【中医学について】


日本の漢方事情は、使用量から考えて医療用漢方製剤を中心としたエキス漢方が主流であろう。本格漢方と名打った湯剤(煎じ薬)は当事者の思いと裏腹に主流にはなりえていない。だからこそ希少な輝きが保てるのだ。医療用漢方製剤については、導入の便を考えて新薬と同じ扱いで適応症が決定される。体質とも症状ともつかない簡単な目標を示し、次に病名や症候群を効能・効果として追加する。この配慮で、臨床での漢方薬の運用が容易に成し遂げられる。これは製薬メーカの営業努力や戦略でもあるのだ。更に新薬と同じ手法で、病名や症候を元に治験データーをとり、効果の有無を数値や愁訴の改善で判定し、それを拠り所とする。これが漢方を科学する「現代漢方医学」というジャンルになる。これを冷ややかに見つめるのが「日本伝統漢方」や「中医学」である。両者とも源流を一にするものの、国の事情によって発展形態に差異が生じてきた。日本伝統漢方は一語で説明するなら「方証相対」といわれ、病態を形成する症状や体質を即、処方と結びつけ、処方名を診断名とする。病態を省察し処方を決定する手間を省いているわけではないが、初学の頃は深く検討する余裕も力もないので、これは大変便利な運用法といえる。病態に対処して薬物の加減や処方の合方を行うにはある程度の熟達を要する。この域に達すれば、現代漢方医学であろうと中医であろうと優劣は決し難いと思う。お互いの優位を主張して譲らないのは偏狭というものだ。

理論や複雑・多種・難解な用語は、優れたものという錯覚を起こすことがある。理論があるから科学ではなく、非科学的なものにも理論の構築は為される。とくに癒しについては祈りや信仰という非科学的なものが介在する。中医の基礎理論とされる陰陽・五行は、現代においては証拠ある科学ではない。しかし、古代に成立した理論がいまなお輝きを失なわずに用いられるのは、実体に合致しているように思われる現象と成果が得られるからに他ならない。

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        基礎理論        
   

気・血・津液
臓腑・経絡
病   因

 

↑↑
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↓↓

 

病機学
中薬学
方剤学

   

四診


弁証



施治


処方




  八綱弁証
気血弁証
臓腑弁証
病邪弁証
 

↑↑
||
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↓↓

 

治 則
治 法

   
       

臨床応用

       

 

代替医療の多くは独自の思想に基づく生体観と病理観を備えている。中医では人を自然の中に位置付け、体内自然と体外自然との有機的統一体と考える。老子・荘子の自然思想を基に展開する理論と応用は、思弁的傾向さえ感じられるが、古代医学においては洋の東西を問わず思想や哲学あるいは宗教が理論の下支えとなった。

人体は気・血・津液・精から構成され、心・肺・肝・脾・腎の五臓とそれぞれに付随する小腸・大腸・胆・胃・ 膀胱と三焦を合せた六腑を機能系とする。ここを経絡が縦横に連絡し人体としての機能を保つことになる。気血や臓腑の失調は心身に影響を及ぼし、自然環境や情動などによっても大きく左右される。体内環境が疾病発症の原因とするのを「内因」、体外環境とするのを「外因」と言い。中医では内因を重視し、外因は発病の条件として考える。発病は人体の正気と病邪との闘争でありその力の衰勢によって経過が左右される。治療は病態を適確にとらえ、病邪を除き、正気(抵抗力)を温存・扶助するための理論と実践である。人を中心に据え、図では基礎理論と臨床応用が対峙するが、実際は境界や立場があるわけではない。陰陽・五行を基礎理論とし、気・血・津液、臓腑・経絡、病因などのカテゴリーで病態を把握し検討することを弁証といい、弁証は施治と一連のもので「弁証施治」「弁証論治」と言われる。これは中医学の治療の全過程を表現するもので、これに診断技術として「四診」、治療技術として「病(理)機(序)学」「中薬学」「方剤学」などで体系が構成されている。診察から処方までの過程は相互往来し、フィードバックによって治療効果の確実性が図られる。

 

基礎理論 気・血・津液・精 人体を構成する基本物質とみなし、生命活動を維持する。気は機能を指し
「陽気」ともいい、血・津液・精は物質的なものを指し「陰液」という。
臓   腑 古代の解剖学的知識による内臓器官で五臓六腑で構成される。臓は肝・心
・脾・肺・腎で六腑は胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦が五臓に対応し、経絡
学説ではさらに心包系という臓を仮定する。肝と胆・腎と膀胱は関連があるが
胃・小腸・大腸は脾と関連があり、これは現代の解剖学や生理学の見解と
異なるものだ。古代においては生理現象の機能単位として臓腑が考えられた。
経   絡 気・血・津液が運行する通路とされ、経脈と絡脈を指す。現代医学でいう神経・
血管・リンパ系に近いが、同じものではなく中医学独特の概念である。経絡は
臓腑と直接連結し五臓六腑(+心包)の内・外に通じ、計12経脈があり、これを
補助する奇経の八脈で構成される。
病   因 人体の平衡が何からの原因で侵され、平衡の維持が不能になれば疾病が
発生する。疾病の発生は機能失調や抵抗力低下などの人体側の要因(内因)
と外的な要因(外因)があり、両方をあわせて病因という。中医では内因を
重視し、外因は条件と考える。内因には気滞・血於・痰飲・水腫や精神的素因
(内傷七情)などがあり、外因には飲食・不節・労倦・房室不節・寄生虫や
自然素因(六淫・癘気・外傷)などがある。
陰   陽 「物事はすべて陰と陽の対立する性質で分類できる」という発想からくる概念
で、電極の+(プラス)と-(マイナス)に例えた
治療理論を展開する人もいる。
五行は観念的で信じ難いが、陰陽はコンピュータにも用いるから科学的である
という主張だ。体の部位、構造、機能や病邪の性質を二項の対立概念に細分
していくが、理論としてはまだしも臨床上では繁用されない。
四  診 (望・聞・問・切) 中医に限らず、漢方の4つの診察方法である。弁証論治に不可欠のもので、
ある。望診:患者の全身・局所・排泄物など視覚によって病状を知るもので
舌診などがある。聞診:聴覚・嗅覚による診察。問診:患者に質問することで
現在の疾病の情報を得るが、患者の主観性が強くなる。切診:触覚による
診察法で中医は脈診を、日本漢方は
腹診を重視する。
弁  証 八綱弁証 表・裏、寒・熱、虚・実、そしてこれらを統一する概念としての陰・陽を八綱と
言い、弁証トレーニングの基本ともいえるが、実用性は大してない。病邪の
部位を表・裏、病邪の性質を寒・熱、病邪の部位と正気を虚・実で弁別し、
<陽>表・熱・実/<陰>裏・寒・虚に分類する。各々を組み合わせると太極・
両儀・四象・八卦・六十四卦(2×2×2)×(2×2×2)という易の組み合わ
せと同じ数のパターンが得られる。そのパターンに処方を配当して治療理
論をうちたてる学派もある。中医の一般的な教科書では主に寒・熱と虚・実
を重視する。
気血弁証 人体を構成する陰液(血・津液・精)と陽気(気)の病理状態を判断するもの
で、物質に関連する陰液を「血分」と言い、機能に関連する陽気を「気分」と
いうこともある。全身の機能・代謝・内分泌・血液・自律神経・中枢神経・心身
や臓腑との関連など多岐にわたるので、さらに臓腑弁証によって詳細な分析
を要する。
臓腑弁証 五臓の肝・心・脾・肺・腎と六腑の胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦の生理的・
病理的特長によって病変の部位を弁別する。臓腑は現代医学で知られてい
る部位と異なり、古代に考えられた機能系としての特徴と臓腑相互間の関
係を有する。八綱弁証や気血弁証を行ったうえで、さらに精細な診断のため
欠かすことができない。
病邪弁証 病因には内因と外因があるが、外因(生活素因・自然素因)と病理産物(気
滞・血於・痰飲・水腫)をまとめて病邪という。疾病がどのような病邪によって
発生したのかを弁別する。病理産物は臓腑機能との関連も深く、必ず他の
弁証法と並行して行うことが肝要である。
外感熱病弁証 病邪が人体に侵入して起る発熱を主症状とする全身的疾患で、主に細菌・
ウイルスなどの病原微生物の感染症に相当する。病邪と正気の力関係に
よる病理反応を傷寒論(六経弁証)や温病学(衛気営血弁証)の考えに依っ
て弁別する。
施  治 治   則 弁証によって得られた病態をもとに、個体に最も有効な治療手順を決める。
根本治療のため、病因と病状を考慮し優先する治療や順序を検討する。
治   法 薬物・外用・鍼灸・推拿などの治療法があるが、薬物の服用による治療を
内治法という。これには発汗法・清熱法・瀉下法・和解法・温裏法・補益法・
理気法・消散法・開竅法・固渋法・鎮納法などがあり、それぞれの薬物を
発汗剤・清熱剤・瀉下剤・和解剤・・・という。

 

中医学を俯瞰すると様々な弁証を経て治法へと進んでいく。具体的な症例に直面すると、教科書どうりいかないことが多い。弁証施治の手順は以下のようになる。
  1. 【寒熱の弁別】寒証が主であるか熱証が主であるか寒熱挟雑か。
  2. 【虚実の弁別】寒証・熱証が正気の虚(虚証)によるのか病邪の侵襲(実証)によるのか虚実挟雑によるのか。
  3. 【表裏の弁別】実証ならば表証であるか半表半裏証であるか裏証であるか。
  4. 【病邪弁証により病邪の種類を弁別】実証は寒証と熱証がどの病邪から生じているか判断する。六淫の邪である風・寒・暑・湿・燥・火(熱)がどのように関わっているか、気滞・血於・痰飲・水腫・食積などの関連も検討する。
  5. 【気血弁証により正気の不足を弁別】虚証について寒証と熱証が陰液と陽気のどの部分の不足によって生じたか。
  6. 【臓腑弁証により病変部を弁別】虚証・実証が、どの臓腑で発生した病変か。
  7. 【寒熱・虚実のいずれが重要か弁別】寒熱挟雑・虚実挟雑では寒証・熱証又は虚証・実証のいずれが主であるか。根本原因・両者の関連性・急を要するものを検討する。
  8. 【弁証に基づき治則・治法を決定】標と本・扶正と去邪・陰陽調整などについて目標を立てる。主になるのは扶正と去邪の組み合わせになり、扶正の方法と去邪の方法を検討する。
  9. 【治法に基づき適切な薬物と処方を決定】治法に適した薬物を組み合わせる。既存の処方を参考に、これに薬物を適宜加減する方法が最も簡便である。

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次表は「中医学」・「日本伝統漢方」・「現代漢方医学」の風邪(初期)の治療法の簡単な対比である。中医学の分類はさらに細分化されているし、日本伝統漢方も現代漢方医学もこのような表で言い尽くせるものではない。参考モデルとしてご覧頂きたい。風邪の中期や後期へ移行すると、また別の病態として検討が必要になる。中医では外感熱病弁証を用いるが病状が進行すると臓腑弁証へと幅を広げていくことになる。現代漢方医学については風邪症候群という病名の前提があって薬方を選択するもので、新薬の適応に沿った漢方薬の使い方といえる。漢方家は各々好みの診療スタイルを持っているが知悉しないまでも、この3つの漢方理論についての知識はあるものと思う。治療は必竟、理論にもとづく道具(薬物)の運用であり、経験はこの骨格を肉付けする栄養になる。また、別の見方をすれば、道具を運用するために理論があり、経験は信じるための祈りとなる。
 
中 医 学 風 寒 寒い風邪といわれ寒が体表から侵入し、悪寒・悪風・軽度の発熱・頭痛・
関節の痛み・首筋肩のこり・咳・鼻水・鼻閉などが起る。辛温の薬物で
体表を温め寒邪を発散させて除く。
風 熱 熱い風邪といわれ口鼻から侵入し、軽い寒けの後、すぐに発熱・熱感が
起こり、高熱・咽痛・扁桃腺の腫脹・目や顔が赤くなり頭痛などがみられる。
辛涼の薬物で体表を開き邪を放散させ、かつ炎症を抑える。
日本伝統漢方 葛根湯証 項背強急し、発熱悪風し、汗無く、或いは喘し、或いは身痛むもの
桂枝湯証 上衝、頭痛、発熱し、汗出て悪風し、腹拘攣するもの
麻黄附子細辛
湯証
熱候なく、無力性、貧血性で、味覚に変化なく、身体疼重、手足冷感、
悪寒、咳嗽、浮腫、尿不利などがある
現代漢方医学 頭痛・発熱・筋
肉痛・関節痛
麻黄湯・葛根湯
頭痛・発熱・筋
肉痛・関節痛
(虚弱者)
桂枝湯・桂枝麻黄各半湯
水様性の鼻水・
薄い痰
小青竜湯
膿性の鼻漏・
鼻閉
葛根湯加川弓辛夷
虚弱者の悪寒 麻黄附子細辛湯
咽喉痛 桔梗湯

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これまで各ページで漢方の話を続けてきたが、私の勉強不足は否めないし理解度も専門家と言えるレベルには達していない。仕事としての漢方相談の個人的実情を白状するなら、「経験と勘」ではなく「慣れ」である。風邪(初期)の相談について、葛根湯、桂枝麻黄各半湯、銀翹散、小青竜湯を繁用するが、選択の際に理論的手続きを改めて意識することはない。だだし、説明するとき、葛根湯であれば日本漢方を語り、銀翹散であれば中医を語る。ときには、現代医学的説明を求められる相談者もある。素人にとっては漢方理論など馴染み薄いものに違いなく、説明のために相当な精力を要することがある。いっそうの事、「漢方の解熱剤です」と一言で済ますほうが手っ取り早い。しかし、説明の技術や、漢方的な問診は癒しに多大な貢献をし、しばしば薬物の能力を超えることがある。私だけの事情であるが、弁証し治則を検討し薬を使うわけではない。民間薬と同様、症状に対して、「これで良いだろう..」程度の判断で用いている。しかし、選択の理由を問われるなら、中医学の理論は説明に便利であり、難解な用語は逆に専門家としての面目が保てる。理解は不十分でも、風寒とか風熱などの用語はそれだけで信頼に足る証拠に思えてくる。各種代替医療は独自の理論を有しているが陰陽・五行は類いまれで卓越した理論である。検証は現象との連関をもって確認・想像するしかないので壮大なる仮説という他ないが、理論と合致するような現象が錯覚されたり、しばしば苦痛が改善されたり、数値が改善されるなら、実質的な利益は得られる。また理論を備えた実践は学習の大きな助けになる。手探りよりか、明確なチャートを示し診断と治療の実際を描けるほうが習得も早い。

日本伝統漢方は「術技」として師匠に付いて学び伝えられてきた。理論がないわけではないが、古典医書と経験を頼りに縦横に薬方を駆使するのは、医術職人といっても過言ではない。今も根強く支持されるのは臨床応用の手法が簡単で初学でも取り組み易い点にある。漢方薬が保険収載され医療現場に登場したときは日本伝統漢方が専らの教科書であった。

現代漢方医学は専門を自負する治療家から、エキス漢方とか番号漢方と揶揄されるが、現代医学のルーチン検査を行う限り、一定のスクリーニングが果たせる。また日本漢方や中医でも医療機関で行うものについては、漢方と通常医療を何回も往復しながらケアーが為されるだろう。ただし、擬似科学理論や宗教理論を主張する医師であったり、西洋医学の欠陥ばかりをあげつらう治療家には憂慮を禁じ得ない。また、正統な医療機関以外で行う代替医療に於いては検査もなく、経験と勘に頼る民間療法に等しいものである。セルフケアーが可能なレベルの症状、危険が迫らず放置しても良い疾患、病院で治療方針の立たない疾患についてのみ試みてもよいと思う。

漢方は衰退も隆盛もなくこのまま代替医療のひとつとして命脈を保ち、漢方処方や生薬は、科学的分析や臨床で淘汰され、有効かつ有用なものが存続を許されると思う。20〜30年も前から漢方ブームといわれてきたが、漢方ブームを実感したこともなければ、売り上げに反映したこともない。むしろ徐々に煎じ薬の利用は減少しつつある。医薬品の生産量が横ばいを続けるなか、健康食品や健康産業の伸びはめざましい。特保とよばれる健康効果を標榜できる食品に至っては、大量生産可能・手頃な価格・手軽な利用という、いまの世相を反映したものだ。しかし、漢方の将来が閉ざされたわけではない。陰陽論で解釈するならば、「陽」が盛んになるほど「陰」もまた快適な棲息地を見出すだろう。

【参考図書】中医学入門:神戸中医学研究会編著

 

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