ菌】 食中毒は危険とはいえ、交通事故死の10000人、自殺死の30000人に比べれば、無いに均しい。資料をみると死亡は少ないが発生件数や患者数は多い。食中毒は7〜9月の3ヶ月に集中するので、報告されない数も勘定に入れると頻発していると言えなくもない。特定できる食品では魚類が最も多い。日本は刺身という食形態をとる場合が多い。またそれが最も美味い食べ方だという誤解から、これを熱帯地域と変わらぬ気候の夏場にまで行なうと、一体何が起るのだろう?魚の食中毒で多いのが腸炎ビブリオ菌。これは20℃以上で増殖するので水温の低い冬場は殆ど心配いらない。しかし夏場の気温の下では状況が一変する。8〜10分で倍になる繁殖速度なので、食品店で購入し自宅に着くころには倍、あるいは二乗倍くらいにはなっている筈だ。このことに無防備すぎはしないかと常々感じている。例えば昼の宴会に出された仕出し弁当の刺身をそのまま持ち帰り、冷蔵庫で保管する。それを夕食に食べる。こんな事は頻繁に行なわれているのではないかと思う。運悪く腸炎ビブリオ菌が付いていて、体の条件が悪ければ簡単に発症する事になる。腹痛を伴う激しい下痢、発熱、頭痛、悪心などが見られる。夏バテとか食中りで済まされているものの中には無謀な食生活が関与していることが多くある筈だ。冷えたビールを浴びるように飲みながらであれば胃液は薄まり、胃の動きは止まり、消化能力は極度に落ちる。すこし知識があれば、防ぐことのできる危険である。このような無知から引き起こされる事故も少なくない。そして料理を提供した側が槍玉に挙げられるのでは堪らない。自分の無知から引き起こしたことを忘れ、正しい管理を行なっている食品会社や小売店や料理店を責めるのは本末転倒である。夏場の宴会後の持ち帰りを禁じている料理店やホテルもあるが、まだまだ充分浸透しているとはいえない。食中毒は免れても、生ものは高温、高湿で急速に腐敗が始まる。蛋白質の変敗はアミンの化合物を含むのでより被害が大きくなる。この事も併せ、少なくとも自己責任という考えは持ち合わせていたい。そのための知識こそ自分の身を、また家族の身を守るために必要なのではないか。食品添加物の毒性にのみ神経質になるより、差し迫る危険を察知する知識も大事である。 基本的に夏、刺身などの生ものは食べない事にしている。「夏に食べてどこが美味いのだ」と言うと、個々人の嗜好だと怒られそうであるが、特に肝炎の人が食することで死を招くほど危険な腸炎ビブリオ菌がある。ビブリオ・バルニフィカスといって、海水中に広く生息し、この菌に汚染された魚介類を食べたり、海水中の菌が皮膚の傷口から侵入することによって感染する。健康な人では重症になる事はないが、肝疾患のある人、酒呑みや糖尿病、貧血で鉄剤を服用している人では治療が遅れると、数時間から2日間の潜伏期を経て発症し、死亡率は50〜70%といわれている。肝疾患は勿論の事、その恐れのある人は、夏場の刺身は禁物である。最高気温27℃平均湿度85%をこえると食中毒注意報が出される。この数字を目安に一層の配慮をしたい。これについて、新聞に報告された国立感染症研究所の調査がある。01年6月〜02年3月までの10ヶ月間、入手容易なアジ、アサリを中心に魚介類を月約5品、スーパーで買い、アサリは身、アジはエラの部分でビブリオ・バルニフィカスの有無を調べた。その結果、計372検体のうち16%にあたる58検体から菌が検出された。種類別の汚染率はアサリ31%、アサリ以外の貝類16%、アジ5%、アジ以外の魚2%だった。期間別の汚染率は特に6〜9月は30%前後と最も多くなり、1〜3月は検出されなかった。 腸炎ビブリオ菌は海水では増殖するが、真水には抵抗性が弱く、また60度以上に加熱すれば8〜10分位で死滅する。加熱すれば問題はないが、生で食べる場合は必ず真水(水道水)でよく洗ってから調理するべきである。食中毒はまな板、庖丁、ふきん、手を介して伝播するため、それらを丁寧に洗浄することも大切である。食中毒は当該食物ばかりでなく、それによって汚染された生野菜、漬物なども原因となる場合が多い。腸炎ビブリオ菌に汚染されると冷蔵、冷凍しても菌は生きつづけるので注意を怠る事は出来ない。常識ではあるが、調理のとき指輪、ブレスレット、腕時計などは外した方が良い。白衣の下にきちんとネクタイを締めた料理人が腕時計や指輪をつけているのを見ると幻滅させられる。食中毒の発生件数は飲食店が2〜3割を占め、次が家庭で1割程度である。この2つがとりわけ多くなっている。注意を喚起したい所である。 【小型球形ウイルス】 <補足> このウイルスは75℃以上に加熱すれば死滅するが、生焼け、天ぷらなど 食中毒菌も耐性菌や突然変異による亜種や新種の菌が知られている。そ 【サルモネラ菌】 鶏卵は物価の優等生でもあり手軽なので料理の多くに用いられる。鶏の糞便で汚れるためサルモネラに汚染されている恐れがある。卵は生で食べる事も多く、卵ご飯や丼など注意を要する。中心部の温度が68℃以上で3.5分間以上加熱すれば中毒の発生を防止できる。食品を冷蔵庫に保管する時加熱しないで食べる野菜や果物などと明確に区分けして接触を防ぐようにしなければならない。冷蔵庫内で接触した思いがけないものが感染源となったりする。また、汚染された魚や食肉、鶏卵などからの二次汚染を防ぐためハエ、ゴキブリなどの昆虫やネズミなどの侵入を防ぐ対策も必要である。 【カンピロバクター】 【病原性大腸菌】 <最近の話題から...> これとは別に、シカ肉の刺身でE型肝炎発症の報告もある。また、イノシシの 【ブドウ球菌】 感染型の食中毒は最終的に加熱により防ぐ事ができるが、毒素型は熱にも強くブドウ球菌の毒素は218〜248℃、30分位の加熱でしか失活しない。食品を清浄に保っていても、調理、製造、販売に関わる人が手指に化膿性の傷があったり、体に化膿性の疾患や咽喉炎などがあれば、それが汚染源になる。 <最近の話題から...> 【ボツリヌス菌】 乳児(生後6ヶ月未満)のボツリヌス症も注目されている。蜂蜜に混入したボツリヌス菌の芽胞が消化管内で発芽増殖し、産生した毒素で発症するものである。死亡率は2.9%程度であるが便秘、無気力、頭や手足の筋肉の弛緩が見られる。蜂蜜はせめて1歳未満の乳児には与えない方が良い。またボツリヌス菌は土中に広く分布しているので乳児が口にするものや野菜などの土は丁寧に洗うようにしたい。 発生頻度の多い代表的な食中毒の話を続けて来たが、予防に勝るものはない。夏季食中毒の頻発する頃になると新聞や自治体の広報誌などで「食中毒予防○ヶ条」などという啓蒙が行なわれる。今までの食生活で何も起らなかったので、これからも起らないだろうと...相変わらずの食行動が惰性で続いて行く。改めて新しい行動を起すのは窮屈で面倒でもある。しかし一度習慣として身につければ、これから起るかも知れない事を未然に防止できるのである。まとめを兼ねて、私が四季を問わず行なっている食品衛生の心掛けである。
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【参考図書】 食品衛生 文部省 /食の安全学 岩尾・細貝編 /身近な食品衛生150訓 西田 博 /衛生化学 塚元・浮田編 |